
笑って暮らせりゃ
先日、娘の引越しを手伝った。
娘は年内に結婚を控えていて、そのお相手と新しい生活を始める準備中だ。
最近、娘の結婚や引越しの話題が続いたせいか、ふと昔を思い出すことが多くなった。
ボクと妻が出会い、結婚し、一緒に暮らし始めたあの頃。まるで昨日のことのように感じる。
娘は今、20代前半。
初めて会ったのは彼女がまだ2才の頃だった。
ボクと娘は血が繋がっていない。
娘は二人いる。
どちらも妻の連れ子だ。
今の時代、それも珍しいことではないだろうけど、やっぱりちょっと「え?あ、そうなんだ…」ってなるよね。それに対してはとくに何も思わないが、そういう空気はやっぱり感じる。
まぁ、そういうこともあり、新しい生活に期待を膨らませ、嬉しそうにしている娘を見る目は、もしかしたら普通の親(血の繋がりがあるという意味での)とはちょっと違うのかもしれない。
もちろん娘はボクのことを「お父さん」と呼んでくれる。でも、本当にそう思ってくれているのかな……なんて考えてしまうことがあったりなかったり。
でもそんなことは聞かないし、聞いてはいけないように思う。
正直、今が幸せならそんなことはどうでもいい。
笑って暮らせりゃ勝ちである。
と、こんなことを書いているうちにひとつ思い出したことがある。
それはこの子たちを娘にすると決めて、何をしてあげたかったのか。
それは「普通にしてあげたかった」だ。
この普通というのは、父親がいないから寂しいとか、できないとか、我慢するとか、そういう思いをせず、普通にお父さんとお母さんがいて普通に仲良く楽しく暮らすということ。
決してひとり親を否定しているわけではないし、悪くいうつもりもない。
普段は血の繋がりを意識することはない。むしろこういう人生において大事なイベントがあるときに、「あ、そういや血繋がってないんやった」くらいのものである。
でもたまに、ボクが父親になって娘たちは幸せになったのかな?なんて思うときがある。
今になってみれば、もっとこうしてやれば良かったなと思うことが沢山ある。父親として良い時期もあれば悪い時期もきっとあっただろう。
それでも妻とふたり、ここまで何とか育ててきた。
そして、娘たちがいま笑って過ごせているのなら、「父親になる」という最低限の務めは果たせたのかなと思う。
なんか死期が近いような感じの文章になってきたけど大丈夫、まだ元気です。
子供と血の繋がりがあれば幸せ、なければ不幸せということではない。ボクはいま幸せだから。そして、この子たちを娘にしたことになんの後悔もない。
でも、血の繋がりはあった方がいい?なくてもいい?と聞かれれば、あった方がいいと思う。そして、そのまま幸せになれたら一番いい。
だから娘よ。
そのまま幸せに向かってまっすぐ進み、
お父さんとお母さんを超える幸せを手に入れてね。
お父さんより
あとがき
これは余談だが、引越し先の部屋を掃除していた時にネズミの糞が出てきた。娘は「絶対ムリ!」とのことで、代わりにボクが掃除した。
たったそれだけのことだったけど、久しぶりに頼られた気がしてちょっと嬉しかった。そして、そんなことで喜ぶ自分に可笑しくなった。
笑って暮らせりゃ勝ちである。