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角が取れて丸くなる。でん でん でんぐりがえってからの考察

    どんぐりころころどんグリコ

    おむすびころりん

    三年とうげで転ぶでない

    広く世の中にさまざまな言い伝え,伝承があるけれども,ひたすら「転がる」「転ぶ」。もうそりゃあコロコロリンだ。

    転ばぬ先の杖。

    手のひらの上でコロコロ。

    格言も満載だ。こうやって「転ぶ」というのは,単なる一日の1イベントにとどまらず,とかく人間に教訓を与える一大事の地位にまで昇格しているといえよう。

    人間,何かあったらとにかく転がる。吉本新喜劇よろしく,とにかく隙あらばすってんころりん。逆に転ばなかったら,それはもはや,タコの入っていないたこ焼きと同じ。

    人間はどうしてこうも転びたがるのだろうか。

    否。好きで転んでいるわけではない。人間,生きてりゃ必ずしも万事が万事うまくいくわけではない。つまづく時だってそりゃあ多々ある。

    いや,むしろつまづいてから人生が始まるのかもしれない。つまづきがあってから何かが始まる。

    日本昔話のエンディングテーマでお馴染みの例の曲だってそうだ。前回りを一発かましてからサヨナラのフレーズを言う。単純に「バイバイ」と言えたはずだ。いや,その方が絶対にクールだ。アデュー。

    しかしあえてのでんぐり返り。これには体操のお兄さんもビックリだ。おしりを出した子が一等賞になるのも不思議だ。通常であれば公然わいせつ罪で現行犯逮捕になってもおかしくない。しかしそれなのに惜しげもなくおしりを出すとは,刑法41条ならぬ,刑事未成年ゆえの不可罰の結末とでも言おうか。でも「人間っていいな」って言うあたり,発言者は人間ではない可能性がある。人間に対して羨望のまなざしをいだく生命体の発言を切り取ったもの。そう考えると,杓子定規に刑法の適否を検討するのは野暮ってものなのかもしれない。これだけ熊の被害が発生している世の中だ。「クマの子見ていたかくれんぼ」とは,のどかな田舎の原風景を描写したものではなく,むしろクマの親が背後に潜んでいて差し迫った危険に晒されている,そういう危機的状況を端的に表現した歌詞だと考えられる。

    話しが逸れてしまった。いけないいけない。

    人間ってのはとにかく転がるのが好きなのだ。
    転ぶと痛い。転がると節々が痛い。でも転がっていくうちに,次第に転がり方,痛くない転がり方を覚えていく。初めはぎこちない転がり方かもしれない。転んで痛い思いをすると思う。でもだんだん転んでいるうちに,受け身をとれるようになる。痛くない転び方ができるようになる。自分が回っているのではなく,逆に地面が自分の周りをまわっているのかもしれない。きっとそうだ。

    転がっているうちに,丸くなったら痛くないと分かる。

    そうやって丸くなった姿がこちら。ワン トゥー スリー ☞☞☞

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    京都市国際交流会館の謎モニュメント

    実に丸い。

    そういえば近くに円山まるやま公園なんてものもある。丸い。


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