
『老子』の理想は割と寡黙な人(『老子』五章)
今回取り上げるのは『老子』五章からの言葉。
多言なれば数々窮す
(読み:タゲンなればシバシバキュウす)
人はおしゃべりが多いと、ときどき困ったことになる、という意味。
口は災いの元、ということですね。
友人や同僚との何気ないおしゃべりは楽しいものですが、愚痴や不満、噂話などに興じすぎると、ときどき不用意な一言を発してしまうことがあります。
その場の雰囲気が盛り上がって口が滑ったり、相手の言葉に合わせて思わず口をついて出てしまったり。
言葉は誰かを傷つける武器にもなるので、発言には十分気をつけたいところです。
ところで、『老子』には「発言すること」について述べた言葉が他にもあります。
知る者は言わず、言う者は知らず
(読み:シるモノはイわず、イうモノはシらず)
真の知者は言葉が少なく、言葉の多い者は知者ではない、という意味。
例えば、ある物事について説明するとします。
本当に理解している人は簡潔に説明できますが、表面的なことしか知らない人の説明は話が長くなりがちです。
簡潔に説明できるということは、物事を深く理解しているということ。
そのため、『老子』は言葉数が少ない人を高く評価しています。
立派な人であれば、黙って自身の在り方や態度・行動で人々の模範となれ、ということですね。
多言なれば数々窮す
(読み:タゲンなればシバシバキュウす)
口は災いの元。
何事も「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」です。
私もおしゃべりはほどほどにして、自分の態度や行動で語ることができる人になりたいなと思います。
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