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【休息論】こうして、あなたは崩れていく。

    やぁ、いらっしゃい。今日も手抜いていこうか。

    noteを書いていると、くたびれて来ることがある。
    1日大体記事には1時間くらいかけるのかな?

    神速が発動すれば20分とかなんだけど、そうそう出るもんでなし。この時間がかかればかかるほど、何か理由があるんじゃなかろうか。

    もしかしてキテるんじゃないか…疲れが。

    見えないゴール。


    「もう少し頑張らないと…」

    どこまでだろう。
    もう少し、曖昧で見えづらい日本語の様式美。

    そして、いつから頑張っているんだろう。

    ゴールも見えないし、
    スタートすら見えなくなった。

    無限に続く回廊をただ歩き続ける。

    「周りに迷惑がかかるから…」

    人間とは社会化された生き物。
    実のところ、自分一人がいなくても基本的には機能する。

    でも、周りに縛られ。

    徐々に心は削り取られ、飛びエンドはマシな方。
    飛んだ後に何事もなかったように回る場所。

    傷ついた責任感と心は修復に時間がかかる。

    「とても言えない…」

    主張が阻まれる。
    というより自分で阻んでしまう。

    限界を超えて、努力する。

    崩れつつあるメンタル。
    疲れは見て見ぬふり。誰も気にしてはくれない。

    限界は超えられないから限界であって、代償は伴ってくる。

    その代償を払う覚悟があるのか。
    そしてその価値があるのか。

    正常な判断力を失った人は少なくない。
    休むということはいつから、それほどまでに罪深くなったのだろう。

    判断を誤る。


    この状況に陥った場合、考え事や大切な意思決定はまずい。絶対にしてはいけない。そう、絶対にしてはいけない。

    ネガティブな考えが巡り、自己否定、自信喪失感。ポジティブな考えを持って取り組んでいても、結果的に途中で止まるかネガティブにすり替わる。

    以前「心理」のテーマで「自己肯定感」について述べたことがある。

    その真逆の話だけど、基本的にネガティブは強くポジティブは儚いという人が多数派だと思う。

    私は比較的ポジティブで楽観的な性格ではあるけど、ネガティブな考えになったらやっぱしなかなか抗えないもんだよ。

    朝活(色々してるんだって)、本業、記事、他様々。

    好調があれば絶対不調の波が訪れる。「一喜一憂の禁止」を自分に課せる事で最近はまずまず波が無くなった気がする。

    これ、自分ひとりで調整するのって難しいんだろうな。落ち込んだり、病んだときってどうやって改善してるんだろう。

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    休日昼から夕方くらいまでは絶対に休むことに徹していて、気分転換が大きい。良くも悪くも一人でコントロールするのは骨が折れるもんさ。

    理想を言うなら、眠けりゃ寝る。食べたきゃ食べる。なんだろうけど、何だかんだ夜ってちょっとずつ遅くなってるんだよね。22時くらいに寝たいんだけど、まだまだそれを許さない環境。

    このアップダウンのある中で、折り合いをつけながら「意思決定」は誤らないように心がけているよ。

    何かに追い詰められる仕事って訳じゃないから、幾分マシなのかもしんないけど、現代社会は多くの人を焦らせる。じわじわと追い詰めて「今するべき事」の判断基準を遅らせる。

    ここからが今回の本題、なぜ休息を後回しにしてしまうのか。するべき事を後回しにし、今すべきでない事を優先する末路がどうなるものか。

    考え事は今するべきじゃない、のんびり読んでくれたらいいよ。

     
     
     
    『少しだけ昔を語っても?: 私がnoteを始めるまで』の著者|フォローすると有料記事の書き方が学べます|収益化を目指す方はメンバーシップへご参加下さい|現役経営者兼作家クリエイター|学びと気付きで「楽しく、続ける」|記事は自己紹介で日記じゃない|大事な気付きを毎日更新で発信中▼

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