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ソーシャルエフェクト~底辺層から見た経済成長の鍵


    #創作大賞2026 #ビジネス部門

     

     

     

     

     

      ソーシャルエフェクト        ~ 底辺層からみた経済成長の鍵 ~

     

     

                           阿那覇 九也

     

     

     

     Ⅰ.底辺層から見た経済成長の鍵

    ~世界のGⅮP4位に転落する

    1億中流以下社会のこれからの日本~ 

     

    ①     好きで育つプロフェッショナル。

    ②     持ち駒の数で決まる実現力。

    ③     あらゆる分野への投資。

    ④     取り組んできた事業の撤退を意味する人件費削減か。攻めの一手の人的投資か。

    ⑤     お金の巡りをよくする分配とは。

    ⑥     取り組んでいる事の結果の出る社会の実現。

    ⑦     木を植えるにはまず良い土壌から。土台の丈夫な場所に建つ家ほど崩れにくい。

     

     

     

     

     

     

    Ⅱ. ソーシャルエフェクト

            (量より質~ピンチに役立つもの~効率)

     

    ●     第1章 ピンチに役立つもの

    ●     第2章 富裕層が皆知ってる事

    (SDG‘Sの労働生産性=量より質) 

    ●第3章 戯言短歌22首 

     

     

     

     

     

    Ⅰ.底辺層から見た経済成長の鍵

    ~世界のGⅮP4位に転落する

    1億中流以下社会のこれからの日本~ 

     

     

     

     

     

     

    ①     好きで育つプロフェッショナル。

     

    得意分野のメリットを伸ばす事は嫉妬やライバルからの圧力のかかるデメリットにもなるが重力に抵抗せずに人は立つ事もできなければ山道を歩く事もできない。

     

     

     

     

    ・好きこそものの上手なれ。二兎を追う者は一兎をも得ず。

     

     日本の愛国心を養う社会の特徴は日本人は日本製を使えという言い分があります。ではなぜ国内で海外製品や衣類、食物を輸入に頼っているのでしょう? それなら海外の食品や製品など出回る商売を排除していった方がいっそのこと良いのではないのでしょうか? 就職氷河期世代として切り捨てにあってきた著者のようなものからすると日本製ほど信用できないものはないというのが言い分です。というのは日本社会に裏切られてきたからです。海外の製品だろうが日本製だろうが良い物は良い。ひいき目で日本製を購入する気などさらさらないのです。なんせ日本製質の割には高い。そんな高いものを買ってくらせるほど底辺層は豊かではありません。本当は日本人ならメイドインジャパンを愛用したいというところではありますが、正直なところを言えば、それは昭和の時代で終わりを告げています。バブル崩壊以降日本製の質はガタ落ちし、(というよりは成長しない日本製に比べて海外の製品が力をつけてきたわけですが、、、)人材を切り捨てる企業と同時に成長していない日本の経済界があるのです。氷河期世代は不景気に就職難であった為、媚びへつらう仕事の在り方より結果を出す事を求められてきました。つまりひいきなどはできない世代なのです。

     日本製も海外製もと欲張って二兎を追う事もできますが、著者は日本製だろうが海外製だろうが安くて上質な物だけを選んで購入してきました。著者の意見があるとすれば日本製の衣類は25年ほど前に千円程度で購入したタンクトップは今でも傷一つつかずに着れます。しかし最近の日本製はどうでしょう? 千円程度の衣類なら三か月ともたないうちに擦り切れます。海外製の圧勝です。

     日本人はいつの間にか安くて上質なメイドインジャパンというこだわりを捨て消費が滞らない事を考えてせこいビジネスが横行するようになりました。日本人の得意とする分野を捨てたのです。そこで稼ぎにとらわれてサービスに対するプライドを失った日本経済の社会に思い出して欲しいのは、自分自身の得意とする分野、また自分自身にとっての本当に好きな事をわきまえる事は知識に繋がります。好きこそものの上手なれというのは好きであればあるほどその好きな事に対しては諦めきれないという側面があり、それは「継続は力なり」へと変わっていくという事があるのです。好きな事ほどお金にはならないかもしれませんが、好きな事を続けていくという事のメリットは内面的充実感です。歴史に名を刻むような偉人の多くはその好きな事にストイックに打ち込んできた人たちなのかもしれません。ただ歴史に名を刻むかどうかという事よりも一度しかない人生を充実したものにするのであれば好きな事にとことん打ち込める時に打ち込んでおかないとそれは後々、後悔することになるともいえるのでしょう。

     時は待ってはくれません。できるチャンスのある時にできる事、好きな事に打ち込めるチャンスのある時に打ち込める事に打ち込めればそれはたとえ誰からも評価されなかったとしても自分自身に納得のいくものに変えられていくのかもしれません。

     

     

     

     

     

     

     

     

    ・歩き始める赤子はまず立った時に自分のもとへと呼び寄せる大好きな親

    の存在あってこそ。

     

     初めは上手くはいかないような事でも、人の好奇心は大きく人を成長させます。赤子はまず親の仕草にたいする好奇心から言葉を覚え始め、そして立ち、歩くようになるわけです。また幼子は突拍子もない奇抜な遊びを思いついたりします。これがアイデアの始まりなのかもしれません。幾ら歳を重ねても幼子のような好奇心は持っていたいものです。

    私たちが前には進めないと思っている時ほど、それは無気力無関心に陥っている証拠なのかもしれません。そんな時こそ好きな事に目を向けてみる少しでも興味のある事に目を向けて楽しんでみる事は、時としてハイハイしかできなかった赤子が歩けるようになるように私たちを前へ前へと推し進めてくれるのかもしれません。

     

     

     

     

     

     

     

    ・好きな事に取り組む時間を人は大切にする。

     

    その人にとって好む事は時間の許す限り楽しみたいと思うものです。「時は金なり」というのもそこからきているのかもしれません。

    その人にとって稼ぎが楽しみであり何より優先すべきものだとしたらそれがその人の好きな事でありその時間はかけがえのないものなのでしょう。恋人といる時間、家族といる時間、友人といる時間、一人のんびりと過ごす時間、人は時によって大切な物は変わる事もあるかもしれませんが、その人にとって何より譲れないものがあるとするならそれにかける時間ほど大切なものはない事でしょう。

     つまり好きな事にかける時間を人は惜しんだりしないものなのです。それをわきまえる事が人の長所を伸ばす秘訣なのかもしれません。ただ忘れてはならないのは好きな事をするという事には多くの条件があるものです。健康体なくしては楽しみたい事も楽しめなくなります。そして危険が大きければ大きいほどそれを楽しむ事は許されない事はあるのです。

     ですから好きな事に取り組む時間を大切にしたいのならそれはそれを楽しむ為のルールに従わなければならないのは言わずと知れた事実なのです。

     

     

     

    ②     持ち駒の数で決まる実現力

     

    ・将棋は同じ持ち駒の数から始まる。攻めに囚われず持ち駒を生かせるかで漁夫の利、棚から牡丹餅はある話。

     

    これからの日本は超少子高齢化による人口減少が叫ばれています。それで外国人労働者に頼らねばならないという状況に陥っているわけです。しかし外国人とは違う文化で育った人たちです。日本の神道や仏教は世界では少数派なマイノリティな宗教なように日本人の常識が常識ではない文化で育ったのが外国人でもあります。これには非常識と思える行動をとる外国人が出てくる事も考えられるわけです。そもそも何故、日本が人口減少が進むのか。それは生産力がないためです。第一次産業(衣・食・住)の発展なくして第二次産業や第三次産業の発展もないともいえるわけですが、そもそもじゃあ人口爆発する国々は第一次産業が発展しているのかと言われてみると、確かに第一次産業に力を入れています。

    しかし日本も世界第3~4位のGⅮPを誇る国です。世界のGⅮP上位5か国の中で明らかに人口減少が著しくなると言われている国は日本だけです。世界GⅮP第2位の中国も少子高齢化により人口減少が懸念されていますが、中国の場合、政策により一人っ子政策がありました。その結果の人口減少なのです。中国の場合、国家が三人まで子を造る事を許しはじめたようです。つまり中国は政策により人口減少に歯止めをかけるのは容易い国だと言えるわけです。日本で深刻なのは日本人の常識が子を多く持ったら苦労が半端じゃない、そんな余裕はないという思想的問題があるのです。これに対する対策があるとすれば政府が衣・食・住を保障する政策を設ける事でしょう。するとほぼ無償で衣・食・住が与えられるとなるとほぼ生活保護と同じ扱いになるわけです。

     しかし日本の生活保護制度の場合、結婚し家庭を築く生活保護者など皆無に等しいわけです。それは働かずに子を設けるという非常識な事に対する世間からのバッシングの方が強いからです。

     現在、政府は少子化対策として子供世帯に対する手当を引き上げていますがそれは焼け石に水でしょう。そもそも政府の政策は不景気が来れば変わってしまうのが日本の民主主義の特徴なのです。政府の政策を信用できないといったところが本当の国民の真実な為、いつ来るか分からない不景気に備えて子は設けないでおこうという事になるわけです。

     日本という国民性を守り、外国の非常識に従わざるを得ない状況を造らない為にはまず日本人が増えなければなりません。でないと外国人労働者に頼る一方になり日本人はそのうち物が言えなくなってしまう事でしょう。日本人が一人でも多く存在するようになる為には、税金を使って第一産業の発展や衣・食・住が将来保障されていると国民の個人個人が思えるような強い経済と政府への信頼を取り戻せるかが鍵となる事でしょう。

     

    その為には弱肉強食でいうところの草食動物にあたる、つまり割合的に人口のほとんどを占める底辺層から中流以下層の消費が滞ったり不良債権や闇ビジネスが膨らむと経済の血流は不整脈を起こし不景気に突入しやすいように中流以下層を豊かにする投資が欠かせない事は言うまでもありません。

     

     

     

     

     

     

    ・引き出しの多い遊びは飽きない

     

     

    これらの図から何を連想しますか?

     

     

            ストレート
             ↓

        カーブ→  □ ←スライド

              ↑
            フォーク

     

     

     

     

     

     

     

     

     


     一見、野球の球種の戦略に見えます。しかし物事を多角的に見てみるとたったこれだけの図形で色々な遊びができるのです。たとえば周りとコミュニケーションをとる時の戦略にもなれば、これを折り紙に見立てて曲げたり折ったり穴を空けたり切り取ったりというルールを作りだす事で何かの創作の遊びになるわけです。単なるホームベースの野球の戦略にもなればたったこれだけからでも幼子はその折り紙の遊びの感覚からペンケースを造ってしまう事もあるのです。

     

     

    ・味方は多い方が豊かになれる

     

    生き物は全て何かを食さねば生きてはいけない、また休息がなければ生きられない生き物は多いように生き物は見返りを求めるものです。人間社会でも報酬など見返りがなければ経済は機能しないとは言わずと知れた事実でしょう。単に相手から奪うという事であれば今頃経済は崩壊し人類は滅亡しています。

    なんにでも報酬を与える感覚そして取引きの中で保たれている人間社会なのです。しかし敵が多いとその見返りが限られてくるのが常です。ですからなるべく取引きできる味方は多いほうがより生きやすくなる社会が構築されると言えます。この見返りを求めないブラックな奴隷型労働を強いるあり方や人権を無視した人の扱いは貧困による感染症などの病災を広めてしまうだけでなく紛争やテロそしてそれは経済に打撃を与えてしまう要因にもなってしまうのです。

     

     

     

     

     

     

     

     

    ③     あらゆる分野への投資

     

    ・好きこそものの上手なれであれば、好きに磨きをかければ鬼に金棒。

     

    好きな事を続けたくても周りの身内に反対されたり続けられなくなる状況とはいくらでもあるものなのです。収入を得て生活していくという事はむしろ好きな事ほど継続する事が難しいもので、好きな趣味や得意分野を犠牲にせねばならない状況はいくらでもあります。結果、その人の特質の良さが活かされにくい社会になってしまうというわけなのです。好きでもない事でも継続していくうちにその事柄の良さを見出し「継続は力なり」のように実力がついてくるというのはよくある事ですが、元々本人が根っから好きであった事に対して、たとえばやりたい事が他にあるけど向いていないし生活していけないからとやりたい事をせずにいればその分野に対しての成長は止まったままです。

     しかしそのやりたい分野に打ち込める環境があればどうでしょう。するとその人はそのやりたかった分野に対して徹底的に追及して継続していく事でしょう。つまり「継続は力なり」に「好きこそものの上手なれ」が加われば、それこそ「鬼に金棒」という状態になるわけです。

     

     

    ・一つの道を極めた人材の多い社会は強い。

     

     小説家にしても農家にしても漁業関係者にしてもサラリーマンにしてもプロゲーマーにしても建築家にしてもエンターテイナーにしても政治家にしてもどんな分野の職種にいる人でも一つの事をやり続けるというのは好きではないとできるものではなく、またその分野に応じての才能を開花させる方が生産性はぐんとあがります。

    その人が始めたいと思っている事業や職種に対しての道筋を創る(手助けをする)投資は幅広い産業でのプロフェッショナルな人材を育てる上で欠かせないことでしょう。

    たとえば何もしなければ誰も応援しなければ単に「出る杭は打たれる」で終わってしまう事でも可能性の芽を潰さないようにそしてその可能性を実現できる目標として育てていく事ができたのなら初めは何も出来なかった評価の対象にすらならなかった事も続けているうちに学習し成長しそして続けた分だけ説得力のある事業へと変貌していくというのはないようである話です。 ただ資金難のために続けていくだけの力がなかったり成果の見られないことをいつまでも続けていくというモチベーションがついてこない事もあるのです。せっかくあまり世間の人が目を向けないようなサービスや新しい発想のもと事業を起こそうとしてもそれを育てるどころか逆に潰していく社会は可能性や才能を無駄にした社会でありそれはどんどん人材投資して新規事業の開拓に取り組む世界とは差がついてしまうものなのです。一つの才能が将来大きく多額の経済効果を生み出す可能性を伝統やプライドが潰してしまうのはもったいない話です。

     

     

     

     

     

     

     

    ・幅広い産業発展は個の能力開花から。

     

    スポーツで喩えるなら強いチームほど個のレベルは高かったりそしてその取り組む姿勢はストイックな面があります。見落としてならないのは、レギュラー以上に2軍や3軍などベンチにすら入れない補欠組の方が多かったりするのが強いチームの特徴です。しかしその強いチームであればあるほど2軍が1軍との試合で勝利したり選手層の厚さがあります。いつスタメンから外されるか分からないメンバーに入れなくなるか分からないという危機感の中で切磋琢磨しているチームほど強いものです。

    そして忘れてはならないのはそのチームはレギュラーが固定してもレギュラー以外のメンバーはただ何もしないというわけではなくメンバー外の補欠もチームが勝つ事を常に考えて声出ししたりサポートに回ったり誰一人欠けてはいけないという意識があるものなのです。

     個々の能力を開花させるには、集団で協力するフェアな環境作りやスポーツマンシップからの仲間意識やライバル意識あって初めて個々の能力が発揮されやすいと言えるのです。ただ選手個々に金銭面や家族からのサポートの差により食生活や道具などを揃える事に差が出ていてはフェアに個々の能力開花には至りません。

     つまり経済全体を押し上げるにはまず企業やあらゆる分野の職種の成長が必要です。日本社会は大企業を優先するという特徴はありますが大企業に限らず中小企業、自営業、全ての業種で確かに仕事をする上でのフェアな社会環境があるかないかで全体の経済のレベルや向上は大きく変わっていくといえるのです。

     

     

     

     

     

     

     

    ④     取り組んできた事業の撤退を意味する人件費削減か。攻めの一手の人的投資か。

     

    ・天は二物を与えず

     

    多才な人ばかりではない事は言わずと知れた事実です。しかし確かに多才な人も存在します。ただそれが多才な故に非凡なる故に生まれてしまう逆風や労苦とはある話なのです。ただ普通に才能ある人を見ていれば見分けにくいものなのですがその多才な人でも得意分野と不得意分野があります。この才能を活かすにはこの才能をつけなければならない。またこの才能を活かすにはこの才能を捨てなければならないといったような話はあるのです。多才な人ですら必ずその長所を活かす為の工夫をしているものなのです。

     

    一つの道を極めたいと思っている人なら尚更不思議とその他の分野からヒントを得ていたりするものです。ですから自分には才能がないと思っている人は決して誰にも負けない才能がない訳ではなくその人にしかない才能その人でしか可能にならない才能を発掘できていない、そしてそれを活かす経験ができていないだけなのです。

     

     

    ・食物が良く育つ肥えた畑ほどよく耕し手入れされているもの

     

    聖書の話で賢いものは良い土地に良い種まきをするという話があります。著者は植物を育てる経験が豊富なわけではありませんが若い頃、親の手伝いで庭の管理や花やハーブ、レモングラスや島唐辛子、ミニトマトなどに水やりや株分け、雑草駆除、小石の排除などの手入れをしていた事があります。確かに土が良ければ植物は期待にどんどん応えて成長し実を結びます。作物を育てる土とは不思議なものでずっと同じ土地の土で作物を育てているとどんどん土に栄養分が不足していくようになるため(土にも害虫が発生することがある)、土に栄養を与え続ける為、定期的に枯れ葉や枯れた実などを土に混ぜたり肥料を加えたり新しい肥えた土と取り換えたりせねばなりません。これは人にも同じ事が言えるのです。著者の育った家庭では4人の兄弟がいて父一人の収入で住宅ローンで家を購入しローンの支払いや子育てにかかる費用などであくせくしている中で父と母の喧嘩は絶えないものでした。

     また父は酒に酔っては母や子供たちに暴力を振るう事もありました。

    それだけではなく育ち盛りの子供四人で部活動などもある中、限られたお小遣いで部活の道具や学校への弁当が足りない面もあり部活でも学業でも中々思うような結果を出せないという事もあったのです。

    これは借金による父にかかる負担が大きかったのだろうと幼子ながら感じたものです。しかし父が家を手放し一家が借金から解放されてからは家庭内の喧嘩は日ごとになくなっていき、著者の家族は庭で育つ作物(売れた家を間借りしていた)や部屋の掃除や家の手入れなどゆとりが持てるようになっていきました。

    つまり何が言いたいかといえば人の置かれた環境も枯れた腐敗した畑のようなのか、それとも肥えた畑のようなのかはその置かれた経済面や環境で大きく変わっていくといえるのです。

    昨今の日本でもストレス社会な故に精神疾患者は増え続けている現状はありますが、もし日本社会が借金から解放された経済的にゆとりのある環境に一人でも多くの人がストレスを抱える事なく暮らせるのならそれは肥えた畑に育つ作物のように大きな経済効果のみならずより充実感ある実態のある好景気を迎える事ができるのかもしれません。

     

     

     

     

     

     

     

     

    ・内向き市場か外向き市場か

     

     日本人はいつの間にか海外旅行をする人が減少しているという記事を拝見したことがあります。確かに一人当たりのGⅮPが先進国の中でも貧困に位置してきた日本人は一人当たりの目安で見るとそれほど裕福ではなく海外旅行をする人は減ってきているのかもしれません。そして今の日本はバブル景気の頃、世界でトップクラスを走っていた産業が少なくってきているため、いつの間にか新事業で海外市場を開拓進出する力がなく受け身な経済になってきていると感じています。先ほど肥えた畑にする種まきの話をしましたが、海外市場の開拓に限らず国内市場開拓を進めていく事にもこれは大きく応用できると考えています。つまり腐敗した畑、(治安の悪い市場や問題や紛争の絶えない将来性の見込めない市場)のような市場なのか、それとも将来性のある肥えた畑(治安の良い市場、問題の少ない市場)のような市場なのかという事を見極めた上でビジネスを展開していく事は成功できる投資かどうかの鍵を握るといえるのかもしれません。

     

     

     

     

     

    ・兵糧攻めでやられるか、兵糧を確保し多くを養うか

     

    昨今では最低賃金上昇が叫ばれていますが、非正規雇用の増加など昨今の人件費削減問題を見ると日本は兵糧攻めに合っているようにすら思えます。

    企業の成長に限りあり分配する賃金がない為に、正規雇用が増加せず一人当たりの所得も低いままになってしまっていると思えるのです。これには雇用が少ない事が関係しているように感じています。

    有効求人倍率ではそれほど就職難とは言えない時代になっていると言えるのかもしれませんが、非正規雇用が増えているという事は正規で稼げる程にできる仕事がないという事がいえるのかもしれません。

     つまり稼ぎになるサービスの業種が限りなく少ないと言えるわけです。

    これは新規事業への投資が進んでいないという事を意味します。

     

    日本のこの年間自殺者数が2万人を超えているという異常ともいえる超少子高齢化社会という問題の多い社会の中で新しいニーズに応えた需要あるサービスがないはずはありません。この問題解決に向けたビジネスを展開して日本を豊かにしていく新規事業がなく目先の利益にこだわったいわゆる使信やコンセプトのないビジネスが横行しているように思えるわけです。これも日本を貧しくしている要因といえるのでしょう。

     非正規雇用の増大で兵糧攻めに追い込まれやられるだけか、それとも正規雇用に匹敵する稼ぎのある社会問題解決ニーズに応えたビジネスで兵糧を確保し日本を豊かにしていくかは日本の経済を成長させていく鍵であり、新規事業や新ビジネスへの投資が必要なのかもしれません。

     

     

     

     

     

     

     

    ⑤     お金の巡りをよくする分配とは

      

    新型コロナウイルス拡大からの給付金さらに、物価上昇からの給付金といった分配を政府が為すのもこれは国民のせつなる願いを聞いているからだと言えるのかもしれません。しかし実際には国民はいつ途切れるか分からない給付金の分配よりも、自分の仕事でのボーナスが増えたり、実際にしている副業や稼ぎでの収入が増えた方が将来性は高まると思うものです。つまり政府が最低賃金の上昇や給付金の分配をしても国民は将来性は感じないものなのです。

    ここで政府は所得減税という措置をとり多くの所得を手にする経営者や投資家などに得する感覚を与えた事は当たりだとも言えますが、さらに欲を言えば、政府がする投資をアフリカなどの外国に目を向けるのではなく(海外諸国への投資は政府主導よりも投資家主導の方が、投資が途切れた時に恨みつらみはなく他国の政府を巻き込む大きな大戦へと発展しない為には上手く回りやすい)民間の期待の将来問題解決のため国を背負って立てるほどの企業を起こすほどの人材に目を向け投資を実現させていく(ふるさと納税、クラウドファンディングの進化系)方がより効率的と言えるわけです。というのは他国を丸ごと政府が投資するとなるとまず投資額が跳ね上がる事、そしてそのデメリット要素(外国の問題点を外国は隠していたりするもの)将来起こりうる心理的ダメージ、などを考えた時にリスクが大きすぎると言えるわけです。しかし民間の限られた人々への投資ならたとえ投資が失敗したとしても責任は軽く尚且つ将来性はありさらに少額の投資で賄えるというわけです。

     

     投資とは社会や世界全体に投資する事はそれなりの負荷がかけられる側が存在したり、それ以上に将来世界を巻き込む負荷の問題のリスクの方が大きいと言えるわけです。

     

     漫画にある(ワンピース)ような世界政府と海賊たちという仕組みが出来上がってしまえば、それこそそれに対抗する勢力(民主主義 対 反民主主義)などによる世界全体を巻き込む治安の悪化が問題視されてくるわけです。

     

    ですから昔からの海外の富裕層投資家は大きすぎる規模の投資は控えたり、儲けられる範囲、可能性のある範囲での投資に目を向けてきたわけです。

     

     お金の巡りをよくする分配とは、ただ単に皆にばら撒くのではなく限りなく将来性のある限られた可能性のあるキーパーソン達に将来社会を任せるかの如く、しっかりと目を見据えて見守りながら実現していく投資なのだと言えるのかもしれません。

     

    ・金は天下の回りもの。天下安泰なら庶民は潤う。天下人たちの充実なしに棚から牡丹餅はあり得ぬ話。

     

     太っ腹な上司についていく人々は古い時代だけなのでしょうか?

    確かにお金を出し惜しみしない上司は好かれる特徴はあるのかもしれません。

    昔、スーパーのアルバイトでスーパーの業績が上がれば報奨金があるシステムがあり、皆アルバイト生たちは頑張ってこぞって客を集めたりしました。そしてその甲斐あってか売り上げは伸び報奨金をボーナスで頂けただけでなく店長からおごりで飲んだりした事があります。確かに和気あいあいとした昔ながらの会社によく見られる傾向なのかもしれません。しかしその店長を働きやすくするために皆媚びていたわけではありません。ちゃんと意見もし、そして店長が友達のような関係だったのを覚えています。

     その店長は陽気な性格であったため皆から好かれやすかったのかもしれませんが、なによりその陽気さがスーパーの活気をつけていた事は覚えています。

     しかしその問題点はアルバイト生が活き活きしすぎていたため、正社員の方たちに負担がかかっていたように感じます。

    どこかが楽しめばどこかに負担が来るというのはある話で、その店舗はアルバイトを辞めて何年か経って社員もアルバイト生も変わった頃には前のような賑わいがなくなっていた事に寂しさを感じたものです。

     

     天下が安泰であれば庶民は潤う。だから金は天下の回りもの。ともいえるわけですがそれは庶民が常日ごろから良い天下であることを願う姿勢と反映する為の努める力が大いに関係しているといえるわけです。

     先ほどのスーパーの話でももしお店の業績が悪かったのなら店長もさほどご機嫌ではなく陽気にはなれなかったのかもしれません。

    つまり庶民が皆、団結して日本をよくするこの社会を良くしていく繁栄させていくんだという姿勢があればそれは自ずと天下の為になりそれが各々の報酬として分配されていくと言えるわけです。

     

     金は天下の回りもの。それは良い天下であってほしいと願う人の数だけ実現してくものなのかもしれません。

     

     

     

     

     

     

     

    ・体は各々の働きに応じて吸収できる栄養なければ長くは持たぬ。

     

    著者は20代~30代にかけて非正規雇用を転々としてきた経緯があります。

    20代の頃に精神疾患と診断された為、薬の服用の副作用により長時間労働ができなくなった為です。短時間労働でも企業で働くにはしんどい働きを強いられ、時には長時間労働にも挑戦しましたがクリニックに通っている事を隠しきれなかった為、無休無給で働かされた経験もあります。その為、長くは続かず体調不良を繰り返してきました。

     このことから学んだ事があるとすれば体に必要な栄養が足りてなく体調不良であればいくら労働力として働きたい意志があっても体がついていかないという事です。

     働きに応じてその給料が分配されないいわゆる2000年代の不景気の中を働いていたわけですがその不景気の中で精神疾患と診断され薬を服用するようになったのは追い打ちをかけて長時間働けない体になってしまいました。

     

     自分自身の業績はさほど悪くはなかったように感じてはいましたが、歳を重ねていけばいくほど意見は通りにくくなるものです。

    しかし歳を重ねても働き続ける高齢者などは存在します。

    つまり何が言いたいかと言えば、労働力を育てたいならまず体調管理がしっかり可能になるような栄養素のある食物や環境に配慮した社会づくりが必要だと言えるわけです。これからの日本は精神疾患だとか高齢者だとか言っていられないぐらいに少子化は進みそして働いて稼げなければ生きてはいけなくなるのは目に見えた事実です。

     外国人労働者が増えてきたのも労働力が足りないからでしょう。高齢者が負担になり続けるよりは中年者でも高齢者でも労働力は多いに越した事はありません。

     

     20代ですら精神疾患になる時代なわけですから、尚更働く各々に対して栄養分を蓄えた健康ある体や環境造りの叶う分配された報酬は今後社会全体がダメージを食らわない為にも益々必要になってくるでしょう。

     

     

     

     

     

     

     

     

    ⑥     取り組んでいる事の結果の出る社会の実現。

     

    ・案ずるより生むがやすし。情熱は冷める事もあるもの鉄は熱いうちに打て。

     

    日本は敗戦後、日米安保条約などで度重なる裏公約からほぼアメリカの奴隷のように扱われてきた人々は多いものです。アメリカのいいなりになる事によって日本という国は保たれてきたという事実があるのです。しかしアメリカはたとえ日本が戦地になったとしても日本人を守る為に戦うとは限りません。むしろ昨今ささやかれているのは徹底的な日本人軽視の米軍の存在です。

     それを知ってか知らずか自ずと日本は集団的自衛権行使の方向性に傾いているように思えます。米軍のその日本を突き放した姿勢が余計に日本人の魂に火をつける事になるのかもしれません。

     ただ一つ言える事は今の日本は混血の存在で成り立っています。つまり混血に支えられているといえるわけです。もう米軍の軽視する純血日本人の方がマイノリティなのです。アメリカに言える事があるとするならば、日本はもう形だけのものにしか今後はならないという事です。形だけ存続していても中身は混血の支配する日本というところが本当のところなのです。少数派で力のない純血日本人は今後表舞台から消え去っていく事でしょう。それがアメリカの狙いだったとしたのならもう後戻りはできない。つまりもう和製日本人を見たいと願ってもお目にかかる事はないという事です。

     純血日本人たちに告げたい事があるとするなら将来を案ずるより生むが易しという事です。それが純血日本人を産む事なのか、それともそれなりに自分たちが残したい何者かを生む事なのかそれは将来を心配して不安になるよりも希望がある事なのではないのでしょうか。

     

     

     

     

     

    ・出る結果の前には人は評価せざるを得ない。

     

    出てしまっている結果に対しては否定のしようがありません。つまりこの世界で問題が起きているならそれはこの世界の出した結果であり、この世界が問題なく安泰だと思っているのならそれはこの世界が出した結果なのです。

     今後、高齢者人口が減り始め先行きの見えにくい世界になっていく事が予測されますがそれもこの今の世界が出した将来という結果なのです。

     人は先を見据えて行動を起こします。先に良い世界を造りたいからとか先に良い世界が待っているという希望を信じて結果を出そうと日々努力して皆生きているのです。

     もし今後世界が見るも無残な結末を迎える結果になったとしたらそれはその先を信じないで、先を見据えないで行動してきた人々のもたらしてきた結果です。しかし今の世界で安泰に生きられている人々がいるのも昔に先を見据えて行動を起こして結果を出してきた人々がいる為です

    。

     今結果がでないからといって投げやりになってはいけません。生きていれば必ずチャンスは巡ってきます。一概に諦めた時に全て終わるとも言い切れませんが、著者自身何度も死に際を彷徨ってきた経験があります。諦めかけた時にふとチャンスがやってくる事もあるのです。しかし生きてさえいればまた諦めずに残すべきものを残したい、伝えるべき事を伝えたいと思えてくる事があるのは不思議な事です。

     実際、著者は小説が書けないならもう執筆は辞めるつもりでいました。もう何も伝えるべき事はないと。しかしこうしてまた執筆を通して読者に伝えたい事を伝えたいと思うようになっていたのです。私はこう思います。私たちが生きているのは自分の力のようで実際には大きな力に動かされているのかもしれない。自分でもうこれ以上無理だと思った矢先にまた何かをしたいという欲求に囚われる事がある。もう自分には何も残ってはいない、そう思ったはずなのにまたどこからか残すべきものや事柄が湧いてくる。

     出る結果によっては評価の対象とはならない事はあるのかもしれません。しかしあなたが続けてきた事、そして私自身が続けてきた事に対しての出た結果は私自身の想像を超えて意味のある事なのかもしれません。

     

     

     

     

     

     

     

             

    ・欲しがる幼児も親の言う事を聞いていれば得られると知る

     

    幼児は何でも欲しいものを欲しがります。それがたとえ自分自身に対して害のもたらすものであったとしても欲しがるのです。しかし親は我が子に欲しいからといって何でも与えたりはしません。その子にとって害をもたらすものだと知っているからです。ですから幼児は親の言う事を聞いていれば害を与えない欲しいものが手に入ると知るようになります。

     そうやって幼児は善悪を判断していき成長していくのです。

    かえって大人はどうでしょう? もし自分の親が早く亡くなったらこれからは自分で判断していかねばなりません。親がいかに正しい教育をしてきたかは親が存命中よりも親を亡くしてからが問われるものなのです。大人は自発的に自分で欲しいものを手に入れていくようになります。その時に害を食らった経験をする事もあるでしょう。しかしそれを繰り返していく中で親から教わった記憶を無意識に働かせ自分なりの善悪を判断しながら得たいものを得るように努めていきます。

    人には出る結果に差はあるものです。というのは早く亡くなってしまう人もいれば長寿を全うする人もいて、たとえ長寿を全うしたからといって短命に終わる人ほど充実した生き方ができたとは限らないという事もあるのです。しかし人の生き方に親または育ての親が後々関係してくるというのはなんと素敵な事でしょうか。今現在、不幸に思えている事でも親の存在がある故に不幸であれば親を呪いもし、また生まれてきた事を呪ってしまう事もあるでしょう。

     しかしあなたの親に限らずあなたに関係してきた人、皆で育まれたあなたの命です。そのおかげであなたは今まで生きて来れたのです。誰かのいう事を聞いてよい思いができたという人は多いのです。欲しがる幼児も親の言う事をきいていれば得られると知りますが、欲しがる大人も正しい者の言う事を聞いていれば得られると知る事から言えるのはたとえあなたの大切な人が亡くなったとしてもあなたに善悪の判断を委ねあなたが生きているという事自体があなたを支える師が存在しているという証拠なのです。

     

    ⑦     木を植えるにはまず良い土壌から。土台の丈夫な場所に建つ家ほど崩れにくい。

     

    ・師に勝る弟子なし。天賦の才を見分け活かせるかが難攻不落の築城への鍵。

     

    著者には多くの師がいます。それは他人から学ぶことが多いからです。不特定多数の他人から学ぶことが多いため不特定多数の人を師と呼ぶのはどうかとは思いますが、少なからず関係してきた人は皆、師だと思っています。実際に著者は精神疾患者であり普通の人々よりできない事が多いのにも関わらずこのように執筆できるという事自体が多くの師に恵まれてきた証拠でもあります。

    こんな事を言うと何ですが師に勝る弟子なし、というのは本当の話で私の書いた書籍の何倍もの価値ある書籍がこの書籍より低価格で売られている事があるのです。これが師に勝る弟子なしという言い分です。著者の願いはこれからの日本をより豊かにに活気づける執筆家や作家がもっと多く存在してほしいというのが願いです。

    これには外国人、日本人の差別はありません。なぜ世界ではなく日本を活気づける執筆家や作家が生まれてきてほしいのかと言えば著者が日本人であるという事以外にも外国の事を知らない事が多すぎるというのもあるのかもしれません。同じ種族が同じ種族を元気づけられるとも思え、たとえ別の民族であったとしてもその勇気や励ましは可能な時代に突入しているとも言えるのですがやはり血は争えないものなのかもしれません。

     

     木を植えるにはまず良い土壌からと言えますが、この書籍を販売するに至っては決して世界はそして日本は悪い土壌ばかりではないと信じる事が動機になっています。むやみやたらに撒く種まきよりは良い土壌を見据えてする種まきの方が実る確率は高いと言えます。しかし庶民でも自分で選んで読めるのが今の時代のグローバルな読書のいいところです。何が言いたいかというと完成された読む必要のない富裕層だけでなく肥えた土地になる為の可能性ある人々も金銭を支払う以上なんの差別もなく読めます。一人でも多く知恵や知識を提供する人々の数だけその影響力によっては土台の丈夫な家ほど崩れにくいように頑丈な難攻不落の城のような社会を築く事ができると思えるのです。

     

     

     

     

     

     

     

    ・ビジネスを展開するに適した世界(外部)に目を向ける。

     

    ビジネスを展開するのに敵の多いリスクの高いところでは失敗する確率の方が高くなります。まず敵とビジネスをしたいのなら高い交渉能力が試される事が多いのです。その高い交渉能力とは相手が上手であればあるほどそのビジネスを成立させる条件には危険や何か大切なものを犠牲にしなければいけないというリスクがついて回る事が多いのです。ビジネスを展開するに適した世界とは高い条件を求めて来ない相手の多い地域や、つまり経済分野で格下ともいえる相手の方が成立しやすいビジネスは多いのです。

    たとえば貧しい未開拓の農村や田舎の国々や地域、そして貧しいけど治安はある程度良い環境、そして問題は抱えているが友好的といったような他の国々や地域をパートナーにしてこちらの提供したい企画や商品、サービスや市場開拓などを提案してみるのは手です。こちらの条件をすべてのむという市場を見つけたとしてもそれには何らかの裏がないか先読みや地域の特徴を調べておく必要はあるでしょう。

    たとえばその民族的特徴の違いを知らない為に合意したはずの条件を失態や無礼などで破棄されてしまうというケースもないとは限らない、もし破棄に至らなかったとしても条件をのんでくれたはずなのに何故か分が悪いという格好になってしまう事もよくあるのです。

     

    ですからまず高い条件を提示してきた方の話に耳を傾けるのも上手い話で後々ダメージを食らい誤算が生じないという意味ではありなのです。

      

      日本はこの海外展開するビジネスにおいては昭和から平成にかけてのバブル期には高いレベルを維持していました。これは単に日本の開発力や日本製の価値が高かっただけではありません。その日本製品の良さを売り込む営業力が高かったから認められるようになっていったというところもあるのです。ですからこの令和の時代においても日本独自で磨いてきた産業分野を成長させる為にはまず日本製の良さを売り込みその良さを洗脳といってよいほどに徹底的に信じ込ませそして利益に変え、さらなる開発費を確保していくという事が必要に思えます。ただこれは海外を相手にするビジネス戦略のみならず国内市場でも人気を誇る商品を生み出す事が基本でありその認知度が高ければ高いほど自ずと海外も目を向けるようになり、先ほど述べたように出てる結果に対しては評価は裏切らない一定の評価はついてくるという事が言えるのでしょう。

     

     

     

     

     

     

     

    ・良い人材を育てるのは良い人材ではなくそれぞれの才能を見る力量。

     

    昨今の日本の人材育成や人事異動のあり方は最近では情報過多なスマホの普及やマスコミやメディアで取り上げられる問題が多いため、プライベートからクリーンなイメージのある良い人材を確保するという動きが顕著に表れています。しかし人間には誰しも弱点や欠点はあるものです。どれだけ目を見張るような社会の体制で完全を指導者や上の立場の人に求めてもそれには限界があり誰にでも落ち度はついて回るもので、少しのミスも許さないのではなくもう少し寛容な目で人材を育てていくという目を社会で生きる私たちは養っていかねばならぬように感じているわけです。

    経済成長で必要な事はまず完璧な良い人材が良い人材を育てるのではなく良い才能を見抜き良い才能を育てていく見る目が問われてくるわけです。良い人材を育てるのは確かに良い人材なのかもしれませんが、万民の目にさらされて良い人材とは一概に言えない事もあるわけです。皆、それぞれ

    思うところは違う事はあり弱点をあら探ししたらきりがないのが人間です。

     

    ですから良い人材を育てるのは良い人材ではなくそれぞれの才能を見抜く目だと言えるわけです。それぞれの才能が発揮されやすい社会とは弱点や欠点を責められ針のむしろにされる社会ではなく、その逆で弱点を温かく見守ってあげる伸び伸びとした環境社会です。

     

    著者も健康な時はあまり意識してはいませんでしたが精神疾患になった事で余計に弱点が増え他人の目にさらされる事を拒むようになった事で、もっと寛容な社会の在り方があった方が伸びる才能はあるはずだと考えるようになりました。

     精神疾患者の人たちと接する機会が増えた事で不自由や非常識な面を感じる事は多々できました。しかし彼らと長く接する事で彼らの特徴を少しずつ理解してくると何も悪いところばかりじゃないと思うように視点が変えられていったのも寛容な社会を求めるようになった要因かもしれません。

     健康体な一般職で働く人たちが些細な事でいざこざをする姿を見ると心病む人々と接する事に比べたら一般で起こり得るいざこざはたいしたストレスではないように感じる事もしばしばあるわけです。確かに著者自身、一般社会の闇の部分に触れた為に精神疾患と診断されてしまったのかもしれませんが、他人の弱点ばかりを責める生きにくい社会よりは己にも弱点がある事を認めることで他人に優しくなれるような、寛容な目でその才能を見つめる社会の方がより経済的にも精神的にも豊かになるように思えてくるわけです。

    高額な収入があっても心に安らぎのない、いつも荒れた状態でパワハラや虐待などで訴えられでもしたらそれこそ職を失うリスクが高まるだけでなく、その一般社会での歪が今の時代の日本の精神疾患者を増加させる悪循環によりビジネスチャンスを潰しているとも受け取れるわけです。

     世界でGDP順位が4位にまで転落する今後はこの精神疾患者増加のいつのまにか寛容さの欠けた悪循環社会が構築されている事が要因な気がしてなりません。

     完璧なクリーンな人材を求める事は決して悪い事ではありませんが、昭和の時代、問題の多かった指導者達だらけであったにも関わらず日本は経済大国にまでのし上がれた要因は、おそらく良い人材を育てるのはクリーンな良い人材ではなくそれぞれの才能を見る力量が当時の指導者達にはあったのだろうと思えるのです。

     

     

     

     

          ソーシャルエフェクト

            (量より質~ピンチに役立つもの~効率))

     

     

     

     

     

     

     

     

    第一章 ピンチに役立つもの

     

     

     

     

     

     

    ①     人脈

     

    人が生まれ持つ性質には生まれる前から計算されたプランがあったりします。生まれる前に存在した人々がその人脈により目的意識を持って新たな命が誕生することはあるのです。その人脈が作り出した人生プランは時代の流れにより荒波を搔い潜るようにしてその派閥の中から実を結ぶ者と敗者とみなされる人生を歩む人々に分かれます。窮地に立たされた時は確かな人脈やより強い絆が物を言うことはあるのです。命がけで守りたいものがある場合に限らずその波風に流されない我慢力や忍耐力が試されることはしばしばあり、その流されない性質の強い人脈ほど大きな力となり窮地を救う決め手になることはあるのです。時代の流れに翻弄されやすい人々が多いのは世の常ともいえますが時代の流れに翻弄されないことにより見えてくる将来もありその流されない性質がその時代の流れを創るとも言えます。

     他者と関わる中で自らを試すようにしながらも価値ある人脈が織りなす成功実態のある生活を送ることはピンチを抜け出し有意義な人生を生きるという意味での鍵になるといえるのかもしれません。

     

     

     

    ②     隠れざる人格

     

    落差の少ない安泰な生活を送っている時は人の本領は見えにくいものです。ピンチに立たされた時にいかにそこから抜け出すかというその人の能力や人格が見えてくることはあるのです。人は破壊された人脈があったとしても人間社会で生きる以上新たな人脈を作るチャンスはありそのチャンスを棒にふるか活かすかはその人次第な面はあるのです。見える範囲内では人格を判断することは難しくともその時代にふさわしい隠れざる人格をもつ存在はピンチの時ほど如実に表れやすいもので今まで馬鹿にしてきたことも時が変われば馬鹿にできなくなることはあるのです。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    ③     突破口を切り開く

     

    ピンチに立たされた時はそのピンチから脱出する術は見つけにくいものです。先陣を進む武士の心境は経験しないと分からない事は多々ありますが、何かしら新しい事を始めるなら未知なる世界を進むための崖から転落するようなリスクに立ち向かう命がけの体験をすることはあるのです。リスクは最小限に留めた方が良いように皆が先陣を進むのではなく先陣を進む人も生きて戻ることができるように背後からの援護射撃が必要な事はあるのです。

     

    ④     常識にとらわれない力

     

    常識は時代に流行り言葉や発見されて進むテクノロジーの普及などその時代の風潮があるように、非常識に思えることすら状況が変わると常識化する事もあるのです。一つのミスも許されない常識があればミスの数だけピンチを抜け出すための術を知る経験値はあるともいえるのです。

    たとえばその時代の常識を否定するような少数派の武士たちでもその時代の常識に従えないために結集し新たな世界を創る為に自分たちの常識を作り出し幕府打倒を成し遂げたという時代は多々あったのです。 こんな常識には従えないと思える事が逆に常識にとらわれない力と変わる新たな時代に結びついていたりすることがあるのは不思議な世の常です。

     

     

     

     

     

     

     

    ⑤     生き抜く生命力

     

    人間社会には愛は必要かどうか?そのような漠然とした質問は愚問に感じる人は意外に多いのかもしれません。お金があれば愛は買えると考える人も多いのでしょう。ただ一つ言える事は同じお金でも愛を目的に生まれる収入と人の関係を無視した目的が見えないお金の出どころではもたらす結果に差は出やすいのかもしれません。生き抜く生命力の源は愛する力、愛し合う力は大いにあると思えるのです。無気力状態や生命力低下の原因は人にとって最も必要な愛関係の欠如にあるといえるわけです。生き抜く生命力をより強いものにしたいのなら、お乳を与えていた獅子が泣く子も黙る獅子のように変貌するような優しさと厳しさのバランスある愛ある関係造りが必要なのかもしれません。

     

     

     

     

     

     

     

     

    ⑥     混じり会う関係性

     

    ピンチに立たされた時は関係性に変化をもたらす事で乗り越えられる事はあるのです。たとえばある会社が倒産しない為に別の会社と提携を結んだり買収したりされたりといったような事に似ています。ただひとつ見落としてはならないのは混じり合う関係性の中には見えない所で混ざらない関係性を持つ人々や混じり合いが生じる中で形が変化する関係性はあるわけです。

    次の図は三角形に円を重ねた図です。

     

           

     

     

     

     

     

     

     

    このように別のコミュニティの関係性の形と他のコミュニティの関係性が混じり合うと必ず違う形になったりどこかは混じり合わないまま存続する形になるわけです。時代の変化に対応できない為にピンチに立たされた時などそのまま古い性質を残したまま存在する形があってはじめて新たな形が生まれると言えるわけです。 ただ混じり合わないまま形を残す存在も時により混じり合う関係性を創る事でその形は変われど新たな形として窮地を脱することが可能になる場合もあると言え、古い形にこだわることで形が変わりながらも存続できる場合と逆に協調できない為に取り残されるケースがあると言えます。

     

    ⑦     捨て石を生かす(将棋の成金を捨て駒)

     

    将棋では取られた駒は相手の駒へと変わります。生きていく中で財産の使い方次第でより裕福になる人がいればどんどん財産を失う人もいます。お金を捨て駒と表現するとお金の有難みを知らないと思われるかもしれませんが得たいものがあるときは何かを捨て駒にしないと手に入らない事は多々あるわけです。その捨て駒を失ったために得るものが大きい場合もあれば捨て駒が逆にライバルや敵の力をつけてしまう事もあるのです。何かを成し遂げる為には何にでも代償は必要なわけです。捨て石と表現したりするのは重たい荷物を軽くするために余分な物を取り除く事を意味します。しかし時としてその捨て石を拾うものが将棋の駒のようにその石で造られる築城のように要の石になる場合はあるわけです。ピンチを乗り切るには余分な物を捨てるリスクを恐れない事や世間があまり目を留めないようなチャンスを拾う事は必要なのかもしれません。

     

     

     

     

     

     

     

    第2章

    富裕層が皆知ってる事(SDG’Sの労働生産性=量より質)

     

     

     

     

     

     

    ①     可能性ある人

     

     人一人が産まれる事に生産性があると見なす人はどれだけいるのでしょうか?昨今、人類の総人口は78億人に増え地球が人類を養いきれなくなるとSDG’Sの考え方が叫ばれています。人類の総人口が増えた為にじゃあ死ぬ人が多くなればいい、つまり大量殺戮を許せばいいというわけにはいかないのです。たとえば現在(2023年)新型コロナが流行しそれが常識化してきていますが、それじゃあ医学は新型コロナに侵されて死ぬ人が増えれば良いと治療処置を施さないわけではありません。第二次世界大戦では多くの人命が失われました。その結果の世界の人口爆発なのです。つまり死人が増えたところで圧力を加え続けた風船はいずれ破裂するように人口は爆発してしまうというわけです。それよりも地球にも人にも優しいSDG‘Sの考え方を広めていった方がより人類にとって適した環境の世界が構築されていくといえるわけです。人一人生まれると食料自給率などの生産性がアップするような考え方が必要なのだと言えます。たとえば鳥一匹が産まれます。するとその鳥を狩って食べてしまえばそれまでであり、つまり鳥一匹は失われます。しかしその鳥一匹を飼ってしまえばどうでしょう。もう一匹異性の鳥を見つければ卵を産む可能性が増えます。そして卵が産まれれば卵という食料だけでなくさらに丁重に育て飼えば飼うほど鶏肉や卵の食料自給率はアップするわけです。人間の場合も同じです。人一人が産まれたら労働生産性が増えた自給率がアップしたという可能性を秘めているのです。

     人は漁業、農業、牧畜、林業など第一次産業をテクノロジーによって大きく前進させてきた歴史があります。それを受け継ぎより豊かにしていく人材が一人生まれた時に第一次産業の未来のための担い手が生まれてくるわけです。ですから人に圧力をかける事で生まれる虐殺などより人一人を大切に丁重に扱う社会がSDG’Sの考え方には必要なのです。

     

    ②     ハンデを利点に変える(デメリットをメリットに)

     

    先天性の障がい者に限らず事故や病気になって障がいを抱える人々は存在します。普通の健常者よりできない事が多いのが障がい者といえるのでしょう。ただその健常者の人より劣る点をプラスに変えていった障がいをもった著名な人々は存在するのです。あのベートーベンは聴覚に障がいがあってもその感性とテクニックのアウトプットは健常者にはない芸術的な音楽の作品を生み出しました。モーツァルトも統合失調症だったそうです。そしてヘレンケラーやヘレンケラーを育てたサリバン先生も障碍者だったそうです。その障がい者として生きる上でのハンデやストレスを人の役に立つ人を感動させるアウトプットとして生かしていく事もできるのかもしれません。

     また健常者の中にも障がい者の中にも優劣はあるのです。しかしこの人口爆発社会や自給率不足問題などはその皆が皆を活かしていく中でしか解決可能にはなりません。もう障がい者、健常者といった区別や差別を気にしている余裕などないのです。ただそれを圧力ではなく優しさでカバーしていけるのならそれはデメリットではなくメリットに変わるのかもしれません。

     

     

    ③     量より質に可能性がある

     

    日本の企業や会社は質より量を求める傾向はあります。確かに量をこなせばそれだけ生産性は上がると普通は考えるのでしょう。しかしそれが無駄な労働に繋がっていないかは今叫ばれているSDG‘Sの考え方にはあるのです。というのは皆、量を働いてもそれで心身病んでしまって働けない状態になり逆に労働力として機能できない状態に陥ったりする人々が増加傾向になるのです。それから世界には何億人もの飢餓問題があるにも関わらず大量の何億トンもの食品ロスがあるというのです。

     しかし仕事の量をこなせなくとも質の高い仕事をする人々などは存在します。ただその仕事量をこなせない為に質の高い仕事をこなす人々が労働力として無駄になっているという傾向も見受けられるのです。たとえば100%で仕事をすると週3日しか勤務できない人がいたとします。すると週5日勤務するには50%か60%の力の入り具合で仕事を回さなければ業務をこなせなくなるわけです。そうなれば仕事の量はこなせても質は落ちるためその会社の収益も50%から60%になりやすいわけです。しかし週3日で100%の力の入れ具合で仕事を回せるようになれば収益が増える確率も100%になるというわけです。質も量もと欲張る会社は多々あります。すると余計についていけない人々が増え労働生産性が落ちるというわけです。実る確率が50%~60%の種まきより100%収穫に繋がる働き方の方が効率良いというわけです。量より質が生産性を上げるというのはそういう事なのです。

     

     

     

     

     

     

    ④     三日坊主も続ければ継続は力に変わる

     

    「継続は力なり」の反対の意味として「三日坊主」という言葉を使う人はいるのかもしれません。しかし三日坊主も何度も続ければそれは多くの業種を経験した継続は力なりというような幅広い視野を持った経験値に変わる事はないようである話です。毎週三日坊主を続ければ1年で150日以上は働いたという事になるわけです。

     

     

     

    ⑤     充実した休息が充実した仕事を生む

     

    仕事で疲れて帰ってきてその後充分に休息をとれるかどうかは仕事に就く時のモチベーションに大きく左右します。満足に休息がとれないと100%の能力で仕事に集中できない事は富裕層は皆知っています。その為、裕福な人ほどプライベートを充実させる事に徹底していたりするのです。良いサービスを受けた経験値の分だけ良いサービスを提供できるという事です。充実した休息が充実した仕事を生むというのは継続して長時間長期勤務ができるという事以外にも大きく労働生産性に関係しているという事が言えるのです。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    第3章       

    戯言短歌 22首

     

     

     

     

     

     

    ①    働かざる者食うべからず されど腹が減っては戦はできぬ

     

    ②    持ち物人脈スタート地点にさがあれば ハンデで鼻から勝敗決し 試合の意味なし 道具なしに勝てる野球なし

     

     

    ③    貧しき性 テコ入れせねば 動かかぬ岩

     

    ④    人材を使いきれぬは浴からか いつまでもあると思うな働く意欲労働者

     

     

    ⑤    10割打者はいなければ10割勝てる投手もなし失敗6割 打率4割 6点稼いで 4点に抑えろ

     

    ⑥    隙あるからおこぼれあり 皆完璧では疲労困憊 隙ある人に好きがあり

     

    ⑦    戦には敵の大将狙いけり 偏る視点で守備手薄なら 己が大将守れぬ誤算 己が暮らし守れぬなら その労働の価値なし

     

    ⑧    ならぬならぬは言い易い できるできるは言い難い すべてがならぬものならば 誰の責任 人の子の道

     

    ⑨    客数をこなす故に苦汁を覚え 客単価を上げるのならば

    得した気分を客に与える事 この上なし

     

     

     

    ⑩    買い物で金銭支払い惜しむなら 得する事は出来ぬとも 現状維持で徳高め いずれの機会に 損して得とれ経済原理

     

    ⑪    軌道に乗った収入社会 足元よく見ろ 飢えた者だらけ 経済格差に 災いの底なし沼社会

    ⑫    心病む心に闇があるからか 世間の闇に出くわしたか

    いずれにしても明るい先行き 人の心に明かりを灯す灯篭人々なしには来ず

     

     

    ⑬    世の中が暗い暗いと嘆く今 気を強く心を強く持つならば

    自ずと君が周りを照らす灯りとなる

     

    ⑭    腹痛めるリスク惜しんでは子は産まれぬ コストを惜しむなら経済成長に期待は出来ぬ

     

    ⑮    己が不満 何故に不満 己の為にならぬから

    されど己が出した答えで世間の評価は決まる因果応報

     

    ⑯    食えぬなら働けず 苦得ぬなら働く価値あり 苦しみの為の報酬など要らぬは当たり前

     

    ⑰    苦労とは為になるから重宝し 為にならぬ労苦の価値なし

     

    ⑱    己が心の宝をどこに置く その置き場所で 人生決まる

     

     

    ⑲    時に紅葉見上げれば その絶景は季節ある故 人生に落差ある故に その四季の良さを知る事この上なし

     

    ⑳    休息できずに戦えば その剣先は乱れ極め 敵に急所を仕留められ

     

    ㉑ その書を読み 何を思うか活かすかは 君の能力人柄次第

     

    ㉒ 始まりは初々しくも生きられて 終わりに近づき虚しくとも 終わりよければすべて良し 君の大往生は最後に何を信じるか。

     

     

     

    著者: 阿那覇 九也

     

    1998年沖縄にある某観光産業系大学を中退後2000年沖縄サミット会場近隣レストランのウエイターを経験し複数の首相や大統領などの通る姿を見て世界情勢について考えるようになり、2002~2003年米国籍の叔母の勧めでリンカーン記念堂を訪問。米国教会で各紛争地域にある途上国を支援する米国の裏の顔を見て益々世界情勢に興味を持つが、2004年に精神疾患と診断され非正規雇用で職を転々としながら社会的底辺にある立場の中で貧困と紛争は無縁ではないと考えるようになり執筆。1979年沖縄生まれ。著書に「阿那覇九也 短編小説5部作」、「氷河期作家の戯言」など。

     
     
    某観光産業系大学を中退後沖縄サミット会場近隣レストランのウエイターを経験し複数の首相や大統領の通る姿を見て世界情勢について考えるようになり米国籍の叔母の勧めでリンカーン記念堂を訪問。世界情勢に興味を持ち職を転々としながら貧困と紛争は無縁ではないと考えるようになり執筆。

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