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夏の終わり、変わる日常と過去の思い出を振り返る。そこで気付いた私のnoteの向き合い方

    子どもの頃、
    お盆って“家族が増える日”だったんだよね。

    家族って言っても、
    親族のこと。

    「一堂に会する」

    を形にしたような場。

    親戚が一気に集まって、
    いつもと違うご飯、ちょっと賑やかな空気。
    誰かがスイカを持ってきて、誰かが昼寝してる。

    子どもだったし、
    非日常ってこともあって、
    向かいの車内ではわくわくしてた。

    集まるのは特別な場所じゃなくて、
    母方の実家。
    ただ家のリビングに人がぎゅうぎゅうになってるだけ。
    久々にあう親族は優しかった。

    でも、大人になってみたら、
    いつの間にか、誰も集まらなくなった。

    母方の実家を引き継いだ伯父も亡くなり、
    従兄弟は引き継ぐことなく別で家を建てる。

    騒がしかった会場は、
    今では伯母が一人で住む。

    距離も、生活も、気遣いも、
    少しずつズレて、
    「また今度ね」が積み重なって、
    気づけば“今度”は来なくなってたんよね。

    今年のお盆も、
    「家族」と会うことはなかった。

    別に誰かと喧嘩したわけでもないし、
    帰省できない事情があったわけでもない。
    ただ、予定が合わなかった。それだけ。

    だけどね、
    その“ただそれだけ”が積み重なった先に、
    「もう戻らない風景」があるんだなって気づいた。

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