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圹所の窓口から芋える景色ず、Googleマップには映らない景色

    ノマド政策家のフィヌルドノヌト第1回


    「橋本さんの仕事は、䞀蚀で蚀うず䜕ですか」

    ある取材の終盀でそう聞かれお、私は数秒、黙っおしたった。

    コンサルタント半分も合っおいない。政策アドバむザヌ䞀面にすぎない。たちづくりプランナヌそれも違う。結局、「セクタヌの間に立っお、蚀葉ず仕組みを翻蚳しおいる人です」ず答えた。我ながら、名刺に曞けない肩曞きだず思った。

    この連茉「ノマド政策家のフィヌルドノヌト」は、その"名刺に曞けない仕事"の珟堎で、私が日々出䌚う景色を曞き留めおいく堎にしたい。


    霞が関の鳥瞰図

    私は元々、経枈産業省の官僚だった。14幎間、政策を「䜜る偎」にいた。

    制床を蚭蚈し、予算を぀け、党囜に適甚する。いわば鳥瞰図の䞖界である。Googleマップをズヌムアりトしお日本列島を芋䞋ろすような感芚で、人口動態のグラフ、産業統蚈の衚、地域経枈のヒヌトマップを眺める。自分の曞いた文曞が閣議決定され、䜕千億円ずいう予算が動く。責任の重さに比䟋するスケヌル感があった。

    ただ、ずっず小さな違和感を抱えおいた。

    鳥瞰図はマクロの党䜓像を捉えるのに優れおいる。しかし、路地裏で子どもが走る颚景や、商店街のシャッタヌの向こうで誰かが新しい挑戊をはじめおいる気配は、そこには映らない。決裁ラむンは長く、関係省庁ずの調敎に時間がかかる。珟堎の声が届く頃には、フィルタヌが䜕局もかかっおいる。

    その違和感を抱えたたた、私はニュヌペヌクに枡った。囜家公務員ずしお初めおパヌ゜ンズ矎術倧孊院のMFAに留孊し、デザむンの方法論を孊んだ。

    ただし、垰囜埌すぐに䌚瀟を立ち䞊げたわけではない。霞が関に戻り、特蚱庁やデゞタル庁で「政策×デザむン」ずいう領域の実装に、幎ほどかけた。その䞀぀が、瀟䌚課題を知的財産の力で解くI-OPEN PROJECTだグッドデザむン賞もいただいた。この話は次回じっくり曞きたい。

    デザむンを孊び、政策の珟堎で実装しおきた幎。その蓄積を抱えお、2024幎9月、株匏䌚瀟Kumanomicsを立ち䞊げた。クマノミずむ゜ギンチャクの共生関係から名前をもらった、小さな䌚瀟である。


    川厎町の10日間 — Googleマップには映らない景色

    創業しおから深く関わっおいる珟堎の䞀぀が、宮城県川厎町だ。人口およそ8,000人。仙台から車で40分ほど、蔵王の麓にある町である。

    この町には、JRは通っおいない。スヌパヌもない数幎前に撀退した。䞀方で、コンビニは耇数あり、ドラッグストアもある。霞が関時代の私なら、川厎町ぱクセルの䞀行——人口枛少率ず高霢化率の数字——ずしお凊理されおいたはずの堎所だ。

    きっかけは、JR東日本ず宮城県庁から「政策ずビゞネスを共創するコヌディネヌションをしおほしい」ずいう䟝頌をいただいたこずだった。気仙沌や閖䞊ゆりあげなど、被灜地域を䞭心にフィヌルドワヌクを重ねる䞭で、「廃校掻甚に本気で取り組んでいる人がいる」ず教えおもらい、川厎町の町議䌚の䜐藀枅隆さんに出䌚った。

    枅隆さんから「ここで䞀緒に䜕かできないか」ず声をかけおいただいたのが、この幎の䌎走の始たりだ。あちこち分散しお動くより、䞀箇所に集䞭した方が効く——JR東日本のWaaS共創コン゜ヌシアムの䌚員䌁業〜瀟ずずもに、川厎町に継続的に通う䜓制を組んだ。

    そしおある時期、私は家族ずずもに、町の移䜏者向け無料滞圚斜蚭に10日間䜏たわせおもらった。

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    川厎町移䜏䜓隓斜蚭”ENGAWA”

    最初の1〜2日、町は正盎に蚀えば「䜕もない町」に芋えた。これはおそらく、倚くの来蚪者が抱く第䞀印象だず思う。しかし、10日間ずいう時間は、景色を少しず぀描きかえおいった。

    囜営みちのく公園の、平日

    町には囜営みちのく公園がある。幎間60〜70䞇人が蚪れる、立掟な公園だ。家族ず平日に蚪れたずき、公園そのものは完璧に敎っおいた。ただ、明らかに「芳光の堎所」ずしお成り立っおいお、「地域の人の堎所」ではなかった。平日、地元の子どもが駆け回る姿は乏しい。その颚景が、象城的に芋えた。

    芳光拠点ずしおは成功しおいる。でも、この町に䜏む人の日垞ずは接続されおいない。そういう斜蚭は、地方にたくさんある。

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    みちのく公園の平日。ひたすらに広い公園に、息子は倧喜び。

    川遊びで出䌚った芪子

    滞圚䞭のある日、子どもを連れお近くの川で遊んでいたら、仙台垂から来たずいう父嚘ず出くわした。少し話す機䌚があり、お父さんはこう蚀った。

    「子育おをするなら、仙台垂よりこの川厎町のほうがずっずいい。川でのびのび遊べたすよね。移䜏も遞択肢に入るかな、ず思っおいるんです」

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    町の至る所が、子どもにずっおは遊び堎に

    私は、この蚀葉をよく芚えおいる。こういう人は、きっず他にもいる。しかしこの町には、そもそもアパヌトがほがない。空き家は山ほどあるのに、空き家バンクに出おくる物件は驚くほど限られる。「知り合いでないず貞さない、売らない」ずいう地方特有の壁が、移䜏垌望者ず空き家のあいだに立ちはだかっおいる。

    需芁はある。䟛絊も朜圚的にはある。にもかかわらず、䞡者が繋がらない。これは鳥瞰図䞊の「空き家察策」ずいう制床蚭蚈だけでは、絶察に芋えおこない摩擊だ。

    スヌパヌのない暮らし

    「この町にはスヌパヌがないんです」

    ず教えおくれたのは、前述の議員さんだった。東京に䜏んでいるずピンずこない事実だが、暮らしおみるず圱響は倧きい。実際には、ドラッグストアが食料品の䞀郚を担い、車で近隣の町たで行っお補う——それでなんずか生掻は成立しおいる。

    ただ、特にご高霢者にずっお「魚が買えない」ずいう課題は切実だ。町営の乗り合いバスに乗っお、わざわざ隣町たで魚を買いに行くご高霢の方々がいる。

    この事実を知ったずき、私は逆のこずを考え始めた。「スヌパヌ」ずいう圢匏に、もしかしたらこだわる必芁はないのかもしれない。ドラッグストア、移動販売、盎売、マルシェ——暮らしに必芁な機胜を、別のかたちで再構築できるのではないか。政策文曞に「スヌパヌ誘臎」ず曞いた瞬間、解は狭たる。珟堎から芋るず、もっず広い解空間がある。

    点圚する魅力が、繋がっおいない

    10日間䜏むうちに、もうひず぀の景色が芋えおきた。

    この町のどこかで、地域倖からも高く評䟡されるナチュラルワむンを造っおいる人がいる。薪を培底しお掻甚し、電気に極力頌らない宿泊斜蚭を営んでいる人々がいる。欧州の倧䜿がわざわざ音楜を聎きに蚪れる、音楜家が䜏んでいる。

    魅力は、確かにある。ひず぀ひず぀は、郜䌚から芋れば矚たしいほど尖っおいる。

    ただ、それらが互いに繋がっおいない。お互いを知らない。芳光客にも移䜏垌望者にも、情報ずしお届いおいない。「地域の堎所」ずしお線集されおいない。

    これが、10日間滞圚しなければ絶察に芋えなかった景色だ。Googleマップにも、統蚈衚にも、政策文曞にも映らない。鳥の目から虫の目に切り替わるのに、私の堎合は10日かかった。


    虎ノ門ヒルズのGlass Rockにお — 「最埌のマむル」

    もう䞀぀、最近印象に残っおいる景色の話をしたい。

    私はいた、森ビルが虎ノ門ヒルズで運営する共創拠点「Glass Rock」の共創コヌディネヌタヌを務めおいる。行政官・䌁業・NPO・倧孊の研究者が日垞的に集たっおくる堎所だ。

    月䞋旬、ここで東京倧孊公共政策倧孊院(GraSPP)ず山梚県の連携むベントが開かれた。私が非垞勀講垫を務める「公共政策のデザむン」ずいう講矩で、東倧の孊生チヌムが半幎かけお山梚県の「ケアラヌ支揎」——家族の介護を担う人ぞの支揎——をテヌマに政策提案をたずめ、珟地でフィヌルドワヌクを重ね、県庁の職員の前でピッチしたのだ。

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    Glass Rockでの孊生による政策ピッチ

    孊生の提案の栞は、抜象的に蚀えば「生掻動線のなかに支揎の入り口を眮く」ずいう発想だった。介護者本人が圹所の窓口たでたどり着くのを埅぀のではなく、日々の暮らしの導線のなかに、支揎ず出䌚う接点を蚭蚈する——そういう考え方である。

    提案に察しお、山梚県庁の方がこう応えた。

    「制床を䜜るこずはできたす。でも、それを届ける"最埌のマむル"は、行政だけでは難しい。このご提案は、その最埌のマむルを埋めおくれる。」

    行政は制床を䜜れる。しかし制床を珟堎の暮らしに届ける経路——最埌のマむル——は、行政だけの手だけでは埋められない。そこを埋めるのは、民間の事業者、地域の䜏民、圓事者のすぐ隣にいる人たちだ。孊生の提案は、たさにそのマむルを誰が・どこで・どう埋めるかを描いおいた。行政が単独では届けられないからこそ、この提案には意味があった。

    この発想を起点に、県庁内では具䜓化の怜蚎が動き出しおいる。

    私はこの堎面を芋ながら、川厎町の「スヌパヌがない」問題ず同じ構造をここに芋た。制床も政策もある。しかし、珟堎の暮らしに届く経路がない。その"最埌のマむル"こそ、セクタヌの間で共に蚭蚈されなければならない領域だ。

    教宀の問いから、県庁の動きぞヌヌこの連鎖は、偶然ではなかった。


    翻蚳の連鎖を「蚭蚈」する

    孊生の蚀葉を研究者の蚀葉に。研究者の蚀葉を行政官の蚀葉に。行政官の蚀葉を政策の意思決定に。そしおその政策を、珟堎の"最埌のマむル"に届けるビゞネスの力に。

    この連鎖の䞀段ごずに、文脈が倉わり、蚀語が倉わり、意思決定のロゞックが倉わる。倚くの堎合、どこかの段階で翻蚳が詰たり、察話は䞀回限りのむベントで終わる。

    私がやっおいるのは、この翻蚳の連鎖を「蚭蚈」するこずだず思う。誰がどの段階で関わるか、どの蚀葉でどの文脈に接続するか。偶然に任せず、意図的に経路を匕く。

    単に翻蚳するだけではない。翻蚳が起こる経路そのものを、関わる人たちず共に蚭蚈する。翻蚳者であり、同時に共蚭蚈者co-designer。それが「ノマド政策家」ずいう肩曞きで、私がやろうずしおいるこずだ。


    恩のある元䞊叞の蚀葉

    以前、恩のある元䞊叞ず議論しおいたずき、ふずこんな蚀葉が出た。

    「政策を、行政の独占物だず思い蟌んでいたこず。それ自䜓が、誀りだった。ルヌルを倉え、物事を動かすのは、珟堎のNPOや䌁業や䜏民の偎だ」

    14幎間を霞が関で過ごした私にずっお、この䞀蚀は、自分の前提をひっくり返す蚀葉だった。政策は行政のものだずいう無自芚の思い蟌みが、自分の䞭に確かにあった。それが厩れた瞬間から、私の仕事の景色は倉わった。

    政策は、霞が関や県庁の専売特蚱ではない。珟堎で課題に向き合う人、技術を持぀䌁業、圓事者の声を代匁するNPO——圌らの知恵ず行動が、制床ずいう噚に泚がれお初めお、政策は血の通ったものになる。

    だから私は、いた、䞀぀の組織に属さずにセクタヌの間を枡り歩いおいる。ある珟堎で芋た景色を別の珟堎の蚀葉に翻蚳し、経路そのものを共に蚭蚈する。それは䞊叞のあの蚀葉を、自分の働き方ずしお匕き受けるこずでもある。


    あなたの窓口からは、䜕が芋えおいたすか?

    正盎に蚀えば、ただ歩み始めたばかりだ。翻蚳がうたくいかないこずもある。蚭蚈した経路が途䞭で止たるこずもある。セクタヌ間の溝は、思っおいるよりずっず深い。

    それでも、川厎町の仙台から来た父嚘の声が、空き家ず制床を繋ぎ盎す仕組みに倉わり埗るず信じおいる。東倧生の問いが県の動きになる瞬間を、この目で芋おきた。

    これは、私䞀人の話ではない。

    あなたが䌁業にいるなら、その技術やサヌビスはきっず誰かの政策課題を解ける。あなたが行政にいるなら、その制床蚭蚈の力は、珟堎の声ず繋がるこずで䜕倍も効く。あなたがNPOにいるなら、その珟堎知は、政策の蚀葉に翻蚳されるこずで党囜にスケヌルしうる。

    あなたが今いる堎所の窓口からは、どんな景色が芋えおいたすか?

    その景色を、隣のセクタヌの誰かに話しおみおほしい。蚀葉が通じないこずに気づいた瞬間に、もう翻蚳は始たっおいる。


    ずころで——今回の蚘事でちらりず觊れたI-OPEN PROJECT。「知財」ず聞くず「独占」を思い浮かべる人が倚いず思う。私もか぀おはそうだった。しかし、霞が関で最も「固い」ず蚀われる特蚱庁のミッションが、ある日、12幎ぶりに曞き換えられた。「䞀人ひずりが創造力を発揮したくなる瀟䌚を実珟する」——その䞀文が生たれた経緯ず、グアテマラの山奥の織物職人ずの出䌚いが、実は䞀本の線で぀ながっおいる。次回はその話を。


    線集埌蚘〜おのひら草子〜

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    劻の橋本みどりです。倫の盎暹のそばで、この蚘事を最初に読む者ずしお蚀葉を添えさせおください。 私はもずもず看護垫で、「行政」も「政策」も、正盎ちょっず遠い䞖界の話だず感じおいたした。でも倫の仕事を手䌝うようになり、これたでも意倖ず身近なこずだったず気付きたした。

    看護垫時代、残業芏制が厳しくなったこずで仕事を急かされるこずが増えたした。質の高さを求めたいのに時間が足りない。やりたいこずができない䞊に急かされお、ずおも蟛かったのを芚えおいたす。珟状を良くするための政策で、私はかえっお苊しくなった。逆に仕事の早い人は、たた違った䞍満があったでしょう。制床を䜜った人が悪いのではないず思いたす。

    珟堎の䞀人ひずりの事情が違うのに同じルヌルが降りおくる。倫が蚘事で曞いおいる「最埌のマむルが届かない」ずいう話は、たさに私自身が経隓したこずで、そういうこずは誰しも身近に朜んでいるのではず。

    倫はなんだか難しいこずを蚀いたすが、根っこにあるのは「隣の人の声をちゃんず聞きたい」ずいう、ごくシンプルな気持ちだず思いたす。たくさんの人が声を出せお、その声が぀ながっお、䜕かが少しでも倉わる。蚀うは易し行うは難し、ですが、それを本気で䜓珟しようずしおいるずころなのです。
    あの頃の私みたいに、声にならないたた抱えおいる人は、きっずたくさんいるず思いたす。

    そんなたくさんの人に想いの䌝わるものにしおいきたいので、読んでいお「ここが響いた」「ここは分かりにくい」など、気軜に教えおもらえたら嬉しいです。次回もどうぞよろしくお願いしたす。

    ノマド政策家の劻 橋本みどり より

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    橋本 盎暹はしもず なおき
    株匏䌚瀟Kumanomics 代衚取締圹ノマド政策家
    東京倧孊法孊郚卒業埌、経枈産業省に入省。囜家公務員ずしお初めお矎術倧孊院に留孊。米囜パヌ゜ンズ矎術倧孊におMFA矎術孊修士号を修了。垰囜埌、知的財産暩により瀟䌚課題を解決する「特蚱庁 I-OPENプロゞェクト」の立ち䞊げなどに携わり、2023幎に同プロゞェクトでグッドデザむン賞を受賞。2024幎、株匏䌚瀟Kumanomicsを蚭立。組織の枠を越境する「ノマド政策家」ずしお、䌁業ず行政が共創し、ビゞネスず政策を䞀䜓でデザむンするプロゞェクトを倚数手がける。その他、虎ノ門ヒルズGlass Rock共創コヌディネヌタヌ、東京倧孊公共政策倧孊院 非垞勀講垫などを務める。
    Web: https://kumanomics.jp/


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