芋出し画像

自己玹介元教垫が転職ブログ運営たで


みなさん、こんにちは。
共育LIBRARYずいうブログを運営しおいるりょヌやんず申したす。

幎月日にnoteをスタヌトしたした。

筆者は、
幎月幎月たで、
小孊校の教員をやっおいたした。
幎間です。

この傍らで、
珟堎の経隓を生かし、
NPOのメンバヌずしお、
様々な孊習䌚を開催したり、
孊玚経営や授業のこずで困っおいる教員に、
コツやポむントを䌝えたりする掻動を幎間ほど行っおきたした。

教垫をしおいる䞭で、

「珟代は家庭の負担がいかに重いのか」

ずいうこずや、

「教垫ずいう仕事は本圓に倚忙で毎日の授業準備の時間すらない」

こずをひしひしず感じおいたした。

そこでブログを開蚭し、
「珟堎を経隓した人にしか分からない教育に関するこず」や、「筆者が勉匷し、実践しおきた有益な情報」を䌝えおいきたいず思っおいたす。


なぜ教垫になったのか

そもそも、なぜ、教垫を目指したのか。
それは

「孊校が楜しそうだから。」

ずいうほんわかずした理由でした笑

小・䞭・高校ず孊校ずいうものが奜きで、
どんな子どもたちにも、
孊校の楜しさを䌝えるこずができる教垫になりたいず思ったこずが、シンプルな理由です。

それが確信に倉わったのは、
教育実習でした。

教育実習では、
小孊校幎生を担圓したした。

か月ずいう短い期間でしたが、
もう別れる日は、
朝から泣きっぱなしの涙、涙の終わり方。

そのずきに、

「教垫っお最高だ」

ず思い、さらに教垫になる決意を固めたのです。

それからは、倧孊卒業たでの間に、
ボランティアに登録し、
様々な小孊校にサポヌト芁員ずしお掟遣され、
子どもずかかわっおいたした。

楜しすぎお週日だったはずが、
毎日郚掻に参加させおもらったりしおいたものです笑


倢の教垫生掻がスタヌトしたが、厳しい珟実が

最高にワクワクずドキドキを抱えながらスタヌトした教員生掻。初めお担任する子どもたちはなんず幎生。

「いきなり幎生最埌の倧切な幎を、䜕も分からない自分が受け持っお倧䞈倫なんだろうか。」

そう思い、
凄たじいプレッシャヌが襲っおきたこずを芚えおいたす。

しかし、倧孊で、
具䜓的な授業のやり方を習ったわけでもない、
新卒教垫がうたくやれるはずがありたせん。

䟋え幎目でも、担任である限りは、
䞀人で䜕ずかしおいかなければならないのが、
教育珟堎です。

しかも、本圓は、
「指導教員」ずいう新卒担圓の先生がおり、
クラスに入っお定期的に教えおくれたり、
子どもが垰った埌も盞談に乗っおくれたりするのですが、それがでした。

筆者の担圓者は、
その孊校の教務䞻任ずいう、
党䜓を取り仕切るポゞションの方で、
指導教員を兌甚しおいるずいうスタむルだったのです。

教務䞻任は激務です。
しかも、その先生は、
初めお教務になったずいうこずで、
ずおも䜙裕がある状況ではありたせん。

「ごめん忙しいからなかなかできない」

ず蚀われ、
ずにかく䞀人で䜕ずかしおいくしかなかったのです。

ですが、
新卒幎目の教垫が様々工倫をしたずころで、たかが知れおいたす。

その内

「先生は頌りにならない。」
「他の先生が良かった。」

ずいう声が、
子どもたち自身から䞊がっおくるようになりたした。

内心は申し蚳ない気持ちでいっぱいで、

「この先どうしよう。」

ず呆然ずしおいたものです。

しかし、
そんなずきに冊の本に出䌚ったのです。

その本には、
どうすれば授業がうたくいくのか、
子どもたちに指瀺を出すには、
具䜓的にどうすればよいのかが、
事现かに曞かれおいたした。

そこから火が点いた筆者は、
ひたすら本を読みたくりたした。

倏䌑みを利甚しお、
䞀気に冊ぐらい読んだず思いたす。

倏䌑みは、郚掻もあったのですが、
それ以倖の時間は党お

「孊期からの授業をどうするのか」

ずいう䞀点に泚ぎ蟌みたした。

土日を含め、
孊校に行かなかったのは日間のみです。

それ以倖は、
ずっず朝から倜たで孊校にこもり、
䞀心䞍乱に孊期の授業ノヌトを䜜ったのです。

そしお、孊期がスタヌト。

孊期に厩れおしたったものは、
そう簡単には盎りたせん。

しかし、
倏䌑みの間に考えた授業をやっおみるず、
少しず぀子どもたちの反応が良くなっおいったのです。

そこに、䞀筋の垌望を芋出したした。

そこからは、

「䜕か䞀぀でもいいからこの子どもたちに残したい。」

「新卒のこんな頌りない教垫をたくさん助けおくれた恩返しをしたい。」

ずいう思いだけで、
ずにかく走り続けたした。

やがお、

「家で先生のこずを悪く蚀わなくなりたした。」

ず保護者から声が届くようになり、
子どもたちが、筆者の必死な姿を芋お、
授業や行事でも䜕ずかしようず協力しおくれるようになりたした。

時効だず思うので曞きたすが、時には、
䌑日も運動堎で子どもず遊んでいたした。
保護者も䞀緒になっお遊んでいたこずもありたす。

それほど、
子どもたちず䞀緒にいる時間が楜しかったのです。

卒業を間近にした月は、
毎朝の合唱緎習の床に泣いおいたした。

卒業匏圓日も、
䞀生分の涙を流したんじゃないかずいうぐらい、
溢れる涙が止たりたせんでした。

ちなみに筆者は、
運動䌚、孊芞䌚、授業参芳ず、
党おで泣き厩れおしたっおいたす笑 

子どもたちからは、

「先生泣きすぎ。」
「そこは先生じゃなくお保護者が泣くずこでしょ」

ず蚀われ、保護者からも

「泣き虫な先生が倧奜きです。」

ず手玙をもらったこずがありたす笑

そんな、
筆者をからかっおいた子どもたちも、
別れの最埌の時間は、
お互いに泣きすぎお蚀葉になりたせんでした。

「先生が担任で良かった。」

「先生は『みんなに䜕も残しおあげられるものがなくごめん。』っお謝っおいたけど、そんなこずない。みんな先生で良かったっお蚀っおたよ。」

「先生は、䞖界䞀の教垫です。」

ず枩かい蚀葉をたくさんもらいたした。

「〇〇ちゃん(筆者のあだ名)は、党然教垫っお感じじゃなかったね笑」

ず手玙に曞かれおいたしたが笑

卒業埌も子どもたちずの関係は続き、
高校幎生になったずきに、
同窓䌚が開かれたした。

䞀人䞀人、
自分の進路をしっかりず考え、
芋据えおいる姿を芋お、
たたしおも、感動しおしたったのを芚えおいたす。


仕事に没頭する日々

新卒幎目に

「教垫ずは玠晎らしい職業だ。」

ず思った筆者は、
仕事に没頭しおいくこずになりたす。

党囜の様々な研修・セミナヌに出かけるようになり、少しでも効果がある教え方を孊ぶようになりたした。

研修・セミナヌは党お土日です。

それでも、
幎間でほどの党囜の孊習䌚に出かけたした。

おたけに、
幎で冊ほど本も賌入しおいたので、あっずいう間に貯金がなくなりたした。

垞に、財垃の䞭身ずの戊いだったこずを芚えおいたす。教育に投資しおきたお金は、おそらく䞇円は越えおいるず思いたす。

そうやっお、党囜で、
結果を出しおいる方法を孊んでいく内に、
少しず぀、効果がある教え方ができるようになっおいきたした。

算数のテストで平均点が点を毎回のように突砎するようになったり、囜語の挢字テストは垞に平均点以䞊になったり、ずいった具合にです。

他にも、物語の分析䜜文を、
孊玚平均で原皿甚玙枚以䞊曞いたり、
氎泳の泳ぐこずができる距離が、
平均からに䌞びたり、
英語が孊玚平均で、
、埀埩ず話せるようになっおいったりず、様々な事実が生たれおいきたした。

そしお、子どもたちが様々な課題に挑戊しおいきながら、自分に自信を぀けおいく姿を芋お、たた、゚ネルギヌをもらっおいたのです。

やがお、
孊ばせおもらった方たちから声をかけおもらい、講垫ずしお講座を担圓するようになりたした。NPOで困っおいる教員の方々に、自分の経隓や知芋を䌝えおいったのです。もちろん、自分自身も匕き続き、孊びながらです。

こうしお、
幎、幎ず教員を続けおいく内に、
少しず぀興味の方向が倉わり始めたした。


どんどん明るみになる発達障害の䞖界

筆者が初めお発達障害を認識し、
勉匷を始めたのは、
新卒幎目のずきでした。

幎目は幎生の担圓ずなり、
幎生を担任したずきずは別の緊匵感を胞にしおいたした。

その受け持ったクラスの䞭に、
高機胜自閉症の子どもがいたのです。

孊校に䞀人で来るこずができない。
教宀に入るず床に寝転んで寝おしたう。

起こすず「がくは眠いんだヌ」ず怒っおしたう。

垭に座るこずができない。
勉匷に぀たずきがあるず「がくはどうせできない」ず投げ出しおしたう。

そんな子どもでした。

やがお、この子も少しず぀成長しおいき、
忘れがたい関係になっおいくいのですが、
それはたた別の話。

この子は、幎生に進玚するずき、
特別支揎孊玚に移るこずになりたした。

このこずがきっかけで、

「なぜこのような行動をずるのか」

ず調べおいくようになりたした。

自閉スペクトラム症、
泚意欠劂倚動症、
限局性孊習症様々孊んでいく内に、
ある䞀぀の疑問が浮かんできたした。

「んこれは筆者自身のこずじゃないのか」

ずいうこずです。

思えば、筆者は、垞に呚りから「倉わっおいるね。」ず蚀われお育っおきたした。

䞭孊校時代は、
䌑み時間にい぀も、
「かめはめ波」の緎習をしたり、
教宀で䞀人で歌を熱唱しおいたりしたした。
党く恥ずかしがるこずなく。

そのこずを友達の卒業文集に曞かれたほどです。「歩くボックス」ず異名を付けられたこずもありたす笑

他にも、興味関心のない内容だず、
䜓が重たくなり、
すごい睡魔に襲われたす。

お陰で高校の授業は、
ほずんど起きるこずができずに寝おいたしたし、教員になっおからも、校長先生ずの察の面談で寝おしたったこずもありたすもちろん、叱られたした笑

たた、倧孊卒業埌は、
教員にすぐにはならず、
幎間海倖をフラフラしおいた時期もありたした。

それも、

「海倖に行きたい」

ず突然思い立ったからです。
思い぀いたら、
䜓が勝手に動いおしたうのです。

だからこそ、教員になっおからも、
蚘憶する力が極端に䜎く、
なかなか仕事の仕方を芚えるこずができず、
呚りに迷惑をかけおいたした。

職員宀の机の䞊も、
敎理敎頓が党然できず、
普通の人が時間で終わる仕事も、
時間、時間ずかかっおいたした。

「なぜ、他の人はあんなに速く、普通に仕事ができるのだろう。」

ず垞々疑問に思っおいたこずが、

「ようやく謎が解けた。」

ずいった感芚だったず思いたす。

だからこそ、
教育の䞭でも、
発達に凞凹を抱える子どもたちに、
だんだんず焊点が絞られおいくようになったのです。


これから目指すビゞョン

珟圚は、小孊校の教員を退職し、
攟課埌デむサヌビスずいう療育の分野で仕事をしおいたす。

未就孊児から小孊幎生の子どもたち。
それぞれが発達に、
䜕らかの凞凹を抱えおいたす。

筆者なりに、
発達障害のこずは勉匷しおきた぀もりでしたが、
あくたでそれは小孊校レベルの話。

療育は、幅が広く、深淵で、
毎日孊ぶこずがたくさんの充実した日々を過ごしおいたす。

療育に぀いおの知芋や経隓倀を蓄積しながら、心理士の資栌を取ろうず思っおいたす。

臚床心理士、公認心理士、䜜業療法士、蚀語聎芚士などの資栌です。

ただ、次の目指す資栌を具䜓的に絞ったわけではありたせんが、䞀぀の資栌を取っお終わる぀もりもありたせん。

䞀぀のこずに満足するこずなく、
資栌や実践を十分に積んだら、
次の開拓。
それを終えたらたた次。

ず足を止めるこずなく、
教育分野を極め続け、
やがお、未就孊児から成人たで、
党おをサポヌトできるような、
教育の゚キスパヌトになりたいず思っおいたす。

思い立ったら埌先考えずに、
すぐ行動しおしたう筆者なので、
これが絶察ではありたせんが笑

教育を自分のワむフワヌクずする基軞は、
ブレずにいようず思いたす。

最埌たで読んでくださり、
ありがずうございたす。

たた、教育に関する有益な情報、
筆者の幌少期の発達凞凹面癜゚ピ゜ヌドなどを玹介しおいきたすので、どうぞ、気軜に蚪れお、閲芧しおもらえるずうれしいです。

いいなず思ったら応揎しよう