からくに物語37 〜タクシー運転手 ー親切心は龍山を越えてー
【100日目(日曜日)】
ついに100日目である。そんなつもりは無かったけど、ある意味思い出深い一日になったので、今回はこの日一日分の話をたっぷり記録する。
今日は龍仁市にある教会で説教担当。通訳ができる青年がいるとのことで、敢えて日本語の原稿をと求められてすでに送ってある。前にも一度訪問した教会なので、市外バスもまあ大丈夫、前回は地下鉄で乗り場まで行ったけど、今回はもう少し手前の乗り場へ市内バスで行って乗り換えればより便利やん…と思ったのが間違いだった。
市内バスに乗ったら乗客はたまたま私一人。運転席のすぐ近くに座ってたら、運転手さんが何やらナビの画面を見ながら困ったような様子になり始め、「お客さん、どこまで行きますか?」と聞かれた。「崇礼門まで」と答えると、「ちょっとこの先の道入れないみたいなんで…警察署の方から行きますね」みたいなことを言われる。はて、日曜日の歩行者天国のための迂回か、と思っていた矢先、フロントガラスの向こうに見えたのはマラソン大会。そうや、今日マラソン大会あるって聞いてたわ。うわー、しまった。地下鉄の方が良かったか? まあ早めに出てるし市外に出てしまえば関係無いか…と、この時はまだそんなに焦っていなかった。
迂回してもう少し行くと、今度は警察官が出て来て完全に進路を止められてしまう。何かと思ったら横断幕と選手数名が出て来て記念撮影が始まる。おいおいこんな所で、今まさに走ってる車を止めてそんなんすんのかよ、と思っていたら、案の定後ろからはクラクションの大合唱。鳴らしてもしゃーないやん…という諦め風情の我がバスの運転手さん。あろうことか選手団は撮影後、「位置について」となり、そこからなんとスタートして走り去って行った。なんなんだ、こんな所で急にレースが始まって良いのか。

ようやく動いたと思ったら、全く何のこっちゃ分からんバス停で止まり、「ここで降りて向かい側の停留所から崇礼門方面へ行ってください」と言われる。「え、何番のバスですか?」と思わず尋ねるも、「そんなんは知らんけど」とばかりに降ろされる。仕方なく反対側の停留所に行ってみるけど、来たバスに乗ろうとしたら「どこまで?」「崇礼門まで」「行かないよ、降りて」。バス停には現地人もわらわらおろおろしていて、「あなた、なんで降ろされたの?」「崇礼門には行かないって…」「んまー!」みたいな感じでおばちゃんたちに騒がれる。
それでも次に来たバスに「これなら行けるやろ」と乗ったら、それもまた目的地手前のソウル駅で「ここまで」と言って降ろされる。
さすがに不安になってきて交通案内を検索し直し、よしこの番号のバスに乗ればここから行ける、予定より少しだけ遅れて到着かもしれんから…と、先方の牧師にメッセージを送る。「ソウル市内がマラソン大会でバスが迂回していて、ソウル駅から25分後発車というこのバスに乗ります。少し遅れそうです。すみません」「いえ、ゆっくり気を付けて来てください」。
しかし待てども待てども目当てのバスはやって来ない。手元の検索結果では到着までの時間が順当にカウントダウンされていたのに、バス停の電光掲示板からは残り10分くらいのところでそのバスがふいに消えた。そしてまた30分後到着、となっている。いやいや、その前にもう一本来るはずやろ…?とネイバーの検索結果を再更新したら、バス停の表示同様来るはずだったバスの情報が消えた。え、これ、馬鹿正直に待ってていいの…?と唐突に猛烈に焦り始める。この時点で出発からすでに1時間経っているのに、まだ宿舎から目と鼻の先のソウル駅にいるなんて。
「なぜか分からないけど乗るはずのバスが消えました」「違うバスに乗った方が良いですか」などといつにないスピードでメッセージと検索結果のスクショを送っていたら、牧師から電話が来る。声はたぶん副牧師っぽかったけど、もはや誰でもいい。向こうもだんだん焦ってきているようで、「汽車に乗れますか。それで水原(スウォン)まで行ってください。そこでまたバスに乗り換えて…」「やってみます」とハクハクしたやり取り。汽車ってなんだよ、KTXってそんな簡単に乗れるのか? 1号線で行けってことか? 「これですか?」の意味で再検索結果を送ってみたらまた電話がかかって来て、「違う、地下鉄じゃなくて汽車」。私は広いソウル駅をあっち行ったりこっち行ったり泣きそうになりながら駆け回り、KTXの有人券売所に行って「水原まで」と言ったら「10時過ぎの列車になるよ」と言われる。あと1時間待てってか? それじゃKTX乗る意味無いやろう。もう一度牧師に電話し、繋がった状態で強引に券売所のおじさんに「とにかくこれで向こうと相談してくれ」とスマホを渡す。嫌そうに喋っていたおじさんからスマホが返ってくると、牧師から「ソウル駅からはもう今からでは汽車に乗れないらしい。タクシーに乗れますか? タクシーで龍山駅まで行ってそこから汽車に乗ってください」と言われる。
また泣きそうにハクハクしながらタクシー乗り場を探すも、そこも行列。これ律儀に待たなあかんか?! 「急いでるんです!」言うたら割り込まれへんか? といろいろ考えてたら、乗り場の一本向こうの停留所でここまでタクシーに乗って来た人たちが降りるのが目に入る。乗り場じゃないけど、もうええやろ! ここは自己主張の国や! と、列を離れて道を渡り、客を下ろしたばかりの車に割り込むように乗り込んで、「乗っていいですか! 龍仁まで!」と告げる。運転手のおじさんが「龍仁?!」と驚くので、「間違えた! 龍山! 龍山駅まで行って、KTXに乗って、水原まで行って、そこから龍仁に行くんです! 急いでるんです! 早く行かなきゃいけないんです!」となぜか泣き出さんばかりに大声で説明してしまう。走り出しながらおじさんが「今から龍山行って水原行って龍仁って、すごく時間かかるよ? どこまで行くの?」と聞くので、教会名を伝える。手元で検索して、「遠いねぇ。こんなの2時間かかるよ?」と言うので、「その教会の礼拝に間に合わないといけないんです! 一番早い方法で行かなきゃいけないんです!」と答えると、「一番早いのはそりゃタクシーでこのまま行くことだけどね」との返事。龍仁までタクシー…? 最初自分も驚いてたくせに…? と思うも、ごくりと生唾を飲み込みながら「いくらかかりますか、いつ頃着きますか」と尋ねると、「60000wくらいかな。今からなら10:20に着くってナビでは出るね」。…それなら間に合う! もうこのまま行っとくか?! すぐさま牧師に電話して、「タクシー乗りました!」とだけ告げてまた今度はスマホを運転手さんに渡す。「喋ってください! 牧師先生です! お願いします!」「ええー? あー、牧師先生ですか、お客さんがそちらの教会まで急ぐって言うんでねぇ…」と運転手さんに説明してもらい、このままタクシーで直行することに決定した。
とにかく時間までに着けそうだと分かったらどっと疲れた。運転手さんは「良かったねー、間に合うよー。僕がこの道40年だからねー、だから龍山から乗り換えたってだめだってすぐ分かって教えてあげられたんだよー、良かったねー」とめっちゃのんびり陽気に喋ってくるので、こちらも「良かったです! 運がいい! 私は日本の牧師です! 今日その教会で説教担当なんです!」などと勢い良く喋ってたら、「神さまのおかげだねー」とも言われた。ほっとし過ぎて、後部座席で30分くらい爆睡した。

予告通りの値段と時刻で無事に教会に到着し、何度も何度も「ありがとうございました、運が良かったです、ありがとうございました」と繰り返し、嬉し過ぎておじさんと1枚記念撮影までしてタクシーを降りた。
説教は通訳の青年がいてくれたのでともかく、自分で韓国語で話した日本の教会紹介や、青少年の集まりでの日本についての質問会は、なんかあんまり思うように韓国語が出て来なくてしどろもどろになってしまった。情けない。朝のすったもんだで全てのエネルギーを使い果たしたのか?
特に青少年たちの質問への回答がうまくできなかったのは申し訳なくて、宿舎に戻り次第質問を思い出しながら一生懸命文章で回答を作ってすぐ牧師に送った。

夜はお友だちと近所の行ってみたかったお店でキムチチゲ。ソジュも飲んで、今日の顛末や新学期のことをいっぱい話す。食後もメガコーヒーで飲み物を買って(店のすぐ前で何かの撮影をしていたみたいで人がわらわらしていた。結局何という芸能人が来ているのかは見てもよく分からなかった)、閉店後は道路沿いのベンチで涼しい夜風に吹かれながら長話をして、別れた。
今日は韓国語での発話がほんとだめだと思い知らされたところもあり、「100日おってまだその程度かい」と我ながら情けなかったので、母語で思いの丈をばーっと話せるのって本当にありがたいことやなぁと一層しみじみした。
100日目の記録、おわり。
