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Photo byyukiao

債務者/短編未満#7

    彼女と一緒に呼吸していた。彼女の存在が消え去ったとき、一緒に呼吸していたのは呼吸のリズムだけで、彼女の呼吸の一部を担っていなかったことに気付かされた。一度ズレたリズムは戻らない。この世界が彼女を忘却したことは、ズレたリズムに気づかないふりをしていた私への罰だった。


    「一緒に水中に潜ってよね。」
    彼女との水中のダンスは不自由だった。でも、その不自由さが私達の全てであり続けた。

    「魚が水中から出る自由を持っているように、私は水中にずっといる自由を持っている。」
    彼女の分まで呼吸できない。私は彼女の分の酸素を地上で吸ってから潜ることにした。

    「私はずっと選び続けているの。だから、私の自由は十全に発揮されているの。それが私の権理だから。」
    彼女は、私と会うときは深く、深く深呼吸をする。まるで、彼女の中の酸素を交換して新しい存在になろうとしているかのように。

    「私は運転できないの。自分のことすら運転できないのに。」
    彼女は彼女自身に対して他者であった。私は彼女の何だったのだろうか。

    「分からないから分かり合おうとするの。分かってしまったら、もう分かり合えないんだから。」
    彼女は結果を決して受け入れない。彼女の存在は、彼女の過程の現実態でしかなかった。

    「好きだけど一緒に居られない。ううん、好きだから一緒に居られない。」
    月に一度、私は彼女を愛してはいけない存在である
    と自覚する。それは私への罪だった。私達はなにも間違っていなかった。何も間違っていなかったから破滅したんだ。


    彼女は、海に向かって諳んじていた。それは私の気持ちそのものだった。

    「愛するひとに裏切られる。そのひとに手紙を書く。私が相手になりかわって自分自身に語った言葉を、相手がそっくりそのまま返してこないわけがない。
     債務者。人びとはわれわれに債務を負っている。われわれが与えられて当然と思いなすものを、われわれへの債務として負うのだ。この債務を免じてやらねばならない。
     人びとはわれわれが想像でつくりあげた存在とは別物である。これを受け入れることは神の自己放棄をまねるときだ。人びとがあるがままに存在することを受け入れねばならない。
     受難、すなわち人間の尺度に転移された、創造の放棄。
     わたしもまた、みずからが想像でつくりあげた存在と別物である。これを知ることが赦しである。」
    『重力と恩寵』
    シモーヌ・ヴェイユ

    『債務者』

     
     
     

    merci

     
     
    都内の大学院に通う博士課程学生。歴史や思想の研究をしながら、エッセイや小説を書きます。大学院の話をすることは苦手ですが、日記も公開しています。 メンバーシップはお試し中です。何もありませんが、そちらもぜひ。

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