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青春の擦火傷【小説】

    あらすじ
    主人公武岸深青ぶがんみあおは夜間高校に通う男子高校生。
    趣味以上の生きがいとして、『ファルゴ』という壁を走ることができる靴で走ることに熱中していた。
    それ以外の趣味として、お気に入りのVtuberがいた。
    彼女は『あおいろあおむし』。
    病気か何かでうまくしゃべることができないのに、Vtuberをやっている。
    そしてたまたま深青はコンビニでうまくしゃべれない女の子と、店員が言い争っているのに遭遇する。
    彼女は『あおいろあおむし』本人だった。あおむしは柚澄ゆずという名前だった。
    仲良くなりたかった深青は、柚澄をファルゴに誘った。
    柚澄は深青とファルゴで走ることを始めたが―――?

    青春の擦火傷せいしゅんのさっかしょう


     
     空気を切り裂いて飛び込む。
     生まれる。
     生きているからこその呼吸に肺が震える。
     ここでは何度でも生まれ直せる。
     空に傷跡は残らないから、何度も切り裂いた。
     とはいえ廃ビルの壁面はずたずただ。僕たちの心に似ているのを、あえて無視する。
     
     今は令静れいせい十二年。
     武岸深青ぶがんみあおは立ち回りに自信があった。
     自分を引きちぎるように何回でも生まれる。
     少しでもマシな自分が生まれるように祈るようなガチャ。
     ビルの屋上から飛び出して、壁を駆け回って――――。
     うるさすぎる風切りの音と、バンドマンの絶叫がイヤホンから零れる。
     
     イヤホンで爆音。耳がぐちゃぐちゃになりそうなほど鳴り響いている。
     本当はいけないことだ。罰金もの。イヤホンをしてファルゴなどの移動手段を使うことは禁止されている。
     でもここは深青の縄張りだから。
     入ってきたやつはみんな追い返しているし、掃いて捨てるほどいる死にたがりのガキに興味がないサツはやってこない。
     この腕で―――この場合は脚?
     何でもいいけど何かをつかみたかった。
     
     空間をブレードで切り裂け。
     ファルゴを知らない者にはその姿はバレリーナにも見えるだろう。あるいはフィギュアスケーターにも。
     美しく、しかし体を酷使する。
     気の遠くなるような訓練の果て、一瞬を切り取るとそれは絵になる。
     
     地面だけではなく、壁も走る靴。深青の足を覆っているのはそれだ。
     靴には強力なブレードがついていた。
     街の壁は傷だらけだ。青い若者たちが駆け抜けるから。
     靴はファルゴと呼ばれている。
     
     ファルゴット・ファイトという戦いがある。
     靴の片方には前に飛び出したナイフのようなものをつけるルールがある。
     ナイフ同士をぶつけて、折れたり外れたりした方が負け。
     ルールはナイフ同士をぶつけることしか有効打にはならない。
     空中で折らねばならない。
     少年少女が声を上げて戦う。
     バトルに明け暮れる者たちと違って、深青はひたすら走ることだけに興味があった。
     走る、というか。落ちる、というか。
     ビルから落ちる。
     それは自殺だ。
     でも魔法の靴があれば、それは自殺に似た何かでしかない。
     もしかしたら失敗して死ぬかもしれない。
     いつもそれを願っているのかもしれない自分の存在を、心臓の裏側で感じていた。
     夜明けはいつも眩しくて冷たい。昼間は隠れる場所も少ない。
     深青は夜にばかり潜る。まるで逃げるように。爆音が停止し、タイマーが鳴った。
     舌打ちをして、魔法の靴を脱いだ。深青を遠くに連れて行ってくれる靴。気に入っている服のショップバッグに放り込んで、代わりに出したスニーカーに履き替えた。
     ずっとずっと弱くなった気がした。
     
     あめふりあおむし、というVTuberを夜間高校でイヤホンをしてずっと見ている。
     同時視聴者は20人くらい。
     目がほとんど隠れた、フードを被ったいもむしの体の模様っぽい柄のパーカーのショートカットの少女らしいモデルが揺れている。
     同接耐久100人!とテロップが出ているが、高すぎる目標だ。今日も難しいだろう。
     滑舌が悪い―――なんらかの病気があるのかもしれないレベル。彼女は懸命にしゃべったり歌ったりしている。歌がまた絶妙に音痴だ。でも深青はなぜかずっと彼女の配信を見続けている。
     名前を呼んで欲しくてスパチャを投げた。300円だけど彼女は本当に嬉しそうに喜んでくれて「あ! ありあとう、み、あ、さん!」と言った。
     勉強なんてろくにできない連中が席を連ねて、スマホを見たりたまに寝たりしていた。
     その中で、こんなでかい図体で、震えながら、スマホと音楽にしがみついた。
     ロックバンドの兄貴たちが、苦しみを振り払うように声高く叫ぶから、深青もガワだけは人間でいられた。
     
     ☆
     
     帰り道は飲み屋もちらほらあって煩わしく、深青は音楽の海に沈む。
     マスターゴールドでも買って飲もうと思って、コンビニに入った。
     ここはセルフレジがあるので、たまに利用していた。セルフレジは大袈裟でなく命綱みたいなものだ。
     だが、珍しく有人レジの方で言い争いをしているようだった。
     店員と客がレジを挟んで向かい合っている。
     客はだぼだぼの水色のジャージを着た若い女に見えた。
    「もう帰ってくんねえか」
    「あ、の。うめ、に、うあ、うの」
    「わかんねえよ。もうちょっとはっきりしゃべれよ」
     店長らしい年嵩の男性スタッフは相手が女の子と見て、最早敬語も使っていなかった。
     ショートカットの女の子の顔は真っ赤だった。
     その声と喋り方にひっかかった深青は、それとなく近づいた。珍しいことだった。
     彼女が必死に震える手で握りしめているスマホをちらりと見る。
    「うめに、うあうの!」
    「……くじ?」
     ばっと顔がこちらを向いた。青いカラコンがきらっとした。すっぴんに近い薄化粧だが、泣きそうだった。
    「ちょっと見して」
     やや反射的という感じでスマホがこちらを向く。
    「おじさん、くじだって。『夢に歌う』っていうゲームかアニメかなんかの。今日開始らしいよ」
    「ええ……? そんなもん」
     深青は身長、178センチだ。
     急に低い声の男が現れたことで、強気だったスタッフはぶつくさ言いながらバックヤードの方へ歩いて行った。
     黒ずくめに黒いマスク。怖いだろうと思って彼女の方は見なかったが、あまりにも救世主を見るような目つきが突き刺さるようだった。
    「あの……出し忘れてました」
     バツが悪そうな顔でくじがたくさん入った箱をスタッフは持ってきた。
     女の子は顔を輝かせて拍手した。
     よっぽど好きなんだな。
    「今すぐ並べられないんで、引いてくれたら景品を持ってくるから」
    「だって、何回引きたいの」
    「あう、えーそうがでうまで」
    「A賞が出るまで? 金持ってんね」
     神様の計らいのようにコンビニには客が入ってこなかった。
     そこで、深青はなんとなく隣にいて、彼女がA賞のフィギュアを手に入れるのを見守っていた。
     
     ☆
     
     彼女がたくさん持ってきたエコバッグにやたら線の細いイケメンのグッズを詰め込むのを手伝い、ヒロインとイケメンが手を取り合っているフィギュアも入れて、深青はしおれたスタッフにマスターゴールドを渡して会計した。
     それでふらりと店を出ると、二分ほど遅れて、「すいまへん」と大阪弁のような感じで声がかけられて、その必死さに振り向くと、バッグをたくさん持ったあの子がコンビニのビニール袋を持っていた。
    「お、おれい、れす」
    「お礼? いいよ」
     彼女は頑固に首を振った。
     コンビニの袋を広げて、のり弁とミートソースパスタが入っているのを見せ「すいなほう、ろうろ」と言った。
     もらった方が角が立たないだろう、と深青はミートソースパスタを手に取った。
     彼女はにっこりと笑って、きれいな歯並びが夜のネオンにちらりと照らされた。
     
    「……あおむし?」
     
     ふと呼んでみた。
     彼女は再び首まで真っ赤になった。
     当たりか。
     彼女は配信者のあめふりあおむしだ。
     こんな偶然あるもんなんだな。
     深青はほんの少し高揚していて、それが『楽しい』という感情だとまだ気づかなかった。
     
     人気のない公園のベンチにひとりひとベンチという人見知り全開の距離で腰かけ、深青はミートソース、『あおいろあおむし』はのり弁をもそもそと食べた。
     家であたためればもっとおいしいだろうが、あおむしを家に連れていくわけにもいかないし、あおむしの家に乗り込むわけにもいかない。
     でも離れがたい。
     そんなふたりで、深青はぼーっとしていたが、あおむしは会話の糸口を探しているかのようにちらちらと深青の方を見て、のり弁をハムスターみたいにもぐもぐしていた。
    「あの、あなはは、だれ?」
    「あー……みあ」
     コメントしているハンドルネームを答えたら、あおむしはすぐ笑顔になった。
    「みあ! さん! いつも、すぱち、すぱちあ、ありあとうごあいます」
    「はい……」
    「さっき、は、かっこ、よあったれす! ぼくも、れっかいおとこのこ、らったらなあ」
     自称、僕。まあ今時珍しくないか。
     なんとなくその時、心の中で風が吹いた。
     何かが深青の背中を押した。
    「あおむしは、くじ引いたら帰るの」
    「あい」
    「もし、気が向いたら、ファルゴをやるといいよ。気分転換になるし、早いから履いてないやつは追いつけないよ」
     お守りのように持っているファルゴが、ふと背中の方で生き物のように熱くなった気がした。
     あおむしは興味と不安が同居する瞳をした。
    「こ、あい、かも」
    「俺が教えるよ」
     深青はDBIRDのアカウントのコードを差し出た。若者は大抵持っていて、連絡手段に使うSNSだ。
     MIAとYUZUが繋がった。
     ゆずっていう名前なのか。いや、何かのもじりかも。
    「もしやりたくなったら言って。ショップを案内するから」
    「ん……」
     あおむしはピンク色の頬をして頷いた。
     おそらく数日中に連絡があるだろう手ごたえを感じて、深青の胸は相手に聞こえてしまうのではないかと不安になるくらいどきどきしていた。
     
     ☆
     
     帰宅した。
     あおむしと別れた後も帰りたくなくて、走ったりして時間が過ぎた。
     深夜二十三時。
    「お帰り」
     深青は頬を固くして、「ただいま」とぼそぼそ呟いた。
    「晩ご飯は?」
    「食べる、食べる、食べるよ。もう寝とけよ」
    「乱暴な口利かない。麻婆豆腐作ったから、あたためて食べて」
     深青の母と呼ぶのに不都合はない年齢の中年女性だった。あっさりした顔で特別美人というわけでもなく、頬と額に皺が見える四十ほど。
     深青とはあまり似ていなかった。
     それはそうだ。彼女は武岸しおり。死んだ父の後妻、つまり深青とは血縁関係にない母ということになる。
     母は深青を産んでほどなく死んだ。一人で子育てをする自信がなかったらしい父は、光の速さで再婚したらしい。
     その父も特に悪事を働いたわけでもなく、深青が中学生の時、癌になってぽっくり死んでしまった。
     親子の確執らしきものが宙ぶらりんで、それを置き土産にして。
     
     結局しおりは深青が適当にあたためた麻婆豆腐を飯に盛って一皿食べきるまで、眉間のしわの下の灰色の影が見える瞳で見つめていた。
     深青は耳のそばで蜂の羽音がするような苛立ちに襲われていた。
     黙って席を立つとしおりが「お皿を下げなさい」と言うが無視した。
     風呂に入ってシャワーを浴びようと思ったら、湯船もきれいな湯が張られていた。
     急に何もかも嫌になって台所に戻って皿を下げ、しっかり湯船に浸かって疲れを取り、丁寧に体と頭を洗った。
    「しおりさん、上がった」
    「そう」
    「飯と風呂、ありがとう」
     ぼそぼそと言うと、しおりの唇が固く結ばれていたのがほんの少し緩んだ。
     深青はドスドスと階段を上がり、自分の部屋に入った。
     親しき中にも礼儀あり。礼儀礼節を大切にした生真面目な父の姿が、瞼の奥にちらついた。
     もっと色々と話せばよかったと思ったのは、火葬場で現実味がないカラカラの骨を見てからだった。
     でも、色々と話せばよかったというのは、綺麗事も混ざっているかもしれなかった。
     建前というか。
     そう思うべきという一般常識の刷り込み、というか。
     綺麗に滅菌された家族像。
     スマホを見たがあおいろあおむしの配信はやっていなかった。
     深青は勝手にファルゴの通販サイトを見て、どれがあおむしに似合いそうか、機能的にはどうか調べ始めた。
     しばらくして、寝落ちしてしまった深青のスマホが点灯して、動画サイトの通知が流れた。
     ―――あおいろあおむし『友情や愛情ってなに?』
     
     ☆
     
     いつもスマホを見ているのに、いつもの三倍スマホを見ていた深青の元に、通知が来たのは三日後、夜間高校が終わった頃だった。
    『YUZU』
    「誰?」
     呟いた後、アイコンがだぼだぼの水色のジャージを着た少女の後ろ姿だと気づいて、スマホを取り落しそうになった。
     だせえ、とつぶやいて、そっと慎重にメッセージ欄を開いた。意味はないが自然とそうなった。
    『こんにちは』
    『もうこんばんは、か』
    『ファルゴ、自分でも調べたけど、気になるかも』
    『別に、全員バトルに出なきゃいけないわけじゃないんだもんね?』
     当たり前だが、文字は滑らかだ。
    しゃべるのが困難なあおむしのハンデを思う気持ちもあったが、にやつく頬を隠すように口元に手をやり、返信が早すぎてもキモいかもしれないと一分待ってから返信した。
    『今日ショップ、行く?』
    『最初はしっかりサイズが合った靴の方がいい』
    『別日でも全然いいけど』
     初手、今日っていうのは焦りすぎか? 
     深青は何人か女子と付き合ったことがあったが、向こうから告白され、断る理由がない、とOKしたが『私に興味がない』と似たり寄ったりの理由で振られた。なんなら泣かれた。
     つまり恋愛経験は『あーあ』と思ったくらいで、自分から誰かに興味を持つのは初めてである。
     見た目はそれなりに気を使っているつもりだが、はっきり言って別に恋愛上手なわけではない。
     そもそもこれは恋愛なのか? まだ違う?
     二分ほど間があり、その間ずっと画面から目が離せなかった。
    『行ってもいい?』
     小さくガッツポーズをして頭を抱えた。ダサすぎる。
     でも幸いなことに相手には見えないし。しれっと深青は約束を取り付けた。
     真口駅、西口の大階段下で。
     
     あおむしはタイトな黒いトップスにだぼだぼのカーゴパンツを履いて現れた。
     控えめな胸を凝視しそうになり、慌てて視線をあおむしの額くらいの位置に固定する。
    「行こうぜ」
     あおむしはうなずいた。やっぱりハムスターみたいだ。
     ほんとかわいいな。もしうまく喋れないことを理由にあおむしをはねているやつがいるとしたら、俺がてめーはアホだと言ってやるよ。
     余計なことを考えている自覚はあった。浮かれている自覚もあった。
     でも黒いマスクが隠してくれていることをいいことに、スマートな男のふりをして、ガードレール下のファルゴショップにあおむしを導いた。
    「名前、さ」
    「うん」
    「俺、深青」
    「み、あお、くん」
    「あおむしはゆずって言うの?」
    「ン。ぼ、く。柚澄。柚子が、澄む、クリアになう、へ、書くの」
    「いい名前だな」
     へら、と笑ったのは照れ隠しか。
     深青は赤面しそうになったため、目を逸らしてファルゴショップのドアを開けた。
    「おい、杏果あんか」
    「んーダンジョンクリアするまで待ってー……て、ミアくん女連れ!?」
     パソコンでゲームをしていたらしく、握っていたクリアブラックのコントローラーを放りだしてこっちを向いた女は、あまりにも驚いたのか口から飴を落とした。顔はそばかすだらけで、金髪のセミロング。毛先がオレンジと黒の狐カラーになっている。
    「げっ、飴がダメになっちゃった……あー、しんでるし」
     ばたばたとゲームをポーズ画面にし、レジテーブルに落ちた飴を捨てる。
    「どうもお! 杏果です! んかたんて呼んでね!」
    「呼びにくいわ」
     あおむしこと柚澄は出入り口でかちかちになっていたので、緊張をほどくように手招きした。
     柚澄の後ろでドアが閉じ、杏果が笑った。
     店のライティングのせいで胡散臭いったらない。ドラッグか人身売買でもやっていそうだ。
     柚澄の顔がサーッと青くなる。
    「……っ」
    「あおむし、足のサイズは」
    「えと、にじうさん……」
    「23センチ、色は? 青っぽいのがいいの? 黒?」
     おずおず、とうなずくので、深青は杏果に「だそうだ」と言う。
    「ミアくんが通訳? 豪華じゃん。やっぱ男は大人しいコの方が好き?」
     杏果はそれほど関心もなさそうに笑いながら、立ち上がって棚に置かれているファルゴを見比べた。
     タンクトップにホットパンツで、ニーハイブーツを履いている。へそのピアスが光って、柚澄は目を丸くした。
     ファルゴの見た目はなんというか、具足の足元のようというか、プロテクターのついたアイススケート靴のようだ。
    「23だと女の子用……いや性差別的かもしれんけど、いちおそういうことになってて。女の子用はあんまないんだよね。ファルゴってさ、やってるのはグラフィティとかヒップホップが好きな感じの男子が多いわけ。これも差別的? 難しいな」
    「杏果はにーちゃんがいるんだよ。つええファルガーでさ」
    「野郎どもに囲まれるとこうなんだよね。これも差別的?」
     げらげら笑って、黒のほっそりとしたファルゴを持つと柚澄にパイプ椅子を勧めて、前にしゃがんだ。
     柚澄はショートブーツを履いていたが、ジップアップで脱ぎ履きがしやすいものだった。
    ファルゴを試すことを想定してそれを履いてきたのだろう。その程度の準備が想像できないやつは深青は嫌いだった。
    「よいしょっと」
     杏果はプロテクター部分を外して、靴の部分を露出させた。
     ジップアップになっているので、柚澄は靴を脱ぎ、ファルゴに足を通した。
    「初めて履く時は紐でも調整して、結構しっかり締めてね。定期的にチェックもして。後、ジップアップを上げたらロックを忘れないで。ジップアップを上げたらロック。プロテクターをセットしたらロック」
     壁を走る靴。
     それは事故と隣り合わせの危険なものだ。
     だから基本的に道路の走行のみが認められていて、壁の走行は禁止されている。
     壁の走行ができるファルゴは違法改造されたものだ。
     でもそれは、杏果が口にしたグラフィティのように、ストリートカルチャーになりうるものだと深青は思っていた。
     だって、違法改造されたファルゴで走る疑似自殺だけが深青を救ってくれたから。
     ビルから飛び降りているのを、杏果は知っている。
     でも彼女はそれこそ『男所帯で育った女』だ。危険を好む男の存在を否定はしない。
     わかんないよ、バカだよねと笑うが、腕を引いて止めたりはしない。
     魂が暴れることを欲するのを、理解しているのだ。
    「どう? きつい? ちょっと立ってみて」
     ブレードの部分にガードをつけたまま、杏果は柚澄を立たせようとした。これつけてないと滑っちゃうからとガードを示す。
    「お、おー」
     立って、カツカツと歩く柚澄は立てるようになった幼児の赴きがあり、深青は笑った。
    「女の子を笑うなよ」
    「いや、ひよこみたいじゃない? ペンギンとか」
    「にゃっ」
     柚澄は真っ赤になって、ジト目で深青を見た。
     かわいい。でもその安易に言葉を出したら、今の始まったばかりの関係性が壊れてしまいやしないか。心配になって、深青は悪い、と片手を上げた。
    「よさそうだね。ちょっと走ってみる?」
     杏果は靴のチェックを終了すると、レジの後ろのカーテンをシャッと開けた。
     店の裏はストックのファルゴの箱が積まれていたが、通路の奥にまたドアがあり、見本の靴を履いた柚澄と深青がついていくとガードレール下に繋がっていた。
     ファルゴで走ってもいいように、コンクリートの坂や壁が作られている。スケートボード用の練習場を想像してもらうと近いだろう。
    「今日も持ってんでしょ? ミアくんはいつもファルゴ持ってんだもんね」
     その言い方がなんだか上から目線のようで、一瞬カチンときたが、物言いは杏果の性格であり他意はないことはわかっていたので、素直にショップバッグからファルゴを出した。
     二十七センチのファルゴは、柚澄の足を覆っているものとは存在感が違う。
     プロテクターはマット素材、艶消しの黒。
     靴は黒を基調としたカモフラ柄になっている。
     踵の横に四センチくらいのダイヤルがついていて、これをオンにすると重力操作装置が働いて壁に立てるようになる。
     ダイヤルは暗赤色。靴を履いてロックをし、ダイヤルをひねると目を覚ましたように真っ赤になった。
    「ダイヤルにもロックがあるから、かけるのを忘れねえようにな。走ってる時に動くと危険だから」
     傷だらけの深青の靴を柚澄はまじまじと見た。
     いい気分だった。でも俺、だせーかも、と深青は思った。小柄な女の子の一挙一動にどぎまぎしている。
    「じゃ、ま……ちょっと流すか」
     深青はブレードのカバーを外して、ゆるく走り出した。アスファルトの上を滑るようなイメージだ。
     少しずつスピードに乗って、軽くジャンプするとダイヤルが光り壁に刃が吸いつく。
     壁を駆け上がり、三メートルほどの一瞬でてっぺんに辿り着く。
     ゆらり。
     体が揺れて今度は駆け降りる。
     柚澄は目を丸くした。
    「こんなん数に入らねえわ。外行こうぜ」
    「アホ、ええかっこしいしたいのはわかるけど、履いたばっかのよちよちしてる子連れて外行くの許すわけねえだろ」
     杏果は渋い顔で「とりあえず、五十メートル走」と反対側の壁を指さした。
     深青は物足りない顔で、練習エリアの端の壁際に立った。
     鼓膜に響く鋭い音を奏でて、深青は走り出した。獣の鳴き声のような音が二回、壁際に手を置いて、背中を預けて腕を組んだ。
     柚澄は顔を輝かせていたし、杏果は満足げだった。杏果はメカニックでもある。深青の靴のメンテナンスをしているため、自分の仕事に納得したのだろう。
     深青はふいに軽くジャンプをして、天井にしゃがんだ。
     柚澄が心底びっくりした表情を見せ、杏果は笑いだした。
    「最初からこうすりゃよかった。こっちの方がひれーじゃん」
     天井で走り出す姿勢になった深青。
     しがらみを千切るように、一直線に駆け抜ける。
     風が吹いた。
     柚澄は飛び上がって拍手した。
    「あんなのすぐできないからね、練習大事よ」
     杏果の言葉にうんうんと興奮した顔でうなずいている。
     汗ばんだ深青は、微笑んだ。ここが自分の居場所だと心臓が叫んでいた。
     何もかもをスピードの中にいれば忘れられる。
    「かっこいいよ、ミアくん」
     杏果はからっとそう言って、深青は「やめろよ」と言ったが、急に柚澄が顔を強張らせていたことに誰も気づかなかった。
     
     ☆
     
    『ニュース! ファルガー始めました』
     あおいろあおむしのSNSでは、ファルゴを履いた足元と、ピースサインだけが映った写真がアップされた。
     杏果に「あたしがデコもやってるよ。三千円からだけど一万円くらいだせば、かなりかわいく仕上がる」とセールスを受けている柚澄に「慣れたらにしようぜ」と言って、練習場で走り方と止まり方などをレクチャーしている時、深青は自分の存在に意味がある気がしてずっと幸せだったし、どきどきしていた。
     SNSをスクロールして、深青は急に眉間にしわを刻んだ。
    『RS-X25か。初心者向けだね』
    『んかたんの店だね』
    『エンカ期待』
     などのリプがいくつかついている。
     ファルガーは狭い界隈で男が多い。あおいろあおむしが気が強くないのなんて、五分も動画を見ればわかる。
     YUZUのアカウントに『写真、消した方がいいかも。後、ストーカーにも気をつけた方がいい』とメッセージを送り、迷って『用があったら呼んで』と打ち込んで、送るかどうしようか迷っている時に親指が当たってしまい、送信された。
     ベッドの上でうあああと縮こまると、「深青くん、お風呂!」と呼ばれた。
    「わかったよてきとーに入るよ!」とでかい声で返し、画面に目を戻す。
    『ありがとう、写真消したよ。んかたんに、深青くんのことをガードマンにしろって言われたから、頼ってもいい?』
     杏果よしグッジョブだぞと深青は『やっぱ、俺が引き込んだから。練習とかにも付き合うし』と画面上はクールぶって、ベッドの上でにやにやした。
     
     だが、柚澄からの連絡はここで途絶えてしまった。
     三日、何もなかった。一週間、何もなかった。
     友達でもないのに日常のくだらない話でメッセージを送るのは、距離感がおかしいと警戒されるかもしれない。そう思った深青は、冷たい雨に芯まで濡れた犬のような気分になった。
     
     高校では『進路どうすんだ』の話題が尽きない。
     頭がさほど良くないので、大学はナシ。専門学校に行くか。高卒は今時かなり不利だと教師がだるそうに言う。生徒もだるそうにしている。
     洋楽が好きなので、英語の成績はややいい深青に、教師は『ボランティアの海外から来た観光客の案内人』を勧めてきた。深青は席を立って出入り口にきたところだったが、一応聞く姿勢を作る。
    「進学とか、就職と関係あんの?」
    「お前に必要なのは世界を広げることだ」
     それが深青の心臓をやすりで撫でるようにザラッとさせた。
     人を威圧する時のとびきり低い声が出た。
    「うぜーんだけど。余計なお世話」
    「お前にはもうそれほど時間がないんだぞ。人と関わる力をつけるか、工場とかの作業になるか……」
     それが真実であることはよくわかっていた。
     でも猛烈に耳ざわりだった。
     ゴミ箱を蹴とばすと思ったより大きな音が鳴ったが、深青はもう後に退けなかった。
    「ほっとけよ。俺がどうなったって先公には関係ねーだろ」
    「教え子が野垂れ死んだら胸糞悪いだろうが」
     強い口調で言われて、深青はびくっと肩が跳ねた。
    「こんな学校で教えてるんだ。お前知らねえだろうが、ここに赴任してきてから、何人か死んでんだよ。どんな気持ちになるかわかるか?」
     それが幸せな感情を呼び起こすわけではないだろうことは、想像がついた。
     喋って、もしかしたらちょっと笑ったりして、そうでなくても無口に帰って行った教え子が、骸になって、喪服を着て葬式に出る。
     深青の頭の中はぐるぐるしてきた。
     深青にとっての『死』や『スリル』は崇拝対象だった。虹色の心安らぐ場所だと思っていた。でも、現実は。
     書類と事務的な手続き。冷たくなった死体。もう二度としゃべれない。謝ることも、許してもらえることもない。
     急に父親の色の抜けた死体を見た中学生の時のことを思い出した。
     
     ―――おとうさん。
     
     深青は走り出した。教師が何か言ったが振り向かなかった。
     
     ―――おとうさん。
     おかあさん。
     みんな俺を置いて行く。
     
     だから、俺が追いかけなきゃ。
     視界がチカチカして動機がした。
     その時、スマホの画面が点灯した。
    『来れる? んかたんのところの練習場にいるからね』
     ナイスタイミングだと思った。
     縋るように、祈るようにスマホを握りしめてから上着のポケットに入れた。
     
     ☆
     
    「み、あお、くん!」
     柚澄は嬉しそうだった。膝と肘にプロテクター、頭にヘッドギアをつけて、手にはグローブ。そうか、初心者にはそういう装備もなくてはならなかった。
    「買ったの? 装備」
    「んか、たん、あね。あったほう、あ、いいおって」
     そういうフォローができなかった自分が恥ずかしくなった。杏果の振る舞いは適切だったので頭が下がる思いだ。
    「み、て」
     柚澄はファルゴを履いていた。黒の無骨な靴に、キラキラのラインストーンがついている。商売上手な杏果に一瞬呆れたが、柚澄は自分の靴を気に入っている様子なので、何もコメントしなかった。
     彼女が『見て』と言ったのは靴のことではないと明らかだった。
     
     羽が生えているかのように走り出した。
     ふわっと舞い上がって天井に取りつき、赤いダイヤルが光の尾を引く。
     軽い。妖精のように微かな足音だけが聞こえる。柚澄が振り向いて笑う。
     きれいなブレーキだ。カッ、とブレードが鳴って、あっという間に距離を詰める。
     天井を蹴って落下する時に回転して、着地する。
     少しよろけたので、そっと手を貸したらはにかんだように歯を見せた。
    「めちゃくちゃ練習してたよ」
     ぽんと空中を飛んだのはスポーツドリンクのボトルだ。柚澄はしっかり受け取って、杏果に手を振った。
    「僕、ふぁい、とを、見に、いきあい」
     ほらきたよ。
     深青は少しその可能性を想定していた。
     熱心に練習をしていたことを見せて、『ファルゴット・ファイト』に連れて行けと言われる。
     ……そこから逃れることはできないのか。
     でも、柚澄を縛ることは深青にはできない。
    「おっけ。でも、あぶねえなって思ったら帰るよ」
    「ん!」
     深青はファルゴで走りながら目的地『壊れた地球儀』へ行くことを提案した。
     向かうのは廃墟地帯で、うろうろしてるのはファルガーか浮浪者がほとんどだからだ。
     スピードを出していないと、絡まれた時に厄介。
     柚澄は物見遊山というか、観光気分とまではいかなくても、見たことのない世界にわくわくしている様子だ。でも、深青は危険性について深刻に捉えていた。
     自殺志願者未満の体のでかいガキばかり、大人になれない病人未満もいる。セクハラ以上の危険も考えなくてはならない。柔らかいあおむしなんて潰すのは簡単だ。
     うだうだ考えていたが、次第に頭の中が静かになる。これが走ることの良さだ。
     
    『壊れた地球儀』
     鉄筋で組んだぼこぼこに殴られたみたいな地球儀にも見えなくもないそれには、トランプのカードが突き刺さっているかのように、鉄板が食い込んでいる。
     近づいていくと、ヒップホップとロックバンドとボーカロイドとアイドルソングをマッシュアップどころではない、マッシュしっぱなしのような音が流れていた。DJがいるのだ。
    「ミアだ!」
     青いファルゴを履いた男が深青を指さして、興奮気味に滑り降りてきた。
     目の奥が孤独で冷たく光っている。
     そう、これを見るのがつらくて、深青はここを離れたのだ。
    「弟子? 恋人? 抱き枕?」
    「おい」
    「うそだよ」
     名前も知らない舐め切った男はへらへらと笑って、走って行った。
     柚澄はぶすっとして下を向いた。よくわからないが赤い顔をしている。
    「……ま、一回り観光して帰ろ、柚澄」
    「あ」
    「なに」
    「……ううん」
     今度は上機嫌みたいにはにかむ。難しいな。―――踏み込んで、自分が柚澄を初めて名前で呼んだことに気づいた。なんだか格好悪い気がして、イライラする気持ちと、よくわからないカラフルな思いが胸の中で弾んだ。
     どこかからか持ってきたライトにフィルムを貼ってカラフルな光が降る中、ファルゴット・ファイトは行われていた。
     軽食の売り子がいて、ホットサンドやポップコーンなどが食べられるし、コーラやオレンジジュースもある、アルコールも飲める。電気はどこからか盗んできているのだろう。
     物陰ではドラッグの売買も行われているが、深青はそれが目に入らないように柚澄の手を引いた。
     柚澄は顔も手も真っ赤になっていた。自分も赤い顔をしているだろう。深青は顔を覆う黒いマスクを直した。
     ふとファイトをしているのが見知った顔だと気づいた。
    「杏果のにーちゃんだよ、あれ」
    「んか、たん!」 
     城治ジョージはどっしりと重さのある蹴りを放つ強いファルガーだ。ただし、空中でナイフを折らなくては有効打にならない。ファルゴット・ファイトは空中戦なのだ。ファルガーたちは高速でステージを走り、四方八方の鉄筋から相手を狙って蹴りを放つ。
     一戦九十秒。
     相手の攻撃によってナイフが外れるか折れるかすれば負け。
     ナイフのついている足が空中に浮いている必要がある。ナイフのついていない片足が壁やフロアについていてもいい。ナイフを壁や床にぶつけて折るのは禁止。体への攻撃禁止。
     攻撃を繰り出さないで時間を消費する行為はルール違反ではないが、弱気なプレイとして詰られる。
     城治の見事な蹴りによって、対戦相手のナイフが宙を舞った。
     酔っているものもいて、適当な歓声が上がった。
     女の子のファルガーが『城治』と名前とハートマークが飛び散っているうちわを振り回していた。
    「これは見物! ネクストカード!」
     トークで場を回す解説者が興奮した口調でメモを振り上げた。
    「帰ってきたミッドナイト・ブルー! ミア!」
     観客が半分ほどどよめいた。残り半分は誰それ? という顔だ。
     というか、なぜ勝手にエントリーされている?
     深青は苦虫を嚙み潰したような顔をして、ぐるりと周囲を見渡した。
     最初に話しかけてきた男が嬉しそうに手を振っている。バカだ。
    「帰ろう……」
    「えっ」
     柚澄は頬を染めていた。興奮でだ。深青の―――ミアのファイトが見たいのだろう。
     瞳にライトが反射してきらきらしている。
     あーあ、これに勝てる方法があるなら教えて欲しいわ。
     観客席に戻ってきた城治に、「杏果の客だから、見てやって」と柚澄を預けた。城治は思いっきりにやにやしながら、グッドサインを見せた。ファンもいるが、ものすごく怖い彼女がいるから、浮気はしないだろう。なんだかんだ真面目なやつだし。
     深青がステージに上がる。
     鉄骨が複雑に絡み合ったステージだ。相手は見ない顔で、「オワコンが帰ってきたって?」とからかってきた。知らねえよ。
     左足のファルゴに手渡されたナイフをつけた。
     
    『3,2,1』
     
     カウントの後ブザーが鳴った。
     相手が突っ込んできた。
     ミアはふいとしゃがむような仕草をして、足を振り上げた。
     なんだか情けない軽い音がして、ナイフがフロアに落ちて転がった。
     ミアの左足にはナイフがついている。
     観客が歓声とどよめきで湧きあがった。
    「誰がオワコンだって?」
     
     優しい、いっそ甘いような声で囁くと、膝をついていた負けた男はそそくさと戦場から出て行った。
    「帰ろう、柚澄」
     城治の横で三分の一くらいの大きさの柚澄が座っていた。
     彼女の目は輝いていた。
     口が半開きで、はわわわ、というような音が零れている。
     なんとなく嫌な予感がするなあと思ったけれど、深青は柚澄に向かって手を差し出した。
     柚澄は深青の顔と手を交互に見て、おずおずと手を重ねた。
     ぐいと引っ張って立たせ、城治に「ありがとな」と言って、少しだけ強引に『地球儀』を出た。
    「み、あお、くぅ」
    「なんだよ、柚澄」
    「あん、ね……」
    「ファイトは教えないよ」
     ちらりと肩越しに振り向くと、がーんと顔に書いてある。
    「野郎どもが多いし、女のファルガーも性格悪いやつ多いから」
     やや大袈裟というか嘘も交えて言うと、柚澄が食い下がった。
    「んか、たん、は……」
    「あいつはメカニックだよ。ファイトには出ない」
     昔はやっていたが、柚澄はそれを知らない。
     とってもしょんぼり、と顔に書いてある。
     柚澄みたいな華奢な若い女性が『地球儀』に出入りすることには不安しかなかった。
     こうなる可能性を考えたから連れて行きたくなかったのだ。
     でも、自分に柚澄を閉じ込める権利なんてあるか? ない。
     
    「ファイトに出るようなやつは、どっか歪んでるんだよ」
     
     それは自分も含めた皮肉だった。
     でも自分を下げてでも、柚澄を守りたかった。
     思いは全て口に出すと、タイミングが悪かったり重かったりしてしまう気がする。
     だけど、思っているだけでは伝わらない。
     難しいなと思った。柚澄には届いているだろうか。それとも深青の思いは重すぎるのだろうか。
     
     ☆
     
     そして全てはいつも通りに戻ったように見えた。
     柚澄からはたまにどうでもいい内容のメッセージが届くし、あおいろあおむしは今まで通りの配信を続けている。ファルゴの話は出てこない。
     柚澄はオンラインで美術大学の講義を受けているらしい。全部受けると卒業資格ももらえるとかで、自宅で完結するし基本的に喋らなくていいようにチャットやメールを使わせてもらっているそうだ。デザインの勉強をしていると言っていた。バイト的に同人誌のデザインを作ったりもしているらしい。
     ファルゴを知ってからグラフィティのかっこよさに目覚めたらしく、深青にそのことを語った日もあった。 
     深青は夜間高校でだらだらとあおむしの配信を見ている。
     教師からはなんとなく心配そうな視線を向けられて、それでも何も言われない。
     うざいと思ったが、前ほど突き離せなかった。
     
     しおりとは喧嘩になった。
    「あなたが危ないことをしているのは知っている」と彼女は言った。深青が隠していたファルゴを撮影し、画像検索してファルゴやファイトについて知ったのだ。でも、ずっと黙っていたそうだ。
    「ほっとけよ! お前なんか他人なんだから、俺のことなんか構うな」
    「あなたは子供よ!」
     ぼろぼろと涙をこぼして、しおりは目を真っ赤にした。
    「一人で生きていけるの? あたしのご飯を食べてる子が、そんなことできるの? それに、あなたは」
     喉が詰まったような顔をしたが、しおりはその詰まったものを吐き出した。
    「あなただけが、あの人の残したものなのに。大切じゃないはずないじゃない」
     耐えられなくて家を出た。
     負けを認められないなんて格好悪い。でも、深青にはまだ無理だった。
     
     一番の問題は、走るのが前より楽しくなくなったことだった。
     
     一人には慣れているはずだった。一人を愛しているはずだった。
     でもなんのことはない、さびしがりの深青が泣くのだ。
     心の中ではもうひとりは嫌だと、誰かと笑いあいたいと泣くのだ。
     スピードはなおさら上がった。もう嫌になった。
     
     父が死んでから、ネットサーフィンに依存するようになって、ファルゴの動画を見た。
     ファイトをしたり、スピードを競ったり。
     そこには若者の叫びがあった。
     痛い。痛いよ。見えないところが痛いんだ。心なのか、頭なのか、もうわからない。
     叫びのぶつかりあいに深青は救いを見出した。
     深青にファルゴを教えてくれた人はもういない。
     死んだという噂も、靴を脱いでリーマンになったという噂も、どちらも聞いた。
     冷たい孤独の目をしていたが、優しい人だった。地球儀に初めて行った時に財布をすられた深青に、千円くれて「これで帰れよ」と言ってくれた。
     
     あんなに―――楽しかったのにな。
     そう、最初は『楽しかった』のだ。
     転ぶのさえ楽しかった。危うく大きな怪我をしそうになったらぞくぞくした。
     
     流れ作業的に走っていた深青は、珍しくミスをした。
     地面に激突しかけて、深青はぎりぎりで受け身を取った。じんと肩がしびれた。
     地面に激突はしなかった。じゃあ、もう、自分がここで死ぬことはないんじゃないか?
     ここで終わるべきじゃないんじゃないか?
     
    「世界を変えられるのは自分しかいない」
     
     選ぶのはいつだって自分だ。
     深青はファルゴを脱いで、背負っていたバックパックから出した自分のスニーカーに履き替えた。
     
     ☆
     
    「……しおりさん」
     帰宅して味噌汁の味見をしていたしおりに話しかけると、そんなことはこれまでほとんどなかったので、ガチャンとお玉を鍋にぶつけた。
    「あらいやだ。なに、どうしたの」
    「色々と……ごめん」
    「そう」
     しおりは少し雰囲気が柔らかくなって、お玉を小皿に置いた。
    「それで?」
    「別に……女のひとって、その、何をもらったら嬉しい?」
     ぼそぼそと視線を逸らして言う深青に、しおりは笑みをこらえる表情になった。しかし、真面目な眼差しで言う。
    「あなたが心を込めて選んだものを、バカにするような女のひとはやめた方がいいわね。でも、わたしの欲しいものと、きっとあなたの何かあげたい人は全然違うんじゃないかしら」
    「……つまり?」
    「深青くんが、相手のことを思って、好きそうなものを選ぶので十分っていうことよ」
     しおりはまっすぐに深青を見つめていた。
    「相手のことを考えてごらんなさい。自分の目が見た相手の人のことを考えて、プレゼントで答え合わせしてごらんなさい。うまくいったら必ず喜んでくれるはず」
    「……簡単な答えはくれねえんだ」
    「高校生にブランドバッグをせがむような女の子はやめなさいね」
    「うっせーなそういうんじゃねえよ」
     反射的に相手のことをかばうような言葉が出て、はっとするとしおりは微笑んでいた。
     
     風呂上がりに教科書を開いてみたが、サボりにサボっているので何もわからない。
     友達もいないので、たずねる相手もいない。
     一瞬柚澄に聞いてみようかと思ったが、バカがばれるのが恥ずかしさの極みだと思ったので、AIに聞きながら少しずつ勉強を始めた。
     
     そして、半年が経った。
     柚澄とは会わなかった。本当はすごく会いたかった。
     でも、ファルガーをやめた自分には何もなくて、何かなければ彼女に会うのにふさわしくない気がした。
     最初は楽しそうなメッセージ、『地球儀』に誘うメッセージが何度も届いた。けれど、勉強をしたいと言ったら、納得したのだろう。当たり障りのないメッセージしか来なくなった。
     ほとんど深青は走っていなかった。
     風が恋しくて、靴を履いた日もあったが、なぜかパズルのピースが合わないみたいに嚙み合わない。
     高校の担任に勉強を教えてくれと頼みに行ったらなぜか泣かれ、勉強ダメだが頑張ろうチームというダサすぎる仲間ができて、カラオケとかファミレスとかでちょっとだらだらすることもやってみた。案外悪くなかった。
     柚澄とは関係が切れることはなく、日常的な話をちょこちょこ話していた。
     でも、お互い腹の中に何か抱えているのが薄っすらわかっていた。
     柚澄の腹の中はわからない。
     深青は、もっと柚澄に近づきたかったし、できればデートもしたかったし、でもそうすると友人という肩書は捨てなければならない。それぐらいはわかる。
     柚澄は、ファルガーの深青と会いたいのかもしれないと思うと寒くなって、自分を励ますようにぐっと奥歯を噛んだ。
     
     毎回零点だったテストが、五十点くらいになって、担任は嬉しそうに頭を撫でようとしたので、犬じゃねえよ、やめろ、とその手を振り払った。
    『柚澄、あのさ』
    『どっかいかない?』
     メッセージを送ったら、心臓が破けそうなぐらい高鳴った。
     テストで五十点はまだ自慢できるものではなかったが、限界だった。
     これ以上距離が開いたままは嫌だ。
     柚澄。
     返信は速い時もあれば遅い時もあるので、今のタイミングがいいのか悪いのかわからないが、とりあえず送信した画面を見つめていたら、たまたま向こうもスマホを見ていたのか返信があった。
    『いいよ! 一緒に走ろう』
     チリッ。肌の上を違和感が走った。
     ……そうか。柚澄はまだ走るのが好きなのか。とはいえ、柚澄と一緒に走るのは楽しいかもしれない。一人で走るのが寂しくて嫌になっただけで、ふたりなら楽しいかも。
     そう言い聞かせ、深青は『おっけ』と送った。
     日程と時間を決めて、待ち合わせすることにした。
     
     久しぶりに会った柚澄は、少し雰囲気が変わっていた。
     髪の毛先を金髪にして、だぼだぼしたファッションジャージではなく、スポーツウエアのジャージを着ている。下半身はレギンスにショートパンツで、足には前より筋肉がついたようだった。立ち姿が違う。全身の筋肉量が上がっているはずだ。
     そして……柚澄は、自信が体から溢れていた。
     ほがらかに笑って「み、あお、くん!」というのは変わらない。
    「はし、おう!」と言ってファルゴを忙しく履いて、けれどロックはきちんとチェックして、手を引く。
     風が全身を包んだ。
     安定感のある走りだった。
     
     それだけでもうわかってしまった。
     置いて行かれている。
     深青が一番嫌なことだ。
     ファイトを離れて積み重ねたことが、砂のように崩れていく気がした。
     柚澄が価値を見出したのは、深青が置いて行ったものだった。
     
     柚澄は笑いながら、深青を連れて行った。
     行く場所はわかっていた。
     
    『地球儀』ではファルガーたちがハイエナのような目で深青を見ていた。
     その中央にいるのが柚澄だった。
     繋いだ手の温かみが悲しかった。
     
    「僕と、た、た、あおう、み、あお、くん!」
     
     柚澄は純粋な瞳で深青を見つめていた。深青は恐ろしいものを見る目をしていただろう。
     柚澄が怪訝な顔をした。
     深青は走るのが好きだったはずだ。だから、自分の誘いは深青にとって楽しいはずだ。
    さあじゃんけんしよう。一緒に遊ぼう。そう言うみたいだった柚澄が、黙っている深青にじわじわと怒りの表情を見せた。
    「き、み、も、け……っきおく、僕、を、よあいと、思っ、てる」
     涙が目元に滲んでいたが、その表情は憤怒そのものだった。
    「よあい、から、ま、もって、くえたん、れしょう? ずう、と、たい、せつ、に、しえ、くれ、た」
     柚澄は懸命に喋った。舌は動きづらいだろう。口に痛みが出ると聞いたこともあった。
     滑らかに話すことが当たり前じゃない生活、それはどんなものだろう。
     あれほどかわいいと思っていた柚澄が、深青に戦いを挑んできた。
     対等になりたい。
     その思いをひしひしと感じた。
     きっとたくさん負けただろう。フロアにうずくまって苦しんだ日々もあったはず。
     配信で楽しく、懸命に話していた柚澄。うまくない歌を一生懸命歌う柚澄。
     心無いコメントをブロックして、何事もなかったかのようににこにこして。
     チャンネル登録者が増えたり減ったりするのを一喜一憂していた柚澄。
     傷も痣も隠して、戦っていることを隠して、深青に追いつこうとした。
     深青が向き合って育てた生活。
     柚澄が向き合って育てた生活。
     どちらも『自分』との戦いだった。
     
     深青は真っ赤に燃える柚澄の瞳を見据えた。
     腹が決まった。
     何度も危険な高層ビルから飛び降りてきた疑似自殺志願の深青が、影のように自分の背後に立ち上った。
     苛立ちが喉から上ってこめかみでひりついた。
     もうここには戻ってきたくなかった。
     孤独な冷たい夜。痛み同士をぶつけあえるファイト。
     一人で走るようになった時も、隣に誰もいて欲しくないのに誰もいないのが呻くくらい苦しくて。
     柚澄はかわいかった。
     好きになった。
     だから、幸せにしたかった。
     ファルゴを勧めたのは自分だ。
     それなのに寄り付かなくなってしまったのは、悪かったかもしれない。
     でももう深青は地上を歩き始めていた。
     
    (柚澄を取り戻すには……)
    (いや、やめよう)
    (戦って勝ち取るしかない)
    (柚澄が俺を倒してどうしたいのかはわからん)
    (でも、ここで戦うということは、勝者に選択権がある)
     
    「柚澄。よく頑張ったな」
     
     そんなの、ファルガーの目で見れば一目瞭然だ。
     
    「お前の戦いを受けないという選択肢はねえよ」
     
     深青はファルゴを履いた足で、地面に刃を突き立てた。相棒は血が通ったかのように光を反射した。
     
    「何かから逃げるのは悪くない。でも、俺はお前が好きだから、戦うよ」
     
     矛盾でふたりとも心がぐしゃぐしゃだ。柚澄は顔を歪めていた。大声で泣くのを我慢するような顔だった。
     こんなはずじゃなかった――――。
     でも、戦うしかない。
     
     ☆
     
     ふたりは戦場で向き合った。
     柚澄は今にも噛みつきたそうな犬みたいな顔をしている。
    「僕あ、ちょう、ちよ、になっあ、んらよ」
     自称、あおむし。蛹の中でどろどろになって、強くなって生まれ変わったとでも思っているのだろうか。
     深青には、柚澄は柚澄に見えた。
     すごく頑張った柚澄だ。
     並大抵ではなかっただろう。よく頑張ったなと何度でも声をかけたくなる。
     何度も屈辱の敗北を繰り返して、勝利をつかみ取って、自分の足で立っても揺るがなくなった。おどおどしていた柚澄はいない。
     でも、別にそれは悲しくなかった。柚澄が自信がなさそうなのは可哀想だったが、だから元気づけてやりたいと思ったのが深青の気持ちだ。
     だが、深青の手助けなど柚澄には不必要で、自分の足で立つために必要な道を探して自分で歩いて行った。
     誇らしい。
     だから、自分は全力の自分で向き合わなくてはならない。
     気迫負けをするな。過去の深青は全員食い殺してやりたいと思っていた狼だったんだから。
     思い出せ。
    「なんだそんなぺらぺらした虫。やめろ。弱くなってどうすんだ」
     怒るわけでもなく、ニュートラルに返す。
     柚澄はもっと殴ってこいとでも言いたげな顔をしている。
     その手には乗らない。
     深青も戦士だったのだ。戦士は死んだわけではない。
     
    「俺たちは人間だ。人間の戦いをしよう」
     
     ☆
     
    『地球儀に舞い降りたバタフライ! 期待のニューカマー! YUZU!』
    『戻ってきたかつてのキング! 暴れ狼のミア!』
     ふたりの視線が絡み合う。
     恋人同士の仲睦まじいものではない。
     ヤンキーのガン飛ばしあいに近い。
     視線は刺すようだった。
    (怪我、させないようにするのは、もしかしたら難しいかもしれねえな)
     世界で一番濃厚な九十秒だった。
     蹴りが交錯し、ファルゴの刃が唸りを上げる。
     柚澄は相当鍛えたが、深青よりは歴が短い。だが、深青はブランクがある。突くとすればそこだが。懸命に食らいついてきた。全身に闘志がみなぎっていた。ネットの片隅に丸まっているあおむしにこれほどの力があるとは、深青は思っていなかった。
     体重が軽いから身軽で、手数が多い。
     まるで、魔法のように、愛のように、美しい瞬間があった。
     時間が水あめのように伸びる。
     それはどちらもわかっているようだった。
     深青はそれを肌で感じて、柚澄の目には混乱と困惑が映った。
     深青はやはり、全力では挑めなかった。かなり際どいキックに本気で応えたことは何回かあった。でも、手段を選ばず柚澄を仕留めようとすれば何回か好機はあった。それを見送った深青に、柚澄は手がつけられないくらいキレた。
     
     九十秒が経過して、ブザーが鳴った。
     決着がつかない時は、決着がつくまでやる。柚澄も深青も汗だくだった。
     ふと、深青は微笑んでしまった。
    「やるな、柚澄」
    「……ッ!」
     何か言い返そうとしたようだったが、その時外野から野次が飛んだ。
    「手ェ抜いてんじゃねえよ、ミア! 女だろうがボコボコにしてやれ! この玉なし!」
     深青は爆笑だったが、同時に柚澄が動いた。
     蹴りを放ったのだ。
     相手の男はびっくりした顔で固まっている。
     深青は青ざめ、その瞬間、地面を蹴っていた。
    「み、あお、くん、は、やさ、しい、の……!」
     柚澄は興奮と手を抜かれた怒りで情緒がめちゃくちゃで、涙を零していた。ガラス片みたいなそれがやけにきれいだった。
     結果的に柚澄の蹴りは深青の胸にめり込んでいた。柚澄はぎょっとしている。アバラは確実にイッている。ごふ、と深青は血を吐いた。
     深青は、野次を言った男を体を張ってかばったのだ。
     キャーッと女たちが叫んだ。柚澄は何事かしゃべっているが、動揺しているせいで何が言いたいのか聞き取れない。
     医者! と誰かが大声を上げた。
     深青の体を抱きとめる形になった野次野郎も呻いている。ファルゴの衝撃を食らったら、間に一人挟んだくらいでその当たりは防ぎきれない。
    「ゆず、アホ。頭、狙った、だろ。死んじまう、よ」
    「みあ、くぅ」
    「お前が誰かを殺すより、俺がアバラ折った方がいいって、それだけのことだよ」
     俺の負けだよ、と囁いた声は思った以上に優しく響いて、柚澄は声を上げて泣き出した。
    「こん、あの……!」
    「何度やっても、俺の負けだよ……。俺、柚澄が、好きだし」
     さあ、王者は何がしたいんだ?
     ばたばたと『地球儀』内の救護班が集まってきたが、柚澄が泣きながら「まっ、え」と言う。
    「待って欲しいってさ、俺が気絶する前に済ませてよ」
     柚澄は震える手をショートパンツのジップアップになっているポケットにやり、ジッパーを下げて中から小箱を取り出した。
    「見、て」
     ガタガタ震えながら、柚澄は小箱を開けた。そこには指輪が一対入っていた。
    「けっ、こん、し、て。み、あお、くん」
     それを見ている全員が息を飲んだ。
     爆笑したらアバラが痛すぎて、深青はのけぞった。
    「悪いけど動けねえから、はめてくれ」
     ひらりと手を振ると、柚澄が泣きすぎて頬も鼻も真っ赤にしながら、なんなら鼻水を垂らしながら、指輪を左手の薬指に嵌めた。
     ……が。
    「ゆるいな」
     ショックすぎて立ち直れそうな顔をした柚澄が大慌てで、でもどうにもできなくてぷるぷる震えているのを見て、深青は靴を指さした。
    「紐を抜いてくれ」
     柚澄は靴の紐を手早く外した。深青のやりたいことは察せたので、指輪を預かり、靴紐に通した。固く結んで、深青の頭に通した。
    深青は手招きした。柚澄は、箱に残った小さな指輪を差し出した。
    柚澄の小さな手は治った傷で傷だらけだった。何度も手をついて立ち上がってきたのだろう。深青は愛おしく思いながら、柚澄の左手の薬指に指輪を嵌めた。
    「じゃあな、だーりん。式は怪我が治ってからにしてくれ」
     担架で運ばれようとした深青に寄り添い、柚澄はそっと口づけをした。
    「待ってう」
     背後は大騒ぎだった。歓声がすごく、エモすぎると動画を撮る者が続出し、せっかくなのでと花火があちこちで弾けている。
     バカみたいだな。あほらしいな。
     でも、めちゃくちゃ幸せだな。こんな日が自分に来るなんて。
     深青の右目から一粒の雫が伝い落ちた。
     
     ☆
     
     さて。
     ハッピーエンドで終わるかは最後までわからないし、ハッピーエンドとくくるには苦味や辛味などの複雑な味があるのが人生である。
    「ってきまーす」
    「いって、らっさあい」
     柚澄は微笑んで深青を送り出した。
     膝にはふくふくとした幼児がふたり縋りついている。
    「桃ももちゃん、李すももちゃん、パパに行ってらっしゃいは?」
     深青が甘い声で呼ぶので柚澄が桃を抱え、しおりが李を持ち上げて手を振らせた。
    「おかあ、さん、ありあと、う」
    「いいのよ、柚澄ちゃん。桃ちゃんも李ちゃんも、わたしの宝物だもの」
     しおりの瞳は深い喜びを湛えていた。
    「柚澄ちゃんも、深青もわたしの宝物なのよ」
    「お、かあ、さん、が、いえ、くえて、僕も、うれ、しい」
     未来はいつだって不透明だ。
     人生は残酷で、人間を立ち向かわせる壁だ。
     でも胸が痛くなるような幸福をくれることもある。
     終わったことにしてもいいし、しなくてもいい。
     
     果てしなく青春は続く。
     僕らは命を燃やして走る。
     
     深青は笑った。
     玄関には、二人分のファルゴがきれいに磨かれて置かれていた。
     
    End.


     
     
    Twitter:@kujiratohoshi63 LGBTQ+(Xジェンダー、FTX、ノンバイナリー)セクマイであることは家族にカムアウト済。 オタク。一人称僕。30代。 小説を書いたり絵を描いたりするのが好き。元気に推しに狂って生きている。

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