メインコンテンツへスキップ
見出し画像

【連載】Vol.① 浪人で留年。新卒でスキルもない。でも海外で働きたいから飛びだしてみた。

    KOYO | Run x Tech x English

    2018年当時のことを書いており現在とは状況が異なる可能性もあります。

    <<日本での就活開始~留学決断編>>

    こんにちは!!koyoです。
    このnoteを読んでいただいてありがとうございます。なにか大きく挑戦したい!という同年代(20代前半)の方に対してかいています。結論からいうと、海外就職は夢じゃないことをつたえられたら嬉しいです。

    ざっくり僕の経歴を紹介すると、高校は県内でもソコソコの進学校に進むもビリ2位を記録。1年の浪人を経て、京都市内の大学に入学。学生時代はボランティアに注力しすぎて4単位足りず半年留年をくらい2017年9月に卒業。翌月10月からフィリピン・セブ島へ留学をしながら海外就職をめざしていました。

    ▷「現在就活まっ最中です!!」という就活生
    ▷「このままで面白い人生になるのかな?」と疑問をもつ社会人

    などなど、将来にほんの少しでも疑問をいだいているあなたにぜひとも読んでほしいです。今回は<日本での就活開始~留学決断>までをかきます。



    【目次】
    【1】日本で就活開始!でも日本社会に疑問を抱く大学5年生
    1:同じ色にそめられる日本の就活システムは人権侵害だ!
    ①薄れゆく大学の知性。
    ②マニュアル本に操られる学生。
    2:安定はしているだろうけれど面白いのかな?
    【2】決断!世界で通用する人間に俺はなる!
    1:就活やめてみた。
    【3】わがまま。でも伝えるしかない。
    1:日本で働かない思いを両親のもとへ。
    2:両親との葛藤の数日間。
    3:雪解け。
    【まとめ】あなたが思っているよりも夢じゃない



    【1】日本で就活開始!でも日本社会に疑問を抱く大学5年生


    1:同じ色にそめられる日本の就活システムは人権侵害だ!
    日本の就活システムはハッキリいって異常です。僕がひそかにいだいていた疑問をかいていきます。

    ①薄れゆく大学の知性
    何のために大学へ通うのでしょうか。高校では学べない、より専門的な学問の教養の幅をひろげるため、であると僕は思います。

    しかし、現在の就活システムでは十分に学問をふかめられないのが現実です。大学4年生の4月から就活解禁、6月から面接解禁と経団連はさだめています。

    ですが、いい人材を一人でも多く確保する目的のもと、どの企業も解禁スケジュールよりもずっと早い時期から募集を始めているのです。なかには3年生の秋には内定がでる学生もいます。

    つまりは3年生になると同時に就活を始めなければいけない学生が出るということ。なので学問を深める期間はほんの2年間だけなのです。僕にとって大学の半分は就職への準備期間でしかないように思えてなりませんでした。このせいで自殺する学生もいるのです。


    ②マニュアル本に操られる学生
    「就活対策」関連本が多くをしめている光景を書店で見たことがあることでしょう。そうです、日本の就活にはハッキリとした「マニュアル」があるのです。

    その本を見てみると「自己分析」なるものをすすめてきます。自分にはどのような能力や関心があるのか客観視してみよう、というものでした。自分自身を振りかえる機会はそう多くないので、これはいい分析だとある程度は賛成できます。

    ですが、自分が「今」知っている自分は本当の自分でしょうか。僕は仮にも本当の自分とした自分は環境や状況によってどのようにも変わると思います。そしてあまりに自己分析をおこなうあまりに、自分はこういう人間でいなきゃダメだ!とも逆の考え方もうまれるのです。

    そして、徹底的に自分は人とはちがってこんな能力や特徴がある!と気づかされました。が、自分を好きなように表現するのではなく「マニュアル」どおりにほかの学生とおなじように目立たないような就活をしいられます。

    僕はこの矛盾にたえられなかったのです。「マニュアル」は自分だけの光る個性をみつけろと教えてくれました。ですが実際の面接では「スーツは黒でネクタイは暗い色」と個性を出さないように教えてきます。

    2つの疑問を書いてきましたが、同じ色にそめて人間性を押し殺すこの就活文化は変です。わたしたちの生きたいように生きる権利を侵害しているようにおもえてなりませんでした。


    2:安定はしているだろうけれど面白いのかな?
    そんな疑問を抱いているなかで「日本で働くこと」について考えてみました。僕が日本で働く選択をすると、

    ▷勤務年数に応じて給料が上がっていく(給与面)
    ▷治安の心配は全くいらない(環境面)
    ▷言語が通じない問題がない(仕事面)


    この3つの利点が主に考えられます。ですが、日本並みに治安が安定している国もたくさんあります。アジア圏ではかつての日本のように経済成長が著しいです。給与は日本よりは若干下がりますが、物価が安いので自分で使えるお金はかなり増えます。言語的には英語ネイティブ圏ではむずかしいかもしれないです。が、英語を第二言語にする国はたくさんありますのでお互いネイティブではないなかなのでコミュニケーションはとりやすいことでしょう。

    グローバル化した現代は「モノと人と、情報、お金」が自由に国境を越えています。世界中どこにいてもインターネット環境がありさえすれば誰でも連絡がとれるのです。こんなことができるなんて数十年前の人には信じられなかったことでしょう。インターネット技術が著しく発展している世界に幸運にも僕も生きています。

    そのなかで日本だけでしか生きていけないでいいの?との疑問がフツフツとわいてきました。




    【2】決断!世界で通用する人間に俺はなる!

    1:就活やめてみた。
    たくさん疑問を抱えていたものの、5年生の春から始まった就活をつづけていました。納得はいかなかったですが、そのほかの選択肢はなかったのです。同期の友人たちはすでに新卒として研修をうけている頃。けれども僕は日本独特のシステムにいら立ちを感じながらもひとりで大きな悩みを抱えていました。

    細かい表現の違いを過度に気にしながらたくさん書いたエントリーシート。遠方で開催される企業の説明会や面接。新卒内定率が70%!と、公表されるも依然どこの内定も持っていない現実。大学の進路センターからくる進捗報告を促す電話。参加人数がしだいに減っていく説明会。

    いくつもの企業を見てきましたが、気持ちが全然のりません。

    おかげですべての企業からお断りのメール(通称「お祈りメール」)を受け取る日々。これはきっとぼくの進むべき道はこれではない、と教えられているようでした。なので、思いきって辞めてみました。



    【3】わがまま。でも伝えるしかない。


    1:日本で働かない思いを両親のもとへ。
    わが子が浪人・留年をしたうえに、今度は就活を辞めたといいだすのです。読んでくださっているみなさんも手のかかる子だと思われるでしょう。ですが、僕には昔からおもいえがいていた夢がふんわりとありました。それは海外で活躍する人間になることです。(ここにいたる経験は次の投稿に書きます)

    このおもいを伝えるために授業期間ではありましたが地元へ帰省。両親と僕の3人で僕の気持ちをすべて語る場をつくりました。いちばん納得してもらわないといけないことは「海外で暮らしていきたいだから留学に行きたい」ということでした。


    2:両親との葛藤の数日間。
    ですが、海外で生きていきたい旨はすんなりとうけいれてくれませんでした。両親の言い分はこの2つ。
    ▷前例を聞いたことがない
    ▷経験がないからまず日本が無難

    「前例を聞いたことがない」
    友人のなかにいませんでしたが、ネットに前例はたくさんありました。かれらは新卒で日本をとびだし、好きなことだけやっているようで羨ましかった。根拠も特別なスキルもないけれど、僕にでもやれそうな自信だけはありました。もしも前例がないなら、先頭をきって僕がつくればいいだけ!と両親をいいきかせました。

    「経験がないからまず日本が無難」
    両親は「まず3年は日本で経験をつんでからでいいんじゃない?」とさとしてきます。が、3年間も好きでもない仕事をたえられる自信がまったくありません。3年後は27歳。結婚や子どもについて考えているころかもしれません。その時にひとりで海外にでていくと言えるか自信は相手のこともあるのでむずかしいでしょう。さらには「3年」の根拠はどこにもありません。なんのしがらみがない、動きやすい「今」しかないことをとにかく伝えました。


    3:雪解け。
    家族会議から数日間、ピンと糸をはったような緊張がつづきました。それもそのはず。人とおなじように「普通」に就職すればいいだけなのでしょう。ですが、ぼくには到底できそうにもありませんでした。

    ある日、父に小さな居酒屋さんへつれていかれました。父の第一声は「覚悟はあるのか?」でした。
    「もちろん。本気で海外で生きていきたい。でも今は英語力がないから留学させてほしい。絶対に後悔させないからお願いします。」と心からお願いしました。
    「わかった。それだけ本気なら応援する。」とわがままな僕の提案を父はうけいれてくれました。基本的に僕のやりたいことはなんでも応援してくれた父ですが、レールから大きく外れる覚悟をたしかめたかったのだと思います。単に社会からの逃げ道として考えているのではないとわかってもらいました。

    この日の出来事は一生忘れません。将来はこの日を境にぼくの人生が180度まるっきり変わったことに感謝するにちがいないことでしょう。

    居酒屋を出て空を見上げると、そこには雲ひとつないキレイな星空がうかんでいました。




    【まとめ】あなたが思っているよりも夢じゃない


    これまで色々と書いてきましたが、就活システムにおなじ疑問をいだいてくれたら嬉しいです。また、日本という枠におさまらずに生きていく決意のきっかけになればとても喜びます。
    次回は<<留学編>>を書きます!
    お楽しみに!

     
     
     
    1993年生まれ | 福岡県在住 | フルリモートで勤務するQAエンジニア | マガジン「引きこもり、走る」「英字新聞を「横」に読む」を定期的に書いています。

    あなたへのおすすめ