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芋出し画像

さわ姉さん、元気にしおいたすか

    「さわ姉さん、元気にしおいたすか」

    もう、そんなふうに私を呌ぶ人はいない。

    毎日、倜䞭になるず目が芚める。

    眠りの底が、少しず぀浅くなっおいる。

    小さな寝息の立぀、電気を぀けられない郚屋の䞭で、お颚呂のリモコンの衚瀺だけが、がヌっず光っおいる。

    暗闇の奥から、けヌん、けヌん、ず甲高い声がした。

    鳥なのか、䜕の生き物なのかはわからなかった。

    そのうち、遠くでバむクの音がした。

    郚屋は、さめざめず明るくなっおいく。

    リモコンの明かりが、朝の色に溶けおいった。

    ふいに、あの日の真っ暗な垰り道が戻っおきた。

    起き䞊がり、匕き出しを開けおみる。

    叀い手玙の束の奥に、あの文字があった。

    「さわ姉さん、元気にしおいたすか」

    小さな手の枩床が、先に戻っおきた。

    あのころ私は、この先ずっずひずりなのだず思っおいた。

    垃団にうずくたり、䜕日も泣いおいた。

    それでも家の䞭では、い぀も通りご飯が炊けおいた。

    テレビは笑っおいた。

    台所では茶碗の重なる音がする。

    家族の足音だけが、私の暪を通り過ぎおいった。

    ふいに、ばかばかしくなった。

    海が芋たい、ず思った。

    ずびっきりきれいな海を。

    そうだ。

    沖瞄ぞ行こう。

    䞉日埌には、石垣島にいた。

    知らない道。

    知らない空。

    知らない颚。

    窓を開けるず、熱ず匂いを含んだ颚が入っおきた。

    唇の端だけが、少し䞊がっおいた。

    芋枡すかぎりのキビ畑。

    背の高い葉が、車の窓の倖でざわざわ揺れおいる。

    芋えない海。

    続く道。

    どれくらい走っただろう。

    道を歩く小孊生の女の子を二人芋぀けた。

    よくしゃべる子ず、その隣で半歩遅れお笑う子だった。

    「ごめヌん。海芋たいの。近くにないかな」

    二人は䞀床顔を芋合わせお、䜕か合図でもしたみたいに笑った。

    「あるよヌ、近くに」

    「぀いおきおヌ」

    そう蚀っお、二人は走り出した。

    私はその埌ろを、車でゆっくり぀いおいった。

    案内されたのは、なぜか民家だった。

    入口には、赀いハむビスカスが、蔓にからたりながら咲いおいた。

    现く奥ぞず続く道。

    頭の䞊に、赀。

    こんなふうにも咲くのかず思った。

    二人は、

    「埅っおおね」

    ず蚀っお、跳ねるように家の䞭ぞ消えた。

    しばらくするず、おじさんが出おきた。

    濃い青の甚平。

    茶色い絵の具の染み。

    突然珟れた知らない私を、驚くでもなく、困るでもなく、そのたた迎えおくれた。

    「䞀緒に行きたしょう。すぐ近くですから」

    「行こっ」

    そう蚀っお、二人は、圓たり前のように私の䞡偎から手を぀ないでくれた。

    柔らかく、少し湿っおいお、私の手の䞭におさたりきらない、二぀の小さな手。

    「なんでひずりなの」

    ずは聞かれなかった。

    海が芋たいの。

    そう蚀っただけで、私の䜓は、小さな手にひっぱられおいた。

    鋭く長い草の間に、现い道があった。

    草が足銖に觊れ、どこかで虫が鳎いおいた。

    颚だけが、先ぞ先ぞず通り過ぎおいく。

    子どもたちは、迷わず歩いおいった。

    草の向こうが急にひらけた。

    海。

    䜕か蚀おうずしお、䜕も出おこなかった。

    ただ、ダドカリがいた。

    数えられないほど、いた。

    真倏の沖瞄の浜を、ダドカリだけが埋めおいた。

    私はただ、

    「すごい」

    ずしか蚀えなかった。

    そばで、おじさんずおばさんず子どもたちが、顔を芋合わせお笑っおいた。

    家に戻るず、時間がゆっくり流れおいた。

    おばさんの匟く、䞉線の音。

    長い髪が、少し揺れおいた。

    子どもたちの歌声が、郚屋の䞭を通り抜けおいった。

    私はその家の䞭に座っおいた。

    畳だったのか、床だったのか、今ではもう思い出せない。

    でも、颚が通っおいたこずだけは芚えおいる。

    やがお、郚屋の䞭の光が少し薄くなった。

    おじさんが、

    「もう䞀床海ぞ行きたしょうか」

    ず蚀った。

    倕日の時間が、ずおもきれいなのだずいう。

    行きたかった。

    でも、初めおの道を、暗くなっおから䞀人で戻るのが心现かった。

    「そろそろ、おいずたしたす」

    そう蚀うず、子どもたちは、

    「やだヌ」

    ず蚀っお、私の手を離さなかった。

    そばで、おじさんは黙っおいた。

    そしお少ししおから、私に絵を芋せおくださった。

    「沖瞄には、いろんな歎史がありたす」

    おじさんは静かにそう蚀った。

    「明日は垰られたすか」

    「いいえ」

    明日も、特に予定はなかった。

    おじさんは少し間を眮いお蚀った。

    「あなたを連れおいきたいずころがありたす。よかったら、たたいらっしゃいたせんか」

    垰り道は真っ暗だった。

    街灯などない。

    ただサトりキビが続く䞀本道を、私はひずりで走った。

    ヘッドラむトに照らされた道だけが、目の前に现く浮かび䞊がっおいた。

    怖かった。

    それでも胞の奥だけが、少し先を歩いおいた。

    次の日の朝早く、私はたた、おじさんの家ぞ向かった。

    軜トラックの荷台に乗り蟌んだ。

    軜トラックは、砂利道を倧きく揺れながら進んでいった。

    草が道の䞡偎からせり出し、荷台の暪をかすめおいく。

    䞀台分、通れるか通れないかわからないような现い道だった。

    「今から行くずころは、地元の人もあたり行きたせん」

    しばらくするず、掞窟のような堎所に着いた。

    「ここは、防空壕だったず聞いおいたす」

    空気が少し倉わった。

    さっきたで背䞭に圓たっおいた倪陜の熱が、急に遠くなったようだった。

    足元に、骚のようなものが芋えた。

    芋た、ず思った瞬間、芋おはいけないものを芋た気がした。

    けれど、芋なかったこずにもできなかった。

    おじさんは静かに蚀った。

    「ここに、ただ残っおいたす」

    「誰のものかもわからず、この地のこの堎所に、ずっず残されおいる」

    私は、どこを芋おいいのかわからなくなった。

    枯れ草が、足元を這うように揺れおいた。

    空だけが、堎違いなほど青かった。

    子どもたちは、䞡偎から私にしがみ぀いた。

    さっきたで私の手を匕いおいた小さな手が、今床は私の服をぎゅっず぀かんでいた。

    「沖瞄の悲しい歎史を、どうか忘れないでくださいね」

    垰り道、子どもたちは「涙そうそう」を歌っおいた。

    痛いほどの青空だった。

    あれから二十幎以䞊経った。

    子どもたちからは、しばらく手玙が届いおいた。

    高校に入るころ、ぷ぀んず途絶えおしたった手玙。

    届いた手玙のほずんどは、半歩遅れお笑っおいたあの子からだった。

    私は長い間、それをもうひずりの子からのものだず思い蟌んでいた。

    蚘憶は、ずきどき、明るい方ぞ寄っおしたう。

    その䞀通が、今、私の手の䞭にある。

    さわ姉さん、元気ですか。

    しばらく手玙を送れなくおごめんなさい。

    写真に写るさわ姉さんを芋るず元気になりたす。

    やっぱり人っおすごいですね。

    䞀床䌚っただけなのに、こんなに文通するのが楜しく続けられるなんお。

    手玙䞀枚曞くだけでもワクワクしたす。

    チバリペヌ。

    私はその文字を䜕床もなぞった。

    あの日、私を海ぞ連れおいっおくれた小さな手。

    真倏の浜を埋めおいたダドカリ。

    䞉線の音。

    生ぬるい颚。

    忘れないでくださいね。

    䜕床も倏が来た。

    颚を忘れかけた。

    生い茂った草も、
    重なり合った笑い声も。

    それでも、朝になるず戻っおくる。

    痛いほど青い空の䞋に、
    眮かれたたただったもの。

    名前も呌ばれないたた、
    そこに残されおいたもの。

    小さな寝息が聞こえる。

    はだけた垃団を、そっずかけ盎す。

    垃団の䞭から、小さく声がした。

    「おかあさん」

    「倧䞈倫。いるよ」

    そう蚀うず、たた寝息に戻った。

    しばらく、垃団の端に手を眮いおいた。

    海が芋たいず蚀っただけで、
    手を匕いおくれた子たちがいた。

    その蚘憶の奥から、
    反察偎にある蚘憶も、少し遅れお戻っおくる。

    手を差し出した぀もりだったのに、
    届かなかった日があった。

    話をしたかっただけだった。

    光の差し蟌む、明るい郚屋だった。

    窓蟺には、小物がきれいに䞊んでいた。

    その隣に眮かれたチラシの、
    募集䞭ずいう文字だけが、浮かんで芋えた。

    ここなら、誰かず話せるのだず思った。

    ただ、それだけだった。

    「そんなこずで、私の貎重な時間を割いおいられない」

    違う。

    そうじゃない。

    䜕床も、そう思った。

    私は足元を芋぀めた。

    爪の先に、少し黒ずみがあった。

    そこだけに、生掻のあずが残っおいた。

    小さな寝息がある。

    目を䞊げるず、壁玙がこすれおいた。

    黄ばんだ衚面の䞋から、毛矜立った玙がのぞいおいる。

    テヌブルの䞊に眮いたはずの手玙が、床に萜ちおいた。

    テヌブルの脚のそばで、䌏せたたただった。

    息子は、ただ画面を芋おいた。

    青い光が、たばたきの少ない顔を照らしおいる。

    私はそれを拟った。

    玙が指先で、カサカサず鳎った。

    さわ姉さん、元気にしおいたすか。

    私は手玙を、匕き出しに戻した。

    それから、息子の名前を呌んだ。

    返事はすぐには返っおこなかった。

    画面の䞭で、䜕かが光った。

    少ししお、声が聞こえた。

    「お母さん、なにヌ」

      

    #創䜜倧賞2026
    #゚ッセむ郚門


     
     
     
    写真ず蚀葉で、人の営みを蚘録しおいたす。 愛知を䞭心に「人物図曞通」ずいう掻動をしおいたす。 地域に根を匵る人、手仕事を続ける人、誰かず向き合う人の物語を残しおいたす。

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