芋出し画像

䞀倏の続き青春音楜小説

架空の音楜ナニット「青の芖差」ずのクロスオヌバヌ䜜品です。䜜䞭に登堎する楜曲は、すべお実際に聎くこずができたす。



M1. 青の芖差


蝉の声が、䟋幎より早く聞こえ始めおいた。

䜓育通裏の枡り廊䞋、コンクリヌトに反射した熱が靎䞋越しに足銖にたずわり付くのを感じた。耳の奥で響く蝉の声ず宀倖機の唞り声。誰かの足音が党郚、別々に聞こえる。混ざらない。
ノむズがゞリゞリず脳裏を焌く。私の耳はい぀もそう。

「海うみちゃんだよね」

名前を呌ばれた瞬間、忘れおいたはずの名前を思い出す。

振り返りたくなかった。
でもこの声の震え方を知っおいた。

「お願いがあるんだけど」

振り返るず先茩が立っおいた。背䞭に背負ったギタヌケヌス。それだけで誰かわかった。
遠くから芋おた姿で、遠くから聞こえた声ずは違う声で。

私の耳は、声の䞭の嘘や無理を、拟っおしたう。気持ち悪いほど正確に。
今の声はほんの少しだけ、掠れお震えが混じっおた。その掠れに自分の喉が閉たった瞬間が蘇る。

「バンド、ひず倏だけ。ボヌカル探しおお」

蝉の声がたた䞀段倧きくなる。私の䞭で、䜕かが止たった。

「ボヌカル」ずいう蚀葉に、喉の奥がきゅっず閉じた。耳の䞭で、蝉の声が急に䜕倍も倧きく聞こえお飜和した。
もう二床ずしないっお決めた。

なのに  。

先茩の声の震えが。
掠れが耳に残った。

「  どういうこずですか」

い぀もなら振り返らない声に振り返っおしたった。

「぀いおきおくれる」
先茩はギタヌケヌスを背負い盎しお、背䞭を向けお歩き始めた。


先茩の埌を぀いおいく廊䞋は、やけに長かった。

吹奏楜の音が近づくたびに倧きくなる。
「音楜宀、吹奏楜に取られおお」先茩がそう蚀っお音楜準備宀のドアを開けた。

扉を開けるず、䞉人の芖線が同時にこっちを向いた。

「だれ  」
キヌボヌドの前に立っおいた、䜎い背に芋合わない䜎い声。
鋭い目぀きが肌越しに刺さった。

それを芋た先茩は笑っお
「暹い぀き、睚たない。新しいボヌカル」

反射的に先茩の顔を芋䞊げた。
「ただ、匕き受けた芚えないんですけど」

それを遮るように暹君の声が重なった
「のんちゃんがいるのに」

「そ。海ちゃん」

「海ちゃん知っおる」声を䞊げたのはベヌスを抱えた二幎生。
犬飌いぬかい、ず先茩が呌んだ。

「知らないんですけど  」ず暹君が䜎い声で蚀った。

先茩の隣でよく芋かける人が、怅子に座っおスティックを回しながらぜ぀りず呟いた。

「望のぞみずっず蚀っおたもんな  」

誰の名前か聞く前に、望ず呌ばれた本人が口を開いた。

「石神いしがみ、それ秘密。

バンド名、青の芖差」

私の耳が、その青をもう䞀回なぞった。
先茩の声が続く。

「音、聞いたら倚分断る気倱せるから」

その䞀蚀で、枩床が䞋がったような緊匵感を肌で感じた。
党員、楜噚をそれぞれ仕舞っおいく。

「のんちゃん、芖聎芚宀は」

「もうい぀も通り、オカ研に蚱可取っおるよ」

「望、それは蚱可っおより脅迫じゃないかなぁ」
スティックをポケットに入れた石神さんの眉毛が少し䞋がった。

「この音で、海ちゃんを惚れさせればいいんすよね」
ベヌスを担ぎ盎した犬飌くんが冗談っぜく腕たくりをする。

「ボヌカルの件は考えられないけど、なんかムカ぀いたから」暹君が楜譜をカバンに詰めた。

「「「青に染める」」」

それぞれ楜噚を背䞭に担いでみんなドアを開けお出おいく。

「おいで。海ちゃん」
先茩は少し目を现めお笑っおいた。


M2. 青に眹っお


芖聎芚宀の重い扉を開けた瞬間、もうひり぀くような空気を纏っおいた。

先茩がアンプに赀いギタヌを繋げる。ドラムの前の垭に石神さんが座る。犬飌くんがベヌスをケヌスから取り出しお、暹君は抱えおいたキヌボヌドをセッティングし始めた。

「望、準備をい぀のたに」

「オカ研のみんながね。俺らのファンだから。暹準備できた暹が終わったら石神、カりントいいよ」

先茩がギタヌを抱える。

ドラムの前に座った石神さんがスティックを䞊に持ち䞊げる。宙に浮いたスティックが、寞分違わず四拍を刻んだ。

音が鳎った瞬間、思わず耳を塞いだ。
先茩の持ったギタヌが暎れるように空間を支配する。身䜓の内偎たでびりびり震える音量。い぀もなら逃げ出すノむズのはずだった。

なのに、逃げられない。

逃げようずしおも、焊燥するように走るピアノが耳を突き刺した。

ベヌスが刻む䜎音が肌を通しお心臓を揺らす。
胞の奥から䜕かが突き䞊げおくる。耳から入ったドラムの音が、そのたた身䜓の内偎で光みたいに匟けた。指先たで痺れお、息を止めおいたこずに気づく。

忘れたかった忘れられないあの感芚。

気づいたら、耳を芆っおいた手はなかった。

胞の高たりに呌応するように䜎音が身䜓の内偎に響いた。

先茩の歌が乗る。
䞍意にその音が高音のずころでコヌドず倖れお僅かに掠れたこずに気が぀いた。

すぐにギタヌずピアノがそれをかき消す。
心臓が握られたようだった。

音が止んだこずに、音の䜙韻が消えた埌にやっず気が぀いた。

先茩が手を差し出しお笑った。

「どう」

「  䞀倏だけですよ」

「その期間が過ぎたらやりたせん」

ただ、今は

きっず青に囚われただけだ。

 

M3. 海ず葵


芖聎芚宀を出お、音楜準備宀ぞ向かうず、廊䞋の向こうから調子の倖れたトランペットが響いおいた。同じフレヌズを䜕床も同じずころで倖す。

その音が、耳の奥を通り過ぎ頭の䞭をちりちりず匕っ掻いた。

「  っ」

思わず眉を寄せた。隣を歩いおいた先茩の足音が少し遅くなる。䜕も蚀わずに半歩遅れた先茩が、埌ろからそっず䞡手で私の耳を芆った。

「ダメなんでしょ」

それは確認だった。

手のひら越しに、倖の音が半分だけ遠くなる。トランペットのずれが、少しだけくぐもっお届いた。

「  倧䞈倫です」

そう蚀ったのに、先茩の手は離れなかった。しばらく黙っお歩いお、音楜準備宀のドアの前でようやく離れた。

「入っお」

短くそれだけ蚀うず、先茩は先に䞭ぞ入っおいった。

犬飌くんがケヌスを床に眮きながら、思い出したように口を開いた。

「そういえばさ、海ちゃんっお、あの海ちゃんだよね」

「あの、っお?」犬飌くんのベヌスを取り出すのを手䌝いながら、暹君が聞いた。

「昔、YouTubeに出おた子でしょ。小孊生でバズっお、歌っおたよね。確か。匟が芋おた」

暹君が顔を䞊げる。

「なんですかそれ」

「え、知らない結構話題になっおたじゃん。子䟛なのにめちゃくちゃ歌䞊手くおさ。䞀回聞いたら芚えるっおや぀」

「なんで蟞めたんですか?」暹君が私を芋ずに、ただ疑問ずしお口に出した。

犬飌くんが「さぁ  」ず銖を傟げる。「なんか、急に投皿しなくなったんだよな」

「海ちゃんにも事情があるの」

先茩が床に眮いたケヌスからギタヌを取り出しお蚀った。振り返らない。
ただ指を眮いた匊が埮かに震えたのを感じた。

「で、海ちゃんほんずの名前は実は本名」

「違いたす。葵。汐芋葵です。でもここにいる間は、やっぱり海っお呌んでください」

先茩の指が、匊の䞊で止たった。
鳎っおいたAmのコヌドが、途切れお䜙韻だけが響いおいた。

M4. Fの重力


「Cはこれ」

犬飌くんが指を匊に䞊べお芋せおくれる。抌さえる堎所を真䌌るず、指先が熱い。ただ慣れおない皮膚に、匊の感觊が食い蟌んだ。

「痛っ  」

「最初はみんなそう。俺も最初、氎ぶくれになったから」

隣で暹君がキヌボヌドの鍵盀を䞀぀ず぀叩いお音階を確かめおる。ドから半音ず぀䞊がっおいく音が、頭の䞭で勝手に敎列しおいった。

「海ちゃん、今ので分かるの」

「  分かっちゃいたす」

石神さんが笑っお、スティックでリズムを刻む真䌌をした。

「じゃあDコヌドいくよ。人差し指、二フレット」

犬飌くんの指に合わせお自分の指を動かす。汚い音。でも、鳎った。

先茩はギタヌを構えたたた、私たちのやり取りを黙っお芋おた。時々、指瀺を出す代わりに小さく頷く。

「望先茩次は歌合わせようよ」

犬飌くんが振り返る。先茩は䞀瞬、間を眮いおから頷いた。

「  いいよ」

短く答えた声が䞀拍遅れた。誰も気づいおないみたいだった。

私だけが、聞き分けおしたう。

「じゃあ、せヌので」

石神さんのカりントに合わせお、音が重なる。先茩の声が乗る。掠れはこの前よりも深くなっおる気がした。でもすぐに音の䞭に沈んでわからなくなった。

挔奏を終えおみんなが各々、手を止めお話しおいおも先茩だけがただギタヌを抱えたたた、匊を䞀本ず぀確かめるように鳎らしおた。

「先茩、次の曲。教材これ䜿お」

犬飌くんがスマホの画面をみんなに向けた。タむトルを芋おなんなのかわからず眉を顰めた。

『Fの重力』

「  なんですかこれ」

「のんちゃんの自䜜。前に文化祭で出した」
暹君の声はい぀もよりそっけなかった。

再生ボタンを抌すず、セミアコに続くようにピアノが暎れ始めた。歌詞は聞き取れる。聞き取れおしたうのが、少し困る内容だった。

石神さんが笑っおスティックを回す。

「望は時々壊れるんだよ」

「でもかっこいいっす」

犬飌くんは倧真面目にそう蚀った。反論の䜙地がないくらい、挔奏だけは本圓に本気だった。

先茩は少し離れたずころで、玠知らぬ顔でギタヌの匊を匵り替えおた。

「Fコヌド、これで緎習するず絶察忘れないから」

「そういう問題じゃない気がしたす」

でも確かにその日から、Fコヌドだけは耳ず指に残っおいた。

M5. タむトルのない曲


終業匏が終わっお、教宀から解攟感が溢れ出す音が響く。笑い声、机を匕く音、荷物をたずめる音。党郚が蝉の声ず重なっお、い぀もよりうるさい。それでも、今日はなぜか耳が痛くならなかった。

倏䌑みに入っお最初の緎習日、音楜準備宀のドアを開けるず、先茩が暡造玙を広げおいた。

「ラむブ、決たったよ」

犬飌くんが続けお声を䞊げる。

「バスケ郚䞻催の倏祭り䌁画。月日。䜓育通ステヌゞ、䞀郚で䞉十分」

「䞉十分っお、けっこうガチじゃないですか」

「そう。だから、本気でやる」

先茩はそう蚀っお、笑った。いたずらを思い付いた子䟛みたいに目元たで笑っおいた。

その日から、緎習の熱が倉わった。

セットリストを決める。犬飌くんが「Fの重力」を候補に入れお、暹君に真顔で华䞋された。石神さんはリズムパタヌンを増やしお、毎回少しず぀手数が倚くなる。

先茩は、新しい曲を曞き始めた。
その間は誰が話しかけおも反応しない。時々石神さんがおにぎりを手枡しお、それを無蚀で食べる。
「望はこうなるず、ダメなんだよね」
そう蚀っお米粒の぀いた先茩の巊手をり゚ットティッシュで拭っおいた。


数日かけお、先茩はようやく楜譜を配った。

「これ、新曲。合わせおみよう」

タむトルは曞かれおなかった。

私から歌い出すよう、指定されおいた。

息を吞う。

歌い出した瞬間、暹君の指が䞀瞬、鍵盀の䞊で止たった。楜譜より䞀拍、遅れおピアノの音が鳎った。

止たったのは、ほんの䞀秒。すぐに䜕事もなかったように䌎奏が続く。

曲が終わっお、機材を片付けおる時、暹君がぜ぀りず蚀った。

「  前、のんちゃんが蚀っおたんすよ」

「?」

「い぀か自分より䞊手い奎が珟れたら、ボヌカルは亀代するっお」

暹君は鍵盀の蓋を閉じながら、こっちを芋ずに続けた。

「正盎、ムカ぀いおたした。海ちゃんのこず知らなかったし。のんちゃんの方が党然歌えるのに、なんでっお」

――やっぱり。

「でも」

暹君がようやく顔を䞊げた。

「海ちゃんの声、さっきの鳥肌立ちたした」

それだけ蚀うず、暹君はキヌボヌドケヌスを担いで、さっさず郚屋を出お行った。

耳の奥に、ただ暹君の蚀葉が残っおた。


私は今日も先茩のパヌトを芚えおいく。掠れる箇所を、耳が勝手に予枬しお、その分だけ声を合わせる匷匱を調敎する。

倏䌑みの緎習は、毎日のように続いた。
その日の緎習䞭、犬飌くんが「蚘念に」ずスマホをこっちに向けた。

「みんなで䞀枚撮ろうよ。SNSに——」

カメラのシャッタヌ音が鳎る。

その瞬間、耳の奥で䜕かが匕っかかった。

――シャッタヌ音。コメント欄が流れる音。「倩才」「神童」ずいう文字が、画面いっぱいに増えおいく音。

指先が、急に冷たくなる。喉の奥に、あの日ず同じ感芚が蘇る。䜕かが喉を塞いでいく感芚があった。
䞖界のノむズが倧きくなる。゚アコンの颚の音の䞭にゞヌず続くモヌタヌ音が聞こえた。

「海ちゃん?」

犬飌くんの声で、我に返った。

「  なんでも、ない」

「犬飌、写真より先に音合わせするぞ」

先茩が近づいおきお、私の頭を雑に撫でた。

「海ちゃんも。無理しない」

犬飌くんはすぐにスマホを䞋ろした。䜕も聞かずに。
私の心臓だけが、ただ速いたただった。

蝉の声が、い぀も窓を隔おお倖にあった。゚アコンの効きの悪い芖聎芚宀を䜿う日も増えた。みんな汗だくになりながら同じフレヌズを䜕十回も繰り返した。

楜しかった。嫌いだったはずなのに。

その日も、い぀も通り「せヌので」から始たった。先茩のギタヌが鳎る。ベヌスが重なる。ピアノが走る。

先茩の声だけが、来なかった。

喉の奥で䜕かが朰れる、空気だけの音。

挔奏が止たる。

「  ごめん」

先茩はギタヌを䞋ろしお、喉に手を圓おた。目は䌏せたたただった。

犬飌くんが䜕か蚀いかけお、息の音だけ喉で止たった。暹君は楜譜をい぀もより静かに閉じた。石神さんがスティックを眮いお、小さく息を吐いお呟いた。

「たた、か」

誰も驚いおいなかった。
——知っおいたんだ。

ここにいる誰もが、分かっおた。

そしお、蘇った。
あの掠れ。䜕床も耳が拟っおきた、あの震え。

——知っおいたはずだった。

あれは、先茩が壊れおいく音だ。
昔、誰かが私の歌を「綺麗だ」っお蚀った時も、きっず同じ音がしおた。

私はその音を、ずっず綺麗な音楜ずしお聎いおしたったんだ。

「ちょっず  。䌑んでくる」
そう蚀っお先茩は出お行った。

その背䞭が出おいくのを芋おしばらく経っおから、頭より先に足が動いた。

ドアを開けるずき芖界の端で犬飌くんが、私の埌を远おうずしお石神さんに肩を掎たれるのが芋えた。

「行くな」

「でも」

「今は、海ちゃんだけでいい」

その声を背䞭で聞きながら私は走った。呌吞が乱れお、耳の奥で自分の心臓に呌応するような脈がうるさい。

昇降口を出たずころで、先茩の埌ろ姿を芋぀けた。

「埅っおください」

先茩は足を止めた。振り返らなかった。

「  䜕?」

蚀葉に䞀瞬詰たる。どれもこれも違った気がしたから。
代わりにずっず聞きたい蚀葉が䞀番䞊にあった。

「なんで、私だったんですか」

沈黙。
蝉の声だけが、その隙間を埋めた。

「  忘れられなかったから」

先茩はそれだけ、小さく蚀った。振り返らないたた。

「あの声が、い぀かたた聎けたらっお、ずっず思っおた」

「だったら」
私の声は震えおいた。

「だったら、なんで自分の声が出なくなったこず、隠したんですか。私に頌んでおいお、自分は」

蚀葉は続かない。
先茩は答えなかった。

「海ちゃんは悪くない」

それだけ蚀っお、歩き出した。

「少し、䞀人にさせお」

私は、それ以䞊远えなかった。


M6. 眮かれたセミアコ


音楜準備宀の空気は、い぀もより静かだった。誰も先茩の名前を出さなかった。

犬飌くんは、ベヌスのチュヌニングを必芁以䞊に䞁寧にやるようになった。暹君は、鍵盀に觊れる時間が枛った。石神さんだけが、い぀も通りにスティックを回しおた。でもその数が、時々䞀぀倚い時があった。

「ラむブ、あず五日」

石神さんがカレンダヌを芋ながら蚀った。誰も、それに返事をしなかった。

セトリの䞭に、先茩のギタヌパヌトが必芁な曲が䞉぀ある。誰かが代わりに匟けるわけじゃない。

「連絡は?」

私が聞くず、犬飌くんは銖を振った。


「既読は぀く。返信はない」

耳の奥で、あの日の声がずっず鳎っおた。

「少し、䞀人にさせお」——それに埓っお、私は䜕もできずにいる。

緎習が終わっお、みんなが垰った埌、私は䞀人で音楜準備宀に残った。先茩のギタヌケヌスだけが、隅にただ眮いおある。

「い぀でも、緎習しおいいからね」

そう蚀っお私の頭にポンッず手を眮いた先茩を思い出す。

蓋を開けるずき、金具がカチッず鳎った。
赀いセミアコが蛍光灯の光を返しお、぀るりず光った。
匊に觊れる。私には匟けない。ただ、指先に䌝わる振動だけを確かめた。

あの日、先茩が「ダメなんでしょ」っお耳に手を添えおくれたこず。
あの日、先茩が匊の䞊で指を止めたこず。
あの日、先茩が「忘れられなかったから」っお蚀ったこず。

あの日、「ひず倏だけ、ボヌカル探しおお」ず蚀った時の先茩のわずかに震えおいた声を。

党郚、耳が拟っおきた。党郚、芚えおる。

なのに、私はただ䜕も返せおない。

ケヌスを閉じお、私は準備宀を出た。

——ラむブたで、あず五日。


「ラむブ、あず五日です」

自宅のベッドに転がっおLINEを送信した瞬間埌悔した。事務的すぎる。でも消せなかった。

既読が぀いたのは、五分埌。

返信はなかった。

その日の倜、もう䞀通、打った。

「私、ギタヌはできないんで」

打っお、消した。
代わりに、別の蚀葉を送った。

「埅っおたす」

それだけ。既読はすぐに぀いた。
結局、その日は䜕も返っおこなかった。


M7. 泡になるぐらいなら


朝、スマホが震えた。

「䌚えない?」

先茩からのメッセヌゞだった。続け様に文字が続く。

「海釣り公園、19時」

倕方、自転車を挕いで向かった。朮の匂いが、近づくに぀れお匷くなる。

防波堀沿いの垞倜灯が、ぜ぀ぜ぀ず灯り始めおた。柵の向こうで、波の音が芏則正しく寄せおは返す。

先茩が指定したのは、防波堀の䞀番奥だった。街灯も、他の釣り人の姿もない。

先茩は、もう先に来おた。柵にもたれお、海を芋おた。

「先茩  」

「ここ」

先茩はそれだけ蚀っお、振り返らずに海を芋おた。
波の音だけが、間を埋めた。

「ここで、海ちゃんの歌を聎いおたんだ」

先茩はこちらを芋ずに、続けた。

「動画、芋぀けお。誰かのシェアで。それから毎日ここに来お聎いおた。スマホの画面だけ光っおお、あずは真っ暗で」

「  」

「勝手に、焊がれおた。䌚ったこずもないのに」

先茩の声が、少しだけ掠れる。今床のは、い぀もの皮類の掠れじゃなかった。

「だから、ここで緎習もしおた。海ちゃんの真䌌しお、歌っお。誰もいないから、䞋手でも良かった」

私は、䜕も蚀えなかった。

「先茩」

やっず、それだけ蚀えた。
次の蚀葉は頭で考える前にもう出おいた。

「私も、出なかったんです。声」

先茩が初めお、こっちを向いた。

「小さい頃。たくさんの人に聎かれお、評䟡されお、耒められお。それに応えれば応えるほど、音が䞖界を埋め尜くしお。それが怖くなっお、ある日、䜕も歌えなくなりたした」

波が、䞀぀倧きく寄せた。

「誰も  。私の声、ちゃんず聎いおなかった。評䟡だけ聎いおた」

――誰もあなたを聎かなかった。

先茩の歌詞の䞀節が、頭の䞭で鳎った。

「でも」

声が震える。止たらない。

「先茩の声を聎いた時。青の芖差の音を聞いた時。初めお、ノむズ以倖の音が届いお。だから、たた歌えたんです。私に声を出させたのは先茩です」

先茩は、䜕も蚀わなかった。ただ、目を䌏せおいた。
颚が匷く吹いお、波の音がしばらく二人を包んだ。

「望先茩」

「  なに?」

「私、Fのコヌドできたせん」

「バレヌだっお䞊手くできないし、耳がいいだけで、楜噚のセンスなんおこれっぜっちもないです」

「それでも」

声は震える。止たらない。

「私を歌わせたの、先茩です」

波の音が、䞀瞬止たったように感じた。

「このたた消えさせたりしない。みっずもなくおいい。青の芖差で音を奏でおください」

「掠れおおいい。震えおおいい。歌えなくおいい。それでも」

先茩が、目を芋開いた。

「隣に䞊んでください」

蚀った瞬間、自分でも驚いた。

それでも、

「望先茩。ただみんな孊校でセッションしおたす」

先茩に向けお䌞ばした手を、匕っ蟌める気はなかった。


M. ミリオンダラヌドロップ


䜓育通のステヌゞ袖から芋える客垭は、思ったよりも人で埋たっおた。

「緊匵しおる?」

犬飌くんが聞いおくる。答える代わりに、指先の震えを芋せた。

望先茩はギタヌを抱えお、ステヌゞ袖に立っおた。䜕も蚀わない。ただ、い぀もず同じ顔で匊を確かめおいた。

あの日、望先茩は私の手を取った。
ギタヌは欠かさず緎習しおいたらしい。音合わせは完璧だった。

䞍意にこっちをみる。
「みんな準備は」

「「「「「青に、染める」」」」」

五人の声が重なった瞬間だった。


「䞀曲目 氎槜の呌吞」

石神さんの声で、スティックが䞊がる。

ステヌゞに出た瞬間、照明が目を刺した。音が、党郚䞀気に抌し寄せおくる。歓声、話し声、遠くからの蝉の声。党郚が混ざっお、い぀もなら逃げ出す音量だった。

だけど、逃げなかった。

カりントが鳎る。ピアノが走る。ギタヌが远いかける。ベヌスがゆっくりず䜎音で空間を支配する。

私は、マむクを握った。

䞀曲目、二曲目。無我倢䞭で声を出した。歓声が返っおくるたび、身䜓の䞭で䜕かが匟けた。

䞉曲目、「ミリオンダラヌドロップ」——この曲は望先茩の新曲だった。

手汗で滑りかけたマむクを匷く握りしめた。
隣で、望先茩がギタヌを構える。

私のブレスが合図だった。
少し遅れお䞊ぶように石神さんのドラムず暹君のピアノが远いかけおくる。
犬飌くんのベヌスが音を支えた。
望先茩は歌わない。セミアコだけがうるさいほど鳎っおいた。

サビに入る瞬間。
隣で、確かに先茩の声が聞こえおた。

歌詞じゃない。ただの、声にならない掠れた音。旋埋をなぞるみたいに、小さく、消えそうに。

――救いたかったわけじゃない。

――救われたかったわけでもない。

ただ、この掠れごず、隣にいたい。それだけだった。

曲が終わっお、望先茩ず目が合った。

――䞖界は倉わらなくおいい。
――あなたを救えなくおもいい。

――届いたかどうかなんお知らなくおいい。

望先茩は、笑っおた。掠れた声のたた、少し泣きそうな顔で。

「みっずもなかったね」

「  はい。最高に」


Encore.  äž€å€ã®ç¶šã

蝉の声が、い぀のたにか静かになっおいた。

倏䌑みの終わり、片付けの終わった音楜準備宀で、望先茩が壁に貌ったたたのラむブのセットリストを剥がしおた。

「これ、もう芁らないですか」

「蚘念に持っおおいいよ」

䞞めた玙を受け取る。ただ、望先茩の指の跡が少しだけ残っおいる気がした。

「二孊期からは?」

「テスト。やばい」
望先茩の珟実すぎる答えに、笑っおしたう。

ギタヌケヌスを担いで、望先茩が先に歩き出す。

「ひず倏っお蚀ったけど  」
背䞭を向けたたた、先茩が蚀った。

続きは、なかった。
代わりに、望先茩は少しだけ歩幅を緩めた。

私が远い぀いお䞊べるぐらいに。

「もう新曲曞いたんだよね」

「歌うでしょ」

そう蚀っお差し出された楜譜のタむトルは『心は巊曲がり』
思わず目に入った『心は巊曲がり』の歌詞に手が震えた。

「これ、私が歌うんですか  」

「うん。そのために曞いたから」
先茩はいたずらっ子のように目元たで笑っおいた。

「冗談。本圓はこっち」

手枡された楜譜のタむトルは『䞀倏の続き』

分けられたパヌトを芋おそっずそれを胞に抱えた。

蝉の抜け殻が、枡り廊䞋の隅に、ただひず぀残っおた。


この物語に登堎した楜曲たちは、「䞀倏の続き」以倖、架空の音楜ナニット「青の芖差」ずしお公開しおいたす。





この䜜品は宵空さんの「ひず倏の思い出」の䌁画に参加しおいたす。

#䌁画で広がろう亀流の茪1
#音楜小説
#青春小説
#オリゞナル小説
#青の芖差
#創䜜

いいなず思ったら応揎しよう