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【小説】野垂れ死にて、自由(最終回)

    蓮は前を向いたまま、佐和子の話を黙って聞いてくれている。

    「あの人が死んだとき、正直、ホッとしたの。怖くない?自分のたった一人の家族が死んだときに助かった、って最初、思ったの。やっと解放された、と思ったのと同時に恐ろしくなった、自分の感情にね。ああ、ごめん、こんな話、でもつづけていい?」

     蓮は真剣な顔をして小さくうなずいた、

    「あっ、て、いや、これ以上話すべきじゃない。ごめん、何言ってるんだか」

    「わかります、といいたいところですが、ごめんなさい。よくわからないです。ただ、なんというか、大変でしたね」

     素直な感想に、そりゃそうだ、それが正解だよ、佐和子は苦笑する。

    「自分にずっと言い訳をしてきた。体調悪いのにも気がついていたのに無視してた、一人で死なせてしまった。そんな自分は全然、薄情なんかじゃない。あれだけ色々と言われたんだ、恨んでも当然だって、でも」

    「はい」

    「その後、叔父がやってきて、本当の話をして、何なの一体、どうして?って。そういうことだったって、言ってくれなかったの」

    「言えなかったんでしょ」

    「そうかもね、軽蔑される、とでも思ったのかな。んなわけないじゃん、ずっと家族だったんだから」

     と言い出した瞬間、涙が出てきた。中年女が涙をボロボロながして泣いている。鼻水を大きくすすり上げて。

     本当のことを話してくれさえすれば、カタチに囚われていなければ、新しい関係を築くこともできたかもしれないのに。

    「それで、もう家から、あの人から、取り残されて、自分まで完全に動けなくなってしまって、そのまま一年経ったの。でも、もう出ていこうと思う。あの場所にいると亡霊と一緒に固まりそうだよ」

     そういいながら顔中を涙と汗でぐじょぐじょにしながら笑った。

     蓮はポケットから静かに青いハンドタオルを出して、渡してくれた。

    「あんた子供だけど、いい男だな」

    「げっ、からかわないでください」

     蓮君は手をひらひらさせて顔をしかめた。

    「もう前へ進まないと」

    「それで、今日でお別れなんですね」

    「そういうこと、ごめんね。変な話して、少年には重すぎだよね」

    「でも、僕みたいな何もわからない子供だから逆に話やすかったじゃないですか。いいですよ、別に」

    「訳わかんない話だったでしょ?」

    「はい、全く」

    「正直だな」

    「でも、心配しなくてもSNSとかに上げませんよ」

    「そりゃ、助かるわ。聞き流してくれてありがとう」

    「はい、世間話として捉えておきます」

    「世間話というには、厳しいけどな」

     と佐和子はプッと笑う。

    「ありがとう、40年近く生きてるのにダメダメだね。こんな大人になるな」

    「そうします」

    「おいおい、せめて慰めてくれよ」

    「そっちが最初にいったんじゃないですか」

    「いや、でもね。会えて良かった、とかさ」

    「もちろん会えて良かったです。こんなところで自分の親ぐらいの友達ができるとは思いもしなかったし」

    「私もこの歳で高校生の友達ができるなんて」

    「それも僕みたいな、いい奴で」

     とニヤッと笑ったので、思わず噴き出した。

    「ごめんごめん、色々とありがとう。話せてよかった」

    「僕もです」

    「じゃあ、これでサヨナラか。いつかまた会えたら会おう」

    「はい、佐和さんも、お元気で」

    「そっちもね。家族で仲良く暮らせよ」

    「はい」

     蓮君が微笑むと強い木枯らしがくるくるっと周りを吹いた。取り巻く空気が一段と寒くなった。気がつくとあんなにあった落ち葉をどこにもなくなっていた。

     きっと市役所の清掃の人がどこかに運んだのだろう。枯葉まではなくなると余計にこの場所が寒々しく感じる。

     春まで、もうここは人がくるべき場所ではない。

    「センベツじゃないけどこれあげる」

    「なんですか、これ?」

    「駅前のパン屋のポイント券、集まったから500円分と引き換えられる」

    「こういうの、人にあげます?」

    「だって、引っ越すし。これでお母さんにお土産買いなよ」

    「まあ、じゃあ一応もらっときます」

    「あんパンぐらい買えるから」

     蓮君はにやっと笑って、「うちの母さんはクリームパン押しですけどね」と言った。

    「じゃあ、また元気でね」

    「はい、そちらも」

     蓮君は荷物を抱えて、公園の入り口を目指して歩き出す。

    「あ、佐和子さーん」

    「なんだよっ」

     少し離れたところにまで来て、蓮君が大声で叫ぶ。

    「佐和子さんも、いい奴ですよーっ」

    「えーっ、そういうこと、遠くから大声で言うな。恥ずかしい」

    「はいはい、では、どこかでまた、元気で」

     そういうと蓮君は含み笑いをしながら道端で手を軽くふり、家路へと帰っていった。

     しばらくして佐和子も静かに立ち上がると、ふと桜の香りが鼻をくすめる。

     え、まさか、冬なのに。

     振り向いて桜の木を見たら、満開の桜の花びらが舞い散る下で、父と母、自分がビニールシートを敷いて弁当を並べて、食べながら笑顔でお花見をしていた。

     なんだ、昔、ここで花見とかしてたんじゃん。普通の家族みたいに。

     すっかり忘れてたと思えたらまた泣けてきて、もう後ろを振り向かずに佐和子も静かに歩きだした。


     完

    【長い連載のご拝読、誠にありがとうございました】

     


     
     
    九曜穂(くようみのり) 【小説】2026,4-7月連載 (©️2026kuyo.minori)

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