メインコンテンツへスキップ
見出し画像

物語を書いている方へ謝罪します

    私は、物語を読むのが得意ではありません。

    *

    まず、登場人物の名前で立ち止まってしまう。

    日常にはない名前。
    この名前の裏にはどんな想いがあるのだろう、そこで止まる。横文字だとなおさら分かりにくい。

    数ページ読むと、その考察に引っ張られて、文字をたどっても上の空になる。

    登場人物を、手書きで書き出す作業をする。

    それでも、作られた物語というだけで「読んでどうする?」という言葉が、浮かんでしまう。

    読み飛ばすことができず、情報過多になり頭痛がしてくる。

    友人が小説を書いた。
    読んであげたい思いから、頑張って読んで「面白かった」と素直に感想をつたえた。
    ただ、疲れてしまった。

    体は正直だ。

    エッセイは読める。
    なんとか、ショートショートや掌編小説は読める。

    短歌を詠むときは、情景を掬えるのに。

    *

    マンガは、コマ割のなかに吹き出しがいくつもあると、どこから読んだらいいかわからない。

    画風と背景の観察から、始めるからだ。

    部屋なかの物の場所は細かく覚えているし、パソコンの画面を景色のように眺めるのが得意だ。

    マンガを読める、すべての人たちを尊敬している。


    映画など映像は姿が見えるから理解しやすいが、耳が疲れてしまう。
    とはいえ、ミュージカルは平気という天邪鬼だ。


    最後に、おかしなことを言ってみる。

    私は、日々の暮らしから小さな気づきをいただく能力のかわりに、作られた物語を読む能力を持てなかったのだと思う。

    声を失うことを選んだ、人魚姫を思い出している。

    #なんのはなしですか


    🐐コヤギのつぶやき
    先日、AIの最新ニュースを紹介する記事を読んだ。
    マンガの下に、文章での解説がついていた。
    マンガだけでは「?」だったのに、文章を読むとすっと理解しやすく、そういう頭の構造なのかと納得した。



    この記事が参加している募集

     
     
     
    日常の小さな発見を、ひとつずつ。 刺し子、短歌、ぬい活、日々のこと。 繊細だけど大雑把な私が、綴っています。 ※楽天アフィリエイトを利用しています。

    あなたへのおすすめ