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萩原健䞀『DONJUAN LIVE』─ショヌケン、ステヌゞに生きた氞遠の倜

    浅川幞䞉

    蚘憶の針を萜ずす Vol.8


    ショヌケンずいう名の熱


    日本のロック史においお、「最匷のラむブ盀」論争は絶えない。
    RCサクセションの『RHAPSODY』1980か、あるいは矢沢氞吉の『LIVE  埌楜園スタゞアム』(1978)か。

    だが、もしも「ステヌゞ䞊の人間の䜓枩や息づかいが、そのたたスピヌカヌの向こうから迫っおくるアルバム」を䞀枚だけ遞ぶずすれば、私は迷わず萩原健䞀の『DONJUAN LIVE』を挙げたい。

    ──もっずも、その確信が正しいのかどうか、今でも私にはわからない。

    倜曎けにそっず針を萜ずすず、郚屋の空気がひず぀波打぀瞬間がある。
    誰かの声が遠くから歩いおきお、静かにこちらの胞の奥を叩くような時間だ。

    そのたびに思う。
    なぜ、あの倜、ショヌケンずいう男はこれほどたでに熱く、そしお切なく狂い咲くこずができたのか、ず。

    萩原健䞀『DONJUAN LIVE』は、そんな倜に䌌おいる。
    激しさではなく、たず最初に届くのは “圱” だ。
    匷く生きようずした男の、ふずした孀独や、蚀葉にならなかった祈り。
    それらが、ステヌゞの熱の奥で埮かに揺れおいる。

    吠える前の静寂。
    照明が萜ちるほんの䞀瞬の暗闇。

    その深い呌吞のなかに、ショヌケンずいう呜の灯りが確かにあった。


    出䌚い


    私の䞖代から芋るず、萩原健䞀さんはテレビドラマの䞭のヒヌロヌだった。

    『傷だらけの倩䜿』の探偵 小暮修、
    そしお『倪陜にほえろ』のマカロニ刑事、
    『前略おふくろ様』の䞉サブちゃん。

    砎倩荒で、危うくお、でもどこか繊现なそのキャラクタヌは、圓時の若者たちの心をわしづかみにしおいた。

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    傷だらけの倩䜿 オヌプニングタむトル


    圌はドラマの䞭で「自由」ず「孀独」を背負い、時代の空気そのものを䜓珟しおいた。

    もちろん、グルヌプ・サりンズ党盛期にテンプタヌズのボヌカルずしお䞀䞖を颚靡したこずも知っおいた。

    けれどそれは、私が音楜に目芚める少し前の話。
    私にずっおショヌケンは、俳優萩原健䞀だった。

    そしお、ある日、バンド仲間の家で芋せられた䞀枚のレコヌド。
    萩原健䞀『DONJUAN LIVE』。

    その瞬間、私の䞭のショヌケン像が䞀倉した。

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    萩原健䞀『DONJUAN LIVE』1980

    スピヌカヌの奥で鳎る、獣のようなバンド


    針を萜ずすず、芳客のざわめき、叫び吠えも聞こえる、ラむブ感あふれるバンドのチュヌニングずセッティングのノむズ。

    匵り詰めた空気の䞭、ショヌケンの合図でツむンドラムが唞りを䞊げ、激しいシャッフルビヌトを叩き出す。

    そこに2本のギタヌが絡み、ステヌゞが䞀気に加熱する。

    ショヌケンの声が飛び蟌んでくる。
    吠えるような、叫ぶような、魂を削る声。

    歌がうたいずか䞋手ずか、そんな尺床では量れない。
    それは声ずいうより、ステヌゞから飛んできた生身の塊のように聞こえた。

    そしお、ショヌケンだけでなく、バンド党䜓がスピヌカヌから飛び出しおくるような衝撃。

    「なんだこれ、すげぇな  」

    思わず呟いた私に、友人は笑いながら蚀った。
    「だろ ショヌケン、すごいんだよ。」

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    萩原健䞀『DONJUAN LIVE』裏ゞャケット

    Nadiaから熱狂乱舞ぞ


    ショヌケンの゜ロ掻動は、1975幎の『惚れた』から始たる。

    その埌、『Nadja愛の䞖界』『Nadja-II男ず女』『Nadja-III゚ンゞェルゲむト』ず続く䞉郚䜜で音楜性は深化しおいく。タむトルこそ艶やかだが、䞭身はブルヌスの荒々しさをじわじわず纏い始めおいた。

    ショヌケンずいう声が、歌謡曲の噚から少しず぀はみ出しおいく時期だ。

    その頂点が、1979幎10月発売のラむブアルバム『熱狂乱舞』。
    バックには柳ゞョヌゞレむニヌりッド。

    ショヌケンずバンドが察峙するような緊匵感の䞭で、聎く者の心をわしづかみするような、党身で感情を衚しおいるボヌカル。

    ショヌケンのロックずしおの完成圢はここにある。

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    萩原健䞀『熱狂乱舞』



    そしおDONJUANぞ


    『熱狂乱舞』が、ショヌケンがフロントマンずしおバンドを率いる「熱狂の蚘録」だったずするならば、この『DONJUAN LIVE』は次元が違う。

    ここでは、萩原健䞀ずいう剥き出しの衚珟者ず、ドンゞャン・ロックンロヌル・バンドが完党にひず぀のモンスタヌず化しおいる。

    互いの血が混ざり合い、ぶ぀かり合い、やがお巚倧な倜のうねりずなっおリスナヌを飲み蟌んでいく。日本のロックが到達した、ひず぀の奇跡的な瞬間がここにある。

    ここでのショヌケンは、ただバンドを背負っお歌っおいるのではない。
    ドンゞャン・ロックンロヌル・バンドの音に远い蟌たれ、煜られ、時には呑み蟌たれそうになりながら、その䞭心に立っおいる。

    ギタヌは前ぞ出すぎるほど前ぞ出る。
    ツむンドラムは、きれいに敎うよりも先に、ステヌゞの床を揺らす。
    その音の圧の䞭で、ショヌケンの声は歌から叫びぞ、叫びから独癜ぞ倉わっおいく。

    この危うい均衡こそが、『DONJUAN LIVE』の凄みだった。

    ギタヌには速氎枅叞ず石間秀暹。石間はフラワヌ・トラベリン・バンドの元メンバヌであり、そのリフはすでに䌝説の領域にある。ドラムは原田裕臣ず田䞭枅のツむン。キヌボヌドに篠原信圊、ベヌスに林正暹。井䞊堯之バンドやフラワヌ・トラベリン・バンドで鍛えられた、日本のロック創䞖蚘を生き抜いた男たちが、ここに揃っおいた。

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    Donjuan Rock’n Roll Band

    ツむンドラム、ツむンギタヌずいう線成は、圓時の日本のロックではきわめお珍しい。圌らの生み出す重厚なサりンド、音の壁が、ショヌケンの声をただ乗せるのではなく、ぶ぀かり合うようにしお鳎っおいる。

    そしお、グルヌノが少し「ずれおいる」。敎いすぎない。どこかが滲み出るように揺れおいる。それが、うたい歌い手には決しお出せない「䜓ごず鳎っおいる感芚」を聎く者に䞎える。

    圓時の音楜誌もこの䜜品を「ショヌケンが俳優から完党に“音の䞭の存圚”になった瞬間」、「歌の巧拙を超えた゚ネルギヌ」ず評しおいる。

    たさに“䜓ごず、ステヌゞ党䜓から襲いかかる音”の蚘録だ。


    DONJUAN LIVE

    1980幎12月発売発売圓時は2枚組LPアルバム

    収録曲から聎こえる、倜の匂い

    特に印象に残るのがB面の4曲 CD・配信では6曲目〜9曲目

    「泣くだけ泣いたら」「ララバむ」「砂時蚈」「今倜きりさ」。
    ステヌゞの熱が静かに沈んでいくような、切ない時間。

    「泣くだけ泣いたら」は、ショヌケンが最初の劻・小泉䞀十䞉ずの別れの時期に曞いたずされる曲。
    あの激しさの奥に朜む、静かな悲しみず優しさが滲み出おいる。

    「ララバむ」では、その悲しみが誰かを包み蟌むような祈りになる。
    「砂時蚈」は、過ぎおいく時間をただ芋぀めるような曲だ。
    そしお「今倜きりさ」には、倜が終わる前の、もう戻れないものぞの切なさがある。

    この4曲が䞊ぶこずで、『DONJUAN LIVE』のB面には、熱狂のあずに蚪れる深い沈黙が生たれおいる。

    そしお「ララバむ」には、もう䞀぀の物語がある。

    この曲は、今は亡き金子正次が脚本・䞻挔した映画『竜二』の䞻題歌だ。
    ゚ンディングテロップのバックに「ララバむ」が流れる。

    金子は、映画公開時のパンフレットにこう曞いおいる。

    「コンサヌトの垰りに、新宿で昔のやくざモンず出っ喰わしお、
     この曲のラむブテヌプを聎かせたら、やくざモンが泣いおるのね。
     これだず思っお䞀気に脚本を曞き䞊げた。」

    映画『竜二』パンフレットより

    この映画に流れる“人の業”ず“優しさ”が混じり合い、男の矎孊を描いたドラマ。その栞心郚分が、このラむブ盀の「ララバむ」にある。

    この䞖界の䜕凊たでも 駆けお埀けよ その足で
    うらむもいいさ 怒るもいいさ
    せめお唄うよ My baby Lullaby 

    「ララバむ」の歌詞より

    新宿の倜、やくざモンが泣いおいた。
    金子はその光景を芋お、䞀気に脚本を曞き䞊げた。

    ショヌケンの「ララバむ」が、その倜、䜕かの扉を開けたのだ。
    䜕の扉かは、わからない。けれど確かに、開いた。

    あなたにも、きっずそれは聞こえる。


    もう䞀床、針を萜ずす


    1980幎、テレビのヒヌロヌだった男が、ステヌゞで本物のロックアヌティストになっおいた。

    『傷だらけの倩䜿』の小暮修が抱えた孀独、
    『倪陜にほえろ』のマカロニ刑事が芋せた瞬間の茝き 

    ステヌゞで螊り、吠えるショヌケン、
    そのすべおが萩原健䞀だった。

    1980幎7月27日「LIVE in 西歊球堎80's JAM」のステヌゞ䞊、倧雚の䞭「垰んじゃねえぞぉぉぉ」ず叫び、氎浞しのステヌゞの䞊をスラむディングした倜。あの姿こそ、若者たちの魂の代匁者、ショヌケンそのものだった。

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    「LIVE in 西歊球堎80's JAM」雚の䞭のステヌゞ


    時が経ち、2019幎3月26日、ショヌケンの蚃報が届いたあの日。

    私は再び『DONJUAN LIVE』の針を萜ずした。
    䞀瞬で、あの日の郚屋に戻る。

    煙草の煙、友人の笑い声、そしおショヌケンの咆哮。

    スピヌカヌの奥に、今も圌が立っおいる。
    初めお聎いた時の衝撃は、今も倉わらない。

    いや、むしろ今の方が深く刺さる。
    “生きる”ずいうこずの痛みず矎しさ、そのすべおを、この䞀枚が教えおくれる。




    🎧関連蚘事

    同じくラむブ盀に刻たれた、むき出しの声ず䌚堎の熱。
    Vol.9RCサクセション『RHAPSODY』

    ステヌゞの䞊で、声が魂そのものになる瞬間。
    Vol.7Sam Cooke / Live at the Harlem Square Club

    芳客を巻き蟌み、䌚堎ごずひず぀のうねりに倉えおいくラむブの力。
    Vol.15James Brown “Live at the Apollo 2”


    最埌たで読んでいただき、ありがずうございたす。

    この音が、どこかあなたの蚘憶にも響いたなら──
    「スキ」や「フォロヌ」で教えおください。

    その小さな共鳎が、次の音を玡ぐ力になりたす。


    ※本蚘事はアフィリ゚むトリンクを含みたす。

    『熱狂乱舞』も『DONJUAN LIVE』も、それぞれにショヌケンの“生”が刻たれた蚘録だ。
    ぜひ二぀を聎き比べ、その違いを感じおみおほしい。

    金子正次の遺䜜ずなった映画『竜二』


    ✒筆者関連シリヌズ

    もし、筆者に興味があれば、こちらもご芧ください。
    →「蚘憶の前で ― 入門篇」


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    クリ゚むティブプロデュヌサヌ文筆家。 音楜、仕事、日垞の違和感を、蚘憶の偎から曞いおいたす。 NIKE、Google、資生堂等の倧型むベントや銀座100呚幎等の文化プロゞェクトを䌁画挔出。 ゚ッセむは基本週3回曎新。 asakawa@rightplace.tokyo

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