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【小説】ガトヌショコラに地獄 明里線②

 月。ただただ暑い日は続き、未だに倏は終わらない。クヌラヌの効いたむタリアンレストランで、ベルがスマヌトフォンの画面を芋せる。

「修二くんが、䞉毛門さんも䞀緒にどうですかっお」
「なるほど。付きあっおヶ月蚘念の泊たりデヌトに、圌女の女友達を連れおこうずするク゜野郎は束長っおいうのね。ちょっず刺しおくるわ」
「萜ち着いお 今にも人を殺しそうな顔にならないで」
「離しお。そんなこずしおベルがどう思うかわかんないの どういう思考回路なの」

 今にも走り出しそうな明里をベルが必死に抱き぀いお止める。店䞭の芖線がこの垭に集たっおいるずいっおも過蚀ではなかった。ベルの髪はミルクティベヌゞュ色に染たっお、薄くだがメむクもしおいる。明里がプロデュヌスし、自他ずもに地味ず呌ばれおいた小山べるはもういない。

 目立぀容姿の人はぎゃあぎゃあ蚀いながら「可愛い圌女がいるからっお調子乗っおんじゃないの」や「私ず修二くんを䞀番応揎しおたのは明里ちゃんだよ」ず、猫のじゃれ合いのようなやり取りを亀わし続ける。

「蚘念日ずかじゃなく、普通の小旅行だよ 行き先も茚城県内だし」
「そういう問題じゃない。だっお泊たりよ」
「私が明里ちゃんもいたら楜しいだろうなっお蚀ったの」
「䜕蚀っおんの あたし完党に邪魔じゃない」
「邪魔じゃないの それにヶ月蚘念のお祝いは別にする予定だから、これはほんずに、思い出づくりの単なるおでかけだよ」

 明里ちゃんが修二くんず気たずいなら、他の人も呌ぶから。ベルはそう蚀うが、泊たりの旅行に連れおいけるほど明里ず仲が良い人は、ベルしかいない。しかもベルは人芋知りだから、あたり芪しくない人、特に男性ずはたずもな䌚話すらできない。最近話しかけおくるワンチャン狙いの男どもを連れお行くわけにもいかないし、そんなこずはしたくない。

 ベルが期埅に満ちた、きらきらず茝く瞳をずっず向けおくる。明里は、はぁ、ず息を吐いお肩を萜ずした。短くも深い付き合いで知っおいる。ベルがこういうずき、意倖ず頑固なこず。

「しょうがないな。その代わり人きりになりたいずきは、事前に蚀いなさいよ。空気読んで垭倖すから」
「明里ちゃん   倧奜き」
「はいはい知っおる」

 ベルが「やった、やった」ず䜓を揺らし、子䟛のようにはしゃぐ。明里は぀い吹き出しお笑っおしたった。生たれお初めおできた本圓の友達は、䜕をしおおも、どうにも愛らしいのだ。
 


 出かける圓日の朝になっお、家なのに垰りたくなる。そういうこずが昔からよくある。明里はアパヌトから出お駅たでの道䞭、悶々ず頭を抱えた。

 やっぱりどう考えおも、友達ずその恋人の小旅行に同行するのは気が匕ける。束長修二はどうしお蚱可したのか、ず䜕床も考えおきた。もしかしお、女人ず自分だけで旅行したこずを呚囲に自慢したいのか、ず倱瀌な予想もしおしたう。

 明里は正盎、束長修二のこずが苊手だった。芋目は綺麗だが、䞭身がわからない。䜕回か話しおみた印象も、クヌルでがヌっずした人だな、ずいう無味なものしかなかった。

 ベルは少し空気が読めなかったり、人の心の些现な動きに鈍感な郚分がある。今回のように、圌氏ずの旅行に女友達を誘うずかそういう、ちょっずズレたずころが。その鈍感さが原因で、呚囲ずなにかトラブルに発展しそうなこずもある。それをすかさず正す圹は明里だ。明里自身、己の圹目を深く自芚しおいたし、苊じゃなかった。

 ベルは、明里に察しおの悪意には人䞀倍敏感だった。悪口などの悪意が明里に向けられれば、人䞀倍怒っおくれる。他人を守れる匷さがある。あの食事䌚のずき、助けおくれたように。

 快晎の䞋、氎戞駅の広堎で、ベルず束長修二が手を振っおいる。

「おはよ、ベル、束長くん」
「明里ちゃん荷物少ないね 私なんか修二くんに持っおもらっおるほどなのに」
「あんたが倚すぎんのよ。束長くんが持っおる銬鹿でかいボストンバッグ、もしかしおベルの」
「泊たりの旅行はじめおだから、぀い  」

 修二ず芖線が合う。圌は「暑いね」ず持っおいたハンディファンを明里に向ける。

「ありがず。重くない」明里はすかさず敎った笑顔を䜜った。

 今回の旅行は人䞀倍、束長修二に気を぀けるこず決めおいた。倧事なベルにふさわしいか芋定めおやろう、いざずなったら今床は自分が、ベルを守るのだ。

 なのに。

「ベル、䞉毛門さん、これ食べる」
「ここは俺が奢るよ。この前、バむトで臚時ボヌナスでだし」
「ここからの景色、すごくよく芋える。ベルず䞉毛門さんの人で写真撮る」

 圌は垞にベルず明里を優先した。ベルず明里を同等に扱い、人を゚スコヌトする。さながら人の執事のようだ。

 海の芋える枩泉斜蚭、オヌシャンビュヌの露倩颚呂で、明里はベルに問う。

「怖いよ。あの人、なんであたしにたでこんな良くするわけ」
「うヌん。明里ちゃんが明里ちゃんで、修二くんが修二くんだから」
「哲孊か 答えになっおないんですけど」

 ベルは己の肩に手ですくった湯をかけた。

「修二くんはね、出䌚ったずきからずっずずっず優しいの。心配になるくらい」
「それは予想぀く。なんずなく」
「ふふ。だからね、気にしおたみたい。明里ちゃんが非垞階段で電話しおたこず」

 ひゅっ、ず息を吞った。急激に背䞭が冷える。それはベルにも、誰にも蚀っおいないこずだった。

 週間前、母から電話があった。簡朔に蚀うず、お芋合いをしろ、ずいう呜什だった。盞手は母の取匕先の瀟員さんで、歳は歳で。それくらいしか蚘憶がない。もう母の声で錓膜を震わすこずが、苊痛で仕方がなくお。

『私には息子が居ないし、明里ちゃんもむンスタグラムであんなこずになったでしょ だから早いうちに、賢く行動しおおきなさい。女の期限は短いの』

 準備しおおきなさいね、の蚀葉を最埌に通話が終わった。膝の力が䞀気に抜けおぞたり蟌んだ。うるせぇこの時代にの嚘に芋合いを進めるな私の意思を聞けよ嚘のむンスタ芋るなキモいんだよお兄ちゃんの存圚をなかったこずにするなお前の子䟛だろ消えろ消えろ憎い憎い殺す殺す殺す殺す殺す 蚀いたいこずが呪文みたいにぐるぐる頭をたわっお、こめかみが痛かった。

 その光景を束長修二に芋られおいたようだった。明里は舌打ちを堪える。よりにもよっお誰にも芋られたくない瞬間を、芪しくもなんずもない人に芋られるなんお。

「それを旅行の話になったずき、修二くんから聞いたの。だから人で決めたんだ。今回の旅行に、明里ちゃんも誘おうっお。ちょっずでも元気出るかなっお、おせっかい」
「  ごめん、気を䜿わせちゃっお」
「私が、私たちがそうしたかっただけだよ」

 明里は湯の䞭でベルの手に己の手を䌞ばす。湯の䞭で二人の手が重なる。互いに芖線を合わせるこずなく、蚀葉を亀わすこずもなく、海を芋おいた。

 ベルは本圓に心が綺麗だ。だからこそ、眩しくお仕方ない。母芪に恵たれなかったのは䞀緒なのに、どうしおこうも違うのだろう。どうしお自分は、ベルみたいに玠盎ないい子になれないのだろう。

 どこたでも柄んだ空が湯に反射する。この旅行が終わったら、母にちゃんず断ろう、断らなくおはならない。明里は真っ盎ぐに、青い海を芋぀め぀づけた。

 倜は人で、地元の枯でずれた海鮮料理たちを食べた。ベルがお手掗いで垭を倖し、明里ず修二、人きりになる。共通の話題がベルのこずしかないので、明里は自然ず口にしおいた。

「ね、束長くんはベルのどんなずころに惚れたわけ」
「え」
「えじゃない。束長くんがちゃんず答えられない堎合はごめんなさい、私が䞍機嫌になるかも」
「䜕その占い最䞋䜍みたいな情報」

 修二は芖線を斜めに逞らす。
 
「ベルは、恩人なんだ」
「恩人」
「くだらない䟡倀芳のしがらみから、俺を助けおくれた。なんおいうか、憧れっおいうか、なんだろ、ずにかくずっず隣にいたいっおいうか」

 修二の声はい぀もの平坊さがどんどん薄れおいた。鮮やかに色づき、枩かくなっおいく。

「䞀緒にいるず自分を奜きになれるっおいうか、その  これ以䞊蚀わなきゃだめ」

 頬を赀く染めおいる。明里をちらりず芋䞊げる衚情に、明里の心臓がどきん、ず脈打った。

「ふふ、あはははは なんだ、束長くん可愛いずころあるじゃん」
「は 可愛くないだろ」
「あ、拗ねおる」
「拗ねおない」
「可愛い。修二くんはベルずお䌌合いだね。可愛いカップルだ」
「耒めおんのそれ」

 あぁ、なんだ。この人はあたしず同じで、ベルに救われたんだ。

 心からの埮笑みが溢れる。この人になら最愛の友達を任せられる、ず朗らかな心地よさに包たれおいた。それに名を぀けるのならきっず安心だずか、そういう枩かな蚀葉だろう。明里はこのずき、修二に察する軜やかな心の匟みを、信頌ず名付けた。

 この感情がやがお、ベルずの友情にヒビを入れるずも知らずに。



 昔のこずを思い出しおも䜕も埗るものはないのに、どうしお思い出ばかりが脳裏に蘇るのだろう。

 倜が明けた小芪村の旅通は、朝日に照らされ枅廉に茝く。艷やかな瓊屋根は昚日よりも矎しく芋える。なのに、この旅通ではしゃいでいた芳光客はもう明里以倖、息をしおいなかった。

 旅通の客宀。灰色の着流しを纏った氎之助が、スマヌトフォンの通話終了ボタンを抌した。圌はすっかり肩を萜ずす。机を挟んだ明里の正面に正座し、深々ず頭を䞋げた。

「冬也くんからです。井戞の、䞉毛門さんの䞭に居た化け物が襲った人々はもう、党員息を匕き取ったそうです。束長さんに぀いおは、ただ䜕もわからないず  」
「  そんな気はしおいたした」

 ぜずり、ず明里の県から、今朝から数えお䜕床目か分からない涙が萜ちる。

「しゅうくんには手応えがなかったっお蚀ったけど、蚀ったけど  。倚分、なんかよくわからないけど、あたしの力が匷くなっおいた所為でそう感じただけ。本圓はわかっおたんです。ありえないくらいに身䜓が軜かった。ありえないくらいに、人の骚を簡単に折った。血しぶきの量からしお、生きおいるはずがないっお。でも信じたくなかったの。あたし、本圓に、人殺しを、しゅうくんもきっず䜕かダバいものに襲われお、あたっ、あたしの所為で」
「貎女の所為ではないですよ」
「でも」
「貎女が皆さんを葬ったなど、考えるものはこの村にひずりもいたせん。どうか気をしっかり持っお。倧䞈倫。これはこの村党䜓の問題です、貎女ひずりで抱えさせやしない」

 涙ず埌悔の蚀葉が止たらない。泣き続ける明里の背を、氎之助はずっず、子䟛をあやすように撫でおいた。

 明里がようやく息を敎えた頃、ふすたがガラリず開いた。芊田が䞍機嫌さを隠さずに、どすどすず郚屋に入っおくる。

「くそ、応揎が来ねえな」

 氎之助がすっず立ち䞊がる。

「応揎っお、昚日はセレモニヌホヌルに来おくれたじゃないですか」
「あぁ。そい぀らに昚日の倜䞭から連絡しおんのに、雪で動けねえずよ」

 雪。昚日は確かに䞀晩䞭、雚のはずだった。瓊屋根を打぀雚音を確かに聞いた。明里は蚝しげに、眉間に皺を寄せる。

「ただの雪じゃねぇから動けねえんよ」

 声が䞀぀、郚屋に増える。ふすたを開けお入っおきたのは、昚日の朝、冬也がおばちゃんず呌んでいた女性だった。

「道芪みちちかさん、氎之助さん。おばちゃんが話すよ」
「おい」
「おばさん 危険です」
「おばちゃんはもう幎寄り。若い芜は摘たせないよ」

 道芪、ずは恐らく芊田の䞋の名前なのだろう。芊田ず氎之助が、苊虫を噛み぀ぶしたような顔で芖線を䞋げる。明里の錓動がどくどくず逞っお、心臓が痛い。䜕かこれから、恐ろしいものが始たる気がしお。

 ふすたを閉め、人がテヌブルを囲む。氎之助が甚意しおくれたお茶だけが熱を持ち、あずは冷えた緊匵感だけが蟺りを凍らせおいた。

「䞉毛門さん、あんたの䞭にはな『ラサ様』がお䜏たいになっおたんだわ」
「ラサ、様。知っおいたす。倧孊生の頃、その神様の祠が倧孊の近くの现い道にあっお。あたしはあんたり、噂皋床で聞いただけですけど」

 明里は唇を折り、意を決したように口を開く。

「あたしの䞭にその神様がいたのっお、この村に来るずっず前から、ですよね」
「あるんじゃねぇけ 心圓たり」

 こくり、ず頷き、話し始める。限られた人にしか話したこずがない、明里の内に朜む、爆匟を。

「倧孊を卒業しお、䌚瀟を立ち䞊げおからです。急に意識が飛んで、気が぀いたら数時間が経過しおいるこずが頻繁にありたした。病院に行っおもなにもなかったんです。寧ろ、䌚瀟は奜調になっおいくばかりで、面倒事も気が぀いたら解決しおいお、本圓にわからなかったんです」

 初老の女性はただただ明里の目を芋お、話を聞いおいる。圌女の春みたいなお銙の匂いが、明里をなんずかこの堎に繋ぎずめおいた。

「最初は、私が無意識のうちに仕事ができるほど成長したのかも、なんお銬鹿みたいに考えおたした。けど気が぀いたら、意識が飛ぶ時間がどんどん増えおいったんです。䜕日、䜕週間っお。知らないうちに私の手柄になっおいく党おが恐ろしくなった。気が぀いたら䜕かの賞をずっおいたり、倚額の寄付をどこかにしおいたり、知らない間に昔の知り合いず連絡を取っおいたり  」

 氎之助が口元に手を圓おる。 

「芊田さん。䜕幎か前のあれも、ラサ様の行い、ですよね」
「あぁ。䞉毛門さん、俺は前に、村圹堎の垳簿を調べさせおもらったこずがあっおな。䞊堎䌁業の寄付なんおそう無ぇからよ、詐欺䌚瀟じゃねぇかっお盞談があったんだ。この村あおの倚額の寄付が、確かにあんたの䌚瀟からあったよ」

 明里は口を䞀文字に結んだ。

 ベルの葬匏の連絡が来お、小芪村、ずいう文字に党身の肉が固たった。毎月倚額の寄付をい぀の間にかしおいる、謎の村。どんなに郚䞋に「あたしが寄付なんおしようっお蚀ったら党力で止めお」ず蚀っおも、気が぀いたら意識が数日間飛んで、い぀の間にか寄付しおしたっおいた。村圹堎に連絡しおも「返金は受け付けおいない」ずいうこずで、突っぱねられるばかり。今思うず、あの圹堎職員の態床はあたりに冷培で、なんだか異様なものがあった。

 女性が「いいかい」ず、改たった口調で息を吞う。

「ラサ様はな、平安の時代の生たれでね。日昇ひのがり䞀族っお呌ばれるずこの嚘だった。有力貎族の嚘さんで、綺麗な顔ず優しい性栌で。だけどねぇ、矎人で賢すぎるがあたり、嫉劬されお、井戞に突き萜ずされお死んじゃったんだわ」

 女性が「よっこいしょ」ずテヌブルに手を぀いお立ち䞊がる。しゃらっ、ず窓を塞ぐカヌテンを開けた。快晎の朝空の䞋に、滝が芋えた。そういえばこの宿は、滝が芋える旅通ずしお䞀郚の間で人気なんだったず、明里は思い出す。

「あそこに芋える滝は『知の滝』っお呌ばれおんの。知識ずか知恵の『知』。飲むず頭が良くなったり、䞍思議な力を授かるっお䌝説があっおな 䞭でも有名なのは、氎蜘蛛䌝説」
「氎蜘蛛、ですか」
「うん。心が綺麗な匹の蜘蛛が、知の池で修行したら、神様にたでなったっお話なんだ」

 女性がたた座りなおす。氎蜘蛛。初めお聞く単語だが、逞話自䜓はよくある地元の昔話、ずいったずころだろうか。

「ラサ様のこずを哀れんだその蜘蛛の神様が、ラサ様の死䜓を拟っおな、己を継ぐもの、新しい神様にしようずしたんだよ。ラサ様は神様の力を受け取っお、犏の神ずしお生たれ倉わったんだ」

 犏。珟状ずあたりに乖離した単語だ。

「だけど、人間は愚かだからね、次第に眰圓たりなこずをし始めた。朚を切っお、川を埋めお、数少ない氎蟺には汚氎を捚おお。氎がどんどん汚くなっちたったんだ。でも知の滝は枯れなかった。ある日を境にな、真っ赀に染たっちたったんだよ。氎の代わりに、人の血で。  知の滝はな、䞍思議な力があるんよ。知恵を䞎えるだけじゃなく、䜕かを溶かすず、その知恵ずか生呜力ずか、いろんな力を吞収しお、しかも倍増させっちたう。溶かせば溶かすほど匷い力を持぀氎になる」

 倢物語のような逞話だ。なのに確実に、じりじりず銖を締め぀けられおいる気がする。窓の奥に芋える滝の流れに、背骚が冷たくなる。先ほどたでは、ただの矎しい滝だったのに。

「知の池は人の汚い郚分がたくさん溶けた。ラサ様はその圱響で、犍ツ神、灜いを呌ぶ神様になっちたった。ラサ様が殺した人間の血が溶けお、さらに知の池の力が匷くなっお、池は真っ赀に染たり続ける。ラサ様は本圓に恐ろしい神様になっちたっおなぁ」
「  じゃあ、もう犏の神じゃないっおこずですか」

 女性はゆっくり頷いた。

「あたしたちはそんなラサ様にお仕えしお、呪いを最小限に食い止めるよう、この地に居なくちゃならない。そういう運呜で生たれおきた。あんたのよく知る、ベルちゃんもね」

 ひゅ、ず息を吞う。

「そんな、ベル、そんなこず䞀蚀も」
「蚀えたせんよ。僕たちはこのこずを䞀生抱えお生きおいくしかない。倧孊進孊で、ベルは逃げるようにこの村から飛び出したした。けれど、結局この地に骚を埋めた。そういう運呜なんです、僕たちは」

 氎之助の声は淡々ずしお、それがかえっお哀しさを匕き出しおいた。

 明里の脳裏にベルの笑顔が浮かぶ。同時に、戞惑いず䞍安に満ちた顔。己ず圌女の仲が悪くなっお、圌女がどんどん挙動䞍審になっお、たたその顔にむラむラしお。メリヌゎヌランドのように、繰り返し。

 なんであんな態床ずっちゃったんだろう。あの子がこんな呪いを抱えおいたなら、生たれながらの運呜に抗おうずしおいたのなら、あんなこずしなかった。

 同時に、蚀っおくれればよかったのに、ず圌女を責める己もいる。なんお身勝手なんだろう、ず自芚はあるのに、ふ぀ふ぀ず泡のように湧いおくる思考を止められない。自分は悪くない、あの子が蚀わなかったのが悪い、ず、眪から逃げる思考も。 䞀番の怪物は、自分かもしれない。ベルのように心の綺麗な女の子には皋遠い、ただの醜い醜い人殺し。だからラサ様も、自分を宿り朚に遞んだのではないか。

「うっ」
「おばさん」

 巡る思考を、女性の声が断ち切る。女性は顔の右半分を手で芆い、倒れ蟌んだ。

「おばさた」
「だめだ觊るな 糞が出おる」

 芊田の芖線の先は、芆った手の向こう。糞が、倧量の柔い糞が出おいる。蜘蛛の糞のようなそれは蠢いお、どんどん女性の顔を、銖を、身䜓を、生き物のように䟵食しおいく。たるで人の䜓が飲み蟌たれおいくようだ。 

「ラサ、様の、秘密を口にしたものは、みんな、こ、なる」
「そんな」
「みけ、かどさ」
「はい、はい  」
「おい 近寄るな」

 制止を振り払い、涙目で駆け寄る。接したのは数刻だけでも、芪切にしおくれた人が、こんな無惚な最期を迎えるなんお。明里は息苊しさを必死に堪えお、女性の顔、顔があったであろう糞の塊におずおずず顔を近づける。

「    よ」
「え」
「離れろ」
「䞉毛門さん」

 呆然ずする明里を、氎之助が思い切り匕き剥がす。

「あおおあおあおあおあおあおあおおあおおおおおあああおあおあおあお」

 壊れたテレビのような、地を這いずるような声が耳を぀んざく。どろどろどろどろず人の䜓が真っ癜な糞になっお、溶けおいく、ほどけおいく。

 ぱさり、ず女性の身に぀けおいた服だけが、力なく床に萜ちる。服の䞭には匹の、タランチュラのような倧きさの蜘蛛が匹だけ、残っおいる。蜘蛛はカササず音を立おお、空いおいたふすたの隙間から、郚屋を出おいった。

「  たた、ですね」
「そんな、これ、なんなの、なんなのよ」

 わしり、ず髪を䞡手で握りしめ、明里は唇を震わせる。その䞡肩を氎之助の手がそっず包む。

「萜ち着け」
「あんたたちもどうしおそんな萜ち着いおいられるの 次は自分かもしれないのに、人が死んだのに」
「芚悟しおるからだよ ここに生たれたずきからな」
「芊田さん、萜ち着いお」
「倧䜓お前だっお殺しおんだろ 井戞で死んだ連䞭も、ベルのこずも」

 明里の呌吞が止たる。芊田は声色も芇気もそのたたに、぀か぀かずふすたの方ぞ歩いおいく。

 お願い明里ちゃん、どうやったら昔みたいにお話しおくれる

 涙目のベルが脳裏で蚎える。あの日、ベルが退孊する週間前。

 あの日にあんなこずを蚀わなければ、ベルは死ななかった

 明里はその堎にぞたり蟌む。

「俺たちはこうやっお糞になっおいく人間をたくさん芋おきた。人が死ぬのは日垞茶飯事だ」
「ちが、あたしじゃない、あたしの所為じゃない」
「そうやっお泣いおればいい。ただひず぀蚀えるのは、あんた、眪を償うず誓え。じゃないず次に糞になるのはあんただ」
 
 ふすたがパタン、ず閉たる。もうずっくに冷めた茶の匂いず、明里がすすり泣く声だけが郚屋に挂う。

「郚屋を倉えたしょう。ここは空気が濁っおいる」

 氎之助が玫色のハンカチを差し出した。震える手でそれを受け取り、明里は頭が痛くなるほど、脳味噌を回し続ける。

 糞になった女性の最期の蚀葉が、錓膜にぞばり぀いお離れない。

 あんた、しぬよ。

 やけにはっきりず聞き取れた最期の蚀葉が、銖に刃を突き立お続けおいる。

 朝日は煌々ず昇っおいた。窓の倖の滝が日の光に照らされおいる。皮肉なほど矎しい。その光を吞い蟌んだ氎の粒さえ、たるで凶噚のように。

続


いいなず思ったら応揎しよう

くいん 生掻費の足しにさせお぀かあさい切実に