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猫ずコヌヒヌ短線小説

    梔癜カむ


    拟った぀もりだった。気づいたら、拟われおいたのは俺の方だった。それに名前を぀ける気は、ずっずなかった。

    圌女ず初めおたずもに話したのは、䞭孊二幎の倏だった。
    攟課埌の図曞宀。本棚ず本棚の間、窓際のいちばん端で、圩は泣いおいた。

    小孊校の最埌に転校しおきた圌女は、同幎代の女子より少し倧人びおいた。柄たした顔をしおいお、誰にも媚びない。そんな圌女の目に涙が浮かんでいるのは、ひどく䞍自然に芋えた。

    声をかけるべきか迷った。慰める蚀葉も芋぀からないたた、近くに䞊んだ怅子を䞀脚匕いた。

    「座りなよ」

    俺はもう䞀脚に座り、持っおいた本を開く。五ペヌゞほど進んだずころで、隣の怅子が匕かれた。

    圌女は䜕も蚀わずに座った。泣いおいた理由は聞かなかった。それから圩は、攟課埌になるず俺の隣で本を読むようになった。

    初めおうちの喫茶店ぞ来た日、圌女はメニュヌを眺めお蚀った。

    「コヌヒヌ、飲んだこずないの」

    「あったかいのは」

    「飲めない。熱いの苊手だから」

    「じゃあ、アむスカフェオレね」

    「氷は少なめがいい」

    熱いのは嫌いで、冷たすぎるのも嫌。面倒な猫みたいだ。父が䜜ったアむスコヌヒヌに牛乳を加える。気づけば、い぀もより癜くなっおいた。

    圩は、俺が出したカフェオレにガムシロップを䞀぀入れ、ストロヌで混ぜた。グラスに぀いた氎滎に、癜くお長い指が重なる。なぜか、目が離せなかった。

    「矎味しい」

    圌女は俺を芋お、少し笑った。

    たぶん、あの日からだ。
    圩がいないず、萜ち着かなくなったのは。

    そのたた十幎以䞊経った。

    倧孊進孊を機に圩ず䞊京し、二人で暮らし始めた。卒業しお互いに仕事を持っおからも、それは倉わらなかった。

    母芪同士が昔からの友人だったから。圩を䞀人で䞊京させるのは心配だず、芪たちが蚀ったから。二人で借りた方が安かったから。

    理由はいく぀もあった。

    俺たちは恋人ではない。家族でもない。ただ、朝になれば同じ玄関から出お、倜になれば同じ玄関ぞ垰っおきた。

    その日、倜の十時を過ぎた頃、玄関のドアが乱暎に開いた。食噚を拭いおいた手を止めお振り返る。

    黒いマヌメむドスカヌト。少し厩れた化粧。赀くなった頬。圩は俺を芋ないたたキッチンぞ来お、䞀人分の隙間を空けお隣に立った。

    い぀もの圩の匂いに混じった酒の匂いが、錻に぀いた。

    「たたか」

    「声に出おる」

    「出したからな」

    食噚棚からグラスを取り、氎を泚ぎ圌女の前ぞ眮く。

    「飲め」

    圌女は返事をせず、䞀気に半分たで飲む。

    「シャワヌ济びおこい」

    「やだ。めんどい」

    「そのたたじゃ酒臭い。少し頭冷やしおこい」

    「うるさい」

    「酔いが酷いなら、少し䌑んでいいけどそのたた寝るなよ」

    「別に、そこたで酔っおないから」
    圌女は小さく錻を鳎らし、济宀ぞ向かった。閉たったドアの音が、い぀もより倧きかった。

    コヌヒヌを淹れ、゜ファで本を開く。ペヌゞは䞀向に進たなかった。

    しばらくしお、圌女が濡れた髪のたた戻っおきた。そのたた゜ファの端ぞ沈む。

    「也かせよ」

    「めんどくさい」

    い぀もなら、平気な顔でドラむダヌを差し出しおくる。现い髪を也かすたび、その甘い匂いに呌吞を乱されおいるこずを、圩は知らない。知られなくおいい。

    「飲む」
    カップを差し出すず、圌女は䞡手で受け取った。

    「あちっ」

    「猫舌なの、いい加枛芚えろ」

    「熱いっお蚀っおよ」

    「これでも少し冷たした」

    圌女は䞍満そうに目を现め、それでももう䞀床カップぞ口を぀けた。
    その顔を芋お、ようやく少し安心した。

    「で」

    「なに」

    「䜕があった」
    圌女の指が止たった。泣いた圩を芋぀けた時ず同じように、聞いおほしいなら聞く぀もりだった。
    蚀いたくないなら、それでもいい。

    「別に」

    「そう」

    本ぞ芖線を戻す。

    数秒埌、圌女が口を開いた。
    「お母さんから連絡きた」

    「うん」

    「い぀たでそっちにいる぀もり、っお。迷惑だろうから、そろそろ垰っおこいっお」

    ペヌゞをめくる指が止たった。

    「それであんなに酔っおたのか」

    「悪い」

    「  で、垰るの」
    自分でも驚くほど䜎い声が出た。

    圌女がこちらを芋る。

    「ただ決めおない」

    「じゃあ、ただ決めおもないこずを酒で誀魔化すな」

    「なに、それ」

    「順番の話」

    「私が垰っおも、あんたには関係ないでしょ」

    圌女はカップをテヌブルぞ眮いた。
    硬い音がした。

    「私たち、別に付き合っおないし。家族でもないし」

    分かっおいる。

    䞭孊からずっず隣にいお、高校も倧孊も同じで、今は同じ家に垰っおいる。それでも俺たちは、互いに䜕の暩利も持っおいない。

    名前を぀けなかったのは俺だ。
    圌女がい぀でも逃げられるように。
    俺も、倱ったずきに平気な顔ができるように。

    「そうだな」

    立ち䞊がり、圌女からカップを取り䞊げる。

    「寝ろ。酔っおるずきにする話じゃない」

    「たた逃げるんだ」

    「逃げおない」

    「じゃあ、こっち芋お」
    圩の声が、少しだけ震えおいた。

    俺は返事をしようずした。

    垰っおも、俺には関係ない。

    そう蚀えばいい。今たで䜕床もそうしおきた。なのに、口を開いおも声が喉に匵り付いお出なかった。

    圌女の頬に手を䌞ばしかけお、止める。觊れれば、今たでのようには戻れない。分かっおいるのに、指先だけが圌女の髪に觊れた。

    芖線が亀わる。それでも俺は、ただ動けなかった。

    「関係ないわけないだろ  」

    圩の目が、わずかに现くなる。

    「じゃあ、䜕なの」

    答えられなかった。

    代わりに、觊れおいた指が髪をすくう。圌女は逃げなかった。それを確かめおから、ようやく顔を近づけた。
    圩の甘い匂いが匷くなる。

    觊れる盎前で、止めた。

    「嫌なら、今蚀え」

    「  蚀わない」

    その返事を聞いおから、唇を重ねた。

    圌女が䞀瞬、息を止める。
    その仕草が、いちばんいけなかった。

    䞀床離れお、確かめるようにもう䞀床重ねる。今床は、逃げ道を残す䜙裕がなかった。それでも圩は、俺のシャツを掎んで匕いた。

    胞元を匕くその力が、残っおいた遠慮を抌しのけた。

    髪に指を差し入れ、埌頭郚を逃がさないように匕き寄せる。
    息を継ぐ隙間だけ離れお、たた塞ぐ。

    「  ん」

    喉の奥で小さく鳎った声に、指が止たった。

    「それ、やめろ」

    「なにが」

    「その声」

    「知らない」

    答える代わりに、圌女の唇がたた觊れる。わざずか。腹が立っお、今床は頬を包んで深く口づけた。

    呌吞が乱れる。唇を離しおも、吐息が觊れ合う距離から動けない。

    頬を包んでいた手が、銖筋を滑る。そのたた腰ぞ觊れたずころで、ようやく自分が䜕をしようずしおいるのか分かった。

    圩の吐息が熱い。たぶん、俺も同じだった。

    もう䞀床觊れたら、キスだけでは止たれない。

    「  悪い」

    手を離し、そのたた身䜓ごず距離を取った。
    これ以䞊は駄目だ。

    今の俺は、圌女に遞ばせるふりをしお、自分に郜合のいい答えしか蚱せない。ドアぞ手を䌞ばすず、圌女がその前に立った。

    「どこ行くの」

    「寝る」

    「䞀人で」

    「お前、酔っおるだろ」

    「酔っおる。でも、䜕しおるか分からないほどじゃない」

    「酒を飲んだお前ず、今の俺を信甚しおない。お前、明日埌悔するだろ」

    「それを啓が決めないで」
    名前はたたにしか呌ばれない。そのたった二文字が、残っおいた理性に觊れた。

    「だめだ。今日は俺が戻れない」
    自分でも分かるくらい、声が掠れお䜙裕がなかった。

    圌女は少しだけ目を䌏せたあず、顔を䞊げた。

    「明日には戻っおよね」
    圌女が俺の襟元を掎み、唇を重ねおくる。舌が絡む。残ったコヌヒヌの苊味が圌女のものなのか自分のものなのか、
    どちらの味か、もう分からない。

    圌女の指がシャツを掎む。その力が匷くなるたび、十幎分の蚀わなかったこずが皮膚の䞋から出おくる気がした。

    離れたくない。

    垰したくない。

    誰にも枡したくない。

    そんなものはずっず口にしなかった。蚀葉にしなければ、存圚しないふりができた。

    圌女の唇が離れる。

    もう䞀床远いかけそうになり、奥歯を噛む。
    芋䞊げた圩ず芖線が合う。

    最埌に䞀床だけ、止たる。

    「本圓に、いいんだな」

    「䜕回聞くの」

    「止たれなくなるたで」

    「私は  。啓ずいたい」
    そう蚀い、圩は俺の銖ぞ腕を回した。

    それで、終わった。
    十幎以䞊かけお守っおきた距離も、名前のない関係も。
    今床こそ逃がす気はもうなかった。

    目が芚めるず、圩は俺の胞元に収たっおいた。

    昚倜、俺の銖元にしがみ぀いた手が、今は枕の䞊で開いおいる。頬にかかっおいた圩の髪を払おうずしお、指が止たった。

    圩が目を開ける。

    「  おはよ」

    「気分は」

    「眠い」

    「それ以倖」

    圌女は䞀床瞬きをしお、俺の顔を芋た。

    「先に蚀っずくけど、謝らないでよ」

    「ただ䜕も蚀っおない」

    「顔に曞いおある」

    蚀い返せずにいるず、圩が手を䌞ばしおきお俺の頬に手を添えた。
    しばらく芋぀め合っお、先に目を逞らしたのは俺だった。

    「氎、飲む」

    「飲む」

    「昚日のこず、芚えおる」

    「  あぁ」

    「お酒のせいじゃないから」
    圌女の目は、昚倜よりずっずはっきりしおいた。

    「埌悔しおる」

    聞きたいのは俺の方だった。

    「しおない」

    「私も」

    それで十分だった。
    少し間を眮いおから、もう䞀぀だけ聞いた。

    「痛いずころ、ないか」

    「少しだけ。でも謝らないで」

    その日は互いに仕事ぞ出た。朝は別々の堎所ぞ向かい、倜にはたた同じ玄関ぞ垰った。


    倜、い぀も通り゜ファで本を読んでいた圩は、俺を芋るなり本を閉じた。

    「今日は飲んでないよ」

    「芋れば分かる」

    「じゃあ、もう䞀床聞いおよ」

    「  俺が、もう䞀床觊れおもいいか」

    圌女は少し驚いた顔をした。

    「  そこから」

    「そこから」

    「いいよ」
    蚀っおから、圌女は自分で距離を詰めた。昚日ず吐息の枩床は同じ。口づけは昚倜より静かだった。觊れるだけ。

    「圩、もう䞀回觊れおいいか」

    頬に手を䌞ばす。圩はその手に頬を擊り寄せた。

    「䜕回でも。奜きにすればいいじゃん」

    「嫌なら蚀え」

    「蚀う」

    「途䞭でも」

    「分かったから」
    肩ぞ萜ちた髪を払う。圌女が顔を䞊げる。

    「圩、ずっず奜きだった」

    「知っおる」

    そっず觊れる。最んだ目がそれに応えた。
    それが䜕床か続いお、郚屋の倖の音が遠くなった。

    

    目が芚めたずき、圌は隣にいなかった。

    カヌテンの隙間から、光が现く入っおいる。身䜓を起こしかけお、毛垃を胞たで匕き䞊げた。

    さっきたで圌がいた堎所に、ただ枩床が残っおいた。

    床に萜ちた自分の服を芋぀ける。圌のシャツの袖ず重なっおいた。拟おうず手を䌞ばしたけれど、届かない。

    少しだけ身䜓が重い。昚日たでなら、この郚屋でどんな姿で目を芚たしおも、圌を呌べたず思う。

    喉たで出かかった名前を、いったん飲み蟌んだ。

    郚屋のドアが開く。圌は氎の入ったグラスを手にしおいた。

    「起きたか」

    「うん」

    「飲む」

    差し出されたグラスを受け取り、半分ほど飲む。圌はベッドの端に座った。

    「倧䞈倫か」

    「平気」

    そう答えるず、啓の手が頭ぞ䌞びおきた。優しく髪を䞀床だけ撫でる。

    「コヌヒヌ淹れおくる」

    返事をする前に圌は郚屋を出おいく。ドアは閉め切らず、现く開いたたただった。
    毛垃に顔を埋める。圌の匂いがした。しばらくしお、ドアの向こうから豆を挜く音が聞こえた。

    私は重い䜓を起こしお床の服を拟っお袖に手を通した。

    キッチンぞ行くず、圌が湯を泚いでいた。背䞭はい぀もず同じなのに、声をかけるたでに䞀拍かかる。

    埌ろから抱き぀くず、圌の手が止たった。

    「熱いの持っおる」

    「知っおる」

    「危ない」

    「じゃあ、眮いお」

    圌はポットを眮き、私の腕に手を重ねた。

    しばらく、どちらも動かなかった。

    「新しい豆」

    「よく分かったな。グアテマラ」

    「昚日ず匂いが違う」

    「昚日のは、冷めおたから」

    私は圌の背䞭に額を぀けた。重ねられおいた圌の手に、少し力が入った。

    テヌブルに眮いたスマホが震えた。

    重ねられおいた手が離れる。䜓を離しお確認するず母からだった。

    〈い぀たでそっちでやっおく぀もり 迷惑やろうし、そろそろ垰っおくるのもいいんじゃない〉

    画面を䌏せおも、読んだ蚀葉は残る。

    「たた、ため息぀いおるぞ」

    圌がカップを二぀䞊べた。

    「お母さん。昚日ず同じこず」

    「そう」

    「私、ここにいおいいのかな」

    圌は䞀぀目のカップにコヌヒヌを泚ぐ。二぀目は、私の前に眮いた。

    「それ、俺に聞いおる」

    「うん」

    「俺は、いおほしい」

    カップに手を䌞ばしかけお、止たった。
    圌はただ、泚いだコヌヒヌを芋おいる。

    「芪に返す蚀葉ずしお䜿うなら、奜きに䜿え。でも、お前がいたいかどうかは、俺の返事じゃ決たらない」

    ずるいず思った。
    ずっず欲しかった蚀葉をくれお、最埌の䞀歩だけは私に歩かせる。

    湯気の向こうに、圌の䌏せた目が芋えた。

    「私、ここにいたい」

    「うん」

    「あんたず」

    圌が顔を䞊げる。芋られるず少し恥ずかしくなっお、カップを䞡手で包んだ。

    熱い。

    ただ飲めない。

    「籍、入れるか」

    湯気だけが、二人の間を䞊がっおいく。圌は怅子を匕き、私の正面に座った。

    「  は」

    「お前が嫌じゃなければな」

    圌は砂糖の瓶を私の方ぞ寄せた。

    「返事は今日じゃなくおいい。なんならずっず無くおいい。ただ、お前だから蚀った」

    手元に来た瓶を開けお砂糖をカップの䞭に入れる。

    「  うん」

    「だから、居たいだけここにいればいい」

    「啓はそれでいいわけ」

    「お前に逃げ道がないのは、嫌だから」

    窓際に、朝の光が少しず぀広がる。

    䞭孊の図曞宀で、圌は私に怅子を匕いお、自分は隣で本を読んだ。座るかどうか、最埌たで芋なかった。
    私はあの日、自分で怅子ぞ座った。

    今も同じだ。

    「逃げたくなったら蚀う」

    「うん」

    「でも今は、逃げない」

    圌は私のカップぞ目を萜ずした。圌が芋おいる前でもう半杯だけ足すず、眉を寄せられた。

    「甘すぎるだろ。豆が死ぬぞ」

    「なにそれ」

    「飲めば分かる」

    ただ熱いコヌヒヌに、そっず口を぀ける。

    少し苊い。

    でも、最初に䜜っおもらったカフェオレみたいに、牛乳を足しおほしいずは思わなかった。

    「あちっ」

    「だから冷たせっお」

    圌がい぀もの顔で、私のカップを少しだけ遠ざける。
    その手を掎む。

    「ねえ」

    「なに」

    「垰らない理由、増えたね」

    圌は私の手を芋たあず、指をゆっくり握り返した。

    「  䞀぀で十分だったけどな」

    私が聞き返す前に、圌は自分のコヌヒヌぞ口を぀けた。
    答えを隠すみたいに。

    圌の手は、ただ離れなかった。




    この䜜品は、創䜜倧賞に向けお曞き始めたものの、仕䞊げられないたた攟眮しおいた物語です。

    䟛逊も兌ねお、この際、十幎以䞊拗らせた男を「むケメングランプリ 宵空カップ」に出堎させようず思いたす。

    なお、もずは自䜜の䞭でも最長ずなる玄䞀䞇五千字の物語。それをぎゅっず凝瞮したため、だいぶ駆け足なうえ、ラストでは男が甘くなりすぎたした。グアテマラのはずが、すっかりカフェオレです。


    #むケメングランプリ宵空カップ

     
     
     
    日垞の違和感、名前のない感情、人ず人ずの距離を小説に。 私にずっお本は櫂であり、読曞は息継ぎでした。 音楜は「青の芖差」で。 https://note.com/kutisirokai

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