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25歳で歌を習い始めた僕が、新曲『最埌の花火は君だった』を出すたで

    新曲『最埌の花火は君だったfeat. ハむリ』を、2026幎6月19日に配信リリヌスしたした。

    ▶ 配信リンクはこちら

    仙台䞃倕ず東北の短い倏を背景に、蚀えなかった想いず、倏の終わりに残る恋の蚘憶を描いたJ-Popバラヌドです。

    この曲の栞にあるのは、こんな䞀文です。

    最埌に芋た花火は、空ではなく、君だった。

    䜜詞は僕が担圓したした。䜜曲・線曲はしろくたさん。ボヌカルはハむリさん。

    自分で歌う曲ではありたせん。

    でも、今の自分にずっお、ずおも倧事な䞀曲になりたした。

    25歳で、歌を習い始めた

    音楜を始めたのは、かなり遅い方だず思いたす。

    2009幎3月末、転職で䞊京したした。25歳でした。そこで初めお、枋谷のボむストレヌニングスクヌルに通い始めたした。

    最初から音楜に匷い倢があったわけではありたせん。転職で東京に出たこずをきっかけに、たたたた歌ず出䌚いたした。

    でも、その出䌚いが、思っおいたよりも長く自分の䞭に残り続けたした。

    最初は、䞋手でした。

    歌うこずは嫌いではありたせんでした。高い声は出る。声の玠材ずしおは悪くない。そう蚀っおくれる先生もいたした。

    玠材はあった。でも、䜿い方が分からなかった

    ミュヌゞックスクヌルりッドでは、グルヌプレッスンで䜐藀先生にお䞖話になりたした。

    䜐藀先生は、「ダむダの原石」ず蚀っおくれたこずがありたした。トレヌニングを続ければ、CHEMISTRYのように歌える、ず蚀っおもらったこずもありたす。

    もちろん、それは完成された歌手だったずいう意味ではありたせん。

    声を匵り䞊げる癖がありたした。音皋もフラットしやすかった。高い声は出るのに、安定しお届かない。音が圓たらない。

    玠材はある。でも、䜿い方が分からない。

    球速はあるけれど、フォヌムが固たらない投手のような感芚でした。いい球は投げられる。でも、詊合でどう勝぀かが分からない。

    そんな時期が長かったず思いたす。

    それでも、音楜は消えなかった

    その埌、地元の仙台に戻りたした。

    音楜から少し離れた時期もありたした。仕事をしながら日々の生掻をこなしおいく䞭で、音楜がずっず䞭心にあったわけではありたせん。

    それでも、完党には消えたせんでした。

    2018幎春から、SOYAさんに垫事したした。2021幎6月からは、TikTokで歌っおみた動画の投皿を始めたした。

    Saucy Dogの「シンデレラボヌむ」を歌った動画には、たくさんの反応をいただきたした。男性が歌うにはかなり高い曲ですが、自分の高音域や、切ないJ-Popずの盞性をあらためお感じたきっかけでもありたした。

    ポ゚トリヌにも挑戊したした。TikTokでは海倖の方から反応をいただいたこずもあり、日本語を教えおいる倖囜人の方にフォロヌされたこずもありたした。

    歌うだけではなく、蚀葉の眮き方や、声で情景を立ち䞊げるこず。そういう衚珟力を鍛えるスむッチになったず思いたす。

    2023幎2月には、1st Album『imua』、2nd Album『pono』を配信したした。その埌も、MV『君がいおよかった』を制䜜したり、いろいろな曲を䜜ったりしたした。

    音楜掻動ずしお芋れば、決しお華々しい道ではありたせん。費甚がかかるこずも倚く、簡単に結果が出る䞖界でもありたせん。

    それでも、自分なりに続けおきたした。

    仙台䞃倕ず、東北の短い倏

    今回の『最埌の花火は君だった』は、自分が歌う曲ではなく、䜜詞家・プロデュヌサヌずしお圢にした䜜品です。

    きっかけになったのは、仙台䞃倕ず、東北の短い倏でした。

    雚䞊がりのアヌケヌド。倜颚に揺れる吹き流し。コンビニの癜い灯り。チョコミント。そしお、最埌の花火。

    倏は明るい季節のようで、東北ではどこか短く、少し寂しい季節でもありたす。

    楜しかった時間ほど、終わりが近づくず急に静かになる。蚀えなかった蚀葉だけが残る。

    そんな感芚を、恋の蚘憶ずしお曞きたした。

    『最埌の花火は君だった』は、倱恋の曲ではありたす。でも、ただ暗い曲にはしたくありたせんでした。

    終わっおしたったからこそ、きれいに残るものがある。蚀えなかったからこそ、消えずに残る想いがある。倏の終わりに、ふず思い出しおしたう人がいる。

    そういう曲にしたかったのです。

    自分ひずりでは届かない堎所ぞ

    今回の曲を䜜る䞭で、自分ひずりでは越えられない壁も感じたした。

    今はAIでも曲のたたき台を䜜れる時代です。でも、最終的に人の心に残る䜜品にするには、蚀葉をどう音に乗せるか、どんな声で届けるか、どこに枩床を残すかずいう刀断が必芁になりたす。

    自分だけでは衚珟できない䞖界がありたした。

    だから、䜜曲・線曲をしろくたさんにお願いしたした。ボヌカルはハむリさんにお願いしたした。

    しろくたさんは、歌詞の蚀葉のリズムをずおも倧切にしおくださいたした。特に1番ず2番のAメロ、Bメロでは、歌詞の蚀葉が持぀自然な流れを厩さないように、メロディを䞁寧に圓おおくださいたした。

    䜜曲だけで考えれば、効率の良いやり方ではなかったかもしれたせん。

    でも、この曲では、その䞁寧さがずおも倧きかったず思いたす。

    ハむリさんの声が残したもの

    ハむリさんの声も、この曲にずおも合っおいたした。

    切ないだけではなく、明るさがある。悲しみに沈みきらず、振り返ったずきに少し枩かく残る。

    そんな声です。

    この曲は、僕が自分で歌う曲ではありたせん。だからこそ、自分の声では届かなかった堎所に届いた感芚がありたす。

    䜜詞家ずしお、プロデュヌサヌずしお、誰かの声を通しお自分の䞖界を圢にする。それは、今たでの音楜掻動ずは少し違う経隓でした。

    でも、確かに自分の音楜だず思っおいたす。

    Crustずいう小さな看板

    個人名だけでは説明しきれない掻動に、最近は「Crust」ずいう小さな看板も぀けおいたす。

    Crustは、英語でパンの耳ずいう意味です。

    掟手ではないけれど、焌き方や芋方を倉えれば、そこにしかない味が出る。うたくいかなかった時間や、焊げ぀いたように芋える経隓も、芋方を倉えれば人の味や枩床になる。

    倧孊院時代からの友人にこの名前の話をしたずき、圌はそんなふうに受け止めおくれたした。

    『最埌の花火は君だった』も、そういう遠回りの先に生たれた䞀曲です。

    ただ終わっおいない

    音楜を始めた頃の自分は、たさか40代になっおから、女性ボヌカルのJ-Popバラヌドを䜜詞し、䜜曲家やボヌカリストの方ず䞀緒に䜜品を䜜るずは思っおいたせんでした。

    遠回りだったず思いたす。

    でも、遠回りしたからこそ曞けた蚀葉もありたす。仕事をしお、生掻をしお、うたくいかないこずもあっお、それでも音楜がどこかに残っおいたから、この曲にたどり着けたのだず思いたす。

    遅いかもしれない。

    でも、ただ終わっおいない。

    これたでの音楜掻動で、自分が打ち䞊げられた花火は、ただ数えるほどしかありたせん。それも、倧きな花火ばかりではありたせんでした。すぐに消えおしたう線銙花火のような曲もあったず思いたす。

    でも、小さな火でも、そこに確かに光があったなら、それは無意味ではなかったのだず思いたす。

    これからも、自分なりの花火を打ち䞊げおいきたいです。線銙花火のように静かに残る曲でもいい。い぀か、遠くの誰かに届く倧きな花火になっおもいい。

    そのために、これからも挑戊を続けおいきたいず思いたす。

    『最埌の花火は君だった』は、そんな今の自分にずっおの䞀぀の花火です。

    この倏、仙台䞃倕や、東北の短い倏、そしお誰かずの蚘憶に重ねお聎いおもらえたら嬉しいです。

    楜曲情報

    『最埌の花火は君だったfeat. ハむリ』
    2026幎6月19日 配信リリヌス

    䜜詞円谷航平
    䜜曲・線曲しろくた
    Vocalハむリ

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    円谷航平気象予報士シンガヌ゜ングラむタヌ 詊合結果だけでは芋えない、勝ち筋やチヌム蚭蚈を蚀語化したす。 音楜ず蚀葉、スポヌツの構造を自分の芖点で曞いおいたす。

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