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あんたの手は、赤ん坊の手

    くりす

    『あんたも、赤ん坊の手だねっ!』

    小5になって、始まった家庭科の授業。
    『めっちゃ厳しい』と噂で聞いていた、
    家庭科専門のお婆ちゃん先生は、
    最初の授業で全員の手のひらを確認し始めた。

    先生曰く、

    『最近の子は全部親がしてくれる。
     あんたら、もう10歳くらいだろ?
     10年も生きていて何の苦労もしていない、
     そんな子の手は『赤ん坊』のまんまだ。
     見たらすぐ分かる!』

    そう言って見られた自分の手は、

    『はい、あんたも赤ん坊の手っ!!』

    3秒程度で、そう即決。

    『・・ほぉ、あんたは苦労してるみたいね』

    そんなふうに言われる生徒も数人いたので、
    適当なことを言ってるわけではないようだけど。
    こんなもん、言われて面白いわけがない。
    自分はこのおばあちゃん先生が、
    最初の5分で大嫌いになった。

    『できなかったら、できるまでやる!
     時間が来たら終わると思うんじゃないよっ』

    毎週月曜日だった、家庭科の授業。
    授業の時間が終わろうと、
    課題が出来ていなければ終わりはない。

    18時、19時、20時・・・

    裁縫の課題がいつまでたってもできない、
    針の穴に糸を通すのさえ苦手な、
    自分を含む数人は、
    いつまでたっても帰れなかった。

    『こんな時間まで何をしてるんですかっ!』

    20時を回った頃だっただろうか、
    校長先生が入って来て、
    おばあちゃん先生と口論になった。

    『児童をいつまで残らせてるんですか。
     早急に帰らせてください!』

    『この子らは、できなくても、
     時間がくれば帰れるって思ってるんですよ。
     そんな甘えた考えじゃ、
     生きていけないんですよっ!』

    もういいから、君達は帰れ。
    校長先生にそう言われて、
    『ラッキー』と思った自分達は、
    家庭科室から逃げ出した。

    背後からは、まだ2人の口論の声が聞こえる。

    「さすがに校長先生に言われたら、
     あの先生も、居残り強制できないよなっ!」

    「うんうん、これで居残りもなくなるかもね」

    頑張れ頼むぞ、校長先生。
    小5の家庭科おちこぼれ軍団は、
    校長先生の奮闘に期待した。

    その後、家庭科の居残りは18時までとなり、
    できなかったら、持ち帰って宿題になった。
    でも、裁縫の課題なんて家に持ち帰ってしまえば、
    自分でやったりするわけがない。
    親にやってもらって終了だ。

    『・・・ふん』

    そうやって提出された課題を、
    先生は面白くなさそうに受け取った。
    自分でやってないことは、
    すぐに分かったことだろう。

    『いつまでも、誰かが助けてくれると思うな。
     やらなくても済むと思うな!』

    元々、この先生の口癖だったけど、
    校長先生の圧が入ってから、
    口にすることが増えていた。
    当時は気付かなかったけど、
    保護者からの苦情などもあったのだろう。

    困った顔をしていれば、誰かが助けてくれる。

    そんな甘い考えは、1日も早く捨てろ。
    大嫌いだったおばあちゃん先生は、
    最後の最後まで、自分達にそう言っていた。

         ・
         ・
         ・

    あれからだと、40年くらいたった。
    今でも自分の手のひらを見ると、
    あの言葉を思い出す。

    『あんたの手は苦労知らずの、
     赤ん坊の手だっ!』

    あの頃は、間違いなくその通りだった。
    何もしなくても、三食テーブルに並び、
    キレイに洗濯された、
    服や布団を用意してもらっていた。

    だけど、それから40年。
    自分だって多少は苦労してきたつもりだ。
    でも、実は小学生のあの頃から、
    わりとずーっと気にしてる。
    自分が『生きていくための苦労』
    ちゃんとしてきてるのかなって。

    じっと、自分の手を見てみる。

    当時はなかったものと言えば、
    事務職の職業柄の、ペンだこくらいで、
    見た目には余り変化してない気もする。
    裁縫なんて、もちろんできない。
    きっと死ぬまでできない。

    この手を見たら、あの先生はどう言うだろう?

    『ふん、50歳にもなってキレイな手だこと。
     あんたは死ぬまで、赤ん坊のままだね』

    今でも、そう言われる気がしてしまう。
    そう言えば、親指と手首が痛い。
    事務仕事の疲れ?
    いえいえ、多分これはただのスマホの見過ぎ。

    見た目には、多分あんまり変わっていない、
    『赤ん坊の手』と言われたあの頃と。
    だけど、今はこの手を使って生活してるし、
    拙いながらも、こうして文章を書いている。

    先生、自分は『赤ん坊の手』からは、
    卒業できたでしょうか?

     
     
     
    子供の頃は小説家になるのが夢だったおじさん。 日常をエッセイにしたり、小説にしてみたり。 面白おかしく書いてけたらと思います。 社歴25年の事務員なので、事務職にまつわることも。

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