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宝石になった、最後のプレゼント ― 母と眺めた満開の桜

    宝物の春

    母が脳梗塞と癌で入院したのは、四月の末でした。 百花が咲き誇り、新緑が眩しく輝く、一年で最も美しい季節のことです。

    本来なら春は私の一番好きな季節ですが、母の余命宣告を受けた当時の私はどん底にあり、どんなに綺麗な花を見ても、心の中にまで花が咲くことはありませんでした。

    母が元気であったなら、今年もいつものようにツツジや藤の花が咲く公園へ連れて行き、新緑の山々や、色とりどりのハナミズキが並ぶ街路樹をドライブしながら見せてあげられたはず。
    それが二度と叶わないのだと思うと、たまらなく切ない気持ちに襲われます。

    それでも、母が倒れる間際の日まで、近隣の様々な場所をドライブして、梅や杏、そして桜の花見をたっぷりさせてあげられたことは、唯一の救いでした。

    なかでも一番の思い出は、地元の公園でのお花見です。
    その朝、天からアイデアが下りたように、ベッドの中でふと思いついたのです。「あの公園の東屋あずまやで、ランチを食べながら満開の桜を見たら、母は喜んでくれるのではないか」と。

    その予感は的中し、母は予想以上に喜んでくれました。

    雲ひとつない晴天、穏やかな気温。広い公園を囲む桜はちょうど満開で、入り口の雪柳も白く咲きこぼれていました。人はまばらで、まるで貸し切り。私たちは家族水入らずで、ゆっくりとお花見を満喫できたのです。

    公園の近くで買ってきたパンとサイダーを、母は「おいしいね」と言って食べ、満開の桜を見上げながら、「最高のお花見。本当に幸せ」と、満面の笑みを浮かべてくれました。
    その光景は、今も昨日のことのように鮮明に胸に焼き付いています。

    急変して病院に運ばれた日、救急室で会話を交わしたときも、母はその公園の思い出を語ってくれました。
    「いいお花見だったよ。本当にありがとうね」と、目に涙を浮かべて感謝してくれたのです。

    ささやかですが、精一杯の親孝行ができてよかった。 この思い出は、いつまでも私の心の中で、宝石のように輝き続ける宝物になっています。


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    「どうすれば、この星の全員が幸福になれるのか?」この答えを見つけるため、認知症の父の介護をしながら持続可能な新システムの開発を進めています。答えは既存の延長線上にはありません。未来は予測するものではなく、自分たちで創るもの。私と一緒に、新しい世界の扉を開いてみませんか。

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