第18章 故郷に残る灯 第13節 灰色の中心
移動を終えてから、まだ夜は明けていなかった。
新しい潜伏先は、以前の拠点よりずっと狭い。
母上と負傷者たちはさらに別の場所へ移り、ここにはガンドロフ、セリザ、ルナシウス、アレックス、それに僕たちが集まっている。
誰も眠っていない。
置いてきた杭が、本当に敵を引きつけるのか。
それを確かめるまでは、次へ進めなかった。
クリス「まだ動きはないの?」
アレックス「見張りからの合図はありません」
クリス「そっか……」
杭が罠だと気づき、それを逆に利用しようと決めた。
でも、本当に敵が食いつくかは分からない。
もし何も起きなければ、こちらの拠点を知らせただけで終わる。
リゼさんは部屋の隅で目を閉じていた。
クレフ「何か感じますか?」
リゼ「ここからでは、はっきりとは。ただ、あの杭の灰色はまだ消えていないと思います」
ガンドロフ「なら、待つしかありませんな」
その時、扉が二度、短く叩かれた。
アレックス「入れ」
見張りに出ていた兵が入ってくる。
兵士「旧拠点の周囲にゾマー兵が集まり始めました」
ガンドロフ「数は?」
兵士「確認できただけで二十ほどです。北側と東側から入り、まだ増えています」
セリザ「中へ入った者は?」
兵士「います。入口を固める動きも見えました」
クリス「……間に合ってよかったね」
クレフ「うん。本当に」
少し前まで人がいた場所へ、今はゾマー兵が入っている。
そう思うと胸の奥がざらつく。
それでも、あそこに誰も残してこなかったことだけは救いだった。
ガンドロフ「クレフ様。今なら動けます」
地図の上へ太い指が落ちる。
ガンドロフ「奴らが旧拠点へ兵を割いている間に、王城東へ入りましょう」
セリザ「賛成です。ただし長くは続きません。誰もいないと分かれば、すぐに兵を戻すはずです」
アレックス「排水路を使いますか?」
クレフ「うん。住民を逃がした時に見つけた左の道から行く」
リゼ「灰色の反応も、あちら側に集まっています」
ルナシウス「ならば、元へ届く可能性がありますな」
ガンドロフが僕を見る。
ガンドロフ「クレフ様。現場はお任せします」
クレフ「はい」
ガンドロフ「城まで無理に進む必要はありません。狙うべきは灰色の仕組みです」
クレフ「分かっています」
セリザ「私はここに残ります。旧拠点側の動きと退路を見ます」
クレフ「お願い、セリザ」
セリザ「お気をつけて、クレフ様」
ルナシウスが静かに剣へ手を添える。
クリスも弓の弦を確かめた。
リゼさんは僕と目が合うと、一度だけ頷く。
僕、クリス、リゼさん、ルナシウス、アレックスの五人で外へ出た。
空はまだ暗い。
街道を避け、住民を逃がした時と同じ入口から排水路へ入る。
冷たい水が靴の底を濡らす。
やがて分岐へ着いた。
右は住民たちを逃がした道。
左は王城の東へ続く道。
クレフ「行こう」
今度は迷わず左へ入る。
通路には、以前よりはっきりと荷を引きずった跡が残っていた。
アレックス「かなり頻繁に使われています」
クリス「杭を運んでた道で間違いなさそう」
リゼ「灰色も感じます。前より強いです」
奥へ進むにつれて、空気が変わっていった。
冷たいわけでも、熱いわけでもない。
それなのに、肌の上に薄い膜を貼られたような息苦しさがある。
クレフ「これが灰色?」
リゼ「クレフさんにも分かりますか?」
クレフ「うん。気持ち悪い」
クリス「私も少し分かる。空気が重い感じ」
リゼ「ここから先は反応が混ざっています。気をつけてください」
ルナシウス「魔人の気配も?」
リゼ「灰色が強すぎて、細かくは読み取れません」
自然と全員の歩みが慎重になる。
しばらく進むと、前方に鉄格子が現れた。
閉じられてはいない。
片側へ押し開けられている。
アレックス「ここも使われていますね」
格子の向こうには、石造りの階段が緩やかに下っていた。
ルナシウス「この先、音が変わりましたな」
水音が遠くなっている。
代わりに、低い振動のようなものが足元から伝わってくる。
クリス「……何か鳴ってる?」
リゼ「灰色です」
さらに下る。
壁に黒い線が現れた。
一本。
その先にもう一本。
進むほど数が増え、すべて同じ方向へ伸びている。
クレフ「杭の根元にあったのと同じ……」
リゼ「はい」
線の中を、鈍い光が一定の間隔で走る。
まるで脈を打っているみたいだった。
そして階段を下り切った先で、通路が急に開けた。
古い石造りの地下空間。
壁際から伸びた黒い線が床を這い、中央へ集まっている。
その中心に、低い石台があった。
上には、黒い金属とも石ともつかない塊。
そこから灰色の光が脈打つたび、床を走る線へ同じ光が広がっていく。
リゼさんが息を呑んだ。
リゼ「……ここです」
クレフ「灰色の元?」
リゼ「少なくとも、この周囲の杭へ灰色を送っているのは、これです」
ようやく辿り着いた。
一本ずつ杭を抜く必要はない。
これを止められれば、白を塞いでいる灰色そのものを弱められるかもしれない。
クリス「壊せる?」
リゼ「待ってください」
一歩出ようとした僕の腕を、リゼさんが掴む。
クレフ「どうしたの?」
リゼ「……静かすぎます」
その言葉で気づいた。
ここまで使われていた道なのに、人の姿がない。
荷を運んでいた兵も、見張りもいない。
灰色の中心だけが、まるで僕たちを待っていたように置かれている。
アレックス「罠……でしょうか」
ルナシウス「可能性はありますな」
背中が冷える。
旧拠点へ敵を誘ったつもりだった。
でも、あの杭が最初からこちらを動かすためのものだったなら。
僕たちが排水路を使うことまで読まれていたとしたら。
その時、暗がりから拍手が響いた。
一度。
二度。
ゆっくりとした音。
全員が武器を構える。
声「よくここまで辿り着いた」
石柱の陰から、一人の男が姿を現した。
見覚えのある顔。
国境大橋で、僕たちの前に立った魔人。
クレフ「……ヴァルグ」
ヴァルグ「久しぶりだな、王子」
笑っている。
その表情を見た瞬間、嫌な予感が確信へ変わった。
僕たちは、ここを見つけたんじゃない。
ここへ来させられたのかもしれない。
その背後で、灰色の光がもう一度脈打った。
白へ続く道の前で、ヴァルグが待っていた。
第18章第14節へ続く。
第18章第13節を読んで頂きありがとうございます。
囮として残した杭は、ゾマー兵を旧拠点へ引きつけました。
その隙にクレフたちは、王城東側の地下へ踏み込みます。
灰色が濃くなる道の先で、ついに辿り着いたその中心。
しかし、そこはあまりにも静かでした。
そして待っていたのは、国境大橋でも姿を見せたヴァルグ。
クレフたちは本当に敵を出し抜いたのでしょうか。
次回もよろしくお願いいたします。
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