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最後の孤独のグルメ

    非科学的で不可思議なことは、母が病に倒れる前日から起こりました。
    今日が孤独のグルメができる最後の日になってしまうかもしれないから、それをやらなければならないと、何故か、ふと強く思ったのです。

    孤独のグルメとは、夕食後しばらくたってから、家族に黙って近所の飲食店で独り夜食を楽しむというものです。
    家族に知られずに家を抜け出せるのも、同じ敷地内に自分専用の小さな家があるからです。

    その晩、家族団らんの夕食が済むと、自分専用の家に戻り、孤独のグルメを決行するために外出しました。

    孤独のグルメを行う頻度は、2,3か月に1度くらい。費用は、1000円以下で収まるようにしていました。
    頻度を低くし、費用も安くしようとしたのは、我が家の家計が苦しいからです。

    家計のことを考えると、孤独のグルメをやることに罪悪感を抱かずにいられませんでした。

    しかし、スーパーの安い食材ばかりを選んだ貧しい食事や、年寄りの口に合わせた食事ばかりを食べていると、やはり物足らなく、ときどき無性に外食で好きなものを食べたくなるのです。
    その欲望が抑えきれないくらい大きくなった時、ついに孤独のグルメの誘惑に負けてしまうのでした。

    その晩は、孤独のグルメを決行するいつもの晩とは違いました。
    抑えきれないほど、食欲が高まっていたわけではなかったのです。
    しかし、今日やらないと、もうずっと行けなくなるかもしれないという変な予感がしたのです。

    それで、近所の唐揚げ専門店へ行き、唐揚げ定食を食べました。
    いつも以上においしく感じ、満腹になったおなかをさすりながら帰宅すると、母屋の台所の電気がまだついていました。

    心配になって行ってみると、食器洗い機の使い方がわからなくなって困っている母がいました。

    食事をつくるのも、食器洗いも、食洗機を使った乾燥も私がやっており、母はそれを承知しているはずなのに、なんで突然そんなことを言い出すのか…。

    見ると、食洗機のコンセントが抜かれていました。

    予感通りに、もう孤独のグルメどころじゃなくなってしまったと思い、とても悲しくなりました。


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    「どうすれば、この星の全員が幸福になれるのか?」この答えを見つけるため、認知症の父の介護をしながら持続可能な新システムの開発を進めています。答えは既存の延長線上にはありません。未来は予測するものではなく、自分たちで創るもの。私と一緒に、新しい世界の扉を開いてみませんか。

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