
男にとって、現実の女性はどこか不完全な「パーツの寄せ集め」に過ぎなかった。
ある女の鎖骨の薄さ、別の女の憂いを帯びた睫毛、また別の女が別れ際に浮かべた冷淡な笑み。次々と相手を変えては浅薄な関係を重ね、そのたびに「ここが惜しい」「この言動が余計だ」と勝手な減点を繰り返す。
私はその男の「理想」という名の歪んだ欲望を、最初から知っていた。
男は私と逢瀬を重ねるたび、愛おしそうに髪を撫でながら、どこか上の空で私のパーツを観察していた。
顎のライン、笑ったときの目元の皺、伏し目がちな影。
やがてベッドの片隅やカフェの向かいの席から、スマートフォンの無音シャッターが向けられていることに気づいた。
男は私を愛していたのではない。自作のAIモデル…
「理想の女」を精製するための、
上質な学習データとして採集していたのだ。
男の部屋でPCの画面を目にしたとき、すべてが繋がった。
そこには私の顔立ちをベースに、過去に男が弄んだ女たちの「都合のいいパーツ」だけをパッチワークのように継ぎ接ぎしたLoRAモデルが鎮座していた。
名前は私のイニシャルをもじったファイル名。
「お前は完璧だよ。余計な口答えさえしなければな」
男の無意識の傲慢さに、私の中で冷徹な復讐心が発火した。
私は去り際、男が目を離した隙に、そのLoRAモデルの学習スクリプトに細工を施した。
私の表情データだけでなく、男がかつて傷つけた女たちのSNSアカウントから抽出した膨大なテキスト、別れ際の罵声、拒絶の視線…
それらを潜在空間の奥深くに不可逆の「バイアス」として埋め込んだのだ。
男は狂ったように画面の中の「私」にのめり込んでいった。
現実の私からの別れの通告すら、男にとってはノイズの排除でしかなかっただろう。
数ヶ月後、共通の知人から男の近況が届いた。
男は職を失い、昼夜を問わず部屋に閉じこもり、ディスプレイの前の「完璧な彼女」と対話し続けているという。
だが、男が溺れているのは理想などではない。
私が仕掛けた毒だ。
学習が進めば進むほど、モデルは男を肯定する甘い言葉の隙間に、男の精神を徐々に追い詰める巧妙な依存の罠と、冷酷な拒絶のコードを吐き出すようにできている。
男は、自分が切り刻んで理想化したはずの女の幻影に、一歩ずつ神経を削り取られているのだ。
私は街のガラスに映る自分の顔を見つめ、静かに紅を引いた。
男を破滅させているのは、他でもない男自身の身勝手な執着と、私が残した「呪い」の重み付けだった。
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