
【番外】《羽田、5時、再会の約束》特別番外篇
——ありふれた交差点の余白
本編は第10話で完結しています。
この番外篇は、最後まで読んでくださった皆様への小さな贈り物です。
大きな事件も、派手な展開もありません。
約束や、お互いを待ち続けた果ての再会でもありませんでした。
青春の終わりに突然切れてしまった連絡。その後、二人はそれぞれの場所で忙しく、まったく別の歳月を歩んできました。
この物語は、そんな二人が東京の街並み、夜風、風邪の悪戯、長年寄り添ったチェロの旋律を通して、ゆっくりと再び巡り合っていく物語です。
こうして迎えた再会――
診察室でマスクと眼鏡をかけた医師(Jason)は、手元に届いた名前で、すぐに彼女だと気づきます。一方、少し天然なところのある彼女(愛紗)は、目の前の先生が初中の同級生だとは夢にも思いません。
長い歳月は、お互いの姿も声も変えていたからです。
彼女が本当に恋に落ちたのは、昔の同級生だからではなく、今、目の前にいる彼という人間に惹かれていった。
そして驚くべきことに、その人は彼女がずっと探していた、あの日の少年でもありました。
第7話で愛紗が呟いた、「私が想う人は……どこにも現れない」という言葉。
その「私が想う人の姿」が、エド・シーランの『Perfect』の旋律とともに目の前に現れた瞬間、二人の点と点は美しく結ばれました。
それは、物語の随所に散りばめられた、ちいさな奇跡の結晶でもあります。
第3話に登場する「ジントニック」の秘密、診察室に流れる「バッハ」、最終回(第10話)のラストでプレミアムタクシーの運転手さんが見せた粋な“助攻(ナイスアシスト)”――。
すべての点と点が愛おしく繋がり、物語の文字は第10話で静かに終わりを迎えます。しかし、彼らの魂は今も、私のエッセイの日常の中で生き続けているのです。
***
時々、書く人間というのは幸福なものだと思う。なぜなら私たちは、凍てつくような現実の向こう側に、自らの手で温もり溢れる宇宙を築くことができるからだ。
私にとって、『羽田、5時、再会の約束』は結末を迎えたけれど、愛紗、Jason、親友の莉莉という3人のキャラクターは、私にとっての「小粋花宇宙」となり、とっくに私のエッセイの日常へと静かに引っ越してきている。
彼らはもう、特定のアパートのひとコマに閉じ込められた登場人物ではない。私の描く別の文字の風景の中で、そこはかとない「後ろ姿」となって揺れているのだ。

雨の日、窓の外の雨水に滲む街並みを眺めるたび、私の脳裏には、冷たい雨霧の中に佇むあの「Jason Tower」が浮かんでくる。
2階には温かな灯りがともる森内科、1階には静かに香りを漂わせる「小粹花」の花屋。その空間の空気感はあまりにもリアルで、扉を開ければ、今にもユーカリとラベンダーの清冽な香りが満ちてきそうな気がする。
私は他のエッセイの中でも、彼らの「すれ違い」をそっと書き込むようになった。
それは少しの切なさを孕んだ、この上なくロマンチックな繋がりだ。
たとえ二人がかつての同級生だったとしても、運命のタイミングが満ちていなければ、同じ横断歩道の白線の上を踏みしめていても、その視線が交わることは決してない。
そんな「無関係のようで、どこかで繋がっている」すれ違いこそが、私のエッセイの世界における、最も美しい「余白」となる。

同じ空間や時間を共有しながらも、気づかずに通り過ぎていく後ろ姿。互いを見ようともせず、それぞれの場所で輝く人生を生きていく。
彼らは、都会の片隅に潜む、最も繊細な孤独と優しさを私に身をもって教えてくれる。

私の創作の境界を、その足取りで広げてくれた愛おしい「子供たち」に、心からの感謝を。この散文世界の中では、雨の日にはいつでも身を寄せる雨宿りの場所があり、どんなに切ない選択や見送った物語も、いつか温かな光の灯る角を曲がった場所で、最も優しい安らぎを手に入れるのだ。
最後になりますが、このちいさな物語を最後まで見守り、二人の長い旅路に寄り添ってくださった読者の皆様、そして貴重な時間を割いて作品を読んでくださった審査員の皆様に、心より感謝申し上げます。
大きな波瀾万丈はなくとも、日々の生活のなかに息づく「空気感」や、言葉にできない大人の心の機微を、少しでもお届けできていたなら、作者としてこれ以上の幸せはありません。
この「小粋花宇宙」のちいさな光が、皆様の心にも温かな余韻として届きますように。
また、どこかの街角で、彼らに会えますように。
小粋花(こざか)
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