メインコンテンツへスキップ
見出し画像

朝ドラおじさんの娘が近所のおばちゃんになるまで ―渡辺銀次さんを見て父を思い出したこと―

    最初に白状すると、私はつい最近昨年のM-1決勝戦の動画を見て
    ドンデコルテの渡辺銀次さんを知った、新規です。
    マクドナルドのCMは目にしていましたが、この人は何故全身を光らせて自転車を漕いでいるのだろうと思っていました。

    見て衝撃を受けました。
    1本目のネタは「デジタルデトックス」
    デジタルデトックスについて、さんざん効能を並べておきながら、私はやりませんけど、と言い出す。
    何故やらないの?と聞かれたら、明朗な口調で
    渡辺銀次、40歳独身。
    厚生労働省の定めた基準によると、貧困層に属します。
    国も認める低所得、と堂々と宣言。

    2本目のネタは「街の名物おじさん」
    こちらも街の名物おじさんっていますよね?とはじまったのに、保険料の支払いが増えたと言い出す。
    苦しい状況を滔々と述べ、もう色々限界だから全身にLEDを巻いて光って走ることにするとの宣言。

    名物おじさんになりそうって話だったの?
    (そして、ここでマクドナルドのCMとつながり、その再現度の高さに驚きました。)
    しかも光って走ることに何の意味がと思っていたら、ここでもしっかり持論を展開。
    おかしな話なのに納得させられてしまう、教祖のような風格に圧倒されました。

    その後すぐ「それいけ益々荘」というYouTubeチャンネルがあることを知りました。
    渡辺さんが、友人のカゲヤマ益田さんのご実家で暮らしている様子をおさめた動画です。

    はじめに見たのが、去年のM-1決勝進出が決まって帰宅した時の動画でした。
    お祝いしようとビールやおつまみを用意して、起きて待っている益田さん。
    画面に映る時計の針は、3時を過ぎている。
    ただいまと帰ってきたとたん、抱き合って喜ぶふたり。
    夜中の3時過ぎに、用意してくれたビールをさらに美味しくいれようと、一度グラスを氷で冷やし、きれいな泡がたつよう慎重にビールを注ぐ。
    上手くできた方を渡す渡辺さんと、それを待ってあげてる益田さん。

    チャーハンを美味しく作るため、中華鍋を育て、
    ビールを美味しく飲むために、グラスをキンキンに冷やしておく。
    革靴を手入れし、衣装のワイシャツにアイロンをかける。

    他の動画も、渡辺さんの日常を、
    ほぼそのまま撮っているものばかり。
    舞台で時折みせる怖さはありませんでした。

    これと思ったものにはとことんこだわる。
    そんな渡辺さんを見ていたら、懐かしさを感じました。
    知っている人に似ている気がすると思っていたある日、
    チャーハンのためのネギ油を作っていた動画を見て気付きました。
    厨房で牛スジを煮ていた父と重なったのです。

    父は芸人ではありません。
    ただとてもこだわりが強い人でした。
    料理屋をはじめて失敗し、
    純喫茶、スナックに転向して失敗し、
    骨董屋にまで手を出して失敗する、
    朝ドラにでてくるおじさんのような人でした。

    美味しいもの食べると幸せになるからと、納得のいく食材だけを使う。
    メニューを増やすたび、食器もあつらえる。
    定休日には店に来てくれた鮨屋や鰻屋をまわる。
    父の辞書には、料理や陶磁、河井寛次郎や北大路魯山人だけが載っていて、
    原価率や客単価、回転率という言葉は存在しませんでした。

    盆も正月も営業し、いつもお客さんでいっぱいでしたが、店はどんどん傾いていきました。

    渡辺さんは益田家に居候されているご自分のことを、
    「子供部屋おじさんでなく人の部屋おじさん」とおっしゃっていました。
    うちは家を手放すことになったとき、叔母が投資用に購入したはずのマンションに、家族3人で住まわせてもらっていました。
    猫までおまけで。
    パラサイト家族のハシリでした。

    破天荒というには真っ当すぎるが、堅実とは言い難い。
    自分のやりたい事を諦められない、こだわりは曲げられない。
    そんな父を思い出しました。

    益々荘の動画の中に、特技のけん玉を生放送の番組で失敗した翌日に
    撮影されたものがあります。

    「朝から日本国民の前で恥をかいた」と、いつも以上に静かな声で語り、
    よほどショックだったのか、掛け布団を抱え込んで丸くなっている。
    普段なら絶対失敗しない、披露するはずの1つ目の技で失敗して暴れてしまったらしく、落ち込みながらもマイクは大丈夫だったか、と気にされていました。
    家でやるはずだった技を完璧にこなし、益田さんから
    「百発百中じゃん。」と称賛を浴びても、
    「できるんだよ。」
    「目が見えてなくても、眼鏡なしでも失敗しないような技ができなかったんだよ」
    と力なく答える。
    漫才の時の教祖然とした姿はどこにもありませんでした。
    益田さんに「滅茶苦茶面白かったよ」と言われても、全く納得いっていない。
    舞台では「国も認める低所得」と高らかに言ってのける人が、翌日になってもけん玉での失敗を引きずっている。

    「人生は近くで見ると悲劇だが遠くから見れば喜劇である」という言葉があります。
    若い頃は、父のような人にもっと複雑な思いがありました。
    強すぎるこだわりや美学は悲劇の種だと思っていました。
    朝ドラおじさんの娘だったから。

    特技で失敗したくなかったと落ち込み、
    忙しくなってもチャーハンのネギ油を自分で仕込み、
    革靴の手入れを続ける渡辺さん。
    採算度外視で手間のかかる料理を作り続け、営業するほど赤字を出していった父。

    時間があるから、余裕があるから手間をかけるんじゃない。
    みんなにそこまでしなくても、だれも気にしないと言われてもできない。
    積み重ねた時間を無駄にできないから。
    嘘にしたくないから。

    なんと不条理な喜劇かと思いました。
    皮肉で、滑稽で、まっすぐで愛おしい。
    考えたらおかしくなってきて、涙を流して笑っていました。

    年をとったからというのもあるでしょう。
    ただ、渡辺さんだったから、朝ドラの近所のおばちゃんのような立ち位置で
    「けん玉、残念だったね」とか
    「売れて良かったね、これからも好きなことを続けていけたらいいね」
    と斜に構えず、まっすぐ思えるようになったのだと思います。

    渡辺さんを見て、涙を流して笑えるようになったことが嬉しいです。

    渡辺銀次さん、
    どうもありがとうございました。

     
     
     
    心にうつりゆくよしなしことを書いていきます

    あなたへのおすすめ