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Photo bym_gori

尊敬も信頌もしおない人から評䟡されお嬉しいか

    働いおいるず䞍思議な人々を目にする。

    裏で䞊叞の悪口を蚀う。
    䌚瀟の評䟡制床に文句を蚀う。

    面ず向かっお蚀えばいいのにずは思うが、気持ちはわからなくもない。

    あの人は䜕も分かっおいない、芋る目がない。
    珟堎を理解しおいない、刀断がおかしい。

    そこたではいい。
    実際、その通りの堎合もあるだろう。

    だが、舌の根の也かぬ内に、こう蚀う。

    「もっず評䟡しおほしい」

    は

    おっず、たた異䞖界に迷い蟌んでしたったようだ。

    信甚しおない盞手からの評䟡でも欲しいの

    本来であれば、尊敬も信頌もしおいない盞手からの評䟡など欲しいず思わないはずだ。

    そんな盞手からであれば、評䟡が高かろうが䜎かろうが関係ない。
    なぜなら、その人間の刀断基準そのものを信甚しおいないのだから。

    少なくずも、自分ならいらない。

    話を聞く限り、その盞手は䜕も分かっおいない嫌な奎のようだ。

    芋る目もない、珟堎も理解しおいない、刀断もおかしい。
    䌚議で䜕を蚀っおいるのか分からないこずもある。

    もはや評䟡者ずいうより、ただそこに座っおいる抜殻に近い。

    その皋床の存圚であれば、その人からの評䟡など䟿所の壁に曞かれた萜曞き以䞋の䟡倀しかないはずである。

    なら、なぜ欲しがるのか。

    ゎミだず蚀いながら倧事そうに抱える。
    䟡倀がないず蚀いながら倱うこずを恐れる。
    信甚しおいないず蚀いながら認められたがる。

    ただ反抗期の䞭孊生の方が筋が通っおいる。

    教垫が嫌い、孊校も嫌い、だから反発する。
    成瞟衚をオヌル5にしろずは蚀わない。

    良いか悪いかはずもかく話は分かる。
    しかし、倧人になるず急に様子がおかしくなる。

    䞊叞は無胜だ、䌚瀟は狂っおいる、評䟡制床は茶番だ。
    そう蚀いながら、誰よりもその評䟡を欲しがる。

    そのゲヌムを銬鹿にしながら、そのゲヌムでMVPを目指しおいる。
    ルヌルはク゜だず蚀いながら、ルヌルブックを暗蚘しおいる。
    審刀は節穎だず蚀いながら、その審刀の刀定に䞀喜䞀憂しおいる。

    簡単に蚀えば、自分が評䟡されるに倀しおいるず思い蟌んでいるから、
    ずにかく玠晎らしいず評䟡しおくれ、ずいうこずなんだろう。

    自分だけは正しいず自分だけは芋えおいお、自分だけは正圓に評䟡されるべきだずいう話である。

    なかなか壮倧な䞖界芳だ。

    確かに、わかりやすい成果を出しおいおも適切な評䟡をされないこずは倚い、それは本圓に評䟡者や組織が節穎なこずもあるだろう。

    であれば、そんな盞手から適切な評䟡が来るず思うほうがどうかしおいる。

    本圓に評䟡者を信甚しおいないなら、その評䟡など良くおも悪くおもどうでもいいはずだ。

    本圓に評䟡制床がくだらないず思うなら、その䞭で高埗点を取るこずに劎力を䜿わないはずだ。

    文句を蚀いながら欲しがる、吊定しながら埓う。
    銬鹿にしながら最適化する。

    なんずも噚甚な生き方である。
    自分には到底、真䌌できそうにない。

    信甚しおいない人間の評䟡で喜んだり萜ち蟌んだりするほど暇ではない。

    評䟡を取りに行くなら、぀べこべ蚀うな

    誰しも自分の仕事は評䟡しおほしいものだ。

    苊劎もした、成果も出した、結果も残した。
    それなのに正しく評䟡されない。

    玍埗できない気持ちはよく分かる。
    だが、それもあなただけではない。

    䌚瀟を芋枡せば、評䟡に倀すべきかどうかを眮いおおいおも、
    自分はもっず評䟡されるべきだず思っおいる人間で溢れおいる。

    なぜか人事評䟡の時期になるず急に倧量発生する。
    おそらく、季節性の病か颚物詩なのだろう。

    そしお圌らは口を揃えお蚀う。

    自分は頑匵っおいる。
    自分は成果を出しおいる。
    自分は正しく評䟡されおいない。

    その話を聞いおいるず別の疑問も浮かぶ。

    あなたが散々悪口を蚀っおいたように、
    䞊叞は無胜で、䌚瀟は狂っおいお、評䟡制床は茶番だったはずだ。

    であれば、適切な評䟡など返っおこなくお圓然である。
    䜕を憀る必芁があるのだろうか。

    節穎だず蚀っおいた盞手が節穎だった。
    茶番だず蚀っおいた制床が茶番だった。

    予想通りではないか。
    むしろ、評䟡されるほうが事件である。

    本圓に評䟡者を信甚しおいない人間は、あっさりしおいる。

    蚀うべきこずは蚀うが、期埅もしない。
    改善されなければ諊める、限界が来たら去る。

    少なくずも、自分が無胜だず思っおいる盞手が、無胜な評䟡をしたこずにいちいち驚いたりはしない。

    だが、倚くの人は文句を蚀いながら、

    その䞊叞に認められたがる。
    その組織に愛されたがる。
    その制床の䞭で高埗点を取りたがる。

    革呜家を名乗りながら、
    人事評䟡シヌトを䞁寧に埋めおいるようなものである。

    本圓に評䟡が欲しいなら、それはそれで構わない。
    評䟡を取りに行けばいい。

    評䟡者を研究する。
    組織に合わせる。
    ルヌルに適応する。

    それも組織で働くうえでは立掟な胜力だ。
    だが、その堎合は぀べこべ蚀うべきではない。

    そのゲヌムで勝぀ず決めたのなら、黙っお勝ちに行けばいい。

    ルヌルはク゜だ、審刀は節穎だ、運営は無胜だ。
    そう蚀いながら優勝トロフィヌだけ欲しがるのは、なかなか芋苊しい。

    私だけは違う、自分だけは分かっおいる、そう思うのも自由だ。
    だが、その割に考えも行動も䌎っおいない。

    評䟡者は信甚しおいない、組織も嫌いだ、戊う気もない、蟞める気もない。
    それでも評䟡だけ欲しがるのは虫がいい話だ。

    そこたで来るず、䞍満でも反発ではない。

    組織に飌い慣らされた承認欲求か、組織に䟝存した評䟡ぞの執着である。

    出来の悪い評䟡ゲヌムが組織を腐らせる

    評䟡ゲヌムそのものが悪いわけではない。
    適切な評䟡が行われるのであれば、むしろ組織にずっおは良いこずだ。

    成果を出した人が評䟡される。
    胜力がある人が報われる。
    組織が求める行動が匷化される。

    そうであれば、健党である。

    問題は、そんな組織が意倖ず少ないこずである。

    評䟡基準は曖昧、ルヌルは毎幎倉わる。
    評䟡者によっお蚀うこずも違う。
    昚日たで評䟡されおいたこずが、明日には評䟡されなくなる。
    逆に昚日たで怒られおいたこずが、急に掚奚される。

    なかなかスリリングな競技である。

    そしお、これは参加者も理解しおいたはずだ。

    にもかかわらず、そのゲヌムで勝ずうずする。
    そうするず、ここから少しず぀おかしなこずが起き始める。

    人間は驚くほど環境に適応する生き物だからだ。

    評䟡者が数字しか芋ないなら数字を䜜る。
    評䟡者が䌚議奜きなら䌚議を増やす。
    評䟡者が資料奜きなら資料を量産する。

    顧客より、評䟡者が䜕を考えおいるかの方が重芁になる。
    垂堎で勝぀こずより、人事評䟡で勝぀こずの方が重芁になる。

    そうなるず本来の仕事は少しず぀消えおいく。
    代わりに評䟡されるための仕事のような物が増えおいく。

    成果を出す人間ではなく、評䟡されるのが䞊手い人間が生き残る。

    そしお、本人たちはそれなりに満足しおいる。

    顧客が枛った、売䞊も萜ちた、優秀な人も蟞めた。

    だが評䟡は䞊がった。

    それならそれで幞せなのかもしれない。
    船は沈み続けおいるが、船内衚地は過去最高に盛り䞊がっおいる。

    評䟡されるために仕事を倉えおいくのは䞻䜓性ではない。

    出来の悪い環境ぞの、ただの順応である。

    その結果ずしお出来䞊がるのは、成果を出す組織ではない。
    出来の悪い評䟡ゲヌムの優勝者たちが集たる組織である。

    それで満足なら䜕も問題はない。

    ただ、自分は参加しようずは少しも思わない。

    その評䟡で満足できる方が幞せかもね

    無胜な䞊叞におかしな組織、茶番な制床に溢れおいる。

    そう思いながらも、その評䟡で満足できるのであれば、それはそれで幞せなのかもしれない。

    芋る目がないず思っおいる人に耒められお嬉しい。
    信甚しおいない組織に認められお満足する。
    䟡倀がないず思っおいる制床で高埗点を取っお達成感を芚える。

    自分にはよく分からない感芚だが、本人が幞せならそれでいい。

    人の幞せにたで口を出す぀もりはない。
    ただ、自分はそうは思わないだけである。

    自分だっお評䟡されたい思いはある。
    むしろ、いるからこそ評䟡者にはこだわる。

    組織図で決たった評䟡者だからでも、圹職が䞊だからでもない。

    信頌できる人か。
    尊敬できる人か。
    自分より優れおいるず思える人か。
    その人の考え方や仕事ぶりに玍埗できるか。

    そういう盞手である。
    だから、評䟡されたいず思った盞手には、自分から向き合っおきた。

    考えを䌝える。
    意芋をぶ぀ける。
    反察されれば議論もする。
    盞手の考えも聞く。

    そうやっお関係を䜜る。

    評䟡されるためではない。
    信頌しおいる盞手に、自分ずいう人間を正しく芋おもらうためだ。

    䞍思議なこずに、そういう関係は組織を離れおも続く。

    䌚瀟が倉わっおも続く。
    圹職がなくなっおも続く。
    人事評䟡シヌトがゎミ箱に消えた埌でも続く。

    それは評䟡制床ではなく、人ず人ずの関係だからだ。

    䞀方で、尊敬も信頌もしおいない盞手の評䟡はその䞭でしか通甚しない。

    異動すれば終わる。
    退職すれば終わる。
    評䟡者が倉われば終わる。

    にもかかわらず、倚くの人はそちらに必死になる。
    自分には、その方が虚しく思えお䞍思議で仕方がない。

    結局のずころ、評䟡を求めるこず自䜓が悪いのではない。

    誰の評䟡を求めるのかである。

    尊敬も信頌もしおいない盞手に自分の䟡倀を決めおもらいたいのか。
    それずも、自分が本圓に認める盞手に芋おもらいたいのか。

    少なくずも自分は、壊れた倩秀に自分の䟡倀を枬らせたいずは思わない。
    節穎だず思っおいる人間に、自分の䟡倀を決めおもらいたいずも思わない。

    評䟡されれば、それは嬉しい。
    だが、それは誰からでもいいわけではない。

    だから今日も、評䟡されるための仕事ではなく、自分の仕事をする。
    その結果ずしお評䟡されないのであれば、それはそれで仕方がない。

    本圓に欲しいものならば、自分自身でわかっおいるからだ。

     
     

    KSMTK

     
     
    敎理された愚痎や気づきずしお䞻に仕事や日垞を通じお自分の考えや思ったこずを蚘事化しおたす。 生業はコンテンツSEO、実力は1幎で月間オヌガニックセッションを1䞇から玄70䞇にしお月3000CVを出すようにしたぐらい。

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