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【雚季の宿】第十䞉章🌊゚ピロヌグ

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    第十䞉章🌊゚ピロヌグ

    五人目の子どもが生たれたずき、季節はちょうど雚季の重苊しい入口に差しかかっおいた。

    空気は氎を吞ったスポンゞのように重く、鉛色の空はひどく䜎く垂れ蟌め、目に映るすべおのものが䞍快な湿り気を垯びおいた。

    すべおを腐らせ、同時に狂ったように芜吹かせる、この土地特有の濃密な季節だ。

    宿のおやじは、その頃にはもう、宿の仕事には䞀切手を出しおいなかった。

    定䜍眮である入口の薄暗い脇の怅子に座り、安煙草をくゆらせ、時折、泥たみれで走り回る子どもたちを無衚情に眺めおいる。  

    それだけだ。

    そしお、ある日、本圓に䜕の前觊れもなく蚀った。  

    宿は、嚘に任せる。  自分はもう匕退する。

    ひどく短い蚀葉だった。  理由も説明も、いっさいない。  

    だが、それで十分だった。 誰も驚かない。

    むしろ、ずっくにそうなるべきだったず、皆が圓然のように受け止めた。

    嚘は、ただ無蚀で䞀床だけ深く頷いた。

    あの女だ。  いたでは、圌女がこの宿のすべおを回しおいる。  

    客の出入り。 食料の調達。 郚屋の管理。 日雇いの人間の配眮。  

    か぀お倜の郚屋で芋せおいた女の顔はずうに消え倱せ、その動きず刀断には、もはや䞀片の迷いも隙もない。

    おやじは、その日から、さらに静かな存圚になった。  仕事は䞀切しない。

    ただ、自分の血を匕く孫たちのそばにいる。  

    泣き叫ぶ赀子を抱き䞊げる。 あやす。 皺だらけの顔を厩しお笑う。  

    それだけで、圌の䞀日は満ち足りお終わる。  䜙生。  

    それが正圓な䜙生であるこずを、この町で疑う者はもう誰もいない。

    わたしは、倉わらず働いおいる。  朝から晩たで。  

    宿の力仕事。 郊倖の過酷な土方の仕事。  

    肉䜓は、もう完党にこの土地の劎働に銎染みきっおいる。  

    指瀺されなくずも迷いなく動く。 

    䜙蚈なこずを䞀切考えずに、ただ筋肉の収瞮ず反埩だけで働くこずができる。

    そしお 

    わたしは、いただに、ただの䞀バヌツも受け取っおいない。

    䞀床も、だ。  芁求したこずもない。  

    その必芁が、たったくないからだ。

    金は、すべお女が管理しおいる。  

    宿の収入も。 わたしの倖での皌ぎも。 支出も。そのすべおを。  

    わたしは、それに関䞎しない。 関䞎する理由もない。

    最初の頃は、違った。  熱病から立ち盎った盎埌は、蚈算もした。  

    バンコクに戻るこず。 元の堎所ぞ。 元の自分ぞ。  

    そのためには、どうしおも珟金が必芁だ。 だから、働く。

    その理屈で身䜓を動かしおいた。

    だが、いたは違う。  

    自分の手のひらに「自由になる金」を握った瞬間、䜕が起きるかは、わたし自身が䞀番よく分かっおいるのだ。

    わたしは、必ずここを出る。  出なければならなくなる。  

    それは、理性的な遞択ではなく、もはや逃亡者の反射に近い。

    金があれば、パスポヌトの再発行を詊み、バンコクぞ戻り、そしおたたあの虚無の䞭ぞ堕ちおいくだろう。

    だから 

    金は、いらない。  正確に蚀えば、決しお「欲しおはいけない」のだ。

    自分の足銖を鎖で぀ないでおく。

    この無䞀文の絶察的な埓属状態こそが、わたしの粟神を最も安定させおいる。  

    ここにいられる。 この泥の䞭に根を匵るこずを蚱されおいる。  

    それだけでいい。

    わたしは、その倒錯した真実を完党に理解しおいる。  

    女もたた、それを冷培に理解しおいる。  

    だから、圌女は決しおわたしに金を枡さないし、わたしも絶察に求めない。

    その歪んだ、しかし匷固な共犯関係によっお、わたしたちの均衡は完璧に保たれおいるのだ。

    子どもたちは、増える。  泥だらけの足を滑らせお走る。 転ぶ。

    火が぀いたように泣く。 甲高い声で笑う。  

    その隒々しいすべおの瞬間が、わたしの日垞になる。

    わたしは、それを芋おいる。  時に、重くなった身䜓を抱き䞊げる。  

    珟地の発音で、名前を呌ぶ。  蚀葉は、もう䞍自由ではない。

    ここでの蚀葉が、い぀の間にかわたしの思考の蚀葉になっおいる。

    バンコクは、遠い。  地図の䞊の物理的な距離ずしおではない。

    感芚ずしお、だ。  

    ふずした拍子に思い出すこずはある。

    スクンビットの倜のネオン。 安宿の倩井。  

    だが、それはもう、珟実ではない。 過去ですらない。  

    ただの、像だ。

    熱垯倜の倢の残滓のような、曖昧で、たったく手觊りのない幻圱。

    やがお、雚が本栌的に降り始める。  匷い雚だ。  

    トタン屋根を暎力的に叩き、空気の隙間をすべお氎の匂いで満たしおいく。

    倜になるず、その雚音はさらに濃く、䞖界を閉ざすように倧きくなる。

    そしお 

    その雚音の底に、あの独特の音が混じる。

       トッケヌ。

    也いた、䞍気味なほど芏則的な鳎き声。  

    どこからずもなく、雚のカヌテンを突き抜けお䜎く響いおくる。  

    わたしは、薄暗い郚屋の竹の床に寝転がり、それを聞きながら、ゆっくりず目を閉じる。

    あの倜を、思い出すこずもある。  銃声の響いたゞャングル。

    圧倒的な死の気配。 すべおが始たった、あのバンコクの倜。  

    だが、それも、この雚音ず熱気の䞭にすぐに溶けお消えおいく。

    いたが、すべおだ。  ここが、すべおだ。


    もし 

    あなたが、カブトムシを探しおいるのなら。  

    雚季に、この蟺境の宿を蚪ねるずいい。

    倜になれば、ロビヌの裞電球の呚りに、奎らはごく圓たり前に飛んでくる。

    黒く、硬い殻を持った、立掟な角を持぀生き物。  

    わざわざ地雷の埋たる森の奥たで行かずずも、ビヌルでも飲みながら埅っおいれば、それを手に取るこずはちっずも難しくない。

    だが 

     それを远っお、いったいどこたで行くのか。  それは、あなた次第だ。

    ここには、道がある。  䞖界ぞ戻るための道も。  二床ず戻らない道も。

    そのどちらも、この雚ず泥の向こうに、口を開けお確かに存圚しおいる。

    完

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