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人生の手本になる人

    人と話をすることも、うつ病からの脱出に役立ちました。

    うつ病でまいっていたときは、近所の人や親戚の人など多くの人に励まされました。
    なかでも、大きなパワーを与えてくれたのは父の知人の女性でした。

    その女性は、父が参加していた高齢者向けゴルフの地区クラブの会長でした。

    父はそのスポーツが老後の一番の趣味で、60代半ばから70代まで毎日のように自ら車を運転して河川敷のゴルフ場に通っていました。

    しかし認知症になって車の運転ができなくなると、そのゴルフ場に行くのは毎月第一土曜日(5月~11月)に開催される地区クラブの大会のみになってしまいました。

    その大会へは私が車で送っていたので(帰りは仲間に送ってもらいました)、大会開始前にはいつも会長に「ご迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」と父の世話をお願いしました。

    面倒な依頼なのに、会長はいつも嫌な顔ひとつせず、「グラウンドの整備など、お父さんにはいろいろお世話になったので、気にしないでください」と温かい言葉を返してくれるので、すばらしい人格者だと尊敬していました。

    会長が我が家を訪れたのは、母の入院で父が地区のクラブを脱会したいという話を近所のメンバーから聞いたからでした。

    90歳近くなる父は、2、3年ほど前からあれほど好きだったゴルフに行くのを億劫おっくうがっていたので、母の入院を潮時と考え、脱会することにしたのです。

    会長がわざわざ訪問してくれたのは、大会が5月からスタートするため、4月中の退会で今年の参加がゼロになったことから、入会金を返却する必要が生じたためです。

    私が感謝の言葉を述べ、母の病状の話をすると、会長はご自身の身の上話を交えながら励ましてくれました。

    私が会長の話に救われたのは、会長がこのゴルフをはじめた理由がご主人の病気がきっかけであったことを打ち明けてくれたからでした。

    会長は現在70代くらいですが、現役世代のころは薬局を4つも経営されていたそうです。

    ところが、40代半ばのころ、ご主人が倒れ、そのショックと仕事の多忙で私と同じパニック障害になってしまったとのこと。

    そこで心療内科に通いながら夫の介護と薬局の経営に奮闘したそうですが、その時にストレス解消のために始めたのが河川敷でのゴルフなのだそうです。

    地区のクラブの会長を引き受けたのも、ゴルフのおかげで危機を乗り越えられた恩返しをしたいからだと語っていました。

    そういうことから、ストレス発散になる趣味を見つけて、少しでもいいから息抜きをする時間をもつのがいいと私にアドバイスしてくれました。

    会長は今でも心療内科に通っているそうですが、いつも穏やかで苦悩を感じさせないさわやかな笑顔の裏に、大変な人生を歩まれてきた苦労人の顔があることを知り、大いに励まされました。

    会長の素晴らしい人柄も、数々の試練を乗り越えてきたからでしょう。
    自分もこの試練を乗り越え、成長の糧にしなければならないと思いました。


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    「どうすれば、この星の全員が幸福になれるのか?」この答えを見つけるため、認知症の父の介護をしながら持続可能な新システムの開発を進めています。答えは既存の延長線上にはありません。未来は予測するものではなく、自分たちで創るもの。私と一緒に、新しい世界の扉を開いてみませんか。

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