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春の枡り #11 枡りの季節

    「 はい、たた連絡させおいただきたす。はい、倱瀌いたしたす」
     盞手が通話を切った音を確認しおから、耳に圓おおいたスマヌトフォンをそっず離す。机の䞊に眮いた䜕かのダむレクトメヌルの裏に走り曞きしたメモを、もう䞀床読み盎した。盞手は、人事担圓の職員だ。私の状態の聞き取りず、もし病状が良ければ、䞉月䞭旬からリハビリ埩垰しおみないかずいう打蚺だった。担圓医からは、基本的な生掻が成り立っおいるこずから、環境の調敎があれば、埩垰が可胜かもしれないずいう助蚀をもらっおいる。それを知っおか知らずか、人事課の職員から提案されたのは、䞉月末たでの䌑暇期間䞭に短時間での職務埩垰を、ずいうものであった。
     こういう話になるこずは、事前に想定しおいた。でも、すぐに蚱諟の返事はできなかった。いざ目の前にスタヌトラむンが匕かれるず、空に向けおいるはずのスタヌタヌピストルの銃口が、こちらを芋おいるような恐怖感が残る。私は走り出せるのだろうか。
     担圓者の名前ず、盎通の電話番号を曞き留めたその裏玙を、冷蔵庫の芋える䜍眮に貌り付ける。しばらく眺めおから、䞀床貌り付けたそれを、裏返しお貌り盎した。考えなくおはならないこずだけれど、今日は、䞀旊ここに眮いおいく。これから予定があるのだ、埩垰のこずは、たた、埌で考える。冷蔵庫の前で匕きずられそうになる思考を無理やりに匕き剥がしお、郚屋ず車の鍵を持っお、家を出た。

     土曜日に飲食店に入るのは、仕事を䌑みはじめおから、初めおのこずだった。呚りに誰か知っおいる人がいないだろうか、こちらを芋お、䜕か囁いおいないだろうかず、やはり、気が萜ち着かなかった。玄束のカフェは昔、二人で来たこずのある店だった。倧通りから少し䞭路に入ったずころにあるその店は、カりンタヌ垭ずボックス垭で構成されおいる。私が通された䞀番奥のボックス垭は、䞞いテヌブルを字に囲うタむプの゜ファヌ垭だ。こじんたりずした空間で、垭同士の距離が近すぎる気もしたが、真正面に盞手の目を芋るこずになるよりは随分マシだず感じた。気を蚱しお話せるかもしれない、ず連絡を取り合ったのは自分なのだが、それでも、いざその時が来るこずは䞍安だった。第䞀声は䜕にしよう、たずは盞手の近況を聞いおからがいいかな、自分のこずはどこから話そう、気を぀かわせないように、でも、自分の気持ちも聞いおもらえるように、ず、数日間䜕床もシミュレヌションした内容を反芻しおみる。そうしながら、店員に枡され、膝の䞊を定䜍眮ずしおいたブランケットを匕き寄せお、胞元でぎゅっず握った。持ち䞊げられた垃の隙間を芋぀けた颚が、足銖のあたりを撫でおいく。ふう、ず息を吐いお、ゆっくりずブランケットを元の䜍眮ぞ返しおいるず、二人分の足音がこちらに向かっおくるのがわかり、慌おお居を正しお顔を䞊げた。
     店員に案内され、『あ〜』ず手を振りながらにこやかにこちらにやっおきたのは、束雪燈。アカリだ。久しぶりに䌚った圌女は、おそらく髪を切りたおなのだろう、元々の癖っ毛がたるでわからないほどたっすぐなショヌトヘアだ。迷いなく私の隣ぞ座り、そしお、䞡手で肩を抱き寄せおトントントンず叩く。たるで海倖のような挚拶を受けお戞惑っおいる私をよそに、身を離した埌も右手で私の背を撫で続ける。
    「ちはみちゃん、今日来おくれおありがずう。䌚えお良かった䌚えお良かったヌ」
     アカリの方が先に泣いおいた。たっすぐな声で、たっすぐな瞳で、たっすぐな枩かさをもっお、ただ私のために、涙を流しおいた。私も、震える身䜓でアカリの肩を撫で返す。しばらく二人で泣いおいた。私の口からは、ごめん、ありがずう、しか出おこなかったけれど、もう十分、自分の話を聞いおもらったような安心感があった。

     机の䞊には、ホットコヌヒヌが二぀。カップから立ち䞊る真っ癜い湯気から、深い焊茶色の銙りがする。数幎前、新米だったあの頃に仕事の悩みや愚痎を話し合っおいた時には、二人ずも砂糖ずミルクを䞡方入れおいたコヌヒヌも、圓たり前のようにブラックで口に運んでいる。
     十二月のあの日、アカリから届いた『䌑んでるっお聞いたよ』ずいうメッセヌゞ。あの日、アカリは研修䌚で、私ず䞀緒に働いおいた孊幎䞻任の先生ず䌚ったらしい。孊校名を芋お、私の名前を出したずころ、䜓調を厩しおしばらく䌑んでいるずいうこずだけ聞いお、時期も時期だしむンフル゚ンザか䜕かだろうず思い、久しぶりに話すきっかけに、ず連絡をくれたようだ。その埌、私から仕事に行けなくなっおいるずいう返事が来た時は驚いたが、返事をくれたずいうこずは、ただ糞が切れたわけじゃないんだず思い、䌚う玄束を取り付けおくれたらしい。
    「それで今、たた戻ろうかなっお感じなの」
    「そういう話は出おる、けど、どうしよっかなっお感じで 」
     アカリは、そっか、ずだけ蚀っお、ロヌルケヌキを口に運んだ。そういえばコンビニで買えるロヌルケヌキを、プラスチックスプヌンを枡されおいるにも関わらず、手で掎んで豪快に食べるのが奜きだったっけ。流石に、店で食べおいる時にはしないだろうけど、友人のような存圚だった圌女が、すっかり倧人の仕事仲間になっおしたったように芋えた。同じ仕事で悩みを分かち合えるからこそ、私たちは繋がれおいるような気さえしおくる。それなら、私がもし、教職に戻れなかったずしたら。ひゅっず喉元が冷える。衚面がぬるくなったコヌヒヌをこくりず流し蟌んで、そのたた沈黙に沈めおいった。
    「  戻った方が良いずは、思うんだけどさ」
     本心のような、嘘のような蚀葉だった。目の前の友人ず繋がれた糞がほ぀れお、もう切れそうになっおいるのを繋ぎ止めるためだけの虚栄心だ。本圓は䜕が良いのかなんお、ただはっきりずはわかっおいなかった。
     もちろん、そうであっおほしいずいう願いもあった。戻っお、たた、教壇に立぀。それがもし自分にできるのなら、それが嬉しいず思うのは、癟パヌセントの本心だった。

     アカリは、二口目のロヌルケヌキを飲み蟌んで、フォヌクを眮いた。背もたれに身を預けお、うヌん、ず、考えをたずめおいるようだった。この埌の圌女の蚀葉が、今この䞖界の結論だず思った。私は、ただ机の淵のカヌブを䜕床も目でなぞりながら、巊手の芪指の爪を、右手でカリカリず匟いおいた。刀決が蚀い枡されるたでの長い沈黙を耐えお、アカリが息を吞い蟌んだのを合図に、私も顔を䞊げる。
    「  うん、わかんないわかんないね、人生だもんちはみちゃんに無理しおほしくない、ずしか蚀えない。わかんないけど、どうなっおも、䜕かあったらい぀でも蚀っおっお感じ」
     アカリがたた、私の肩をトントントンず叩いた。そしお、『これもう手で掎んで食べた方が早いよね』なんお蚀い出しお、私は反射的に笑っおしたった。圌女ずの関係は、きっかけが仕事だったいうだけにすぎなかった。私たちは、あたりにも友達だった。

     今日が、この先の人生の倧きな分岐点になるず思っおいた。䜕かを決断する日だず思っおいた。振り返っおみれば、䜕かを決断しなくおも良いずいう日だった。アカリず分かれた垰り道、曖昧な今日が、行先を照らしおくれおいる気がした。぀けっぱなしの車内ラゞオが、二月の終わりを知らせおいた。

     䞉月に入り、少しだけ寒さが和らいできたような気がする。ず蚀っおも、朝晩の冷えはただただ冬を感じさせおいお、亀流通内での手䜜業も、指が悎んでいた。䞉月は孊生の春䌑みが始たるため、図曞通の利甚が増える。幎床末の締め䜜業や行事も立お蟌み、垫走のような忙しさを感じる時期でもあった。
     私は盞倉わらず、亀流通で壁面食りの䜜成を手䌝っおいた。倧元の案は倏目さんが考えたものだ。四月の幎床替わりにも察応できるような、長く䜿えるデザむンを重芖しお考えられおいる。『業務を効率化しおいこうず思いたしお 』ず申し蚳なさそうに話しかけおきた時は、そもそもボランティアである私に蚱可を取ろうずするなんおおかしな話だず思ったが、圌女らしいなずも思った。䞋請けを任された私は、時々亀流通に行っおは、巣合さんや地域の人ず談笑しながら䜜業を進めおいる。
    「そういえば今日、倏目さんは」
    「なんか朝から図曞通に甚があるずかで、開通時間からずっずあっちなのよ」
     巣合さんが芳葉怍物に氎やりをしながら、図曞通の方を手のひらで瀺す。開通時間からずいうこずは、かれこれ䞉十分は経ずうずしおいる。たた䜕か、業務に必芁そうな本でも芋繕っおいるのだろうず蚀う巣合さんの埌ろで、なぜか、河内さんがたた、䌁み顔で笑っおいるのが芋えた。
     そこぞ、ガタン、ガタンず、重たいものを持ち䞊げおは䞋ろしながら運んでいるような音が聞こえおくる。䜕事かずゞョりロ片手に芋にいった巣合さんが、えヌず声を䞊げた。
    「倏目さんなに持っおきたのそれヌ」
     どうやら重いものを運んでいたのは倏目さんだったらしい。高さ癟八十センチメヌトルはありそうなパヌテヌションに、バサバサず音が鳎る重そうな垃が付いおいる。同じものが図曞通の自動ドアの脇にあず䞉぀ほど立おかけおあるのが芋えた。図曞通から借りおきたず話す倏目さんの話は埌で聞くこずにしお、四぀党おのパヌテヌションを、私たち四人でコミュニティヌスペヌスの奥ぞず運んだ。

     倏目さんが蚀うには、これは防音パヌテヌションずいうもので、音挏れを軜枛するためのものらしい。地域の人から、たたカラオケ倧䌚がやりたいずいう芁望が出おいるこずを知っお、䜕か良い案を考えおいる時に、図曞通で幌児向けの音楜むベントをしおいる時に䜿われおいたこの備品に目を぀け、図曞通偎ず亀枉しお貞しおもらったようだ。
    「貞しおもらったっお カラオケ倧䌚するなんお蚀ったら反察されたでしょう」
    「えいえいえ、坂内さんに蚀ったら、快く貞しおくれたしたよ」
    「ええ坂内さんが」
     巣合さんが本気で驚いおいるようだった。どうやらこの前のカラオケ倧䌚だけではなく、䜕かず分かり合えないこずが倚い盞手らしい。どちらが犬で猿なのかたでは聞かなかったが、ずにかく巣合さんにずっお亀枉盞手ずしおは最悪の盞手らしいが、倏目さんは『いろいろ話したりしお仲良いんですよ〜』ずいうこずらしい。驚いおいる私ず巣合さんを暪目に、河内さんが手を叩いお笑っおいた。
    「ずりあえず今日は、テストずいうこずで、音挏れの具合を確認しおみようず思いたす。圹所から、隒音蚈も借りおきたので」
     やる気満々の倏目さんを芋お、巣合さんの衚情もほぐれおいった。そこに、昌䌑憩を知らせるチャむムが鳎る。じゃあ私はここで、ず声を掛けお、頌たれおいた分の補䜜物を、倏目さんに手枡した。
    「わ、もうできたんですね。土倉さん、やっぱりすごいです。これでしばらくは少し貌り替えるだけなので、掲瀺板は安泰です」
    「良かった。もう十二日、来週から䞉月も埌半戊ですね」
    「そうですね、あっずいう間だ。ありがずうございたした。じゃあ、土倉さん、たた来週」
     倏目さんは、私が枡した補䜜物を、い぀かのように、䞡手でしっかりず受け止めた。
    「はい。たた、来たすね」
     そう蚀っお、職員宀の受付窓口から顔を芗かせる河内さんず巣合さんにも手を振っお、亀流通を埌にする。扉が開いお、さらりず頬を撫でた颚から、春の匂いがした。空は晎れおいる。䞊の方では颚が匷いのだろうか、雲の流れは早い。

     目の前を、ツバメが通り過ぎる。その先を芋るず、ただ新しい亀流通の倖壁に、䜜りかけの巣があった。ああ、今幎はやっおきたんだ。
     昌時で賑わい出す街䞊みに、顔を䞊げお、螏み出す。もう少ししたら、あの䜜りかけの巣も、新しい生呜の居堎所になるのだろう。その頃、私は、どうなっおいるだろうか。家たでの垰り道、䞀歩䞀歩を螏み締めおいく。これから迎える春のはじたりの合図が、空に響く音が聞こえた気がした。





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    ──あずがき

    https://note.com/koyomi_yubiori/n/nf86f29aaf7fd


     
     
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