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妖居酒屋  創作対象2026年応募作品

    あらすじ
    小さな居酒屋「呑処桜」を営む小春のもとに、ある日突然現れたのは、神棚に住みついた狸の神様・モユク爺だった。
    酒好きで自由気まま、昼間から飲んでは狸握りを頬張るモユク爺。けれど時折、不思議な力で人と人との“縁”を結び、店を訪れる人々の背中をそっと押していく。
    仕事帰りの会社員、悩みを抱えた常連客、ふらりと迷い込んだ旅人――。
    小春の作る温かな料理と、モユク爺の少しおかしくて優しい言葉に触れながら、客たちは少しずつ心をほどいていく。
    これは、料理と酒、そして妖が繋ぐ、小さな居酒屋のあやかし日常譚。
    今夜もまた、ひとつの縁が静かに灯る。

    第一章   固く結ばれた縁

    これは、とある寂れた飲み屋街にひっそり佇む隠れ家居酒屋。15時から、開店するこの居酒屋には、週3ペースで常連のお爺さんが来る。紺の作務衣姿の可愛い雰囲気のお爺さんは、決まってL字のカウンターの一番左の席に座る。今日は、珍しく閉店間際に、ガラガラと扉を開け、まいったまいった暑い暑いと椅子に座った。あら、お爺さん今日は遅いのね。お爺さんは、私が出てくるなり、ニコッとして、小春(こはる)ちゃん、いやぁ、今朝家を出ようとしたらね?昨日の雨でいよいよ家の屋根が穴だらけになっちまってのぉ、雨漏りで、家中拭いておったんじゃ。

    それなのに、昼から、カンカン照りじゃったろ?

    屋根の泥が乾いたりして大変でのぉ。

    住めば都だったが、こりゃ次の雨までに考えねばならんなぁ。

    お爺さんが、しおしおしてるので、冷たいお絞りを渡しながら、「それは、お疲れ様でした…

    引っ越しされるとなると…大変でしたら何かお手伝いしますか?」

    オープンして5年程通ってくれた常連さんだったので思わずそう言ってしまった。

    お爺さんはびっくりしたように、私を見つめる。

    しばしの沈黙のあと、「今日は、何か魚とぬる燗をもらえるかの?」少し寂しそうに見え、なるべく穏やかに、「はい、少々お待ちください。」と答えた。

    背を向け、お通しを出そうと冷蔵庫を開ける。

    後で、お爺さんが、ちと昔話を聞いてくれ…と話し始めた。ワシは、昔から人が好きでのぅ

    色んな所を転々として、色んな美味いもの

    や出会いをして悠々自適に過ごしておった。

    たまに、忘れ去られた神社を手入れしたり、

    そのまま住んで、地域に貢献したりもした。

    ワシは、人の近くに住むのが好きでの、仲間からは、かわり者やら、今に殺されるなどとよく言われたもんじゃ…。

    そんなワシも、歳を取り、隠居してこの土地に流れ着いた。

    日頃の楽しみは、ここに来て、小春ちゃんや、常連さん達と食べる美味しい肴と酒じゃった。

    じゃから、ここを離れるのはどうにも名残惜しく、寂しい。

    人の作る飯は美味い

    美味くて温かくまた食いたくなる。

    それがまた、切ないんじゃ…。しょんぼりしてる、お爺さんに、お通しの冷や奴と卯の花の小鉢を渡した。

    お腹がすくと、いい考えは浮かびませんよ。

    物件お探しでしたら、常連さんに声かけてみましょうか?

    温燗の準備をするのに、鍋に水を入れてると。

    ワシの家は、ちと難しくてなぁ。

    「ん!この卯の花枝豆いりか!美味いのぉ!」

    お爺さんは、急にパアッと明るくなった。

    「夏は、枝豆最高にお酒に合いますからね~。」

    ニシシっと笑うと、一緒にウンウンと頷いてくれた。

    炭火からジュワっと音が響き、網の上で焼いてた、ホッケを裏返して、さらに焦げ目をつけていき、お酒をチロリに入れて沸騰した鍋に入れた。

    「お!今日はホッケか!!ワシの好物じゃの!」

    「今日のホッケは大きくて最高の開きですよ!」

    「楽しみじゃのぉ」

    ゆっくり、豆腐を食べながら、魚を見つめる。

    焼けたホッケを薄緑の四角いお皿に乗せ、大根おろしを右上にちょこんと山にして置いた。

    脂でテカテカとした大きめのホッケをカウンターに乗せ、温燗を黒地の徳利に移し同じお猪口を添えて、カウンターに置いた。

    「おまたせしました、本日の魚と温燗です。」

    おじいちゃんは待ってましたと、ホッケのお身をほぐして、口に入れる。

    熱い熱いと、口をハフハフしながら、目が細まって嬉しそうに、じんわり噛み締めて、温燗を口に運んだ。

    「小春ちゃん、今日も大変美味しい。」

    しばし考え込み、老人はポツリと

    「ワシももう歳だし…美味い魚を食べに来たいが、遠くてはのぅ…」

    そう言って、おじいちゃんは不意に私の後の壁角を指さす。

    「あの壁のあたりに、社を1つ構えておくれんか?」

    「社ですか?」

    「そうそう、神棚じゃよ。

    そこに、ワシをおいてくれんか?」

    「え!?お爺さんを!?」

    思わぬ提案に度肝を抜かれた。

    「神棚作っても、お爺さんじゃ入り切らないですし、狭くて快適とは言えませんよ!?」

    全力で、否定する私に、お爺さんは、カッカと笑う。

    「ワシはこんな形(なり)をしているがそこそこ名のある妖でな?

    用心棒くらいにはなるじゃろうて、お前さんの酒もここにいれば好きなだけ呑めるしのぉ」

    突然変な事をいうお爺さんに度肝を抜かれていると。

    「一晩考えてみておくれ、そうそう悪い提案でもないと思うでな…」

    そういい声をかける間もなく、お金をカウンターに置いて、ガラガラっとドアを開け帰ってしまった…。

    呆然と立ち尽くしたが、とりあえず片付けようと、食べてたお皿をみると、魚が骨ごと綺麗になく、徳利の中も空っぽになっていた。

    狐につままれたような…ちょっと怖いが、面白い夜が明けていく。

    昨日あれから、神棚を作ろうか悩んだ。

    私の中では、好奇心が勝っていて、元々験担ぎに神様をお迎えしようと思っていたし、

    騙されてたらそれはそれで、お酒のせいに出来るなぁと思い。

    出勤前に、商店街の外れにある、古い仏具屋さんにお邪魔することにした。

    仏具屋さんにこじんまりとしつつ、ご利益ありそうないい社を選んでもらい、一通りの物も揃えて、かってが分からないので、知り合いの大工さんに取り付けてもらった。

    何とか、お昼過ぎには、神棚の設置が終わり、榊やお水と塩、真ん中の鏡を設置し、ちょっと離れて、神棚を眺めた。

    まだ、誰もいないお社は、新築のような香りで、あまり神聖な気配がない。

    「そろそろ、お客様も来る頃だし、支度しなきゃ」

    ちょうど、カウンターを拭き始めると、ガラガラっと音がした。「いらっしゃいませ~。」

    振り返ると、昨日のお爺さんが、「おぉいい社だなぁ」と見上げていた。

    「いやはや、お嬢さんありがとうとってもいい社だね。」

    「と、とりあえず神棚お迎えしてはみたんですけど…ここからどうすれば?」どれっとお爺さんが勢いよくジャンプしたかと思うと強い風が吹き、社の鏡の中に吸い込まれていった。

    ビタン!!

    社の真ん中に真緑の葉っぱがくっついたかと思うと、鏡が勢いよく光った。

    黒い毛玉みたいのが社からシュッと飛び降りたかと思うと、目の前のカウンターに乗ってきた。

    最初、黒猫かと思ったが、毛がボサボサで艶のない、尻尾が三本あるチンチクリンな狸が目の前にいる。チンチクリンな狸を目の前に、私は両目をこすり、両頬をおもいきりつねった。

    痛い!…夢じゃない!?

    お爺さん!お爺さんは!?

    キョロキョロ見回すと目の前の狸が

    「お主何をしている?ワシはここだ。」

    チンチクリンの狸からお爺さんの声が聞こえる。

    お爺さん!?やっぱり、お爺さん、人間じゃ…ないの?

    狸はコクンと頷き、

    「なんじゃ等にわかると思っておったが…」

    「ワシは見ての通り、狸爺じゃよ」

    「ここから、東にずーーーっと行った所にある元山の神で、名をモユクという」

    「か、神様!?」

    そういうと、狸はカッカと笑う

    「とうの昔に隠居したから、ただの狸爺じゃ」

    「それよりも、今日の酒と肴をくれ」

    そういい、そのままカウンターの上にちょこんと座る。「え?今日のですが!?その前に、神棚は、無事お家になりましたか?」

    恐る恐る聞くと、狸は目をパチクリさせ

    「そうじゃった!実にいい、新築物件じゃよ!古狸には勿体ないくらい広々しとる。」

    ワシの名を書いた葉が貼ってあるので、アソコはもうワシの家じゃ、小春ちゃんありがとう。」

    しみじみお礼を言われ、悪い気はしない。

    「ようこそ、モユク様、呑処桜へ、これからよろしくお願いします。」

    頭を下げげると、「モユク様は、こそばゆいのでやめてくれ、モユク爺でよいよい。こちらこそ、これから世話になる。」

    モユク爺は、扉の方を見て、「ここの土地は、土地柄か、あちらとこちらが混ざりやすい。

    お主が気づいていないだけで、客の何人かは妖者じゃ…」

    「妖!?全然気づかなかった…」

    「うむ、いずれ慣れるじゃろうて、たまに、害をなそうとするのもいるのでな、ワシが守るというわけじゃ…ただし、褒美に美味い肴と酒じゃ!」

    いきなりファンタジーな事すぎて、頭が追いつかないが、とりあえず、「モユク爺ありがとうございます。」と頭を下げた。

    うむ!と三本の尻尾を得意げにうえにピンと上げる。尻尾を嬉しそうにゆらゆら揺らすモユク爺。

    心苦しいが、私は経営者として、どうしても言わなければいけない…。

    「モユク爺、とても素敵な御姿ですが、飲食店で動物の姿はちょっと…困ります。」

    ペコリと頭を下げると。

    「む…そうなのか…まぁ普通の人間には見えないからよかろう…?」

    上目遣いで可愛い生き物が見てくるが、指でバツを作って、「衛生面的にだめです!

    出てくる時は、人の姿になってください。」

    とお願いした。

    狸は渋々、くるりと空中を回ると、見慣れたお爺さんの姿になった。

    「ふむ、この姿ならまぁいいか、どれ」そういい、カウンターに座った。

    「小春ちゃん今日のツマミと酒を頼む!」

    にこやかに、そういい、モユク爺は、脇に置いてた新聞を読み始めた。

    「わかりました。」

    急いで、調理場にもどる。

    「今日は、お魚、お肉どちらがいいですか?」

    「そうだのぅ…きゅうりの浅漬と何か肉が食べたいのぉ〜」冷蔵庫から、昨日の夜仕込んだ浅漬を取り出し、蒼色の小鉢によそう、上から刻んだ柚子の皮をかけ、お盆にのせる。

    その横に、透明なガラスの小鉢に、カボチャとクリームチーズで出来たサラダを丸く乗せ、黒いの小鉢に、ミニトマトのピクルスを入れたものを隣に置く。

    「おまたせしました、彩り野菜の昼飲みセットです。」

    「ほ…なんだか、小洒落ておるの…

    ハイカラというのだっけか?」

    「んん、この赤いのは酢漬けか?」

    「はい、そちら湯剥きしたミニトマトをお酢とハチミツ、ハーブを組み合わせて作ってます。

    身体にいいんですよ〜」

    モユクは、まじまじと見て、恐る恐る、トマトを口に運んだ。

    「おおおお、さっぱりして食べやすい!!

    それに、柔らかくていいのぉ!

    これは、おかわりもらえたりするかの?」

    可愛い反応に思わず笑みがこぼれる。

    もちろんありますよ、ちょっとフタ周りくらい大きい器に入れますね、私は、火の勢いを確認しながら、トマトのタッパーに手をかける

    モユクは、並べてある日本酒の瓶を眺めて、何を飲むか悩んでいる。

    はいどうぞ、ピクルスです。

    おおお、来たか!

    嬉しそうに、トマトを口に運ぶ。

    「トマトはよく、畑から拝借したり、供え物を食ってみたりもしたが、こんなに美味しい食べ方があるとは…」

    「気に入ってくれてよかったです」

    パチパチ、ジリジリと、炭火に肉の脂が落ちてく音がする。

    「おぉ、今日は鶏肉か!

    鶏肉にはなぁ、この日本酒の冷を頼む!」

    目をキラキラさせるモユク爺に、ねぎまと軟骨とつくね串をひっくり返しながら、冷蔵庫に冷やしてるグラスと日本酒を取りに行く。

    黒の四角い枡をカウンターに置きグラスを入れ日本酒をトクトク注いでいく並々を零して枡も潤わせて、「さぁどうぞ、まもなく串も渡しますね。」

    「おおおこの日本酒が波々注がれていくのをみるこはたまらんのぉお〜。」「どれどれ」ズズっと口をグラスにつけ一口。

    「甘くて、透き通ってて美味いのぉ、どれカボチャのサラダ、モグんん~この、チーズのコクとカボチャの甘みが、たまらんのぉ! 

    日本酒とも合うわい!」

    「どれ!お前さんも1杯付き合え!」

    すっかりごきげんなモユク爺はグラスを片手にずいずいっと向けてくる。

    「では、遠慮なく、ご相伴にあずかりましょう」と、冷えたグラスに日本酒を8割ほど注ぐ、では、今日のよい縁に乾杯…

    カチャンとグラスが重なり互いに口に運ぶ。

    「はぁ〜昼から飲むお酒は、最高ね」そう言って、ついつい味見用に小鉢によそった、浅漬けを爪楊枝でつまむ。

    シャキシャキと程よい塩気、柑橘の香りが膨らみ、さらにお酒が美味しい。

    「お前さんも中々いける口よのぉ。」

    そういい、目は焼き鳥に釘付けだった。

    焼き鳥を皿に乗せ、端っこに特製柚子胡椒を添え、「おまたせしました。」

    モユク爺は、両手を素早く出し受け取った。

    「こりゃ〜たまらんのぉ〜」「黒い皿に、焼き鳥が映えるの」

    そういい、モユク爺はねぎま串を掴んだ、パリッと皮を噛む音が響く。

    熱い息をもらしながら、ハフハフと噛みしめる。

    「実に美味い!パリパリじゅわーで最高じゃな!」

    ネギも甘くて美味いのぉ!!

    「でしょう!そのネギ地元のやわらかいネギを使ってるの」

    ニコッと笑うと、一緒にニカっと笑ってくれた。「この、棒状の焼き鳥も美味いのぉ」

    「ワシ、毎回これの名前忘れるので、店でよく、金棒グシって言っておる」

    「金棒串!?確かに金棒に見えるわね…つくね」

    ツボに入って笑ってしまう。

    「そうそう、つくね!響きが不思議でな、覚えられないのじゃ」

    金棒串面白いから、つくねのメニュー金棒串に変えようかしら…なんて考えながら、浅漬を口に運ぶ。軟骨もコリコリしてて美味いのぉ。

    このコリコリ癖になるわい。

    日本酒をちびちびしつつ、楽しむモユク爺。

    「小春ちゃん!握り飯おくれ!

    お代は出す。」

    「はい、いいですよ。少々お待ちください。」

    そういい、手を洗って、やかんに水を入れて火をつける。炊飯器の蓋を開け、ボウルにある程度よそう。別のボウルに新生姜を刻み入れ、ごま、刻んだ大葉、自家製揚玉、出汁、醤油、ごま油少々混ぜ合わせ、ご飯のボウルに入れざっくり混ぜる。手を濡らし山の形に握り、海苔をつけたら、白色の長皿に乗せ、沸騰したお湯で、ほうじ茶を入れ、薄グリーンの湯飲みに入れカウンターにそっと置いた。「おまたせしました狸握りです」モユク爺は、目を丸くして、「小春ちゃん、ワシは共食いは…」と少し涙目になる。「安心してください、本物の狸ではなく、たぬきそばと一緒で、揚玉のことです」「メニューにはないんですけど、面白いかと思って作ってみました…」モユク爺はほっとした顔をし、おにぎりに手を伸ばす。おにぎりを口に運ぶと…びっくりした表情でこちらを見る。「こ、こんなに美味い握り飯がこの世にあるとは!!」すごい速さでガツガツ食べ進める。「モユク爺!お茶、お茶飲んでください!喉に詰まりますよ」モユク爺は、口いっぱいにモグモグしながらお茶をすする。「小春ちゃんこれ、メニューに絶対加えてくれ!!凄く美味い!」興奮状態のモユク爺が面白くて、笑ってしまう。「ふふ、わかりました。狸も絶賛狸握り、メニューに加えますね」後にこのおにぎりは、店の看板メニューになるとは思わなかったたのでした…。この日、私とモユク爺の不思議な縁が固く結ばれ、色々なお客様にご来店いただくのです。

    それはまたどこかで。


    第二章  置物と握り飯仲間

    モユク爺と暮らし始めて、数週間たち、新規のお客様も徐々に増え、なぜか、狸握りが沢山売れていく…。

    何人かには、何故狸握りって言うのか聞かれ、うちに祀ってるのは「狸の神様なのであやかって、たぬき蕎麦のおにぎりみたいなものです。」と説明した。

    すると、先日とあるお客様からお土産にと、狸の立派な手のひらサイズの置物をいただいた。

    黒地に、お腹が出て、金玉も大きく、目玉も大きい、おなじみの新楽焼だ。

     モユク爺が昼飲みしに降りてきて、信楽焼を見つけるやいなや、「何故人の子は、ワシら狸を丸々太らせ、金玉もデカくするのかの?」

    「太ってると、縁起がいいと言われてるので…金玉には妖力が詰まってるとか…」

    「なんじゃって!?」

    びっくりした顔でこちらを向く

    「金玉にそんなもんないわい」

    「それでこんなに大きくされるのか…」「それに、何ともバカにしてる表情」

    「もう少し、男前にしてはもらえんかのぅ」

    モユク爺は、肘をついてしょんぼりしだした。

    「それは、作ってる人に言わないとですね…」

    「そうか!ワシが化けて、狸の良い所を教えてくるわい」

    そう言って立ち上がり、突然ドアを開け何処かへ消えていった。

    それから、3日帰ってこず、一応神棚に好物の、狸握りをお供えしつつ帰りを待った。

    昼過ぎにようやく、ふらふらと現れたかと思うと、どうやら飲んでいたらしく、そのままカウンターに直行し、うつ伏せでいびきをかいて寝てしまった。

    「お爺さん、寝ちゃったね…」

    隣に座っていた綺麗なお姉さんが、こっそりと囁く。

    「いつものことです。そのうち“〆〜”って言い出しますよ」

    そう小さな声で返すと、二人でふふっと笑った。

    お姉さんが、「ハイボールお代わりください」

    「はーい」

    冷えたジョッキに氷をガシャッと入れ、指ほどの太さでウイスキーを注ぐ。

    琥珀色のウイスキーに、グラスの縁から炭酸をそっと注ぎ、軽く一度混ぜる。

    「おまたせしました、ハイボールです」

    「ありがとう」

    お姉さんが栗色の髪をなびかせて、グビグビと飲んでいく。

    「私、この辺に住んでるのに、こんな素敵なお店があるなんて知らなかったわぁ」

    酔いが回って、頬を少し赤らめながら笑う。

    「ここのおすすめはなあに?」

    「おすすめは、その日食べたいものをざっくり言っていただければ、それに合わせてお作りしますよ」

    「あ…最近だと狸握りが人気です」 

    「あー!さっきいた人が食べてたやつよね?たぬき蕎麦みたいな〜」

    「そうです」

    「じゃあそれ一つと、何かハイボールに合うものお願い!」

    お姉さんはそう言いながら、ハイボールを飲み干した。

    「お代わりお持ちしますね」

    そう言って、ハイボールを作ってすぐお出しした。

    ハイボールに合うもの……先ほどお姉さんは、お通しのホタルイカの煮付け、ねぎま、お刺身を食べていたから、もう少しこってりしたもののほうがいいかしら。

    そう考えながら、まな板に向かった。

    まな板の上に、春巻きの皮を乗せ上に大葉、クリームチーズ、梅、を巻いて、バットに置く

    また、春巻きの皮を乗せ上に、ゆで海老、バジル、モッツァレラチーズを薄くきり入れ、くるくると巻き、軽く狐色になるまで揚げる。

    あげたら網を乗せたバットに移す。

    それを、まな板に置き、斜めにカットして、緑色と藍色が混ざったお皿に置き、青もみじの葉を敷き、半分はつは寝かせ、中身が見えるように、もう半分は斜めに立てて、置き、2種類の小鉢に、塩、ケチャップを入れ、カウンターに置いた。

    「わぁー!!!私揚げ物大好きなの、ありがとう」

    そう言って、箸でさっとつかんでフーフーしながら、一口かじる。

    「んん、酸っぱい、梅とチーズ最高〜」

    「ありがとうございます」

    「こっちの、海老の方は、イタリアンぽくて面白いわ!ケチャップと合うし、チーズが伸びて面白い!」 

    ニコッと笑いながら、狸握りをサッと握り、お渡しした。

    すると、香りに気づいたのか…

    「狸握り!!」

    ガバっとモユク爺が起きた。

    「ワシにもくれ!」

    すごい勢い。

    「少し待っててください、そういうと思って多めに作ってるので」

    サッと握り、白地の長皿に2つ乗せて、手を出して待ってるモユク爺に渡した。

    「これだこれだ!」

    そう言って、相変わらずガツガツ食べる。

    横で、お姉さんが嬉しそうに、「お爺さんいい食べっぷりね〜、今日は、気持ちがいいから、私一杯おごるわ」

    そう言って、モユク爺にウインクした。

    「お、良いのか!ならワシもハイボールを頼む。」

    「あ!ついでに店長さんもどうぞ!」

    「男性だと大将さんだけど…女性だと女将さん?」

    初めて女将さんって言われた…

    嬉しくて顔がニヤけてしまう。

    「み、皆さんには、小春ちゃんって呼ばれてて、女将さんはちょっと恥ずかしいです…」

    するとその時、リーンと鈴の音が聞こえた。  

    ん?鈴?とキョロキョロするも何もなく、ハッと我に返り、ハイボールを3つ作り、2人にお渡しした。

    3人で、勢いよく乾杯をする。

    カチャンと合わせ、飲めるだけ、ハイボールを流し込む

    「プハー最高」

    「ハイボールは最高だのー」

    3人で、一緒に酔っぱらう。

    「そう言えば、お姉さん、何かいいことあったんですか?」

    お姉さんは、ニコッと笑顔になって、「今日会社で、大きい契約取れて、初めての案件だったけど上手く行ったご褒美なの」

    「それは、おめでとうございます!」

    「「私ね、旅雑誌を作ってるんだけど、先月取材に行ったホテルが今週載って、お客様沢山来てくれたってお礼の電話来て」

    「初めて、任された大きい一面だったから嬉しくって」

    「すごいですね!おめでとうございます!」

    「おめでとう〜」

    「ありがとう。お祝いに外で飲みに来てよかったわぁ。こんなに素敵なお店に出会えたもの」

    お姉さんはニコッと笑って、狸握りを一口食べた。

    「なにこれ!美味しいわね。カリカリ食感と生姜のさっぱり感がいい!」

    「そうじゃろ、そうじゃろ〜」

    「私毎回頼んじゃうわ!」

    3人で笑い合った。 

    「お嬢さん、あなた、きっとこれから、忙しくなるよ…じゃがそれも楽しむといい」

    不意にモユク爺は、ハイボールをグビグビ飲みながら、囁いた。

    お姉さんは目を見開き、「そうねぇ、私もそんな気がするわ。」

    と微笑んだ。

    そうして、楽しく食べ、飲み、お姉さんは、夜の闇に消えていった。

    仕込みも終わり、締めの作業をしていると、カウンターで、1人いい気分になってるモユク爺は、ポンっと不意に狸に戻ってしまった。

    「ちょっとモユク爺…狸の姿は駄目ですよ…」

    慌てて駆け寄るもモユク爺は、グテ〜っと体の力が抜け寝てしまっている。

    しょうがないので、神棚に戻そうと、抱きかかえると、「お主、あのお嬢さんに好かれたのぉ、縁が結ばれた音がした…」

    返事するまもなくグゴーーーッと凄いイビキをかき出したので、神棚の鏡にそっと押し込む、光りながら吸い込まれるモユク爺を見送って、お店の掃除をし、念のため神棚に、お水と、ウコンの力を供えて帰った。

    家に向かう最中、あの鈴の音は、縁が繋がる音なんだろうか…なら、モユク爺が行かせてくれてるんだろうなぁと考えながら…嬉しくて微笑んだ。

    それから、度々お姉さんは約束通り来てくれて、すっかり常連さんの一員になった。

    モユク爺と顔を合わせると、

    「お爺さん」と声をかけ、2人で狸握りを楽しそうに食べている。

    モユク爺が前に出かけた日から、3週間ほど経ったある日、お店に1つの段ボールが届いた。

    「なんだろうこれ?」と段ボールをそーっとカッターで開け、プチプチを丁寧に剥がすと、モユク爺そっくりだけど、少し幼くて可愛い両手を上げた信楽焼が出てきた。

    おまけのように、小さな寝そべった狸の箸置きも二つ付いている。

    「モユク爺本当に行ったんだ!きっとモユク爺見て作者びっくりしただろうなぁ〜」

    「ふふふ、いい出来じゃな」

    神棚の上で、両手を口元に当てニシシと笑う狸爺。

    ポンっと飛び降り、着地すると見慣れたお爺さんの姿に。

    「作者さんびっくりしてたんじゃないですか?」

    モユク爺は、気まずそうに頬をポリポリと指でかく。

    「最初は腰を抜かされてのぅ、何とか酒の力も借りて打ち解けて、作ってもらえたのじゃ」

    「だから酔っぱらって帰ってきたんですね!」

    「あれは完成して嬉しくて、祝杯しての…」

    「歩いていったんですか?」

    モユク爺は、首を横に振り、「飛行機じゃよ、飛んでいってもよいが、老体にはキツイからの、妖術を使えばすんなりはいれるでなぁ」

    ニシシとアゴヒゲを触り笑う。

    「安心せい、金はちゃんと払っておる、ワシがするのはせいぜい、席の数を1つ術で作るくらいよ」

    「それもそれで、凄いです」思わず笑みがこぼれる。

    「この狸さん、神棚に飾りますか?」

    「うむ」とモユク爺は狸の置物を両手で持ち、何やら念じ始めた。

    聞き取れない言葉で何か唱えた後、フンッと力を込めると、置物が光り、

    「ふにゃ…」

    っと声が聞こえた。

    モユク爺の手のひらで、ツルツルした狸がうごめいている。

    目が合うと置物は首をかしげ「ん?」と鳴いた。

    「か、可愛い!!」思わず顔を近づける。

    「ワシの力を少し注いだでな、ワシの不在時や、いかなる時でも、そなたを守ってくれよう。」

    驚いてモユク爺の方を見る。

    「こないだ、ふらっと家を空けた詫びじゃ」

    恥ずかしそうに顔を背けるので、優しく

    「びっくりしましたけど、無事帰ってきてくれてよかったです」

    と微笑んだ。

    すると、狸の置物がペコリとお辞儀をしてくれた。

    「此奴は産まれたばかりで、まだ言葉は話せん。じき覚えていくじゃろ…小春ちゃん、名前をつけてあげておくれ」

    そう言って私の手に差し出した。

    両手でそっと受け取り、名前を必死に考える。

    ツルツルした手触りの、全体的に茶色く、顔は黒色、お腹が白い子狸ちゃん。

    んー、狸…小さな狸……ポンポコ!ポンちゃん!

    声に反応したのか、ポンちゃんは首をかしげて、にっこりと笑った。

    「狸だからポンとは安直だが、よい名じゃな…」

    そういいモユク爺は、髭を撫でた。

    こうして、呑処桜に新たな家族が加わった。

    ポンちゃんのおかげか、私のお店はさらに賑やかになりました。    


    第三章 少年の妖精探しと小さなお友達



    僕は知っている…。

    たまに親に、連れて行かれるこの居酒屋さんには、なんか小さな生き物が住んでいる!

    この前、久々に父さんと母さんと小春お姉ちゃんのいる居酒屋さんに行ったとき、見慣れない神棚があった。

    最初は神棚を置いたんだな〜って思っていたけど、大人の話がつまらなくて、なんとなく上を見た時、見てしまった…。

    お供えのおにぎりを、黒くて小さな手がニョキッと現れて、鏡の中へ持っていくのを。

    その後も、訪れる度に黒と茶色が混じった尻尾が3本神棚から出ていたり、どこからかトコトコって小さな足音もしていた。

    こんな事、大人に言っても信じてくれないし、もしかしたら小春お姉ちゃんのペットかもしれないから見せてもらおうと、声をかけたが、小春お姉ちゃんはペットは飼ってないという…。

    これはきっと、妖精か、妖怪かもしれないと思い、僕は学校終わりに親に内緒でこっそり、お店に来ては、お水をもらう口実に、その何かを探しに来てる。

    来た時たまに、端っこの席に白髪のお爺ちゃんがいるが、このお爺ちゃんはとっつきにくくて少し苦手だ。 話しかけても、酔っ払っていて、大体変な返事しか返ってこない。つまらない。

    今日も水飲み(ワクワク探し)に来た。

    今日は珍しく小春お姉ちゃん1人で、明日の仕込みで忙しいらしい。

    いつものようにグラスをもらい、カウンターのピッチャーからお水を注ぐ。

    ふと、神棚を見上げるが今日は何も見えない。

    だが、神棚の隅に小さな狸の置物が見えた。

    「小春お姉ちゃん!あれ何!?」

    小春お姉ちゃんは僕の指さした方を見ると笑顔で、「この子ポンちゃんって言うの。可愛いでしょう?」

    そう言って、ポンちゃんを手に取ってカウンターに置いてくれた。

    椅子を引き、靴を脱いで椅子に膝立ちしてポンちゃんを見る。

    両手を上げた可愛い顔の狸の置物。そっと指で頭を撫でてみると、ひんやり冷たい。

    小春お姉ちゃんが洗い物していたのでヒソヒソ声で、 「初めまして、僕、本田奏汰(ほんだかなた)っていうんだ、よろしくね」と喋った。

    もう一度、撫でると、ポンちゃんの顔がニコッと動いた。

    びっくりして、声もでず、椅子から飛び降りた…。

    お化けだったら怖いと思い、急いで靴を履いて、「お姉ちゃんまたね」と言って走って店を後にした。

    家についてホッとしたけれど、夜になると、家までついてきてたらって考えちゃうから、とりあえず両親の布団に潜り込んだ。

    これは、戦略的撤退だから負けではない。絶対に。

    明日行こうか迷うなぁ……。と目を閉じた。

    朝になり、結局学校にいる間もなんとなくポンちゃんが気になり、今日は触らず遠くから見ることに決めた。

    だが、うっかり定休日なのを忘れて来てしまった。

    今日は休戦にするかーと家に歩き出した。

    翌朝、今日は学校がないから、確かめに行こうと着替える。

    朝ごはんを食べたあと、「遊んでくる〜」と家を駆け出し、昨日デザートに出されたけど眠くて食べられなかったシュークリームをこっそり持って、小春お姉ちゃんのお店へ向かった。

    ガラガラっとドアを開けると、「奏汰君いらっしゃい」いつもの優しい笑顔で小春お姉ちゃんが出迎えてくれる。

    「来ちゃった…ポンちゃんいる?」

    神棚を見るとポンちゃんはいない。

    お姉ちゃんは、返事する間もなく、忙しそうに、お店の裏へ消えていった。

    ふーと息を吐き、いつものように、お水を取りに行こうとピッチャーを触ると……。  

    突然「お、元気なワッパが来たなぁ。ポンが気に入ったのかのぉ?」と声をかけられた。

    もしやと声のする方を見ると、いつものお爺ちゃんが昼間からお酒を飲んで向かい側に座っていた。

    あのおじいちゃんちょっとだけ苦手なんだよなぁ、「ウン」とだけ言って、小春お姉ちゃんがいつもいる所の向かい側で靴を脱いで、膝立ちで座った。

    すると、お爺ちゃんがほれと、手を伸ばして持ってた何かをくれた。

    尻尾を動かしこちらを不思議そうに見るポンちゃん。

    「ポンちゃん!やっぱり動いてる!?」

    「すげー、君は妖精なの!?」

    夢中でポンちゃんに喋りかけると

    「ほっほ、今時のおもちゃはすごいのぉ、本物みたいに動くわい。」

    とお爺ちゃんは髭を撫でながら笑う。

    そうか、爺ちゃんには玩具に見えるんだ…。ポンちゃんに顔を近づけ、出来るだけ小声で「ポンちゃん生きてるもんね」と言って右手の指で優しく頭を撫でた。

    ひんやりする頭が少しだけ返事をするように強く指にぐいっとほっぺを傾けてくれた。

    急に「さてと、帰るかの。」そう言ってお爺ちゃんは、カウンターにお金を置いて、お店を出ていった。

    緊張するしちょうどいいや…… 静かな、店内に二人きり、今がチャンスだ、こっそりポケットに入れてた、シュークリームを取り出す。

    「わっ」

    シュークリームが潰れて、袋の中がクリームまみれになっている。

    幸い袋の中だけだから、お母さんには怒られなさそう。

    袋を開け、持てそうなところを探し、小さくちぎって、ぽんちゃんのそばに指を差し出し、

    「ぽんちゃん、食べる?」

    勇気を出して聞いてみると。

    ぽんちゃんは「ん?」と首をかしげ、ぺろっと小さなシューを舐めた。

    「んん!」と嬉しそうに鳴いたあと、両手で小さなシューをつかみ、勢いよくパクパク食べ始めた。

    食べてくれた嬉しさと、“生きてるんだ”という感動で、手も口もベタベタにしながら自分も食べつつ交互にあげる。 

    しばらく、ポンちゃんを撫でてたら、前から、パタパタ足音がして、「ごめんね、開店前でバタバタしてて…」

    と小春お姉ちゃんが、こちらに戻ってきた。 

    小春お姉ちゃんは、そのまま玄関にのれんを運び、外の札を裏返した。

    「そうそうさっき、お母さんから連絡来て、あとで夕飯食べに来るって言ってたよ〜」

    「え!今日ここで食べれるの!!」

    嬉しいけどまずい。

    多分、ここに一人で来てるってバレると怒られる……大人のお店っていつも言うもん。 

    遊びに行くって言っちゃったし…。

    とりあえずお姉ちゃんに、確かめよう。「僕ここにいるって、もう言っちゃった?」

    不安でドキドキしながら小春お姉ちゃんを見る。

    小春お姉ちゃんは笑顔で、「言ってないよ、待ってるね~って言っといた」

    親指を上げニコッと笑う小春お姉ちゃんに、安心する。

    良かったと思いつつ、シュークリーム食べたのバレたら怒られるだろうなぁと恐怖がまた、心に広がる。

    「小春お姉ちゃん、何でもいいからお手伝いさせてください!」

    良いことをすれば褒められるはず。

    小春お姉ちゃんはびっくりした顔で、「え!?どうしたの?」

    「最近お父さんもお母さんも忙しそうだから、何かしたくて…」

    咄嗟に出まかせが出た。

    小春お姉ちゃんは、しばらく「うーん」とほっぺに手を当てて考えて、優しく手招きしてくれた。

    初めて、キッチンの中に入った。

    見たことない道具や調味料がズラリと並び、辛そうな唐辛子や、強そうな見た目のコンロ、前にやったバーベキューみたいな火もある。

    「小春お姉ちゃん!凄いカッコいいね!」と後を振り向く。

    小春お姉ちゃんは、「でしょー」と笑い、洗い場の踏み台まで案内してくれた。

    よいしょって登って、腕をまくり、手を洗う。

    「しっかりめに洗ってね〜」と後で声がする。

    いつもより、真剣に石鹸を使いゴシゴシする。

    よく水で流していたら、小春お姉ちゃんが、小さな赤いエプロンを貸してくれた。

    僕の好きな、レンジャーレッド色でちょっぴり嬉しい。

    片手を上に上げ、決めポーズをした。  

    「カッコいいね」と小春お姉ちゃんは洗い場の中に大きなボウルを置き沢山の野菜を入れていく。

    「まずは、お野菜を洗ってもらいます」

    優しく、どのくらい洗うといいか見せてくれ、じゃがいも、トマト、きゅうり、にら、黄色いピーマン、ねぎ、を洗って、野菜を振り水気を切ったあと、ザルの入った大きいボウルに乗せていく。

    トマトと黄色いピーマンは、バットという銀色のお皿に入れた。

    白菜も洗い水気を切るとき重たくて、勢いをつけたら、床に盛大に飛んだり、カウンターにも少し飛んで、心配してくれたのか、ポンちゃんがよじ登って蛇口のそばまで来てくれた。

    ポンちゃんは、応援してくれてるのか、両手をあげて飛び跳ねてる。

    落ちそうで怖かったから安全なバットの隣にそっとつかんで置いてあげる。

    体は冷たいけど、柔らかくて、水風船を少しだけ硬くしたみたいな感触。

    不思議だなぁと手をみてたら、肩にポンと手を置かれ、小春お姉ちゃんが「ふふ、大洪水ですな〜」と言いつつモップを渡された。

    「レンジャーだから床の敵を倒してくる!」

    と頑張って、水を拭いて倒していく。

    倒し終わった後、モップを小春お姉ちゃんに渡して、また手を洗い、今度は調理台に案内された。


    小春お姉ちゃんは僕にブンブンカッターを渡して、小春お姉ちゃんが渡してくれる切った具材を、さらに細かくする任務をくれた。

    ブンブンカッターは、家でも何回か使ったことがあるから僕はバッチリ任務を成功させれる。

    先にトマト、きゅうり、玉ねぎを、別々に細かくし、

    それぞタッパーに入れていく。1回終わったらゆすいでを繰り返す。 

    その後、ニラ、ねぎ、にんにく、生姜もやっつけまとめて中くらいのボウルに入れる。

    小春お姉ちゃんは油揚げを半分に切って、まな板に並べ、僕に油揚げの上から麺棒でコロコロさせると、なぜかザルに入れてお湯をかけた。

    すると、大きいボウルに、豚ひき肉を沢山いれ、塩を振って、小さなゴム手袋を渡し、「さぁレンジャーさん、こねこねしてね〜」

    と僕の前に置いた。

    手袋越しに、お肉の感触が伝わり、段々と柔らかい粘土みたいになってきた。

    すると、さっき、やっつけた野菜たちをボウルに入れてくれ、さらに捏ねていく。

    野菜が入ると混ぜるのが大変だけど、レンジャーだから大丈夫。

    ポンちゃんは相変わらず、跳ねて応援してくれる。

    途中、何か色々調味料が入り、ちょっとだけ、小春お姉ちゃんに助けてもらいつつ、餃子の中身ができた。

    「これいつもお母さんが頼むやつだ!」

    隣で小春お姉ちゃんが「そうそう!裏メニューの!今日はびっくりさせちゃお!」と笑う。

    笑顔が少しお母さんに似てて、僕は、小春お姉ちゃんが好き。

    「ウン!美味しいって言ってくれるかな!?」そう言いながら、油揚げを開いて手に持つ、小春お姉ちゃんがやってるのを真似して、スプーンで具を詰めていく。

    意外とぎゅうぎゅうに詰めても破れなくて、上にスペースを少し空けるくらいまで詰めた。

    隣で小春お姉ちゃんが僕のを見て、「上手いね!本当に初めて?凄いねレンジャー!」

    って褒めてくれる。

    でも、照れて「えへへ、レンジャーは強いの!」

    しか言えない。

    上を並縫いするみたいに爪楊枝で止め、バットに並べてラップをする。

    完成させた稲荷餃子を眺め、冷蔵庫に見送り、僕は洗い物を頼まれたので、ひたすら洗った。

    小春お姉ちゃんがお母さんに「奏汰君とたまたま会って、お店で待ちたいというので、お待ちしてます」と連絡してくれた。

    それから、小春お姉ちゃんは、お通しやおつまみ、を作ると言って、何か色々作っては洗い物を僕にくれた。

    洗い物をやっつけ終わると、カウンター拭きや、大きなハサミで、枝豆の枝を短くして、端っこを小さく切ってから、塩をまぶして枝豆をゴシゴシして、小春お姉ちゃんがご褒美と言って、瓶コーラを開けてくれた。

    僕は、ポンちゃんをそっと手のひらに乗せ、いつもお爺さんが座る端っこの席に、靴を脱いで、膝立ちで座った。

    シュワシュワのコーラを瓶のまま、一口飲むと、いつもよりも体に染みていく感じがした。  

    ポンちゃんにも、コーラをあげようと近づけたけど、パチパチが怖いのか、顔をプイっと背けるので、ナデナデしながら、カウンターでコーラを堪能する。

    不意に、ガラガラっとドアが開いた、知らないおばちゃんとおじちゃんが、入ってきて、「いらっしゃいませ」と小春お姉ちゃんが席を案内した。

    気まずいから、膝立ちをやめて、足をぶらぶらさせながら体勢を変える。

    小春お姉ちゃんの、頭しか見えないけど致し方ない。

    おばちゃんがすみませんと、今日のおすすめを聞いた。

    小春お姉ちゃんは、「今日は、ヒラメとサーモンのカルパッチョと稲荷餃子です」と答える。

    どっちもお願いという声が聞こえ、僕は、ドキっとした。

    稲荷餃子僕と作ったやつだ!だから具の量多かったんだと思い「そーっと」膝立ちして手元を覗くと、小春お姉ちゃんが、具を油揚げに詰めていた。

    良かった。お母さん達の分じゃない。

    そう思って、体勢を戻す。

    お母さんは、「お店で待ってるって聞いてびっくりしたよ〜。いい子にしてた?」

    「もちろん!レンジャーだからね」と、エプロンを見せた

    お父さんが、「お!カッコいいなぁ〜!」と褒めてくれる。

    小春お姉ちゃんが注文を聞いてくれた。お母さんは、「小春、奏汰見てくれてありがとね〜」と言いつつ、コーラ、烏龍茶、ビール、おすすめのカルパッチョとザンギ、稲荷餃子を頼んだ。

    僕は、小春お姉ちゃんと、お互いウインクして、ニシシと笑った。 

    また、楽しそうで美味しそうな音がして、僕のドキドキは段々加速していく。

    お通しが運ばれてきて、茶色の木の網のカゴに枝豆が入っていた。

    これ僕が切ったのだ!と内心ドキッとしながら口に運ぶ。

    豆の味と塩っ気が口に広がり、いつもより美味しく感じる。

    お母さん達も、「枝付き枝豆最高!ビールに合う!」と喜んでいる。

    ちょっと恥ずかしくて、頬が暑い。

    コーラをグラスに注いで、みんなで乾杯した。フライングで飲んじゃったお父さんは、お母さんにビールを奢るらしい。

    お母さんが、不意にポンちゃんに気づく。

    可愛い!狸だ、でも目大きくないし、お腹も出てなくて、珍しいわねと持ち上げる。

    僕は、ポンちゃんが潰れないか心配で、「優しくして!ポンちゃんっていうの。」と紹介する。

    お父さんが「金玉も小さい」と言った瞬間、「シーーっ」口を塞がれていた。

    「おまたせしました〜」と小春お姉ちゃんが、頼んだ料理を並べてくれる。 レモンの添えてある茶色のカリカリザンギ、真ん中に、2人で作った稲荷餃子、カラフルな野菜が散りばめられた2色のカルパッチョを置いてくれた。 お皿のなかにあるポン酢の特製ダレをつけ、お母さんが僕のお皿に置いてくれた。 「いただきます」と、食べるふりをして、2人を見つめる。 2人はガブッと食べた瞬間美味しい!!と笑顔になった。

    やった!!!

    嬉しくてガブっと齧った。

    口の中で油揚げと、お肉、にんにく生姜、野菜の旨味が広がる。

    自分で作ったからか、さらに美味しく感じる。

    笑顔で小春お姉ちゃんに親指を立てて合図した。

    小春お姉ちゃんも笑顔で、「やったね」って親指を立て返してくれた。

    小春お姉ちゃんが、「実はそれ、奏汰君が手伝ってくれて作ったんだよ〜」って説明してくれた。

    恥ずかしくて、顔が熱くなる。

    「えー!奏汰作ってくれたの!?」大きな声で母が叫ぶ。

    恥ずかしくて、「ウン」と頷く。

    「すげー美味い!将来シェフになれるな」とお父さんまで褒めてくれる。

    声が聞こえたのか、おばさん達もカウンター越しに、

    「ボクが作ったの!?上手ね!」

    「美味しいよ!ありがとう」と話しかけてくれた。

    ますます照れくさくて、「ウン」しか言えない。

    そこから、両親とおばちゃん達が何やら嬉しそうに話していたけど、恥ずかしくて耳を塞いで縮こまった。 

    隣でお母さんに頭を撫でられながら、ポンちゃんを横目に笑う。

    こっそり、小さく切った唐揚げと、稲荷餃子をあげて、嬉しそうに食べてるのを観ながら。

    照れてて、よく味がわからないけど、美味しいご飯を食べた。

    帰り際小春お姉ちゃんが「カルパッチョの上に乗ってたお野菜も、奏汰君切ったやつだよ〜」って教えてくれた。

    「え!今日のオススメのお野菜ボクがやっつけたやつ?」と嬉しくなった。

    エプロンは、洗って返すことになり、外すのが勿体なくて、お母さんの反対を聞こえなかったことにした。

    僕は、ポンちゃんの頭を優しく指でなで、「また来るね」と囁き、不意に神棚をみた。

    神棚から、ポンちゃんに似たちょっと年取ってそうな狸の顔が見えて、急いで両親と外に出た。

    楽しくて、美味しかったから、3人で手を繋いでお家に帰った。

    僕は、レンジャーだから、あの狸なんて怖くないけど、今日は、両親と寝ようかな。


    奏汰君が帰ったあと、私は何時も通りポンちゃんを手に乗せて神棚に戻す。

    「今日も、頑張ったね」と言うとポンちゃんは嬉しそうにニコッと笑う。

    笑ったほっぺには何故か、油揚げの欠片が付いていた。       

    第四章  モユク爺の警告

    ここに住んで1ヶ月半くらい経つが、女将である小春ちゃんは毎日せっせと働いておる。

    ワシはたまに上から眺めたり、下に降りたりして、見守りつつ酒を飲んで暮らしてる。

    最近ポンの奴は、小春ちゃんの甥っ子の奏汰というワッパと友達になったようで、度々何やら美味しいものをもらっている。最近ではシュークリームとだけ話せるようになった。

    あのワッパ、妖の時のワシが見えるのか、度々目が合う。

    それなのに必死に目を逸らし、話しかけてこないので、こちらも話しかけはせん。

    なのに人間の姿で一度ワッパに「それワシにもくれんか?」と菓子をねだったら、アヤツ後退りして出ていくし、ワシ寂しい。

    たまに美味しい茶菓子を置いてやると喜ぶので、また買ってきてやろうかの…。

    最近も度々鈴の音が聞こえ、少し繁盛してきてワシとしても嬉しいが、座れない日も増えつつあり悩ましいのぉ。

    今日は珍しく人が疎らで、いつもの席についてだし巻き卵と熱燗で一杯楽しむ。

    「ふぅ…寒い日はこれに限る」

    そう言いながら熱燗を口に運ぶ。

    ガラガラっと扉が開き、ふと気配を感じ横目をやると、細身のスーツ姿の男が入ってきた。

    男は寒いのか一瞬身震いするも、小春ちゃんの前に腰掛ける。

    「いらっしゃいませ~」

    小春ちゃんがいつもの優しい声で迎える。

    男は舐めるような細い目つきで小春ちゃんを見た後、「ビール下さい」と頼んだ。

    その後、奴はワシの方を見る。てっきり気づいたのかと思いきや、視線はワシではなく神棚を見ている。

    全く面倒そうな小童が入ってきたもんじゃ…。

    だし巻き卵を口に運ぶ。

    苛立ちが優しい卵と出汁でほどけていく。

    噛むとジュワーッと出汁が染み出してきて、銅の四角い鍋で焼かれているからか、ふっくらして弾力がある。

    「……美味そうですね」

    不意に、男がこちらを見ずに呟いた。

    ワシは箸を止める。

    「ん?」

    「その、だし巻き」

    男は神棚を見たままビールを一口飲む。

    なんじゃコヤツ。ワシと喋っとるのに、目線がずっと上じゃぞ。

    「小春ちゃんのだし巻きは絶品じゃ」

    そう返し、ワシは残りを一切れ口へ運ぶ。

    熱と出汁が舌に広がり、ほんのり甘い卵の味が鼻へ抜ける。

    寒い日に食うだし巻きというのは、どうしてこう心まで緩むのかのぉ。

    男はようやく神棚から視線を外し、こちらを見た。

    細い目。笑っておるようで、全く笑っとらん。

    「……ここ、長いんですか?」

    「まぁのぉ」

    「常連?」

    「そんなところじゃ」

    男は「へぇ」とだけ返し、指でグラスを撫でる。

    「ここ以外に行きつけはありませんか?例えば、一本大きい通りに出来た小洒落たお店とか…」

    小童は得意げに腕組みをし、タバコをおもむろに胸元から取り出した。

    オホンと咳払いをし、横目でギロリと睨みつける。

    「ここは禁煙じゃ。それに騒がしいところはどうも好かんでの…ここの方がずっといいわい」

    「すみません」

    小童はしおらしくタバコをしまった。

    居心地が悪かったのじゃろう。

    ビールを半分残して金を置いて帰っていった。

    小春ちゃんが気まずい空気の中、

    「ありがとうモユク爺。不思議なお客様だったね」

    「お客様に言っちゃいけないけど、ちょっと不気味だった…」

    そう言いながらグラスを片付けた。

    「小春ちゃん、塩振っとくといい」

    そう言いながらワシは、作務衣の胸元から緑色の少し硬い葉を3枚取り出し、ふーっと息を吹きかけ、フンッと力を込めた。

    「小春ちゃん、これをやろう」

    「なんですか?葉っぱ?」

    受け取りながら匂いをクンクンと嗅ぎ始める。

    「それは仕切りを跨げなくする札じゃ」

    「え?入れなくなる?出禁ですか?」

    「出禁が何か知らんが、使われたものは店に二度と入れんし、店の中で使われると吹っ飛ぶ」

    「先ほどのような失礼なやつが来た時に使うとよい」

    「ありがとうモユク爺」

    小春ちゃんはそれをレジ横の引き出しにそっとしまった。

    普段ワシもポンもいるが、ここの主は小春ちゃんじゃ。客かどうか決めるのは彼女じゃからのぉ。

    結局心配で閉店まで見届け、明日は休みじゃから昼まで寝させてもらおうと布団に入り込んだ。

    バーーーンという激しい音と振動で目が覚め、慌てて鏡から体を出し下を覗く。

    玄関のドアが外に倒れ、その上にあのスーツの男が乗っておった。

    「あの札を使ったんじゃな!」

    そう思い、横にいるポンに手を当て記憶の共有を始める。

    どうやら、新しくできた飲食店に、ここいらで評判の小春ちゃんをスカウトに来たらしい。

    断る彼女に詰め寄って体を触ろうとしたところ、吹っ飛ばされたようじゃ…。当然の報いじゃ。

    小童は店に入ろうと立ち上がるも、見えない壁に遮られる。

    音が凄まじかったのもあり、外には人だかりができつつあった。

    怒りで震えながら「覚えてろ!」と吐き捨て、どこかへ去っていった。

    「小春ちゃん、大丈夫?」

    心配した人たちに囲まれ、小春ちゃんは「大丈夫」と言いながら席に案内してもてなした。

    あの小童、あれでおとなしくなればよいが。

    もしもの時のため、ちと戦友に会いに行くか…。

    「小春ちゃん、ちと出かけて来る」

    勢いよく神棚から降り、人の姿になる。

    「2日くらいで戻るでのぉ。ポンがしっかり守ってくれるから安心せい」

    ポンにもよろしくのぅと手を振り、古くからの戦友のところへ向かう。

    ひとまず山に入り、フーッと息を吐き一回転して元の大きな姿へ戻る。

    久々の山の香りに懐かしさを覚え、一本の大きな杉の幹を空へつたって走り、そのままジャンプして空を走った。

    空を切りながら何時間も山々を抜け、やがてどっぷり暗くなった頃、目的地の古い神社にたどり着いた。

    暗い木々の中に点々と赤い鳥居が不気味に映える。

    階段をすっ飛ばしてジャンプし、奥の本殿へスッと降りる。

    本殿には小さな二尾の狐が横並びし、青い提灯を持っておる。

    「ケマコシネ、そこにおるんじゃろ」

    本殿の扉がスッと開き、銀色に光る九尾の大きな狐が現れる。

    「なんだモユク、久しぶりだねぇ。まだくたばってなかったのかい」

    フンと薄ら笑いを浮かべるモユク。

    「お前さんこそ相変わらず子育てとはなぁ」

    「ご挨拶だねぇ。可愛い子たちだろう?それで用は何だい」

    「ワシの住処に小童の狐が来てな。どこの狐か知りたくてのぉ」

    前足をケマコシネの右前足に乗せ、記憶共有を始める。

    ケマコシネは目を鋭くして言う。

    「この小僧、アタシのところじゃないね…だけど文家の気配だね。なんとかしてやらないこともないよ」

    背中の毛を一本抜き、フンッと息をかけて渡す。

    「ワシのとっておきの美酒じゃ。これで頼む」

    ケマコシネは子ギツネを二匹呼び、一匹には酒を運ばせ、もう一匹には分家を呼ばせた。

    「明け方には来るから連れていきな」

    「アンタ、人間の店に住んでるんだねぇ。よりにもよってあそこに…物好きだねぇ」

    「飯はうまいでのぉ」

    「まぁ気が向いたら行ってもいい」

    「どうせ暇だ。料理の話でも聞かせておくれ」

    「仕方ないのぉ」

    朝まで友と語ることになった。

    持ってきた酒を飲みつつケマコシネと昔話に花を咲かせるうち、あっという間に夜も更けていった。

    「アンタ、その人間の子がいなくなったらどうするんだい?」

    ケマコシネは眠そうに横になりながら見つめる。

    「まだ決めとらんよ。居心地が良くてのぉ…老い先短い生涯じゃ。気ままにやるじゃろう」

    「よく言うよ、狸爺」

    2人の笑い声がこだまする。

    障子越しに声がする。

    「ケマコシネ様、チロンヌプ様をお連れしました」

    ケマコシネは起き上がり座り直す。

    「入るが良い」

    緊迫した空気の中、ふくよかな茶色の狐が入ってきた。

    「ケマコシネ様、参りました。」

    そう言って、深くお辞儀をする。

    「うむ、ご苦労。」

    「して、私(わたくし)に何か御用ですかな?」

    ふくよか狐は、手が少し震えている。

    ケマコシネは、静かに怒った声で言った。

    「どうやら、お前のとこの若僧が、私の友人の所で少々問題を起こしているようでな」

    「お主の方で何とかしてほしいのだが…」

    ふくよか狐は、ワシの方をチラッと見て、目がハッと開く。

    「あ、貴方様は、もしやモユク様!」

    「この度は、大変なご無礼をうちの者が!」

    と前足を出して、頭を床につける。

    「ふむ、そなたワシを知っておるのか、なら話が早い。」

    「お前の所の小童が、ワシの住処の主を店から出そうとしておってな…どうやら、主だけが目的ではないようでなぁ…。」

    ふくよか狐は、頭をつけたまま、「…といいますと?」と怯えた声で尋ねる。

    ケマコシネは、呆れた顔で言った。

    「土地じゃろうて?こやつの今いる所は、アタシらが大昔に争っていた土地じゃ…何の因果か、あそこに住んでるのさ。」

    ふくよか狐は言った。

    「大変申し訳ない。そやつに命令したのは私です。」

    「あの辺り、昔は栄えていたのに今や見る影もなく、どうにか活気を取り戻したく命じたのです。」

    「早急に連れ戻し、二度とモユク様の目に触れぬように致しますので、ここはどうか…」

    「モユク、今回の落とし前は、アタシがキッチリつける。

    だから、今回は穏便に済ませようじゃないか」

    ケマコシネは軽く頭を下げる。

    「ふむ、お主がそういうならそうするわい」

    ふくよか狐のほうをギロリと睨み、

    「もしも小童が今一度ワシの主に害をなそうとするなら…次はない。」

    わざと妖気を部屋いっぱいに溢れさせる。

    ふくよか狐は、「は、はい。二度とこのような事はさせません」と怯え、縮こまった。

    ケマコシネは言った。

    「モユク、分家とは言え、こやつの行動を把握していなかったアタシにも非はある。あとは任せて、アンタは主の所に行きな。」

    妖力をシュッと小さく抑え、「頼んじゃぞ」

    と言い放ち、砂利道を走って飛び、神殿を後にした。

    もと来た道を走りながら、ポンの視界を借りて店を見る。

    「今のところ、問題ないな」

    安心して帰れるわい。

    「しかし老体にこの距離はきついのぉ」

    空に小さく声が響く。

    夕方、すっかり辺りが暗くなり始めた頃、提灯の明かりが灯る我が家に帰ってきた。

    ドアを開けると、小春ちゃんが「いらっしゃいませ」と温かく出迎えてくれた。

    いつもの席に座ると、狸握りと熱燗を出してくれた。

    そしてワシにしか聞こえない声で「お帰りなさい」と笑ってくれる。

    あぁ、やっぱりここはいい家じゃ。




    #創作大賞2026 #ファンタジー小説部門

     
     
    クヨクヨうさぎと申します。 読んでくださりありがとうございます✨ 得意なことは、自転車で少し遠くまで走ること。 好きな事は、読書とお酒。 ちょっと一休みしていってください。

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