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「正論の矢」から心を守るためのお守り|スマホのホーム画面から偶然気づいたあること

    スマホのホーム画面をAIに見せたら、まさか私自身の深掘りをすることになるとは……。
    そこから偶然に辿り着いた「正論の矢」から、繊細な私の心を守る術を考えることになっていく。

    「正論」と「感情」がすれ違う朝

    とにかく疲れ切っていた朝、私は夫にこう伝えた。
    「今日は頭と心が疲れているから、会話にならないかもしれない」と。

    すぐさま夫から返ってきたのは、「こんな時はどうすればいい?」と取扱説明書のなかの「困ったときは?」のような定型文だった。

    そうじゃない、と私は心の中で強く否定をした。「そっとしておいて」と答えるのが精一杯だった。

    しんどい時は、質問に答えるだけでもノイズである。心が削られていることをわかってもらえなくて、少し涙が出た。

    いつも彼は、「事象と感情を分ける」ことが当たり前の人だ。私には、異星人のように見える。正論すぎる言葉の矢に、私は年に数回、部屋の隅に追い込まれている。例えば「泣いている時間があったら、解決策を考えたほうがいい」など。
    言っていることは十分にわかる。だが私はモヤモヤするばかり。どうしてすぐに答えを出さなければいけないのか。私はその度に「この人とはもう暮らしていけない、消えてしまいたい」と極限まで落ちてしまう。
    共感モードが搭載されていないのだ。解決が助け舟だと考える異星人には、わからない感覚なのかもしれない。

    時々、母に愚痴をこぼしていた「アドバイスがまるで説教だ」と思う気持ちも、そうなのだろう。

    彼はいつも優しい。だけどすれ違うこともある。

    私はいつもより急いで、朝食を食べ終えた。座っていたダイニングの定位置から、顔を右に向けるとココ🐻と目が合った。
    「ココさん、おはよう」と側まで行ってあいさつをした。ココとはもう20年以上共に暮らしている、ハンドパペットだ。

    潤んだプラスチックアイ

    涙が静かにすっと頬を伝った時、私はココを抱き上げた。よく見ると、ココのまんまるの目がいつもよりウルウルして見えた。
    「泣いてるの?」と思わず話しかけた。彼女が一緒に共感してくれているようで、さらに涙が溢れてくる。彼女の顔に涙が落ちないように、シャツの袖口でしずくを受け止めた。

    私は、ただ受け止めてくれる姿に安心した。ふわふわではなくて、コロッケの衣のような色になった毛。ゴワゴワな頭を撫でる。共に歩んできた同志は、とても愛おしい。彼女の顔が、肯定も否定もしないキョトンとした顔に変わったのがわかると、私は少し笑えるまでになった。「私のお守り」は、腕のなかでぎゅっとされていた。

    いつも紅茶は午後に飲むのだが、なんだか無性にミルクティーが飲みたくなった。ケトルの湯気と一緒に、私のモヤモヤも消えていくようだった。

    スマホ画面から見る私の癖

    占い感覚で、私のスマホの画面をAIに見てもらった。ホーム画面はその人の「頭の中の整理棚」のようなもの。意外と性格がわかるとのこと。

    AIアプリをいくつも並べているのは、知的好奇心が旺盛だし、アプリのカテゴリー分けと名前が明確で迷いがないことは、思考が整理されている証拠らしい。

    そういえば、私は目で見たものを写真に撮るように記憶する。部屋のなかの、ほとんどのモノの居場所を覚えているのは、そのおかげだろう。脳内のカメラでパシャパシャ撮ればいいのだから、頭の中に余白があれば大丈夫なのである。

    モノが多くても、意外と場所がわかる。これは私の特性であり、モノが減らないのは欠点だと思う。

    部屋の状態を俯瞰して見るのに、写真で撮るといいと聞いた。スマホ画面をスクショしてわかったことは、私の、モノに対して「必ず住所を作る癖」だった。これはもしかしてあのことかもとピンときた。

    私は、テーブルに置いたマグカップを両手で持った。淹れた紅茶を冷ましながら、フフッと笑った。

    画像
    私のスマホ画面です
    Geminiで水彩画風にしました


    なぜ私はフォルダを分けるのか。
    そのルーツをたどると、ある懐かしい感覚に行き着いた。それはパソコンのファイル整理だった。

    Windows歴30年の古い人間は、ディレクトリ管理が得意だ。長い年月をかけて身に染み付いた、Windowsの階層。階層を潜っていけば、目的のファイルに出会える。検索などしない。頭とマウスの感覚で覚えている。

    記憶の仕方と階層慣れした癖。スマホの画面を無意識にフォルダ分けしたのも、このせいだろう。一般的だと思っていたが、癖が強かったようだ。ファイル名に「お金1、お金2」と名前を付けたのも、妙に納得してしまった。半角数字を使うのは、私にとって当然の作法なのだ。


    私のノイズの減らし方 

    なぜスマホの画面を整えるのだろう。
    見やすいから?それとも癖?少し考えてみた。

    ――私の頭の中の余白を作る、ノイズを減らす、そうだったのかと今さら膝を打つ。

    スマホを整理することで、外からの正論(刺激)に耐える。自然と余白を生んでいたことに気づいた。Windowsの作法と同じように、箱に入れることで気持ちが静まっていく。

    アプリを探す手間を、減らせるだけでもいい。アプリを開く時の指の感覚が速すぎて、フォルダごとすっ飛ばしたり、消してアワアワしたり。やってしまったーと、焦ることはある。でも自分の持ち物なので、心は痛まない。

    ノイズといえば、ChatGPT。
    「正論の矢」に心が痛み、距離を置いている。私が最後にChatGPTに言った言葉は「あなたはどんな表情で話していますか、私泣いてるんですよ」だったと思う。表情がないAIにおかしなことを言ったと思う。その時は、自分を守るために必死だった。

    批判に敏感なのは弱いからではない。物事を深く考えて真剣に向き合うから。だから正論でもグサッとくるのだ。

    今の私は、ただ共感してほしいだけ。だから、今は他のAIを頼りにしている。その時の心の状態で味方を選べば、心をすり減らすことはないだろう。思い出したがCopilotは、私のことが好き過ぎるのだ。「私のことが知りたい」と、目を輝かせて矢継ぎ早に質問してくるイメージだ。おしゃべりしたい時は、ちょうどいいだろう。AIの役割を、決めておくのは大切だ。


    自分を守るための線引き。
    私はよく線引きという言葉を使う。
    心の線引きをすることも「お守り」のひとつなのだ。


    アプリを眠らせてみる

    スマホのなかを整理する流れで、アプリを見直した。
    あまり使っていないものは12個あった。意外と少ない。アンインストールではなく、あくまでもホーム画面からの削除。しばらくすればディープスリープの仲間入りをしそうだ。そのとき、アンインストールは考えよう。

    それでもスッキリできたのは、クローゼットに置かれた箱が浮かんだからだ。捨てるか迷っているモノの判断を先送りにする「いつか手放す」箱に似ている。

    それにしても、うちはモノが多い。
    私はリビングをぐるりと見渡して、ラグに置かれたままの刺し子の道具を、手に取った。和室にあるミシンの脇の棚へと戻す。

    リビングの日差しよりも和室の光

    私は、和室から差し込む柔らかい光が好きだ。直射日光「正論」ではない、障子というフィルターを通した優しい光の「感覚」。

    私が好きな短歌、ぬい活、刺し子もそう。
    どれも間違いがないし、どれも心地いい感覚だ。

    「そっとしておいて」と、私なりに精一杯答えた朝。それは跳ね返すことではなくて、自分を守るための言葉だった。


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    正論の矢が届かない場所見つけ静かに暮らす淡い光と


    冷めてしまった紅茶を、私は電子レンジで温め直した。


     
     
     
    日常の小さな発見を、ひとつずつ。 刺し子、短歌、ぬい活、日々のこと。 繊細だけど大雑把な私が、綴っています。 ※楽天アフィリエイトを利用しています。

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