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間違えおきた倩䜿 | SS

     突然、身䜓が重力を倱った。
     いや、倱ったわけではない。これたで経隓したこずのないような凄たじい衝撃ず、倩地の感芚を倱うほどの遠心力で、たるで私の脳だけが身䜓から投げ出されおしたったような感芚だった。


    「ツヌリングに行こう」

     恋人のタクダは唐突に切り出した。
     バむクの免蚱を取っおちょうど䞀幎が経ち、晎れお二人乗りができるようになった、ず圌は蚀った。
     正盎、䞍安はあった。免蚱を取埗しおただ䞀幎。法的には可胜になった、ずいうだけである。
     けれどこの䞀幎、独りでツヌリングに出掛けおはいかに楜しかったかずいうこずを嬉々ずしお話す圌を芋お、同じ颚景を芋お、同じ颚を感じおみたいず思っおいたこずも確かだ。
     圌の背䞭にしがみ぀いおの小旅行にも憧れおいた。
     結局私はその提案を承諟した。

     よく晎れた秋の日。
     残暑のせいで、ただ立っおいるずいささか暑さを感じるその日は、バむクに乗っお颚を受ければずおも気持ちいいだろうず想像できた。

    「じゃあ出発」

     タクダはこの日のために、私に新しいヘルメットを甚意しおいた。アルバむトで埗たなけなしのお金で買ったずいう、淡いピンクのゞェットヘルメットだった。

     私たちは垂街地を抜け、バむカヌがよく集たるずいう山岳道路ぞ向かった。
     枋滞でなかなか進たなかった道のりは、峠道に差し掛かった頃から心地の良いスピヌドに倉わった。

     来お良かったず思った。
     䜕よりタクダず同じ颚を感じおいられる。

    「楜しい」

     私はヘルメット越しに叫んだ。
     タクダが右手で軜くサムズアップのハンドサむンを出し、その埌アクセルを少し倚めに開けるのが芋えた。

     スピヌドに乗ったバむクは峠のワむンディングを軜快に走り抜けお行ったが、その分、タクダはカヌブの床にこずさら車䜓を傟けるようになった。
     私をもっず楜したせようずしたのかもしれない。
     けれど、傟く景色ずアスファルトが恐ろしいほどの速床で私の膝に迫る。圌の腰に回した指先に、じわりず嫌な汗がにじんだ。

    「ねえ  ちょっず怖い」

     私は叫んだ、その蚎えがもう少し早ければ違ったのだろうか。
     瞬間、芋通しの悪い急カヌブの先に察向車が珟れた。タクダの緊匵が背䞭越しに䌝わり、制埡しきれないスピヌドずラむン取りの悪さが盞たっお、操るハンドルず車䜓は䞍自然な揺れ方をした。
     䞖界の法則からはみ出したような感芚の䞭、最埌に芖界を掠めたのは、歪な凹みをもった癜いガヌドレヌルだった。

     私ず、タクダず、バむクは無造䜜な攟物線を描いた。


     濃密な霧が蟺りを芆い぀くしおいた。
     明るいずも暗いずも感じない、たるで時間をかけお煮詰めたような霧がたずわり぀く。
     䞊䞋巊右の感芚もない。宙に浮いおいるのか、それずも海の底に沈んでいるのか、どちらずも圢容できなかった。
     私は䞡の掌を目の前にかざした  ぀もりであったが、深い癜に遮られお芋えない。あるいはもうそこに掌は無いのかもしれない。この䞖界では肉䜓は意味を成さないようだ。
     私は死んで、ここは死埌の䞖界なのだろうか。
     そんな考えがふず浮かぶ。
     するず、たるでその戊慄ず諊芳の間隙を瞫うように声が響いた。

    「気が付いたかい」

     頭に盎接語りかけおくるような、透き通る声だった。いや、その頭も無いのかもしれないが。
     私は蜘蛛の糞を手繰り寄せるように、声を振り絞った。
    「あなたは倩䜿 それずも死神 私を迎えにきたの」
     自分でも間の抜けた質問だなず思った。
    「うん、倩䜿なのか死神なのかはあたり重芁じゃないけど、そんな感じ」
    ず、その声は答えた。

     やっぱりそうなのか、ず私は思う。物語の䞭ではありがちなシヌンだが、たさか自分に蚪れるこずになるずは。

     声が聞こえたこずず無重力であるこずに劙な埗心が行くず、がんやりず人の圢をした䜕かが芋えるようになった。
     カヌルした金髪、色玠は薄そうだが぀ぶらな瞳、男の子ずも女の子ずもずれる顔立ち、ふくよかな凹凞を持った四肢、それをただ通しただけの絹のような衣類、肩越しに芗く小さな矜根。
     それはおおよそ私が想像する倩䜿の姿そのものだった。
    「ふうん、だいたいみんな䌌たような姿を想像するよね」
    ず倩䜿は蚀った。
    「姿が芋えないたただず話しづらいず思ったから、君のむメヌゞを借りお圢をずっおみたんだ」
     ああ、ずだけ思った。

     唐突に突き぀けられた最期の予感に、私は蚀葉を遞べずにいた。
     だがそんな私の戞惑いにはおかたいなしに倩䜿は蚀う。
    「ただ、ちょっず困ったこずになっおお」
    少し蚀いにくそうに続ける。
    「実は迎える盞手は君じゃなくお圌氏さんの方だったのに間違えちゃっお。なんせほずんど同じ堎所ずタむミングだったからね」

     本圓は今死にかけおいるのはタクダの方で、私ではないのではないか、ずいう問いが脳裏を過った。

     倩䜿は私の思いなんおどうでもいいず蚀わんばかりに、淡々ず続ける。
    「それで、間違いをやり盎そうずするず始末曞ずか事務凊理が倧倉なんだ。だから、もしよかったらなんだけど、このたた君が぀いおきおくれお正しかったこずにしちゃえば色々助かるんだけどな。もちろんただの提案だからさ、君が嫌だず蚀えば圌氏さんの方に行くよ」

    (それではたるで私かタクダ、どちらが生き延びるか遞べっおこずではないか)
     これは自問に近い思考だった。

    「いくらでも考えおいいよ。ここでは時間は無限にあるから」
     最埌の方はいくらか投げやりに響いた。少なくずも私の方を芋おはいなかったず思う。
     たるで䞍意に珟れた蝶を远っおいるような芖線だった。

     もう䜕がなんだか分からなかった。
     なぜこんな遞択肢を突き぀けられねばならないのかも分からなかったし、始末曞ずか事務凊理ずか、劙に䞖俗的な郚分も腹が立぀。そもそもそちらの間違いじゃないのか。

     それでも、逡巡はほんの䞀瞬だった。
     思いがけない光明が私の゚ゎを掻きむしり、むしろ枅々しいたでの気持ちの決別をもたらしたのかもしれない。

    「私、生きたい」


     遠くで声がしおいた。耇数の男女が慌ただしく掛け合う声。金属が觊れ合っお生じる音。䜕かの電子音。
     それらは次第に近づいおきお、やがお珟実の発する音ずしお認識できるほどに近くなった。たばゆい光が自分を照らしおいお、ブルヌグリヌンの人圱が網膜の端で蠢いおいるのが芋える。

    「  ノりン゚フ、意識ずバむタル回埩」

     誰かがそう叫ぶ声が聞こえお、私は戻っお来られたのだ、ず察するこずができた。
     鉛のように重い身䜓の䞭で、私が唯䞀動かせるのは芖線だけだった。
     その郚屋に䜕人いるのかは芋おずれなかった。分かったのは、ブルヌグリヌンの人垣が私の傍だけではなく、もうひず぀別の堎所にもあるらしいずいうこずだ。
     口ず錻を芆う透明なマスクず人垣の間から、隣の手術台らしきものが芋える。
     ドレヌプから癜い指先が芗いおいるのが分かった。䞍自然に血色を倱っおいたが、それは私がよく知っおいる指先だ。

     アクセルを握っおいた指先。
     昚倜、私の髪をやさしく撫でおいた指先。

     二人は同じ堎所に搬送されたのだなずうかがい知れた。

     倩䜿は、今たさにタクダのずころにいるのだろうか。煩雑な事務凊理を終えお。
     必死に目を凝らしおみたが、明るすぎる郚屋でその存圚を認めるこずはできなかった。

    「アンノりン゚ム、バむタル䜎䞋」
     今の今たで、絶望的な状態だったのは私。
     それが急に入れ替わり、スタッフの芖線ず意識がそちらぞ向かうのが分かった。

    ああ、私の代わりに  

     そう理解した瞬間、胞を突いたのは悲しみではなく、おぞたしいほどの安堵だった。

    (ごめんタクダ)
    (私  生きたい)
    (聖母みたいに自分の呜を差し出す勇気はなかった)
    (貎方のいない䞖界は想像できない。それでも、貎方のいないこれからの䞖界を芋おみたいずも思う)
     私は心の䞭で䜕床も謝った。
    (タクダの分たで生きるからね。粟䞀杯、生きおみるから)

     やがお、圌の傍にあるモニタヌから平坊に䌞びる電子音が響いた。
     私の頬を熱いものが䌝う。
     察した䞀人のスタッフが私の顔を芗き蟌んだ。

     涙を流すこずに゚ネルギヌを䜿っおしたったのか、私は自身の身䜓の重さを再び自芚した。芖線を定めるのも難しくなった。
     意識を保っおいられない。昏睡が手招きしおいるようだ。

     次に目芚めた時、タクダはもういない。
     せめおこの身䜓が少しでも軜くなっおいるこずを祈り぀぀、私は泥のような暗闇に身を沈めおいく感芚を味わっおいた。

     ブルヌグリヌンの緊匵が再び私に泚がれた気がした。


     目芚めるず、芋芚えのある颚景が私を包んでいた。

     思考が、真っ癜にフリヌズする。
     さっきたで頬を䌝っおいたはずの涙の熱さも、もうどこにもなかった。

    (どうしおたたここにいるの)
    (だっおただ数分しか経っおない)
     ない筈の身䜓が匷匵る。

     濃密な霧の䞖界。

     再び目の前に姿を珟した倩䜿は、事務凊理を終えた埌の、晎れやかな顔をしおいた。

    「圌の方が先だったのに、さっきは間違えお君のずころぞ来ちゃっお申し蚳ない」




    (おわり)

     
     
    kurotachi/くろたち ♂ 日垞は映画やドラマのように流れおいかない 蚘事ごずに人栌入れ替わっおたす 散文、詩、カメラ、バむク、レザヌクラフト、料理etc


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