メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo bychisa_murata

エンドロール

    場内のスピーカーから叫ぶような台詞が響いた。
    その瞬間、スクリーンに彼の顔がアップになった。
    誰も気に留めない台詞。
    無名の俳優のシーンなど、誰も覚えていないだろう。
    彼はどんな気持ちで、この夢の瞬間を迎えたのだろうか。

    「映画俳優になりたいんですよね」
    妹の友人として我が家を訪れた彼と、深夜そんなことを話した。
    モデルに成り立てとはいえ、仕事に恵まれていた彼だったが、ここで終わるつもりはないと強い口調で語っていた。
    ただその強い口調とは裏腹に、人に気を使いすぎる繊細さが気になった。

    彼はモデルとしてのキャリアを積み上げていきながら、チャンスをうかがっていた。
    そして、彼をCMで使った監督が映画を撮ることになり、声がかかった。
    台詞などない、小さな役。
    エキストラといってもいいようなものだった。
    それでも最初の一歩を踏み出したことには違いない。

    しかし皮肉なことに、そんな彼を応援してくれていた父親が倒れた。
    末期癌だった。

    山奥の現場で彼は、父親の心配をしながら撮影に臨んだ。
    監督は大事なシーンのきっかけになる台詞を彼に与えた。
    その台詞から、ストーリーは静から動に変る。
    きっと何度も練習をし、その一言の台詞を口にしたのだろう。
    なんとかそのシーンを父親に見せたいと願いながら。

    けれど父は待ってはくれず、映画公開を待たずにこの世から去っていった。

    そこから彼の苦悩は始まった。
    大黒柱を亡くした家族の中で、本来中心になるべき彼の収入は安定しなかった。
    母親は働きに出かけ、自分は家にいることが多くなった。

    このままでいいのだろうか?
    彼は、夢に一歩を踏み出しては戻り、社会に入ろうとして辞めることを繰り返した。
    そして不安に立ち止まった時、自分が立っている場所が危ういことに気付いてしまった。

    夢を見てしまった人は、ずっとその中にいなければならない。
    そうしなければ自我が保てなくなるからだ。
    まして彼は、外から見れば俳優とひとくくりになってもおかしくはないモデル。
    周囲からは同じように見えても、近いからこそつらい気持ちを持ちやすい。
    彼は出てしまった。
    そして自分の過去を見てしまった。
    なにもないと思ってしまった。

    誰も傷つけないよう、そう生きてきた彼の刃は、自分に向かっていった。
    本当は聞いて欲しいという気持ち、しかし話してもわかってもらえないだろうという諦め。
    その中で、彼は最悪の選択をしてしまった。

    今、彼はどこかで見ているだろうか?
    君がいなくなって、涙を流している人を。
    その涙の分は、人生は無駄でも空っぽでもなかったんだ。
    責めるつもりもない。
    君はきっと、他の誰よりも自分を責め続けてきたはずだから。

    彼はエンドロールに小さな名前を残した映画俳優だった。
    けれどもう、彼の笑顔は静止画。
    もう一度会いたかった。
    会ったからといって、なにが出来たわけでもない。
    救うことが出来たなんて、思いあがりを持ってなどいない。
    ただもう一度話がしたかっただけだ。
    彼の夢を聞きたかっただけだ。


     
     
    観察型コラムニスト/エッセイスト| 試合と日常の「流れ」を書く 「スワローズ観察日記R」 「紘野涼のフリーハンド」

    あなたへのおすすめ