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Photo bynoouchi

数字の向こう側を見せてくれた、あの春のこと

    青空ちくわ

    「今年、現場実習は1年間です」
     総務課の発表に、私たち新入社員は顔を見合わせた。

     入社したその春はリーマンショック直後。世界中が大不況のなかにあった。採用された自動車部品メーカーも決して例外ではない。

     事務員として採用された私たちは、本配属前に工場実習がある。自社製品を知るための大切な時間だ。とはいえ例年でいえば期間は2週間。

     ところがその年、リーマンショックの影響で事務員としての仕事も減ってしまった。そこで冒頭の通り、通常は2週間である工場実習が1年間となったのである。

     春から事務職員として働くはずが、1年間は工場で部品の生産にあたる。想定とのギャップに驚いた。それでも、ありがたかった。なぜなら企業によっては、リーマンショックの影響で内定取り消しになったり、就職浪人をすることになった話もニュースで耳にしていたからだ。

    「研修期間が少し延びただけ」
     そう、安易に考えていた。

     しかし、工場実習が始まって日が経つごとに不安は大きくなっていく。

     私たちが任されたのは、部品出荷前の最終工程。次々に流れてくる自動車部品のなかに、不良品が紛れていないか、一つずつ手にして、チェックしていくものだ。1日立ちっぱなしのその仕事は、体力はもちろんのこと、技術やスピードも必要とされた。

     最終工程なので、不良品を見逃せば、その部品は客先に流れてしまう。下手すれば、リコールの原因にもなりかねない。次々に流れてくる部品のスピードについていきながら、かつ正確さが求められる。

     右も左も分からない私たちは、先輩社員と2人1組になって、作業を教えてもらった。一つの部品をチェックするのに、先輩の3倍以上の時間がかかる。そんな手際とは関係なく、部品は自分のラインに届く。だから、新入社員の私たちがチェック作業に入れば、先輩社員の負担は大きくなった。

     それでも。ペアになる先輩社員は、誰1人としてイヤな顔をする人は居なかった。それどころか皆、「体調だけは無理しないように」と気にかけてくれた。

     加えて、課長も良い人だった。「ここでは僕のことを父ちゃんだと思って。遠慮なく、何でも言ってくれ」と話す。“今の時代にも、こんな熱い人がいるんだ”と驚いたくらいだ。

     部品にサビ止めの油をかけるため、仕事の後は身体中が油の匂いになった。爪も黒くなる。そして、夏が大変だった。

     工場の天井は高く、空調が効いていても隅々までは行き渡らない。局所的に冷風を送るスポットクーラーはあるものの、身体を動かす作業では、たくさん汗をかく。特に慣れないうちは、熱中症に注意しなくてはいけない。先輩社員は注意深く、私たちを見守ってくれていた。

     そんなある日。

    「今日は仕事が終わったら、みんなで回転寿司行くぞ。寿司だ寿司」

     課長が休憩室でみんなに声をかけた。一気に部屋が賑やかになる。

     そして、みんなで出かけた回転寿司で「食べた皿の少ない机が、全部の卓の支払いだからな」と、5卓に分かれたそれぞれの机に課長は言って周った。

     その言葉に、私たち新入社員4人も必死に食べた。目の前には、どんどん皿が積み上がっていく。少しずつお腹が膨れてきた頃。「支払いの件は冗談だから。安心して食べなさい」と、課長は言った。優しい目で。新入社員の私たちに、遠慮させない為の言葉だった。

     回転寿司の誘いも、夏の暑さに疲れる課員を思ってのことだったのだろう。

     その後も私たちは、課長の不器用な優しさに包まれながら、大変ながらも楽しく仕事をした。

     ある時は「“安全メガネ”を新しく変えたらどうだ?」と提案してくれた。作業時に、いつも着けなくてはならない“安全メガネ”は、粉塵(鉄クズ)や油が目に入らないようにする為のものだ。

     油でベタベタになる毎日。正直、安全メガネの見た目など、あまり気にしたことはなかった。けれど、作業着のパンフレットを見れば、そこには想像以上にスタイリッシュなメガネが並んでいた。

     新しい安全メガネが届いたとき、私たちは大喜びだった。たかがメガネ、されどメガネ。見た目もさることながら、耳の後ろが痛くならないことにも感動だった。

    「新しい安全メガネ、最高です」
     そう話す、私たちに「だろ?」と得意気に笑う課長の嬉しそうな表情は、今でも忘れられない。

     大学の同級生と久しぶりに再会すれば、既に配属先のオフィスで着々と経験を積んでいく話を聞いて、焦る気持ちも出た。それでも、前向きでいられたのは、間違いなく先輩社員はじめ、仲間のおかげだった。



     部品の確認作業にも慣れ、正確さもスピードも上がってきた頃。先輩とのペアではなく、新入社員だけで仕事を任されるようになった。

     その頃には、自分の工程だけでなく、前後の作業や工場全体のことも知りたくなってきた。

     鉄の塊から部品が出来上がるまで。プレス機で叩く工程や金型を作成する様子も、お願いして見せてもらうことにした。自分の工程以降、伝票で部品数を入力して、生産管理部門へ報告する様子も覗かせてもらう。

     少しずつ少しずつ。目の前の断片しか見えていなかったものが、流れとなって頭に広がっていった。

     手元に届く部品になるまでに、沢山の人の手に渡り、地道な作業を繰り返す。それらが繋がって、ようやく形になる実感が持てた。

     自動車が安全に道を走る。その笑顔の裏にある、人や工程に初めて思いを馳せた。


     秋になり冬がきた。慣れた手つきでチェック作業を進める私たちの胸には「決して不良品を流さない」という意識がしっかり根付いていた。

     夏暑い工場は冬場、芯から冷える。
     休み時間になると「よし、キャッチボールするぞ」と、課長は課員に声をかけた。ボールを投げながら「最近どうだ?」と、聞く不器用さはいつも変わらない。

     それが私たちを安心させる。


     春が来た。
    「この1年、本当に良く頑張りました」
     そう言ってくれた課長の言葉に、私たちは涙をこらえることが出来なかった。

     寂しかった。

     不安で仕方なかった1年の実習が、こんなにも暖かいものになるとは思わなかった。

     そして4月から、私たちはそれぞれ別の部門に配属が決まる。ある人は総務へ。ある人は経理へ。ある人は品質保証部へ。

     どの部門も、机に向かって数字を扱う仕事だ。給与、部品数、安全の指標となる数字を管理する。

     目の前には部品ではなく数字。
     一見すると、それは無機質なもの。

     しかし私たちは、数字の裏に温度があることを知っていた。あの春からの1年が、それを教えてくれた。

     管理部門も生産部門も、それぞれに違った大変さがある。それでも、数字を扱う管理部門が生産現場に日々支えられていることを私たちは身をもって感じたのだ。

     同じ春がやってきたようで、翌年の春、私たちの顔つきは確かに変わっていた。


    #春になると思い出すこと
    #みんなのnoteコン

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     ギリギリになってしまいましたが、大切な思い出を振り返る機会を本当にありがとうございました。

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    人間観察と妄想好きなアラフォー | 書店で働く2児の母 |「40代の人生をちょっと面白く」→やりたかった事を一つずつ叶えたり“失敗”や“ままならぬ感情”を違った角度から観察してます🎖️マイナビ×note「 #想像していなかった未来」グランプリ受賞|みんなのnoteコン佳作

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