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「人生は玠敵な出䌚いの連続だ」パリで出䌚った私のロヌルモデル旅行蚘


    旅先で出䌚いがあるずいうのは本圓だった。
    これは私たちがアゞア旅行を終え、最埌のペヌロッパ、フランス・パリで出䌚ったひず぀の人生の話である。

    私がもらった倧切な蚀葉の受け売りだが、これを読んでくれた人が「人生は玠敵な出䌚いの連続だ」ず思っおくれたら嬉しい。


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    ペヌロッパ1カ囜目はむタリアだった。コロッセオやフォロ・ロマヌノずいった、䞖界史で䜕床も勉匷した地を自分のこの足で螏んでいた。この時期のペヌロッパは暑い。この埌出おくるフランスでは蚘録的な熱波の日がちょうど旅行の日ず被り、街角では聞き慣れない救急車の音が垞に響いおいた。

    そんなペヌロッパにはナゟヌニずいう氎飲み堎が街䞭に存圚しおいる。ナゟヌニずは「倧きな錻」ずいう意味の絊氎機らしく、その蛇口からは垞に氎が流れ出しおいる。日本でいう公園の氎飲み堎のようなものだが、蛇口を捻る圢匏ではなく、现々にずっず硬氎が流れ続けおいるのだ。
    人々は空いたペットボトルや氎筒をその氎で掗いながら絊氎する。事前に調べお知っおいた私たちも、同じようにマむボトルに絊氎するのが今回の旅の䞀぀の楜しみだった。

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    スむス マむ゚ンフェルトのナゟヌニ


    今回のペヌロッパ旅、2カ囜目のスむスではそんなナゟヌニの数がた〜〜あ倚かった。
    アルプスの倩然氎ずいえばのあの山々にどこに居おも囲たれるその堎所では氞遠ず矎味しい氎が流れおいた。たるでオフィスのりォヌタヌサヌバヌのように、い぀でも冷たくお矎味しいお氎が飲めるので、私たちはほが珟地でお氎を買っおいない。みんなも汲んで垰っおいた。

    そんな䞭、最埌のフランス。ナゟヌニが芋぀からなかった。





    私たちはフランスに着いおから矎術通をたわった。

    その矎術通は冷房が効いおおらずむしろ付いおいたのか...いや展瀺物のためにもさすがに付いおるか...汗だくになりながら鑑賞した。
    旅立ったスむスでタプタプにボトルに汲んだアルプスの氎もそろそろ底を぀く頃だった。


    「スヌパヌ、寄らない...」


    喉の枇きに限界だった私たちは自然ずそんな䌚話を亀わし、スヌパで氎を調達するこずにした。ふ〜〜〜、ありえん涌しい。冷房が珍しいフランスではデパヌトやスヌパヌに入らない限り宀内でもずおも暑く、おたけに熱波ずきたものだから街はほがたるごずサりナ状態である。

    そこで私たちは思った。


    「せっかくなら、オレンゞゞュヌス、飲たない」

    私たちは1リットルほどの果肉入りオレンゞゞュヌスを買い、倖でガブガブず飲んだ。これがずんでもなく矎味しくお、䜓がビタミンを欲しおる状態っおコレなんだず身をもっお実感した。现胞䞀぀䞀぀が䞀瞬でタヌンオヌバヌしおいく感じ。これが「ビタミン元気の源」なんだなず玍埗した。腑に萜ち過ぎお、倚分现胞䞭のロダンも玍埗のあのポヌゞングである。

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    䜓に染み枡らせるように
    味わっお飲んでいた粒々のオレンゞゞュヌス。


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    オヌギュスト・ロダン『考える人』
    私の现胞䞭のロダン。パリ、ロダン矎術通にお


    だがその効果も長くは続かない。オレンゞゞュヌスのおかげで逆に喉が枇いたのだ。なんおこった、本末転倒。ただ私たちはこの倜、2週間ほど溜め蟌んだ掋服をどこかのコむンランドリヌで掗濯するずいうタスクに远われおいた。

    写真では明るく芋えるがペヌロッパのサマヌタむムは陜が長い。䜓感はお昌、時刻は21:00すぎずいうギャップに感動しながら、ホテルから近いコむンランドリヌを探した。


    Googleマップに22:00たでず曞いおあるコむンランドリヌがいく぀もあり、私たちは口コミを芋ながら遞りすぐりの店舗に向かっお掗濯物を運んだ。ずころがどっこい22:00たでずいうのは21:00ごろたでに掗濯やら也燥機やらをセットした人に察しおの衚瀺で、じゃあチャチャッず15分ほど掗濯だけさせおもらおうか、ずいう人はもう入れないのだ。たさか...ずいうこずは、他の店舗も...ずいうかそれ、どこに曞いおあった...号泣

    私たちは䞀床ドラムに入れた掋服を再びマむバッグの䞭に入れ盎し、22:00閉店の店舗をハシゎした。その間、歩いお10分はある。おそらく2店舗ほど呚り、どこも同じシステムであるこずを知った私たちは絶望しおいた。でもどうにかしお掗濯を回さないずいけない

    私たちは汗だくになりながら23:00たで営業しおいるコむンランドリヌぞ走った。ただ、間に合うはず

    こうしお私たちは「服をドラムの䞭に投げ入れる前に、たずメニュヌ遞択ができるか」できない堎合、服を入れたずころで䜿甚できないドラムから服を取り出す手間が省けるずいう時短術を駆䜿し、ようやく時間内に掗濯機に掋服を攟り蟌むこずに成功した。

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    【重芁】
    服をドラムの䞭に入れる前に、
    そもそもメニュヌ遞択ができるのか


    もちろんコむンランドリヌに冷房はなし。おたけに䜕台も機械がぐるんぐるんず回る店内は熱波垫のいるリピヌタヌ甚サりナそのもので、汗だくになった今着おいる服も远加で掗濯できないかず䜕床も考えさせられた。



    もう氎もない。でも時間だけはある。
    掗濯が終わるだろう時間に携垯のアラヌムをセットし、たた也燥機をかけに戻っおくるたでに時間はあった。そこで私たちはフランス初ずなるナゟヌニを探す旅に出るこずにした。パリにもナゟヌニはありたすずネットに曞いおあったのだ

    コむンランドリヌを出る。さおどうする
    Googleマップに「ナゟヌニ」ず打ったずころで出おきやしない。むタリアやスむスでは「氎汲み噚」ず打぀ず䜕件かヒットするこずを発芋したが、今いる堎所には「ナゟヌニ」も「氎汲み噚」も芋圓たらなかった。

    暑い。䜙った時間を楜しもうずナゟヌニ探しの旅に出ようなんお蚀い出したけれど、2人ずも割ず限界だった。コむンランドリヌの出口を背にただ立ちすくむ。倖は40床。毎日歩き疲れお2週間目、そろそろ心からの「疲れた」が出そうになったずきだった。


    「ゲンキ」

    通りすがりのひずりのご䞻人に話しかけられた。ゲンキ...元気...日本語...ご䞻人はどうやらフランスの方のはずなのに、私たちを芋お日本語で話しかけおくれた。

    「ゲンキ...元気すごい日本語どうしお私たちが日本人だずわかったのですか」

    私は咄嗟の日本語ず、拙い英語を織り亀ぜながら話した。

    「私の劻が日本人だからわかったんだよ」

    そう蚀うず、もう䞀床「ゲンキ」ず聞いおくれた。

    正盎、元気ではなかった。やっぱり暑いし、お氎もここから10分ほど歩いたスヌパヌに買いに行かないずいけない。たたこの灌熱の䞭10分歩いおコむンランドリヌに戻ったずころで涌しい堎所で埅おるわけでもない。カフェやレストランも冷房はない。私は聞いおいた。

    「ここにナゟヌニ...氎が汲めるような堎所はすぐ近くにありたすかずおも暑くお困っおいたす」


    するずご䞻人は笑顔で頷き「おいで」ず案内しおくれた。
    ようやく氎が飲めるなんだ近くにあったのか〜〜ずだんだん元気になった私は「ぞえ、猫ちゃん飌っおるんですね」ずか「奥様が日本人なんですね」なんお話しながらご䞻人のあずに着いお行った。

    入っおず案内しおくれたのはご䞻人のお家。
    人様のお家に䞊がるのは申し蚳ないので戞惑っおいるず、ご䞻人は奥さたの名前を玄関口で呌び出した。

    本圓に氎飲み堎を探しおただけなのになんだか倧事になっちゃった。どうしようず、あたふたの私たち。のちに䞀緒にいた旊那に聞くず、そもそも本圓にそのたた着いおいっおもいいものなのかずドキドキしおいたらしい。パリなんお倧郜䌚だもんね

    少ししお日本人の奥さたが本圓に顔を出した。

    「Bonj......こんにちは...」

    「こんにちはすみたせんあの、私たちお氎を探しおいたずころご䞻人に話しかけおいただいお流れでそのたたここたで来おしたっお...本圓に䞊がったりする぀もりなくこのたた垰りたすのですみたせん」

    そうするず奥さたはこう蚀った。

    「お氎探しおるの」

    私たちは急にずっおも恥ずかしくなり、むタリア、スむスずペヌロッパ旅行の䞭で「ナゟヌニ」ずいう存圚を知り、そしお珟地で飲むお氎が矎味しいから䞀぀の楜しみずしお探しおいたずいう蚀い蚳を饒舌に話した。その前のアゞア旅行タむ、シンガポヌル、バリ島ではホテルであっおも蛇口の氎を口に含むこずはNGだず過敏になっおおり、お店でも氷を抜いおドリンクを頌んだりず甚心深く行動しおいた反動もあった。

    でもスヌパヌもあるし、スヌパヌで買いたすなんか恥ずかしいすみたせんなんお蚀っおいるず奥さたは「お氎でよければ入れおあげるよ」ず私たちのボトルを手に取っおお氎を入れおくれた。


    第二倖囜語がフランス語であったにもかかわらず、今芚えおいる蚀葉は「ボンゞュヌル」「シルブプレ」「ケスクセこれは䜕ですか」「ゞュスィMAKO」である話に笑い、フランス語が話せないのにフランスに来たこずを耒めおくれた。「メニュヌずかも読める倧䞈倫」ずか「わからなくなったら誰かに聞ける」などたくさん心配しおくれた。


    「他は倧䞈倫なにか助けられるこずはある」

    突然抌しかける圢でお氎を恵んでいただき、芪切にしおいただいたのに䜕床も力になろうずしおくれた。

    「䜕でも聞いお」ずいう蚀葉に甘えお、お二人のおすすめのレストランを聞いた。ふたりは「安くお矎味しいお店があっおよく行くの」ず店名を快く教えおくれ、私たちはそれをメモした。
    「よく行くからシェフに名前を䌝えおもらったらサヌビスしおもらえるかもね」なんお蚀っおくれお、私たちがこのお瀌ずしおできるこずは、教えおもらったレストランに行き矎味しいご飯をたくさん食べお垰るこずだな、なんお思っおいた。

    「困ったこずがあったらい぀でも連絡しお」


    そう蚀っお奥さたは私に携垯番号を教えおくれた。日本ではこんなこずは滅倚にない気がする。フランスずいう自分にずっお真っ新な地にも、自分の味方になっおくれる人がいるこずにどこかホッずした。

    私たちはお瀌を蚀うず玄関先を埌にした。これはあのおすすめのレストランに行ったこずを写真で報告しなきゃだねず話しながら垰った。

    ご䞻人は䟋の猫ちゃんを抱き抱えながらバむバむずにっこり手を振っおくれた。

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    なんだか䞀瞬の出䌚いだった。
    党お知らない道のはずなのに、垰りの景色だけ少し懐かしい気がした


    その晩、奥さたから1通のメッセヌゞが届いた。

    「よかったらみんなで食事はどう」

    これはパリ初日に起こった、私たちの出䌚いの話だ。




    玄束を取り付けた私たちは、ふたりが予玄しおくれたたた別のビストロで埅ち合わせた。
    䞀床しか䌚ったこずがないなんお思えないくらい最初から沢山笑い、お互いのこずを話した。「そもそもよくうちたで来ようず思ったね、䞍安だったでしょ」なんお蚀われみんなで笑った。
    今回の旅行に぀いお、仕事の話、出身校の話実はふたりずも芞術の孊校を出られおおり、私も芞術孊科だったので驚きだった

    そしおおふたりの出䌚いに぀いお。

    私は奥さたに、私たちが最初に話しかけられた蚀葉に぀いお話しおいない。

    奥さたはお付き合いのきっかけに぀いおこう話した。


    「私が本圓にもうダメだっお萜ち蟌んでたずきがあっお、そのずきに蚀われたの、ゲンキっお」

    私たちは顔を芋合わせた。
    私たちも蚀われたのだ。「ゲンキ」ず。

    「そのずきに、ああ自分きっずちゃんず萜ち蟌んでるっお気が぀いお、正盎に元気じゃないっお打ち明けたの。そこからご飯に行くようになっお、それが出䌚いかな」


    私たちを助けおくれた蚀葉が、私たちを繋いでくれた蚀葉が、以前のふたりを匕き合わせたのだず思ったら心をギュッず掎たれた感芚だった。お酒が入っおたのもあり、私たちはちょっず泣いた。


    垰りはパリの倜道を4人で倧きく広がりながら歩いた。

    パリに来おから倜道は譊戒しお歩いおいたのに、ふたりがいたから思いっきり歩くこずができた。私の旊那ず奥さたが隣になっお歩いお、私がご䞻人ず䞀緒に歩いたり、たたそれがどこかのタむミングで亀互になったりした。

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    パリの倜道の街灯は電球色のような色合いで、私の目には街党䜓がオレンゞっぜく芋えおいた。テラス垭からは枩かい光が溢こがれおいお、そしお今の季節はずおも暑くお。

    ありきたりだけどあの有名な『倜のカフェテラス』がずっず頭から離れなかった。䜜品を生で芳たずき以䞊に「これが本物なんだ」なんお思った。
    本圓の堎所はフランス南郚プロノァンス地方の郜垂、アルルArlesのフォルム広堎Place du Forumみたいだけれど。

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    フィンセント・ファン・ゎッホ
    《倜のカフェテラスフォルム広堎》

    倧ゎッホ展 倜のカフェテラス


    別れ際、䞊䞋巊右に分かれた道の真ん䞭で私は泣いおいた。ご䞻人にグッず握手を求められお䞡手を䜿っお握手をした。奥さたが私をハグしおくれた。「旊那さんがいるから倧䞈倫よ」ず蚀っおくれた。

    お別れの寂しさもあったけれど、芪切にしおくれたお瀌の涙でもあったけれど、ふたりがふたりの時間を心から楜しんでいる姿が今の自分にずっおの理想であり涙が止たらなかった。あの涙はロヌルモデルに出䌚えた安心感からだったのかもしれない。ほら、女の子っお色々悩み事が尜きないじゃない

    私たちはたた絶察䌚うこずを玄束しお別れた。
    私の目暙を照らした倜道がずっおも眩しく芋えた。




    この出䌚いには埌日談がある。

    フランス最終日の倜、私たちは初めお出䌚った日におすすめしおくれたレストランにいた。

    Bonjour!ず元気よく入店するず、きっずそのお店のオヌナヌのような方が「ふたりこちらぞどうぞ」ず垭ぞ案内しおくれた。

    思い切っお前菜からデザヌトたでコヌスにしちゃおうよず、読めないフランス語を䞀぀ず぀翻蚳しながらメニュヌを決めた。

    そのずきお店にご䞻人が珟れたのだ。
    私は嬉しくお圌に抱き぀いた。たさかもう䞀床䌚えるなんお。

    私たちが今日レストランに行こうず思っおいるずいう話を芚えおくれおおり、仕事終わりに寄っおくれたのだ。

    「窓からふたりの姿を芋お、すぐにわかったよ。ここは私たちが食べに来るず必ず座る、い぀もの垭なんだ」

    私たちがこの垭に通されたのは、お店の蚈らいなのか偶然なのかわからない。広い店内で、ふたりがい぀も向かい合う垭に通され、ふたりが矎味しいずおすすめのフレンチを食べお、これっお本圓に党郚偶然なのかななんお考えた。

    私たちはふたりの映画の挔者ずしお、過去のふたりに扮するように配眮されお、運呜的な脚本でその堎にいるんじゃないかずさえも思っおしたう。
    そしおどこか雲の䞊から、ふたりのように過ごせたすようにず願う声が聞こえおくる。ふたりに憧れる私の声かもしれないけれど。


    そのたた少し4人でテレビ電話をした。
    本圓に本圓に気にかけおくださっおありがずうございたした。これから䜕床蚀えば䌝わるだろう。

    今日はパリ最終日。本圓に最埌だず思っお手を振った。

    そこにシャンパンず1通のメッセヌゞが届いた。

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    I don’t know if you’re reading this note, but I’d like to take this opportunity to thank you once again.

    I’m grateful for the miracle of our meeting.

    I look forward to the day we meet again.

    Mako




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    ふたりからもらった倧切な蚀葉


    「やっぱり旅をするのっおいいなず感じでもらえたら嬉しい」ずいう奥さたの蚀葉。

    人生は玠敵な出䌚いの連続であるこずを蚌明しおくれた今回の出䌚い。

    ああ、旅っお、人生っお玠敵だな。


    本圓はスむスでコむンランドリヌに行こうずしおいたが、パリに持ち越したこず。お氎を買わずに街を散策しおみたこず。すべおお金で解決できたかもしれないけれど、その代わり自分たちの小さな遞択が幞運を運んできた。

    旅先で出䌚いがあるずいうのは本圓だった。


    これは私たちがアゞア旅行を終え、最埌のペヌロッパ、フランス・パリで出䌚った䞀぀の人生の話である。

    次に私がパリに行くずしたら、倧奜きなふたりに䌚いに行くためだ。

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    mako

     
     
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