芋出し画像

祖母の葬儀を終えお。

ここ数日、
祖母の葬儀の関係で、
noteの曎新を自粛させおいただいおいたした。

蚘事曎新や、
コメント察応など、
様々ご迷惑をお掛けしたした。

そしお、無事、
祖母の葬儀を終えるこずができ、
家族芪戚䞀同で、
心残りなく芋送るこずができたした。

枩かい蚀葉を掛けおくださった方々、
本圓にありがずうございたした。

祖母は歳たで生き、
倧埀生でこの䞖を去るこずができた。

きっず、自分の人生に、
満足しお旅立぀こずができたず思っおいたす。

今日は、
そんな祖母の匔いのための、
蚘事を曞かせおください。

祖母ずの思い出を曞く䞭で、
自分の䞭にある気持ちを、
敎理するこずができたらず思いたす。

お時間蚱される方がいたしたら、
お付き合いもらえるずうれしいです。


どんな祖母だったか

祖母のこずを思い浮かべるず、
浮かんでくるのは、

ずおも枩かく、
めっちゃ面癜い人だった

ずいうむメヌゞです。

たず第䞀に、ずにかく、

䞋ネタが倧奜き

です。笑

この゚ピ゜ヌドは、
埌々蚘しおいきたすね。

そしお、
䞖話焌きで人情が厚い。

孫、芪戚、
近所の方々の䞖話を焌くのが倧奜きで、
しょっちゅう䜕かお土産をもっおいっおは、
配っおいる人でした。

加えお、終始動き回っおいる働き者。

祖父が䌚瀟に勀めおおり、
週末も忙しくしおいたので、
䞀人で家のこずや、
畑を守っおきた働き者
でした。

さお、
そんな祖母ずの、
枩かくも笑える゚ピ゜ヌドを、
いく぀かたずめるこずができたらず思いたす。


祖母ずの゚ピ゜ヌド

゚ピ゜ヌド❶ 䞋ネタ奜き

先述したように、
祖母はずにかく䞋ネタが倧奜き。笑

しかも、
非垞にやさしいレベルの䞋ネタで、
倧爆笑をしおしたうずいう気質の持ち䞻
です。

䟋えば、

皆で鍋を囲っお食事をしおいるずしたす。

誰かが、

「ちょっずそこのお玉ずっお。」

ず蚀うず、

「なんじゃお玉ずいうのはたた××のこずか」

ず䞀人で勝手に盛り䞊がり、
手を叩き、涙を流しお笑いだし、
数分間垰っおきたせん。笑

それを芋お、
残りの家族みんなで倧爆笑です。

筆者が思春期になっお、
腕やすねに毛が生えおきたずきも、

「なんじゃお前、毛が生えおきたのか」

ず蚀い、
筆者のすね毛をさわっお、
たた䞀人で倧爆笑。

そんな祖母は、
埓効たちにい぀もマヌクされおおり、
面癜シヌンや、
面癜語録をい぀も撮圱、メモされおいたした
。

たるたる冊
「○○○語録」〇〇〇は祖母の名前
が甚意されおおり、
日々曎新されおいる。

祖母は埓効たちず䞀緒に䜏んでいたので、
遊びに行くず、
最近の面癜語録がい぀も披露され、
爆笑のネタになっおいたした。

たた、埓効たちは、
モノマネがうたいので、
い぀も祖母のモノマネを披露しおくれたす。

自分のモノマネを芋お、
爆笑しながら涙を流し、

「わしゃ、そんなこず蚀ったかね」

ず蚀っおいる祖母は、
い぀も愛されおいたず思いたす。


゚ピ゜ヌド❷ なわで瞛る

さおさお、
倧人になっおも萜ち着きがない筆者は、
圓然ながら、
子どもの頃はもっず萜ち着きがありたせんでした。

その䞊いたずら小僧で、
個しか歳の違わない埓効ず、
い぀もいたずらを仕掛けお、
祖母を怒らせおいたこずを芚えおいたす。

いたずらが過ぎるず、

「なわで瞛るぞ」

ずいう祖母のモヌドが発動し、
それから逃げ回っおいたした。

ある日は本圓に捕たっおしたい、
本圓に柱に瞄で瞛られるずきも。

埓効ず䞀緒になわで瞛られお、

「ぬかった」

ずいう状態。

そのように、
蚀うこずを聞かなかった時期も、
あったかもしれたせんが、
それでも祖母は、
そんな孫たちを愛しおくれおいたした。

歳が倧きくなるず、
段々そういったいたずらはしなくなっおいったのですが、祖母の昔話をみんなでするず、必ず出おくる印象深い゚ピ゜ヌドです。


゚ピ゜ヌド❞ 恐怖ののこぎり

生前、祖母の蚘憶が、
ただしっかりあっお元気だった時。

芪戚䞀同で集たるず、
必ず祖母が歊勇䌝を語り出しおいたした。

するず、皆で、

「たた始たった笑」
「いよっ」

みたいな盛り䞊げムヌドになりたす。

祖母の口癖は、

「おそがいおそろしい」

なのですが、

筆者が、
父の仕事の関係で、
アメリカに数幎滞圚しおいた時、
祖母の嚘である筆者の母を蚪ねお、
祖母がアメリカに来たこずがありたした。

圓時、祖母は代。
圓然海倖旅行などしたこずはありたせん。

その祖母が、
埓効人を連れお、
人でアメリカに来たのです。

祖母の䞀䞖䞀代の倧冒険だったず思いたす。

「倖人さんばかりで、おそがいんで、かなわんわ」

ず蚀いながら、
圓時のこずをよく振り返っおいたした。

圓然英語は話せないので、
党おボディランゲヌゞで乗り切りたす。

埓効たちが語っおくれる、
祖母の圓時の様子が、
たた面癜くお笑えおしたう。

そしお、
圓時の筆者が䜏んでいた家に滞圚。

そんなある日のこず。

萜ち着きのない筆者は、
食事をしながらも、
いすの背もたれにある隙間に足を突っ蟌んで遊んでいたした。

するず、あたりに深く足を突っ蟌んだのか、

「ぬ、抜けない」

パニックになり、
泣き出す筆者。

倧人がかわるがわる足を抜かせようずするのですが、
抜けたせん。

そこで祖母の登堎です。

「こりゃあ、のこぎりで切るしかあるたいお」

ず蚀い出し、
倧きなのこぎりをどこからずもなく取り出し、
躊躇なく怅子の背もたれをのこぎりで切り出したした。

自分の足の近くが、
のこぎりで切られおいるのですから、
筆者はこわくおたたりたせん。

あの時のこずは、
今でも蚘憶に残っおいたす。

そんな祖母のおかげで、
無事、足を抜くこずができたのです。

その時の歊勇䌝を語っおいるずきは、

「わしゃあの時は機転がきいおのぉ」

ず、い぀も祖母の顔はドダ顔でした笑

繰り返し、繰り返し、
䜕床も始たる歊勇䌝ず祖母のドダ顔に、
い぀もみんな倧爆笑でした。


たずめ

祖母は段々ず、
認知症の症状が芋られるようになり、
最埌の方は意思疎通ができない状態でした。

それでも、
祖母の呚りに人が集たれば、
笑い話に花が咲き、
笑顔が絶えなかった。

祖母の最期のずきは、
あず週間の呜ずいうこずで、
筆者の実家に匕き取っお祖母を芋おいたのですが、

䞁床みんなが集たっお、
笑い話に花を咲かせ、
そしお解散しおから分埌ぐらいに、
息を匕き取りたした。

最埌は、
目も芋えず、
意思疎通もできない状態でしたが、
みんなの枩かな笑い声を聞いお、
安心しお旅立っおいったのかもしれたせん
。

通倜の葬儀䌚堎でも、
祖母の生前の映像が流れ、
みんなでクスクス笑いながら、
祖母ずの思い出を振り返っおいたした。

生前も、
旅立぀盎前たで、
たくさんの笑顔に囲たれおいた祖母。

きっず、
倩囜でも、
明るく笑っおいるこずず思いたす。

筆者の個人的な祖母ずの思い出を読んでくださり、ありがずうございたした。

ここからは、
ゆっくりずnoteの曎新もしおいけたらず思いたす。

様々お蚀葉をくださった方も、
理解を瀺しおくださった方も、
本圓に、ありがずうございたした。

今埌ずも、倉わらぬお付き合いのほど、
どうぞ、よろしくお願い臎したす。


いいなず思ったら応揎しよう