ショートショート『墓トーク』
久しぶりにばあちゃんに会った。
ばあちゃんの葬式以来だ。
葬式でお顔を見ることを「会った」にカウントしていいのか分からないけれど、
もしダメなんだとしたら、
今こうやって互いに死んだ状態で顔を合わせていることが「会った」ではなくなってしまう。
色々あって45で生涯を終えることになった俺は、先祖たちが代々眠るお墓に入ることになり、先程納骨が行われた。
それまでは幽霊みたいな状態で、
手を合わせる母親とかを見ていたが、
骨が墓に入った途端意識が切り替わり、
俺は薄暗い空間へと飛ばされた。
そこで俺を出迎えてくれたのがばあちゃんで、久々の再会に感動していたのも束の間、
奥からぞろぞろと懐かしい面々が集まってくる。
10年前に死んだじいちゃん、
かなり小さい頃に会ったひいおじいちゃん、
じいちゃんちに飾られていた、白黒写真のあの人。
「ようこそ、いや、ようこそなんて言うもんじゃないか!」
陽気な良夫おじさんは、
生前同様アルコールの匂いが口から漂っている。
皆に挨拶をしようとすると、いいからいいから、と奥の部屋に案内され、
そこにあるちゃぶ台を囲むように皆で座る。
ちゃぶ台の上には、砂糖菓子や団子、
小さい缶ビールと日本酒。
俺が一番若いのでみんなに酒を継ごうとしたが、あんたは主役なんだから、と止められた。
なるほど、先祖総出の歓迎会か。
お正月のような雰囲気の中、なんとなく察する。
皆が俺の人生について柔らかく質問をしながら、ばあちゃんやひいおばあちゃんが皆にお酌をし、尽きる事の無い日本酒を飲み進めていく。
段々と酔っぱらってきたご先祖たちが、
申し合わせたように、
「いくら飲んだって、もう死なないもんね」
と言い合っている。
現世では経験する事の無い面々との、
穏やかで、ゆったりとした空気。
そんな空気に浸りつつ、俺は一つ気になっていることがあった。
親父の姿が見えないのだ。
去年死んだ父親もこの墓に入った。
それなのにまだ様子が見えない。
そして、誰も親父の話をしない。
もしかすると、こんなに早く同じところに来た俺に怒っていて、歓迎なんてする気が無い、そんな感じだろうか。
それは当然といえば当然の感情だが、
別に早く来ようと思ってきたわけでもないし、
それを直接説明させてほしい気持ちもある。
あと、せっかくだから
一緒に一杯やりたいって気持ちも。
そんなことを考えていたら、一番の年長者であろうひいひいおじいちゃんが、小さく咳払いをして、皆がそれを合図に黙った。
良夫おじさんでさえ黙ったから、
なんだろうと不思議に思う。
「健介よ」
初めて聞く、
ひいひいおじいちゃんのしゃがれた声。
「は、はい」
「そろそろ聞かせてもらおうか」
気が付くと、ご老体たちの深いシワの間に埋め込まれている目玉が全てこちらを向いている。
「聞かせてもらうって、一体何を?」
「墓場まで持っていく話だ」
「は、墓場まで持っていく話?」
「いや、現世では墓場まで持っていく話だが、ここでは、墓場まで持ってきた話、が正しいな」
どういうことだ?墓場まで持っていく話?
「墓場まで持っていく話」といえば、
誰にも話せない、
絶対に言えない話とかのことだと思う。
「男なら墓場まで持っていく話の一つや二つあるもんだよ~」って居酒屋で盛り上がる、
あれのことだよな。
え、もしかして、
墓場まで持っていく話って、
墓場への土産話みたいな扱いになるの?
「ちょ、ちょっとまってくださいよ。そんなの恥ずかしいですよ」
なんか俺が喋るターンみたいになっていたので
とりあえずごまかす。
「恥ずかしいも何も、せっかく持ってきたんだろ?じゃあ聞かせてくれよ」
別に死後披露するために、
温めたエピソードトークでもない。
あるかないかで聞かれたらそれはある。
当然、妻には絶対に言えないタイプの。
だからもちろん、
ご先祖様にも言えるわけがないタイプの。
墓場まで持っていくとは言えど、
墓場で話すつもりなんて毛頭なかった。
「あ、いやいや健介」
戸惑う俺を見かねて、良夫おじさんが口を開いた
「はい?」
「別に、こっちだって恥ずかしい話なのは重々承知だぜ?」
「え?」
「この人達楽しみにしてんだよ、毎度毎度。墓に来た子孫達の墓場まで持ってきた話を聞くのが。」
よくよくみんなを見ると、修学旅行で好きな子をカミングアウトし合う時みたいな顔をしている。
「こいつは一体、何を隠し通してきたのかなって」
なんだよ、このじじい共。
おれの恥ずかしい話で酒飲もうとしてんのかよ。
「そうは言っても、、その、ばあちゃんに聞かれて嫌われたくないですよ」
「あのね、健介」
手を前で振って断ろうとすると、ばあちゃんが目を線にして俺に喋りかける。
「健介だってもう立派な大人なんだから。ある程度は許容できますよ。」
なんで孫の痴話話聞きたいんだよ。そんなにここは娯楽が少ないのかよ。
「いやいや、、本当に?」
「それにね、ここにいる時点で、大丈夫だってわかるもの」
「大丈夫だってわかる?」
「お父さん」
「親父?」
「お父さんここにいないでしょう」
「そう、それずっと気になってたんだよ」
「お父さんはね、」
ばあちゃんが、息を一回吐いてから、もう一度話始める。
「墓場まで持っていく話がね、流石に笑えない話だったのよ。」
流石に笑えない話?
「お父さんね、地獄に落ちたのよ」
親父が地獄に落ちた?
「どうやら人の道から逸れた事を生前したことがあったみたいで、それを隠していたようね。そういう話を『墓場まで持っていく』とここにはこれないの」
とんでもない事実に、
酔いが一気に冷めそうになる。
なんてことだ。親父は地獄に落ちたのか。
「だからね、ここにいる時点で、どうせ大したことない女性関係の話かなって分かるから、良かったら聞かせて頂戴。」
あんなに優しかった父親が、裏でとんでもないことをしていたのか。
人の道に逸れた出来事は、隠し通さず、現世で消化して償う必要がある、ということか。
もしかして、親父は閻魔様の前で、「墓場まで持っていく話」をすることになったのだろうか。
そんな事を思いながら、話したせいだろう。
年上ヤクルトレディを家に招き入れるために、興味のないヤクルトを定期購入し続けていた話は、軽くスベった。