【ソーシャルワーカーへの道のり】⑧次の試練がやってきた。でもその先は?
さてさて、通勤のための移動手段という大きな壁は乗り越えることはできたが、次に待っていたのは…
体調不良だった。
そう、第一子を妊娠したことによる悪阻が始まったのである。
なので、派遣会社にもそれを伝えて、今の仕事の契約期間が終わったら、その後は契約はしないということにして、再就職はしたものの、わずか数ヶ月でまた無職になってしまった。
体調がすぐれないのもあって、もはや仕事なんてどうでも良いかな、とりあえず無事に出産を迎えられたらそれで良しという気持ちになっていた。しかし、悪阻がおさまる頃には車での移動に不自由がなくなり、私の行動範囲も格段に広がっていった。夫が仕事に行っている間に好きなところに一人で行けるようになったのは嬉しかった。運転が出来なかった頃は、週末に行きたい所に連れていってもらうしかなかった時に比べたら、好きなタイミングで好きな所に行けるし、買い物した荷物も持たなくても良くなったのは妊婦には楽だった。
同じ社宅の中には、何人か妊婦さんがいたので、彼女たちと色々情報交換をしながら、出産の時を待つことになった。
そして、無事長男を出産し、私の子育てが始まった。近くに頼れる実家はないし、夫と2人で子育てに奮闘することになったけれど、夫も協力的だったのでそんなに困ることもなかった。
やはり、子どもが生まれる前に運転できるようになっていたのは大きかった。健診や体調不良の時にも車に乗せてなら出かけられるが、そうでなかったとしたら、いつもタクシーを使うか、夫に休みを取ってもらわないといけなくなっていたかと思うと、地方都市の車社会も良いような悪いような…だった。
子育てが始まって、こんな状況で働いているママって凄いなあって尊敬しかなく、もう1人産みたいとも思っていたので、まあ、2人目を産んでからその先はゆっくり考えればなんて思いながら子育てを楽しむことにした。
月に1度くらいは孫の顔を見せに夫の東京の実家に行き、義両親に息子を預け、私たち夫婦は東京の街を楽しみに出かけて育児の息抜きもさせてもらった。初孫であったので、嫁がいない間に好きに孫と遊べるのは義両親にとっても嬉しいことで、どちらもwin-win😄だったかと思う。
夫の実家には普段の週末に行けたが、私の大阪の実家には夫の長期の休みに行くようにしてそれぞれのジジババに孫を見せる生活だった。
長男がそろそろ2歳を迎えるタイミングで2人目の妊娠も発覚し、ますます仕事からは遠ざかる子育て中心の専業主婦ライフになっていった。
次男が生まれる前に4人で住むには少し社宅も手狭になってきた感じがして、近くに手頃な新築マンションを見つけ、購入を検討し始めた。今となっては信じられないかもしれないが、駅徒歩5分の新築74平米が2000万円しなかったのだ。
これならローン返済も無理がないと思えたのと、ローンの審査も順調に進み契約にこぎつけた。その時に私が独身の時に社内預金で貯めていたものを頭金として購入費用の一部に充てることになったのである。
引越しのタイミングは出産予定日の2週間くらい前のいつ生まれてもおかしくない時期になってしまった。新生児がいる中での引越し作業より、お腹の中にいてくれるうちの方が作業はまだしやすいだろうとの判断だった。片付けは出産後でもゆっくりやれば良いかと、とにかく引越しを優先した。そして新しいマンションで次男が生まれ4人家族としての生活がスタートした。
それからどうなったかは、次回のお楽しみに。
この記事はスタバで書きました。私のカフェで💻を開くのもなんだか日常生活の一部になっていきそうです(笑)
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