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なぜ不幸な人ほど幸福になれるのか。その必然性について

    昨年、最愛の母を亡くし、今年の4月には父が大病で入院しました。
    不幸の連続に、私はいつしか抑うつ状態に陥り、何に対しても楽しみを見いだせなくなっていました。

    そんな日々のなかでも、欠かさず聴き続けているラジオ番組があります。
    文化放送制作の『武田鉄矢・今朝の三枚おろし』です。1994年から続く長寿番組で、平日の朝に10分間放送されています。
    今はradikoやYouTubeなど、自分の好きなタイミングで聴ける手段があり、とても重宝しています。
    私がこの番組を愛聴し始めてから、気づけば3年ほどが経っていました。

    この番組の魅力は、どこにあるのでしょうか。
    毎週ひとつのテーマ(主に武田さんが興味を持った本)を「まな板」にのせ、武田さん独自の視点で「三枚おろし」にしていく。武田さんが面白いと感じたエッセンスを、自身の人生観や体験談を交えて面白おかしく解説してくれるのです。
    自分で本を読む以上に多くの学びがあり、何より武田さんの語りには、沈んだ心を癒やすパワーがあります。

    また、アシスタントの水谷加奈さんとのやり取りも絶妙です。
    武田さんは、ご自身の失敗談を飾らずに話してくれます。「あの武田鉄矢さんでも同じなんだな」と思わされる豊かなトークに、自分のダメな部分も許せるようになり、朝から少しだけ心が軽くなるのです。
    水谷さんが爆笑しながら忖度なく突っ込む様子は、まるで良質な漫才を聴いているようで、この時間だけは嫌なことを忘れることができます。

    昨日、YouTubeで過去の放送を聴きながら夕食を作っていたときのことです。落ち込んでいた気持ちが、ぱっと明るくなる言葉に出会いました。
    『生きていく理由』というテーマの回で、武田さんはこう述べていました。

    「幸せとは、その不幸の向こう側にしかない」

    ずっと幸せな環境にいる人は、それが当たり前になってしまい、幸せに対して鈍感になります。だからこそ、幸せは「不幸を乗り越えた先」で見つかるものなのだと。

    その言葉に、私は強く勇気づけられました。
    水が心から美味しいと感じるのは、喉が渇ききっているときです。
    絶望のどん底でもがき、ようやく這い上がったからこそ、当たり前の生活を送れる素晴らしさに、例えようのない幸福を感じるのでしょう。

    今の私は、出口の見えないどん底にいます。
    けれど、この先にいつか幸福が待っているかもしれないと思えたことで、生きる希望が湧いてきました。

    そうなのです。どんなトンネルにも必ず終わりがあり、前に進む勇気を持ち続けていれば、その先に光り輝く景色が待っているのです。武田さんの言葉に、その景色が見えたのです。

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    アンパンマンの生みの親、やなせたかしさんの言葉に「絶望の隣には、希望がそっと座っている」というものがあります。武田さんの話を聴いて、この言葉の真意がようやく理解できた気がします。
    不幸という経験があるからこそ、それを抜けたときの喜びが「幸福」として際立つ。そう考えると、絶望の隣に希望があるのは必然なのだと思えます。

    その必然性を理解したとき、私にとってこの言葉は、単なる気休めの励ましではなくなりました。
    この言葉の力を借りて、今日も生きてみます。


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    私が現在書き進めている小説はこちら。


     
     
     
    「どうすれば、この星の全員が幸福になれるのか?」この答えを見つけるため、認知症の父の介護をしながら持続可能な新システムの開発を進めています。答えは既存の延長線上にはありません。未来は予測するものではなく、自分たちで創るもの。私と一緒に、新しい世界の扉を開いてみませんか。

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