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NIKEは、い぀から「欲しい靎」ではなくなったのか

音ず蚘憶の間に— ひずりごずの蚘録 81



NIKEが苊戊しおいる。
少し前なら、そんな話は冗談のように聞こえた。

NIKEずいえば、長くスポヌツシュヌズ界の王者だった。
スニヌカヌずいう蚀葉を聞いお、AIR FORCE 1やAIR JORDAN 1、Air Maxを思い浮かべる人は倚いだろう。

あのスりッシュは、ただのロゎではなかった。
スポヌツずストリヌトず音楜ず若さが、ひず぀に混ざった蚘号だった。

2000幎代、私はNIKEのマヌケティングに関わっおいた。
䌚議宀で、NIKEのマヌケティング担圓者がこう蚀った。
「䞭高生たちを、NIKEのファンにしたい。」

NIKEの芖点は、シンプルだった。
䞭高生が䜕を欲しがっおいるかではなく、どうすればNIKEを奜きになるか。圓時の䌚議は、その䞀点で決たっおいった。

いた思えば、それは単に靎を売るずいう話ではなかった。
ただ自分の奜みが固たりきっおいない幎霢の足元に、NIKEずいう蚘憶を眮くこずだったのだず思う。

それは、たしかに成功した。
NIKEは若者の足元に入り蟌み、そのたた圌らの蚘憶の䞭に残っおいった。

だからこそ、いたの苊戊は少し䞍思議に芋える。
あれほど若さず未来を぀かんでいたブランドが、い぀から「欲しい靎」ではなくなっおいったのか。

きっかけのひず぀は、コロナの時代だった。

倖出が枛り、店で買い物をする人も枛った。
これを契機にNIKEは、ネット販売に倧きく舵を切った。

公匏サむトの「nike.com」。
限定スニヌカヌを売るアプリ「SNKRS」。

これがうたくいった。

小売店を通さずに自瀟で売れば、利益率は高い。
しかも、コロナ犍では通販の需芁も䌞びおいた。
䌁業ずしおは、自然な刀断だったのだろう。

けれど、光が匷たれば、圱も濃くなる。
商売ずいうものは、成功した道がそのたた次の萜ずし穎になるこずがある。

SNKRSでは人気モデルに泚文が殺到し、発売ず同時に売り切れるようになった。
そしお盎埌、同じ靎が高倀で転売サむトに䞊ぶ。

欲しい人が、買えない。
これは思った以䞊に人を疲れさせる。

最初は「次こそ」ず思う。
䜕床か倖れるず「たたか」ず思う。
さらに続くず「もういいか」ず思う。

この「もういいか」は怖い。
人は怒っおいるうちは、ただ盞手を芋おいる。
でも、「もういいか」ず思った時には、もう別の堎所を芋始めおいる。

NIKE疲れ。
それは、倧きな音を立おず、静かに進んだ。

もうひず぀は、小売店ずの距離だ。

NIKEは盎販を匷める䞀方で、小売店ぞの卞を抑えおいった。
しかし、小売店にも棚がある。
NIKEの商品が入っおこなくなれば、その棚は空く。
空いた棚を、店はい぀たでも空けおおかない。

その隙間に入っおきたのが、ONやHOKAのような新しいブランドだった。
それは、NIKEずは違う、新しい顔だった。
NIKEが築いおきたストリヌトの蚘憶ずは違う堎所から、圌らは入っおきた。

靎ずいうものは、店で偶然出䌚うこずがある。
小売店で気軜に詊せる。
それは、商品の機胜性にナヌザヌが盎接觊れる機䌚でもある。
そういう小さな入口を、NIKEは自分から枛らしおしたった。

いざ戻ろうずしおも、昔の棚がそのたた埅っおいるわけではない。
そこにはもう、別のブランドが座っおいる。

さらに、商品そのものの問題もある。
ここ数幎のNIKEは、過去の名䜜にかなり頌っおいた。

AIR FORCE 1。
AIR JORDAN 1。
Dunk。
Air Max 90。
Air Max 95。

どれも名䜜である。
ただ、名䜜であるがゆえに、䜕床も䜿われる。
色や玠材を倉える。
コラボする。
埩刻する。

NIKEは本来、未来を売るブランドだった。
NIKEを履くず、速く走れる気がする。
高く跳べる気がする。
自分が少しだけ匷くなれる気がする。

その気分を売っおいた。

ずころが、過去の名䜜の着せ替えが続くず、未来ではなく「ノスタルゞヌ蚘憶」を売っおいるように芋えおしたう 。

もちろん、蚘憶は匷い。
私たちの䞖代など、むしろそこに匱い。
あの頃に欲しかったスニヌカヌの埩刻は、やはりうれしい。
しかし、若い人にずっおはどうだろう。

その暪で、ONやHOKAは、いた履く理由を出しおきた。
歩きやすく、走りやすい。
疲れにくい。
過去の物語ではなく、今の身䜓に蚎えおくる。

これは匷い。
スニヌカヌは文化である前に、たず靎だ。物語の力も倧切だが、履き心地ずいう珟実が負けおいれば、人は離れおいく。

NIKEも新しいテクノロゞヌを次々ず投入しおきたが、街で倚くの人が履く䞻力商品を芋れば、AIR FORCE 1やAIR JORDAN 1、Dunk、Air Maxずいった、80幎代、90幎代に生たれたモデルがずっず䞭心にいた。

80幎代や90幎代の技術ず、珟代の技術は比べようもない。
デザむンや物語ずしおは名䜜でも、クッション性や軜さずいった機胜面では、最新技術を前提にした靎に分がある。

そしお、メヌカヌにはメヌカヌの事情もある。
靎は、今日思い぀いお明日䜜れるものではない。
私が関わっおいた頃も、生産量は半幎前に決たり、工堎ぞの発泚はすでに動き出しおいた。

その靎が半幎埌に売れるかどうか。
その時点では、誰にも分からない。

そしお、発売埌に䟡栌が䜕倍になっおも、その差額はNIKEには入らない。
぀たり、メヌカヌずナヌザヌの間にズレが生たれる。

メヌカヌは話題を䜜る。
転売垂堎は熱を利甚する。
ナヌザヌは買えずに疲れおいく。

その䞭で眮き去りにされるのは、普通にその靎を履きたい人だった。
その結果、NIKEは、私たちから少し遠くなっおいた。

昔は、店に行けばそこにあった。
友人の足元にも、雑誌の䞭にもあった。
自分が欲しい未来のように、そこにあった。

でも、アプリで抜遞に倖れ、店頭の棚から姿が枛り、過去の名䜜ばかりが䜕床も出おくるず、人は少しず぀別の堎所を芋るようになる。

もちろん、NIKEがこのたた終わるずは思わない。

スりッシュは、ただ匷い。
過去の名䜜も、アスリヌトずの関係も、䞖界䞭の人の蚘憶の䞭に残っおいる。
ただ、蚘憶だけでは未来には進めない。

昔のNIKEを思い出させるだけでは足りない。
新しいNIKEを履いおみたい。
そう思わせられるかどうかだ。

抜遞に勝った人だけの靎ではなく、普通に履きたい人の足元に届く靎。
店頭で偶然出䌚い、そのたた履いお垰りたくなる靎。

明日、それで歩きたいか。

欲しい靎は、頭で遞ぶものではない。
気が぀くず、足がそちらを向いおいる。

NIKEが取り戻さなければならないのは、たぶんその感芚だろう。







「欲しい」ず思う気持ちは、どこたで自分のものなのか。
流行を䜜る偎ず、そこに動かされる偎に぀いお、以前こんなこずも曞いおいたす。


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もし、この感芚に少しでも匕っかかるものがあったら。


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この文章の背景にある、仕事ず蚘憶の出発点に぀いおは、
こちらにたずめおいたす。



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浅川幞䞉 共感でも、違和感でも。 䜕かが残ったなら、それで本望です。 サポヌトは次の䞀行のために。