
第13話 チャールズの狙い
何故か13話だけ、公開されていませんでした。あしからず。
その夜、夕食の後。
望は、リーたちからチャールズとの出来事を聞かされた。
「チャールズは大丈夫なの?」
最初に出たのは、その言葉だった。
リーが呆れた顔をする。
「まずそこ?」
「心配することはありませんよ」
プリンスは平然として言った。
「ヒルは、昔は治療のために医師が使っていたくらいです」
「本当?」
望は素直に驚いた。
プリンスの博識には、いつも驚かされる。
「それより、どうやってヒルなんか手に入れたの」
「今朝会った子どもたちに、一度も見たことがないと言っただけです。すぐ見つけてきてくれました」
「もうそんな込み入った話ができるのか」
リーが悔しそうに言った。
「先住民の言葉は難しくて、俺でも簡単な会話しかできなかったのに」
「そんなこと、できるわけないじゃないですか」
プリンスは涼しい顔で答えた。
「あの子たちは皆、英語を話せますよ。私たちと同じくらいに」
「なんだって」
リーが身を起こした。
「俺があれだけ苦労して会話しようとしたのに、英語が話せるならなぜそう言わなかったんだ」
「きっと、君の幻想を壊したくなかったのでしょう」
ミチルが小さく笑った。
その時、プリンスのLC、ブラクが告げた。
「データ解読を終了しました。ディスプレイしますか」
チャールズのLCからダウンロードしたデータのセキュリティが破れたらしい。
「拡大してディスプレイ」
プリンスが命じると、大量のファイルが空中に展開された。
「すべてのデータから、天宮、望、ミチル、ヤナギ、リー、ライ、それに私の名前のいずれかを含むものを列挙」
「完了しました」
「ずいぶんあるな」
リーが目を細める。
「でも、五月二十日以前はプリンスの名前が一番多いわ」
ミチルが表示を追った。
「望の名前はほとんど出てこない。出始めたのは二十一日からね」
「五月二十一日のチャットを再生」
プリンスの声が少し低くなった。
表示された記録が開く。
『チャールズ。お前にチャンスが巡ってきたぞ』
年配の男の声だった。
『お前の同級生のノゾム・アマミヤが、マクニール・ウォルターが住んでいると推定される家を訪れた』
『マクニール・ウォルター? まだ生きているんですか』
チャールズの声が返る。
『我々の情報では、まだ生きている。アンダーを裏から牛耳っているのは間違いない。ウォルターに関する情報は、ほとんどない。どんな小さな情報でも特Aクラスになる』
男の声には、抑えた興奮があった。
『もしお前がノゾム・アマミヤから、彼がウォルターに会ったのか、会ったなら何のためかを探り出せれば、ここでのお前の将来は約束される』
少し間があった。
『お前の母親は、何を思ったのか、野心のない文化省の役人などと結婚した。コネクションのない者が出世するのがどれほど難しいかは、わかっているな。お前が上へ行くには、またとないチャンスだ。逃すんじゃないぞ』
『わかっています。ただ、アマミヤはクラスも違うし、付き合ってもメリットがないから、あまりよく知らないんです。いつもプリンスにくっついているから目立つだけの奴ですよ。どうしてウォルターが彼に会うんですか』
望は少し傷ついた。
いつもプリンスにくっついているだけの奴。
自分で似たようなことを思うことはある。
それでも、他人に言われると、少し痛い。
『それを調べるのがお前の仕事だ。どんな手段を使ってもいい。必ず探り出せ。私がお前をあの学校に通わせるために使った費用とコネクションを無駄にするんじゃないぞ』
『わかっています、おじい様』
記録はそこで終わった。
短い沈黙が落ちる。
「それでミチルか」
リーが低い声で言った。
「甘く見られたものね」
ミチルは落ち着いた声でそう言い、次の瞬間、望に足払いをかけた。
望は床に転がった。
「僕に当たらないでよ」
文句を言いながら起き上がる。
だが、声には力がなかった。
自分のせいでミチルが利用されそうになった。
そう思ったからだ。
「チャールズから、望のことを何か聞かれましたか」
プリンスが望を助け起こしながら、ミチルへ尋ねた。
「特に望が話題になったことはないと思う」
ミチルは考えながら答えた。
「ただ、クラブに興味があると言って、活動内容は結構聞かれたわ。入部したいとも言われたけど、入部テストは私たちが未開地に行く時でないとできないと言っておいた」
世界言語クラブには、入部希望者が多かった。
プリンスとリーがいるせいだ。彼らとのコネクションを狙う生徒は少なくない。
それを断るため、四人で考えたのが「入部テスト」だった。
失われつつある言語を研究するには、現地で暮らせなくてはならない。だから、特別保護区域で数日間の現地体験を行う。
話を聞いただけで、ほとんどの生徒は諦める。
中には本当に来た者もいたが、三日ともたなかった。
恐怖体験談が広まってから、この一年は入部希望者がなく、皆ほっとしていた。
「メガシティの外では一日も暮らせないようなチャールズが、テストを受けることはまずないと思っていたの」
ミチルは言った。
「今日ついて来たのには、少し驚いたわ。よほどマックのことを探りたかったのね」
「チャールズも、なんだか可哀想だね」
望は、チャールズの祖父の冷たい声を思い出しながら言った。
「何を同情しているんだ」
リーが即座に噛みついた。
「お前のことを情報局に売ろうとしている奴だぞ」
「でも、家族にあんなふうに言われて、仕方なかったのかもしれないだろ」
「仕方なくなんかない」
リーはきっぱり言った。
「お前、あいつの両親を知らないのか」
「ご両親? 会ったことはないよ」
「チャールズのご両親は、学校の催しによく来ているわ」
ミチルが言った。
「優しそうな方たちよ。チャールズを大切にしているのは、見ていればわかる」
「私もパーティで何度かお会いしています」
プリンスが続けた。
「父親は文化省の上級職員で、評判もいい。知性的で立派な方です。母親も愛情深い、穏やかな方に見えました。チャールズが祖父の言うままにスパイの真似事をしていることは、ご両親は知らないでしょう」
「ほらみろ」
リーは望を見た。
「あいつは自己顕示欲が強くて、欲が深いんだ。それでミチルをだまそうとした。どうなっても自業自得だ」
「それって、テストの答案からの性格分析?」
ミチルが疑わしそうに言った。
リーは答えなかった。
「とにかく」
プリンスが話を戻す。
「この件は、マックの耳にも入れておきましょう。情報局が動いているなら、素人のチャールズだけで終わるはずがありません。それにこれは、どちらかと言えばマックの問題です。望はいわば被害者です。望の安全には、マックにも責任を持ってもらうべきでしょう」
リーとミチルがうなずいた。
プリンスが、マックへ経緯を話した。
マックは最後まで黙って聞き、やがて望を見た。
「それは、申し訳ないことになったね」
「いえ」
望は何と答えていいかわからなかった。
「私のような年寄りを、連邦がまだそれほど気にかけているとは思わなかった。君たちに迷惑をかけた」
マックは少し肩をすくめる。
「もし君が私に会った理由を聞かれたら、本当のことを話してもらって構わないよ。邪魔が入ると面倒だから、プログラム完成までは秘密にしておきたかったが、いずれわかることだ」
そして、面白がるように付け加えた。
「なんなら、その友達の手柄にしてやってもいい」
望たちは顔を見合わせた。
プリンスが静かに言った。
「チャールズは友人ではありません。私たちは、彼のやり方に賛同できません。彼の手柄については、ご心配無用です」
マックは楽しそうに笑った。
その時、望はふと別の友人の顔を思い出した。
「えっと。それなら、僕の友人に手柄を立てさせてあげてもいいかな?」
皆の視線が望へ向いた。
望は、サバスの訪問のことを話した。
リカルドの再テスト。
情報局からの依頼。
サバスが、全部を打ち明けてくれたこと。
話し終えると、マックは少し真面目な顔になった。
「その友人は、君を売ろうとしたのではなく、君に知らせに来たわけだね」
「はい」
「なら、その子には報酬があっていい」
マックの許可を得て、望はサバスに連絡した。
「サバス。少し話せる?」
通信の向こうで、サバスの顔が緊張した。
望は、マックがラストドリームの依頼人であることを、許された範囲で伝えた。マックが生きていること。自死予定、というより幸福死のためのプログラムを依頼していること。
サバスは、しばらく言葉を失っていた。
「これを、役人に伝えていいのか?」
「うん。マックの許可はもらった」
「望」
サバスの声がかすれた。
「ありがとう」
その顔を見て、望は少しだけ気持ちが軽くなった。
リカルドの再テストが本当に認められるかは、まだわからない。
それでも、誰かが誰かを踏み台にするだけで終わらずに済むなら。
この情報に、少しでもましな使い道があるなら。
そう思いたかった。