
暴言暴力という敵
怒りの反対は理解。
怒りの裏の悲しみに共感すれば、怒りは収まるはず。
と思っていたのに。
うまくいかない事例が発生。
甘えたの男児の膝枕をしていたら、いきなり現れたKくん。
「死ね」
「それは悲しい言葉だね」
私がそう言うと、
Kくんの表情が歪んだ。
「うるせー」
「え?うるさかった?
そうかなぁ、ごめんね」
K君は不愉快そうに消えた。
私は膝枕をしていて動けなかったので、Kくんのフォローができなかった。
でも、気持ち悪くなってしまった。
Kくんの歪んだ顔に、トラウマを呼び起こされたのかもしれない。
Kくんを見たら、あの時感じた不快が蘇って、気持ち悪くなる。
しばらくは意図的に、Kくんから距離を置くしかない。
暴言を吐かれ続けて、平気な人などいない。
まして年少者から暴言を吐かれ続ける日々に、疲れているのかもしれない。
教育と療育はあまりにも違う。
教室なら秩序を乱す者は排除されるが、ここはそれができない。
子どもには社会的制裁も下されないし、社会的抑止力も無意味。
暴言暴力という敵は、手強い。


自分で自分の機嫌をとれないうちは
人の機嫌なんてとれるわけがない