
「窓際族」からの解放:絶望をバネに「存在給」を見つけた私の物語
不器用でも一生懸命貢献すれば報われると信じていました。
思い上がった結果の「裏切り」と絶望
前職までは、仕事への比重を6~7割の力で注いできました。なぜなら、家事や育児とのバランスを取る必要があったからです。しかし、今回家事・育児を卒業し、「今こそ100%の力で仕事に尽くせる時が来た」と。その熱意は、もはや義務ではなく、どこかイケイケな思い上がったオーラを放っていました。
「何とか役に立ちたい」という思いのまま、自費で出張に出かけ、休日昼夜問わず事業のために情報収集をし、個人的な時間を使って先方との面談も行いました。それは、自分の時間やお金を削っているという意識なく、「やりたいことをやっている」という純粋な充実感に満ちていたからです。この情熱を注げば、必ずこの組織は発展すると疑いませんでした。
しかし、その熱意は、組織の都合によって突然、拒絶されました。結果、私はプロジェクトから外され、意味のある業務の付与を閉ざされた「窓際族」となったのです。
全身から力が抜けるような、あまりにも残酷な現実でした。「なぜ?」「私の熱量はすべて無意味だったの?」と、自分の価値がゼロになったかのように感じた虚しさ。そして、「私の行動がズレている?煩わしかった?」と、他人軸で自分の行動を責める日々でした。
ただ、この絶望的な状況が、皮肉にも私の人生のターニングポイントとなりました。次の章で、この「強制的な放置状態」から、いかに私が100%注ぎ込むという呪いを手放し、新しい価値観を見つけられたのかをお話しします。
私を救った「心の解放」と「存在給」への気づき
意味のある業務を与えられず、ただ会社に席を置かれているだけの「窓際族」という状態は、これまで感じたことのない辛さでした。しかし、この状態は、皮肉にも私に「強制的な心の解放」を与えてくれました。
一生懸命力を注いでも無意味だった。ならば、もう頑張らなくていいんだ、と。
絶望の果てに、ふと頑張りに対する力が抜けた瞬間がありました。そして、私は初めて、自分自身と正直に向き合いました。
これまでのキャリアから「仕事はまあまあデキるほう」と思っていたけれど、こうなってみると私はたいして何もできない人間だという事実に直面したのです。成果を出すためのスキルは、組織から切り離された途端に、あっという間に価値を失いました。
価値のない、何もできない自分。
そんな不完全な私が、社会の役に立てるわけがない。完全に自信を失っていました。まさにそんなときです。
さほど状況を知らない高齢の母親から「今までずっと働き続けてきたんですから、焦らず一息いれてください 明日は明日の風が吹く」とメッセージが来て涙が出そうになりました。そして、ある日、状況を理解している身近な人から「マリア_ママさんが居てくれるだけで安心」という言葉をかけられました。
成果も、役職も、業務もない。にもかかわらず、「居てくれるだけで安心」。これは、いわゆる「存在給」ではないか、と。
私は、仕事のスキルや成果とは無関係に、誰かを安心させたり、その人の頭の中を整理して気づきを得たり、その人の価値を自覚するヒントを与える力を持っている。それは、完璧な成果を出そうと熱狂していた時には見えなかった、不完全な自分自身が持つ、本質的な価値でした。
この「窓際族」という強制的な空白期間は、「他人のための成果給」から「自分のための存在給」へと、私の価値観を劇的にシフトさせるための、最高のギフトだったのです。
まとめ:不完全な私で、人生を楽しむことにした
絶望の淵から手に入れたのは、「誰かのための貢献」を手放しても、「自分の存在そのものに価値がある…かも」という、ちょっとした気づきでした。
そして、意味のある業務の付与がない「窓際族」として会社から与えられたこのあり余る時間を、以前のように誰かのために尽くすのではなく、「自分軸」をしっかり作るための時間へと使うことにしたんです。
この時間を活かして、私は自分のやりたいことを始めました。身体を整える技術、それを提供するための開業準備、そして今あなたに読んでもらっているこのnote執筆を通して、思考を言葉にしていくこと。その他にも、苦手だった会計ソフトを使った経費記録や簿記の勉強も始めています。
かつては、そこそこ完璧でなければ自分の価値はないと、心のどこかで思っていました。でも今は、完璧じゃなくても、6割位でアウトプットしてもいい。やりながら考え、失敗も味方につけて、日々自分の興味に従って動いていることそのものが有り難く思えるようになりました。
まだ答えは見つかっていない、旅の途中です。
もし今、「頑張ったのに報われない」と自分を責めている人がいるなら、それは立ち止まるチャンスなのかもしれません。一生懸命が報われなくても、あなたの価値は変わりません。むしろ、不完全な部分や、ぽっかり空いた時間を、ぜひ「自分だけの特別な時間」に変えて、楽しんでみましょう。