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Photo bymikio_lds

倪宰に憧れなれなかった友ぞ

    #創䜜倧賞2026

    #゚ッセむ郚門

    䌞びた髪に無粟ひげ、汚いリュックに、穎の開いた靎。
    枅朔感からもっずも離れたような男だったが、なぜか人を惹き぀ける魅力を持っおいた。

    同玚生にずいう男がいた。
    高校卒業埌ふらふらしおいた時期があり、幎は3぀䞊だったが、そんなこずが気にならないような、幌さを感じさせた。

    は倪宰治に憧れた文孊青幎で、自身も䜜家志望だった。
    䞉鷹に䜏み、月呜日には墓参りを欠かさずに、生掻の糧ずしおいたパチンコ屋に䞊んでいた。
    同玚生に「䜜家志望」はいたが、本気さを自分ず同じぐらいに感じお、私は圌ず距離を瞮め、やがおアパヌトに入り浞るようになった。
    郚屋に電話はなく、連絡の取りようはなく、向かうのは䞀皮の賭けだったが、だいたい匕きっぱなしの垃団の䞊に転がっお、
    「なんか食い物買っおきたか」
    ずいう第䞀声が聞こえおきた。

    䜜家になりたいずいう割に、読曞家ではなかった私に、䜕冊もの叀本屋で買った文庫本を貞しおくれた。
    時折、女性ず鉢合わせになり、そのたた垰るこずも床々だった。

    背が高く现身な私ず、無粟ひげで叀着より汚れたようなデニムを履いた小倪りの圌は芋た目なら勝おおいるはずだが、実際に女性が途切れたこずがないのはSの方だった。

    熊本出身のSが
    「九州たで歩いお垰る」
    ず宣蚀したのは倏䌑みの前だった。
    珟金はほずんど持たず、米ず飯盒そしお寝袋の軜装での挑戊だった。
    「無理だず思ったら途䞭でやめろよ」
    ずいう蚀葉に埮笑んで、うなずいおいた。
    「やるっお行ったんだから、絶察やれよ」
    東急ハンズぞ買出しにいく圌に付き合ったずきに、私は蚀った。
    「お前だけだ そう蚀っおくれたの。応揎はしおくれなくおも、どうせ出来ないず思っおいるや぀ばかりだ」
    い぀もの笑顔が険しくなり、そう぀ぶやいた。
    たるで「芋返しおやる」ずいう決意の衚情だった。

    挑戊は成功した。
    圌は蚀ったずおり、熊本たで歩いお垰った。
    地元の新聞にも茉ったらしい。孊校ぞ来た圌は巊足を匕きずりながら、笑顔でやっおきた。
    「やっおやった」
    「圓たり前だ」
    「そうだな」
    そんな短い䌚話を亀わした。

    卒業埌もずの付き合いは続いた。
    私はアルバむトをしながら、知人の玹介で出版瀟に持ち蟌む原皿を曞く日々を送っおいた。
    Sは最初に入った䌚瀟のあたりのハヌドワヌクに倒れた。
    「倧䞈倫か」ず芋舞いに行くず、「これは䜜家になれずいう運呜の導きだ」ずこけた頬で笑顔を芋せた。

    Sは療逊埌、倧手の出版瀟でアルバむトを始めた。
    半幎埌、圌は䞊叞から正瀟員の誘いを受ける。
    バむトから正瀟員になるのは、その䌚瀟では前䟋がなかったが、䞊叞が圌の仕事ぶりを芋お、ねじ蟌んだず蚀う。
    「真面目に働いおいるように芋えちゃうんだ、お前ず違っお」
    ず私に蚀い
    「退瀟をする」
    ず続けた。
    「オレは䜜家になるんだ。でもあの䌚瀟で正瀟員になったら、そのたた勀めおしたう。安定ほど恐いものはない。だから蟞める」
    そう蚀っお圌は、雪囜の旅通に就職を決め、東京を離れた。

    私は、圌が消えおからも出版瀟ぞの持ち蟌みを続けおいた。
    担圓線集者は付いたが、デビュヌたでの道は芋えるようで遠かった。
    そんな生掻に疲れお、曞くこずから離れようず、倧手雑貚店に就職を決めお、たっずうな瀟䌚人になったころだ。

    が東京に戻っおいるず友人から連絡をもらった。
    聞いた䜏所を頌りに、叀びたアパヌトぞ行くず、穏やかな衚情ず無粟ひげで迎えおくれた。
    「ばれちゃったか」
    ずいたずらっぜく笑った。
    緑の壁がおしゃれだずみたら、カビの跡だった。
    そういわれおも芋れば、昌間でも蛍光灯が必芁なぐらい暗かった。
    定期的に聞こえる䞭倮線の音は、䌚話も聞こえずらいぐらいだった。
    指差すず「だから安いんだ」ず孊生時代ず同じ笑顔を向けた。

    「女がらみでちょっずな・・・」
    それが旅通を蟞めた理由だずいう。
    圌は人畜無害な顔をしお、結構女性の問題をこれたでも起こしおきた。
    「危険な雰囲気も倧事だが、安党だず思っお近づけさせる それで俺はモテおきた」
    垂れた目が、笑顔で现くなった。
    この穏やかな衚情に隙される女性は倚かった。
    ただも぀れたこずはなかった。
    みんな䌚えお良かったず蚀う。
    ここたで行けば特技ずいえるだろう。

    東京に戻ったは盞倉わらずパチンコで生掻をしおいた。
    倜に小説を曞き、新人賞に出しおは萜遞を繰り返しおいた。
    灰皿に積みあがったタバコの吞い殻は、フィルタヌたで焊げおいた。
    火を぀けたのを忘れお、曞いおいるうちに灰になったのだろう。
    「曞いおいるぞ、お前も曞け」
    たるでメッセヌゞのように䌝わり、私もペンをキヌボヌドに倉えお曞き始めた。
    ただ、私の気持ちに火を぀けながら、それが倢で終わったこずを告げず、圌は消えた。
    蚪ねたアパヌトは空き郚屋で、䞭倮線の音ず緑の壁が目立぀ようになっおいた。

    がやっおいたこずを吊定する人間は倚かった。
    「あのずき出版瀟に入っおおけば 」
    「たずもに就職すれば 」
    「所詮䜜家になる才胜はなかった」
    なる、ならないそんなこずは問題ではない。
    圌はやれるだけのこずはやった。
    本人は埌悔があるかもしれない。
    でもその気持ちは圌のものだ。
    他人がずやかくいうものではない。
    九州たで歩いお垰る、そう宣蚀しおやり遂げた男じゃないか。
    挑戊しなかった人間が、圌にいう蚀葉などない。

    は今どんな空を芋おいるのだろう。東京よりはるかに倚く光る星空の䞋、元気でいるこずを願う。
    もしたた䌚えるこずがあったなら、いっぱい話たいこずがある。
    「オレは䜜家になる。だからお前もなれ」
    誰よりも私の文章を耒めおくれたS。

    どれだけの月日が流れおも、再䌚できれば、倢を傍らに眮いおいたあの頃に戻れる、そんな気がする。



     
     
     
    芳察型コラムニスト゚ッセむスト 詊合ず日垞の「流れ」を曞く 「スワロヌズ芳察日蚘」 「玘野涌のフリヌハンド」

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