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大勢の雑談で、わたしがわたしを監視する

飲み会があった。
職場でも、友人同士でも開催された。
人の群れの中で、わたしは様子を伺う捨て犬のように、
しんとした置物になりがちだ。
「もっと変なこといっていいよ、出していいよ」
そんなことを言われた。
こちとら言いたいよ、変なこと。
あるのか?ねえ、わたしの中にそんな変なことがねえ。
おなかの中には、飲酒と会話の間につままれたごく普通の鶏肉が詰まっている。

雑談のどこが苦手なの?

  • 経験が足りなくてテンプレートが少ない。

複数人で集まった時、
しんとする瞬間がある。
そういうときに使う鉄板ネタがあって、
みんなが笑ってくれる時もある。
うけてる、うけてるwククク・・・w
でもその鉄板ネタがなくなると、
自分の中からなかなか話題が引き出せなくなる。
しかも、鉄板ネタがまだプロフィールを詳しく知らない頃にしか使えず、
いっこ終わったら、なんにもなくなる。
会話で、ある程度のテンプレートを持つことは大事かもしれない。

  • 人にどう思われるかという恐怖が大きい。

「今、みんな私を見てる」
そう思った瞬間、頭がまっしろになる。
ひとりでゆっくり文章を書く時は、いろいろな考えが引き出せたりもする。
なのに、人の注目が集まると、その考えを取り出せなくなる。
引きこもり経験が長すぎたのかもしれない。
昔メンタルクリニックで、社交不安障害(SAD)のパンフレットを渡された。
わたしって10代の頃の不登校をきっかけに、いつのまにか人が怖くなっていた。
本当にどん底の時は、人とすれ違うたびに悪口を言われているような気がしていた。
みんなにうっすら嫌われている気がするという感覚。

酒のちからがないとむりかも泣
己を解放してあげなさい。
わたしは監視されています!
わたしのことを一番監視しているのは、わたし自身だ。
みんな、わたしにどんな欠けてる面を見つけても、
明日には忘れてたり、
会話ネタで消費して少し経てば話題からも消え去るだろう。
どんなにばかにされても、嫌われても、
ころされるわけじゃないし。
でも、人に好かれないと、人の群れに適応できず、
くいっぱぐれて、死につながるという恐怖が本能的にあるのかもしれない。
本能には抗えないとこがある。

  • 楽しむということを忘れてしまう

会話をうまくしようとすると、義務的になってしまって、
楽しむことを忘れる。
酒のちからは監視を少し弱めて、楽しむことを思い出させてくれる。
でも若い頃とちがって、ばかみたいに飲めなくなったし、
なによりシラフでだって楽しみたい。
理性となかよくしながらも楽しむことを目指したい。
自分の中から自然と湧き出てくる話題を、
「話したい」に身を任せてしゃべりたい。

果たして本当にわたしの中に「変なこと」があるのか

「変なこと」ありますかー?
おなかの中に問いかけてみる。

変なこといいたい気持ちはある。
でも笑いのセンスがあるとは思わない。
お笑い界での経験数が少ないし定石もない。
わたしって芸人なのかな。
しかもそういうことだけじゃないと思う。

じゃあ「変なこと」ってなんだ。
お笑い的にウケる表現、
周りとズレたことばの表現、
マイナーな趣味、
予測と違う言動を取る、
希少な習慣とかかな。

「変なこと」があったとしても、会話の速度に合わせて引き出すことができないと思う。
「変なこと」はあるかもしれない、ないかもしれない。
もしあったら、その場で引き出せるように、
監視員に知恵の輪でも与えて遊ばせておいて、
楽しむことを思い出していこうか。
しなないよ、大丈夫。
食糧はあるし、家もあるし、ネットというよりどころもあるし。

クアッカワラビーのみなさんも、監視員に知恵の輪をあげよう。


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