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第䞃章 残された光、北条泰時は内政のプロフェッショナル

・謙虚な奜青幎は思慮深き統治者ぞ

鎌倉殿の人の䞭では、思いやりのある実盎な奜青幎ずしお描かれおいる北条泰時。
実際、父芪である矩時に茪を掛けお腰の䜎い人物だったようだ。
それでも、戊での実瞟も着実に重ね、歳の時に起こった承久の乱では芋事に総倧将を勀め䞊げ、幕府方を倧勝利に導くずいう華やかな軍功を打ち立おるこずずなる。

偉倧なる父を倱った埌も、負けず劣らず偉倧であった尌将軍政子ずスヌパヌ文官倧江広元のサポヌトによっお、執暩ずしお采配を振るうこずができおいた。
しかし、幎に二人が亡くなっおしたうず、重鎮たちのカリスマで䞍満を抑え蟌むやり方は通甚しないだろうず、再び合議制に戻すこずにする。


・俺、独裁者じゃないから安心しおね

執暩も二人眮いお、ツヌトップにする。
だが、流石に暩力を同等にしおしたうず䞊手く行かなかったので、補䜐圹は連眲ずいう圹職ずしお据えるこずにした。
公匏の文曞は、二人が連ねお眲名するこずで効力を発揮するようにしたので、連眲。これで、少なくずも独裁は行えない。
初代連眲は、童顔な瀬戞康史が挔じおるせいで、どうしおも末っ子にしか芋えない時房叔父さん。実際、きちんず己の分をわきたえた人だったようだ。

泰時も、叔父の時房を立おたり、遺産盞続でも自分の取り分を少なくしたり、冷静に自分の立ち䜍眮を把握しお、反感を買わないように振る舞っおいる。

みんなでの話し合いを倧事にする評定衆は、人で、執暩ず連眲を加えるず、人。
鎌倉殿の人䜓制を螏襲しおいるんだが、か぀お発足圓時から足の匕っ匵り合いで瓊解を始めた矩時らの合議制を真䌌おも意味がねえなっおこずになる。
さらに、承久の乱での勝利によっお西囜たで支配できちたったから、蚎蚟や各皮トラブルの盞談も倍増。

それらをきちんず円滑に裁く為に、歊士でも分かる理屈や蚀葉で法埋を定めようっおこずにする。
それが、評定衆が始たっお幎埌に発衚された埡成敗匏目。
泰時自身、京から法埋の専門家を呌んでかなり勉匷したらしい。

カリスマある独裁者がいなくおも、みんなが玍埗できる政治や法埋運営ができるルヌル。それが埡成敗匏目。


・埡成敗匏目に懞ける、泰時の熱い想い

圓時、六波矅探題京郜で朝廷を監芖する為に眮かれた圹所にいた匟の北条重時に、熱い想いを曞き綎っおいる。

・埡成敗匏目は、人の心を正盎に尊び、曲がった道理を捚おた、平凡な道理   に基づいお䜜るんだ

・身分の差によっお刀決内容が倉わるずかも、絶察蚱さん

・公家の法埋は、歊家には難しくお理解できない。あの頌朝様ですら、公家法は甚いなかった。だから俺は、歊家の、歊家による歊家の為の法兞を䜜る

・きっず朝廷は、「東囜の人間颚情が䜕を愚かなこずをしおいるのか」「法兞なら既に公家法があるじゃないか」ずか、いろいろ蚀うだろう。そのずきは、䞊蚘の理由で説明しお欲しい。

実際、圓時の公家法は、叀代に定められた埋什制が䞊手く機胜しなくなったずころに、埌付けで膚倧な蚂正や改倉を付け足ししおいったものずなっおるから、䜙皋の専門家でなければ䜿いこなせなかった。
それに加えお、幕府支配になっおから、各地にはそれたでの支配者である受領の他に、埡家人が務める地頭が城皎者ずしお掟遣されるこずになるから、それはもうややこしいこずになったかず 。


・歊士を野蛮人から心ある人ぞず導く 

真っ先に描かれおいるのは、神瀟仏閣を倧事にしようずいうこず。
貎族たちほどではないにせよ、やはり歊家にずっおも、神眰や祟りずいったものはそれなりに信じられおいただろうから、これは囜防の抂念でもある。
珟代に眮き換えるず、病院や公園などを倧事にする感芚に近いだろうか。

その埌は、土地や皎金や盞続に関するこずがきちんず曞かれおいお、それだけ、それらがトラブルの原因だったこずを窺わせおいる。

そしお、倧事なのが、眪を犯した堎合の察凊法に関する明蚘

・盞手の呜を奪ったら、死眪か流眪だよ。
・仇蚎ちで人を殺したら、䞀族ごず同眪にするよ。
・争いの元である悪口は駄目だよ、特に裁刀で盞手の悪口を蚀ったら、敗蚎決定だよ。
・人に暎力を振るったら、重い凊分を䞋すよ。特に埡家人がやらかしたら、所領を没収するからね。
・文曞を停造したら所領を没収するよ
・歩いおいる女性をさらった堎合、埡家人は日間の停職にするよ。

珟代人からするず、人を殺すず眪になるのは圓り前のこずなんだが、『門前に生銖絶やすな』が栌奜良いずされる時代、争いのない時代を築いおいく為には、きっちり線匕きしおおかなければならないルヌルだったんだ。
 女性さらっおも日間の停職で枈むずいうのは、ちょっず玍埗いかないが、たあそこはそれ 。男女平等 䜕それ矎味しいのっお時代だからな 。


・鎌倉幕府の黄金期を迎える 

暩力を分散し、埡家人たちには物腰柔らかな姿勢で臚み、トラブルは埡成敗匏目ずいうマニュアルに則っお解決する。
この方針は成功し、内ゲバが絶えなかった鎌倉幕府に、぀いに安定をもたらし、黄金期を迎えるこずになる。

曎に、この埡成敗匏目は、宀町時代にも甚いられ、戊囜時代には少し远加の法埋を加えた分囜法ずなり、江戞時代に至っおも、法什ずしおの暩嚁を持ち続けるこずずなる。寺子屋の教科曞にもなったずいう。

陰謀ず血に塗れた父芪の背䞭を芋お育った泰時が、熱い想いで䜜り䞊げた法兞は、人を導く光ずなった


長文、お付き合い頂きありがずう
科孊も未発達で、祟りや神仏の眰が信じられ、道埳はおろか、呜の䟡倀すら軜んじられおいた時代、それでも人々は、高みを目指し、少し高い䜍眮に䞊っお俯瞰的芖野を埗るこずができ、尚䞔぀、なにがしかの理想を描いおいたならば、それを掎もうず足掻いた。
理想などなく、保身や我欲ばかりに走る内倖の敵に足を匕っぱられながら。

そんな汚泥に塗れた矩時が、思い描いおいた理想に繋げお花開かせた、蓮の花のような存圚が、泰時ではなかったのか、そう感じられる。

いいなず思ったら応揎しよう