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『ひもじい』の無い家庭を母は一人で守り続けていた【エッセイ】

    子どもの頃は、両働きで収入も低く生活は苦しかったです。お金が浮いてくると父は車や煙草などを躊躇いなく買います。
    そんな父を見かね、母は、離婚した時のためにと、資格の勉強を隠れてしていたんです。

    五千円をリビングテーブルに置いてライブへ行くと言った親を、父は『浪費癖の激しい女』と言い馬鹿にしていました。後に捨てられることも知らないで、まぁまぁ。

    五千円は、私のための食費だったと書いていました。しかし、父はそれさえも煙草やコーラに変えてしまいます。

    怒った私に父は、冷蔵庫にあったウィンナーを油ギトギトのまま出して『食え』と言いました。とてもじゃないけど食えたものじゃない。

    それを食べた瞬間から、父のことを拒絶するようになりました。粗末な食べ物を出された恨みは深いのです。

    その後、
    当然離婚して母に親権がいきます。その時の父はまともに働いていませんでしたから。

    最初母は、仕事に慣れず食事どころか寝ることさえもままならずでした。私が齢20代後半を超えて落ち着いてきた頃から、やっと趣味を持ち始めたんです。

    チームナックス。
    特に大泉洋さん。

    彼らと言えば北海道。北海道に興味を持つと、やはり食べ物への関心は必ず通る道です。そんな折、ハルカスで大北海道展がやっていたのですが。

    LeTAOのチーズケーキが載ったソフトクリームも、ロイズの甘じょっぱいポテチも、お土産の北菓楼(特にホタテと秋鮭と蟹味のおかき)も、三方六というバームクーヘンも、何もかも美味しいのです。

    かつて、父が作った油ギトギトのウィンナーとは何だったのか。世の中にはこんなに美味いものが溢れている。その事に気づけたのは、母がいつも興味のアンテナを貼ってくれていたからだ。

    これは、仕事にも関係する能力だと考えている。世の中や自分の人生を楽しいものにするためには、ワクワクを探すアンテナが必要なんだ。

    ダラダラと煙草を吸いたいだけ吸って、仕事もせず、外部からの刺激も求めずに、楽しい人生など到底過ごせないのだ。

    父が居たときは、正直つまらなかった。身近にある美味いものも、世間というものも、世の中には自分の知らないグルメがたくさんあることも、知らなかったから。

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    北海道展で食べたLeTAOの苺パフェ

    たくさん並ぶが、待ってる間のワクワク感が好きだ。いろんなテイストがあるけど、私はLeTAOのドゥーブルフロマージュが好き。でも、解凍のタイミングをいつも間違える。いつもシャリシャリになるのだ。

    いつか小樽で、出来立てのほわほわを食べてみたいと夢見ている。

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    北海道展で必ず食べる牛串

    この前の牛串は、部位がたくさんあって、色々味わえて良かった。初めてハツを食べた。コリコリしてるんだね。
    お酒が飲めたら、飲んでただろうなぁ。

    ……と、こんなに美味いものが溢れかえっている日本に感謝しつつ。もう一つ感謝しないといけないのが、親が『ひもじいと私に言わせないようにシャカリキに働いていたこと』です。
    私が美味しい料理や惣菜を食べることができるのは、親が下げたくもない頭を上司や同僚、部下たちに下げ、時に人格否定もされ、凹みながらお金を稼いで来ているからです。

    そのことは、忘れてはいけないな。
    そう思います。

     
     
     
    小説家になろう📌『死神猫のファウストと愛すべきおバカたち』エッセイ好きnote🔰スキを貰えたら幸せな気持ちになります。よろしくお願いいたします!

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