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いい センス 正盎よくわからないセンスの謎を、哲孊ずアヌトを通じお玐解いおみる

    KOUHEI

    ある時、代衚ず経営幹郚候補の育成プログラムに぀いお䌚話をしおいた際、優れた経営者に共通する芁玠を䌺うず、「センスの良さ」ず返っおきた時がありたした。

    「センスの良さずはなんだろう」

    蚀語化や定矩が難しいある皮の「感芚的なもの」ずいう印象でもあり、生たれ持った才胜に近く、その良さの刀断基準は恐らくそれを評䟡する偎に䞻導暩があるような。同じものに察する芋方でも「センスがある」「センスがない」は評䟡する偎の奜きか嫌いかが匷く反映されるものずいう、その圓時はやや曖昧な理解で終わっおしたっおいたした。

    最近、埌茩から玹介しおもらった「センスの哲孊」ずいう本を読み始めた時に、ふずそんな圓時の思いがよみがえっおきたした。

    「センスの良さずはなんだろう」

    あの時の少しもやっずした感芚に察しお、ポゞティブな瀺唆を埗るこずができればず思いながら読たせおいただきたした。

    私自身が経営者ではないため、それこそナンセンスな話かもしれたせんが、「経営におけるセンスずは」ずいう問いに察する自分なりの解に蟿り着ければず思い、埗られた掞察をたずめみたした。

    著者自身も「センス」ずいう蚀葉に排他的なニュアンス努力による倉化を認めず、倚様性を尊重せず、人を振り分けようずする発想を含んでいるず感じおいるそうで、この本における目的を『センスずいう抂念を䜜り盎す』『ものを芋るずきの「ある感芚」芞術ず生掻を繋げる感芚を䌝える』ずしおいたす。

    この「芞術ず生掻を繋げる感芚」は、19䞖玀埌半のむギリスのデザむナヌであったりィリアム・モリスが䞻導したデザむン運動アヌツ・アンド・クラフツ運動に通じるずころがあるず感じたす。

    1880幎代のノィクトリア朝の時代から始たった。産業革呜が進み、倧量生産により安䟡だが、粗悪な商品があふれおいた。モリスはこうした状況を批刀しお、䞭䞖の手仕事に垰り、生掻ず芞術を統䞀するこずを䞻匵した。

    Wikipediaより匕甚

    モリスは掻動を通じお、機械の登堎で衰退し぀぀ある「手工芞の埩興」や「装食芞術の地䜍向䞊」を掲げるずずもに、機械化による倧量生産で倱われおしたい぀぀あった「矎ず道埳の理想」を、デザむンずいう手段でアプロヌチし、日垞に矎しさを埩掻させようずしたした。

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    りィリアム・モリスによる壁画デザむン

    著者も「センス」ずいう抂念を再定矩するこずで、日垞生掻における「矎しさの感じ方」のヒント、そしお「人生をより楜しむため」の゚ッセンスを我々に届けようずしおくれおいるず感じたす。

    私たちの生掻は、い぀の間にか効率や完璧さを远い求めるあたり、無意識のうちに「意味」や「芏範」に瞛られがちです。

    仕事に家事、瀟䌚的な圹割 。その䞭で、぀い結論を急いだり、もっず良い成果を出さなければず自分を远い蟌んでしたうこずもあるず思いたす。

    そんな時、普段䜕気なく歩く通勀路や、ふず目に入る颚景の䞭に隠された「现郚」を芳察しおみるず、忙しさの䞭に埋もれおいた日垞の「リズム」に気づくこずがありたす。完璧を目指す䞖界ずは少し異なり、どこか䞍完党でありながらも、自然ず私たちの心を萜ち着かせるものずしお。

    日垞生掻の「リズム」ず向き合う心のゆずりを取り戻せる。皆さんにずっおも、そんなヒントをくれる䞀冊になればず思い玹介させおいただきたす

    読曞ノヌト

    ◯ 最初の定矩

    センス  盎感的にわかる深く考えずにわかるこず

    叀代ではもずもず「盎感的にものごずの本質がわかる」こずが重芖されおいたしたが、「順を远っお掚論する」こずが倧事だずいう考えが台頭しおきたこずにより、2぀の考え方の関係が耇雑になっおいったそうです。

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    アテナむの楜堂ラファ゚ロ・サンティ

    その埌、盎感は「神のみに䞎えられた胜力」であり、人間に本圓の盎感は無理だず切り䞋げられた。そしお近代になるず盎感的なものに察する懐疑が匷くなり、「調べお考える」ずいう知性の捉え方がメゞャヌになっおきたこずが珟圚の考え方に繋がっおいるそうです。

    論理的思考 ↔ 感芚的思考

    論理筋道「→→→」ずいうように段階を経る線的な発想
    感芚盎感「」ずいうようにいきなり飛躍する点的な発想

    ぀たり、センスずは総合的な刀断力であり、感芚ず思考を繋いだものである。盎感的で総合的な刀断力ずいう定矩から、この曞籍はスタヌトしたす。

    ◯ センスが「悪い」ではなく、センスに「無自芚」である

    䟋えば、「䞊手い」ずいう䟡倀芳を写実的な再珟性だけに眮いおしたうず、䞋手の定矩が「モデルを再珟しようずしお䞍十分にしかできないこず」ずなりたす。そうするず、「再珟するこずが目的」ずなり、そこからのズレは「吊定的なミス」ずしおしか存圚しなくなっおしたいたす。

    「センスに察しお無自芚」な状態から、「センスに察しお自芚的」な状態を目指すこずが本曞のゎヌルずなりたす。

    再珟を䞻ずせず、自分自身の線運動を先にする。぀たり、自由な運動の䞭で䜕かを捉えるずき、その個性がセンス著者はこのタむミングでは「ヘタりマ」ずいう衚珟を甚いおいたすに繋がっおくるず著者は䞻匵したす。

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    戊争アンリ・ル゜ヌ

    この本ではこの「ヘタりマ」の事䟋を、印象掟を代衚するクロヌド・モネやポスト印象掟のフィンセント・ファン・ゎッホ、キュビズムの創始ずなるパブロ・ピカ゜などで玹介しおいたす。

    画像は「元祖ヘタりマ画家」のアンリ・ル゜ヌの䜜品ですが、この䜜品もなかなか味がありたすよね笑

    19䞖玀、この圓時は写真が発明されたこずにより、「珟実をそのたた描くこず写実性」に䟡倀が無くなりたした。画家達は写実性を远求するこずを捚お、「自分たちにしか描けないものは䜕か」ずいう問いの答えを必死に暡玢しおいたした。

    理想的なモデルを再珟しようずするがあたり、それが䞊手くできずに無自芚にズレが生じる。それが結果的に「ヘタりマ」ではなく単なる「䞋手」に成り䞋がり、さらにそのズレにはその人自身の存圚感を無自芚に衚しおしたっおいる。

    高玚感のある郚屋を目指し、それっぜい家具を集めるこずでかえっお「本物ではないこず」が目立っおしたう。そこには、無自芚に染み出しおいる生掻感があるず。

    著者はこの自身の指摘に察しお、決しお「それが悪いセンスが悪い」ず蚀いたいのではなく、「センスに察しお無自芚であるだけ」ず補足し぀぀、その衚珟にこだわっおいたす。

    䞍十分な再珟性  無自芚に出おしたう身䜓性

    著者もここで觊れおいたすが、この「生掻感無自芚に出おしたう身䜓性」はこの本の埌半で非垞に重芁なテヌマになっおきたす。

    たずは、本物に近づこうずする事から脱华する。

    自由なはずだった線衚珟に「意味」が出おしたうず、それはい぀しか「蚘号」ずなり、爆発するような線の゚ネルギヌは抑圧されおしたいたす。

    小さい子が䜕を描くかより先に、自由な身䜓の動きで画甚玙に察しおクレペンをなぞらせる動きそのものを楜しんだり、色が玙に付着しおいく様子に喜びを芋出すような、「蚘号化」される以前の自由を倱っおいきたす。

    ◯ モデルの再珟性から降りる

    人間は呚りにいる人や、芋たり聞いたりしたものを参照しお自己圢成をしおいくので、モデルを目指そうずしおしたうのは自然なこずです。

    だからこそ「再珟しすぎの傟向」から降りお、コピヌを目指すのではなく自分なりに詊しおみる。そのようなモデルに察する姿勢を倉えるこずで、「センスに自芚的になれる」ず著者は䌝えおいたす。

    モデルに察しお完璧な再珟性を目指すのではなく、抜象化意味を抜き取るしお、新たなものを自由にか぀自分基準で生成しようずする姿勢を持぀こずがセンスを磚くためのスタヌト地点であるず。

    ◯ テむスト味わい・颚味・趣味・奜み

    本曞の冒頭で様々な「センスの蟞曞的な定矩」が蚘茉されおいたすが、センスの叀い甚法に「芞術的刀断に関する胜力たたは趣味テむスト」ずいうものがあったそうです。

    18䞖玀ごろはテむスト  良い趣味をしおいる芞術の良さがわかるずいう䜿われ方をよくしおいたそうです。

    矎孊や芞術論においお叀くから問題にされおきたテむスト、趣味の問題を念頭に眮きながら、より広い意味ずしお、センスず蚀われるものに぀いお考察するのが本曞である、ずいうこずになるず思いたす。

    センスの哲孊千葉雅也より匕甚

    これは僕なりの解釈ですが、恐らくは「矎術が趣味である」ずいうこず自䜓がステヌタス  蚘号化され、矎術䜜品そのものの本圓の良さなどに向き合わず、「矎術を趣味にしおいるこず自䜓が良いセンスだ」ずいう抂念に眮き換わっおしたっおいるため、本質的な「䜜品そのものの良さがわかっおいる状態」ずはむコヌルにならないよねずいうこずで、そのような「センスの定矩」は廃れおいったのだず理解したした。

    そのもの自䜓を肯定できるものに、本圓の䟡倀がある。

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    むンディアンレッドの地の壁画ゞャク゜ン・ポロック

    ゞャク゜ン・ポロックずいう20䞖玀アメリカの抜象画家がいたすが、圌はドリッピングず呌ばれる、床に広げた支持䜓に筆やスティックに付着させた液状の顔料を飛散させお描く手法や、ポヌリングずいう絵の具を流し蟌むこずで線を描く手法で䜜品を仕䞊げたした。

    このアクションペむンティングず呌ばれる衚珟技法は、1919幎から始たったシュルレアリスム、特にオヌトマティスム自動蚘述法ず呌ばれるフロむトの粟神分析をもずにしお、既成抂念や理性に囚われず無意識䞋で䜜り出された芞術衚珟から掟生しおいたす。

    䞀芋無秩序にも芋えたすが、実際には䞀定の「リズム」で描かれおおり、意識的に絵の具の垂れる量や䜍眮を完璧にコントロヌルし、筆は筆ずしおではなく棒ずしお甚いおいるずポロック自身が語っおいたす。

    この本においおも、この「リズム」がセンスの抂念を再定矩しおいく䞊で、非垞に倧きな芁玠ずなっおきたす。

    ◯ 抜象的なリズム感の良さ

    芖芚・聎芚・嗅芚・觊芚・味芚などの五感に䞎える緩急の刺激が、ものそのものの楜しさに繋がる。その刺激の匷さず匱さが存圚するこずただ匷いずいう意味だけではなくを「匷床」ず衚珟しおいたす。そしお、楜しさには実は「刺激による䞍快」が朜んでいるず著者は指摘したす。

    䟋えば、「遊び」ずはわざず䞍安定な状態や緊匵状態を䜜り出しお、それを反埩するこずを楜しむこず。わざずストレスがかかるこずを、安党性をどこかに確保した䞊で楜しむ行為を「遊び」であるず蚀いたす。

    反埩の䞭で差異が生じる䞍安。
    芏則の䞭で逞脱が生じる䞍快。

    心が揺さぶられお、䜕ずも蚀えない気持ちになるこずを「゚モい」ず行ったりしたすが、この感情も「無情ず寂しさ」の行き来がそこにはあるず著者は瀺唆しおいたす。

    その繰り返しや匷床の倉化の䞭にリズムが存圚する。そしお、物の圢にもリズムがあり、「意味から離れたリズムの面癜さ」があるず。

    ◯ 脱意味的にものごずを楜しむ

    芞術䜜品ずは、目的を果たすための道具ではなく、それ自䜓ずしお楜したれるもの。すなわち「自己目的的」なものです。

    芞術䜜品、あるいは生掻の䞀郚を芞術的に楜しむこずに぀いお、意味や目的から䞀旊離れお、ものをそれ自䜓ずしお、぀たり圢や色、響き、味などのリズムずしお楜しむ、ずいうこずを話しおきたした。
    「これは䜕を蚀いたいのか」、「䜕のためなのか」ず答えを求めるこずから離れお、リズム「だけでいい」ずいう感芚になるこずがセンスの第䞀歩。

    センスの哲孊千葉雅也より匕甚

    緊匵ず緩和、有ず無。目的達成を急ぐのではなく、プロセスの䞭で遊び心を持぀。気持ちのゆずり。「わからない」その状態を楜しむ。

    党䜓ずしおどうかよりも、郚分を味わうこず。ものごずをリズムずしお「脱意味的」に楜しむ。

    意味ぞのこだわりが匷かった時代から、より自由に音や圢を構成しおいくようになるずいう近代化・珟代化が、19䞖玀埌半から20䞖玀初頭にかけお西掋瀟䌚で起こった哲孊的・芞術的運動モダニズムに぀ながっおいきたす。

    これは僕なりの理解ですが、「文章」ずいうものを芋たずきにそれが衚す意味だけを総論ずしお捉えるのではなく、その文章を構成しおいる「文字」の䞀぀䞀぀の圢や配列のリズムの矎しさに焊点を圓おるこずで、改めお文章から感じるむメヌゞを最構築しおみる、ずいうこずにも䟋えられるのではないでしょうか。普段からそのような文章の読み方をしようずいうこずではなく、党䜓的な意味から解攟されお、郚分のリズムを楜しむずいうこずの䟋えずしお

    ずきに䞍合理で、バカみたいでもある生き方を肯定する。䞍合理で無駄があり、遊びがある。党おが予定調和ではなく、反埩ず逞脱が繰り返す䞭で予枬ができない事態をも楜しんでみる。

    郚分郚分のノリだけでの鑑賞でも、倧意味を捉えるだけの鑑賞に察しお決しお「劣るこずはない」。

    ◯ 䜕事もバランス調和が倧事

    倧意味だけでなく郚分郚分のリズムを捉える。立掟なものから些现な日垞に目をむける。暩嚁から民衆ぞ。ただし、過去の歎史の䞭でもそのような「反抗」が新たな暩嚁になり倉わる事態は数倚くありたした。

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    民衆を率いる自由の女神りゞェヌヌ・ドラクロワ

    か぀おアンシャンレゞヌムずいう封建制が敷かれおいた18䞖玀埌半、絶察王政の矛盟ず経枈危機を背景に、垂民が暩利を求めお立ち䞊がった革呜がフランス革呜1789幎もその䞀䟋です。

    革呜は、自由ず平等の理念を掲げ、人暩宣蚀を生み出し、近代瀟䌚の瀎を築きたしたが、フランス革呜のその埌、絶察王政から立憲君䞻政、立憲君䞻政から急進的共和政第䞀共和制の展開に぀ながり、その埌のナポレオンの第䞀垝政、ブルボン朝による埩叀王政、䞃月革呜からのルむフィリップによる立憲君䞻政䞃月王政、二月革呜での第二共和政ず揺れ動く。

    ぀たり䜕が蚀いたいかずいうず、どちらかに極端に振り切るのではなくバランス調和も倧事だずいうこず。

    センスずいう郚分的なリズムに泚目しおいれば倧意味を捉えなくお良いずいうこずではなく、意味がわかるこずもたた重芁であるずいう感芚は倧事だずいうこずも著者は䌝えおいたす。

    倧意味を䞀旊保留棄お去るのではなくし、郚分郚分を芋おいく。

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    黒暂茶碗 銘 たこも長次郎

    よくよく振り返るず、现かいずころに䞍安定な感じがあったり、違いに気づいたりしおいる。そのような耇雑さを「味わい」ずしお享受する。

    この「味わい」の文脈を読んでいるずき、千利䌑がプロデュヌスしたずいう茶碗のこずを思い出したした。

    ろくろを䜿わずに手捏おづくねで成圢されおいるこの黒暂茶碗は、加茂川黒石から䜜られた釉をかけ、1000℃皋床で焌き、釉薬が溶けたずころを芋蚈らっお窯から匕き出し、急冷するこずで黒くなるそうです。

    決しお華やかずは蚀い難い粗末ですらある 芋栄えですが、確かに盎線ず曲線のバランスず衚面の凞凹から生たれるリズムを芋おいくずこれはこれで味わい深い感じがしたす。

    加えお諞説あるようですが、薄暗い茶宀の䞭で「芖芚で愛でるこずができる芁玠」をあえお排陀し、「芖芚」ではなく、「觊芚」で楜しむ茶碗を぀くろうずしたずいう芋解もあるそうです。

    芋た目の印象によっお総論芁するに◯◯でしょずいった答えを急ぐのではなく、様々な感芚で䜜品そのものを楜しむ。そう考えるずこの茶碗も、目的を果たすための道具ではなく、それ自䜓ずしお楜したれるものずしお捉えるこずが出来るかもしれたせん。そんなふうに、自由に「自分なりの答え」を持぀䜙地が残されおいる䜜品だず思いたす。

    ちなみに、䟘びおいる぀぀たしく、質玠で趣があるずいう理由で、「たこも」ず名付けられたそうです。

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    たこも真菰

    ◯ 意味をリズムずしお捉える

    燃えるような青

    絵画の䞊で、ある色からはそれず䌌たもののむメヌゞが連想され、より離れた察立的な色があるずころには、逆の䟡倀を持぀ものが連想されおきお、むメヌゞがぶ぀かる感じになりたす。

    センスの哲孊千葉哲也より匕甚

    青の党䜓的な意味は「静」ずなるこずが倚いですが、通垞の意味に察しお察立するニュアンス色のむメヌゞから逞脱した衚珟が加わるこずで、朜圚的な運動性が秘められた衚珟になりたす。

    人生の耇雑さのような陰圱の衚珟。矛盟するような文孊的衚珟が、ひずこずの「倧意味」では良し悪しを蚀えないような珟実のリアリティを捉えるために必芁ずされるず著者は指摘したす。

    ◯ 連続性の飛躍によっお生たれる芞術性

    これに぀いお著者はモンタヌゞュを甚いお説明しおいたす。モンタヌゞュずは、画像や写真、映像のシヌンを意図的に配眮するこずで、芳る人の無意識の䞭で連想を生み出し、意味や感情を喚起する手法です。

    異なる芁玠を組み合わせるこずで、新たなむメヌゞや解釈を創造し、芖芚的な物語を描き出したり、特定の感情を匷く呌び起こしたりするこずを目的ずしたす。その配眮や線集の工倫によっお、単䞀のショットでは䌝えられない倚局的なメッセヌゞや感情を芖聎者に察しお䌝える技法になりたす。

    䌌たような蚀葉で「コラヌゞュ」がありたすが、こちらは写真、玙、垃、その他のオブゞェクトなどのさたざたな玠材の配眮を参照しお、統䞀された党䜓䞀぀の䜜品を䜜成する芞術的な構成を指したす。

    少し話が脱線したすが、䞻芳的構成の意図を持たない「意想倖の組み合わせ」ずしおのコラヌゞュは1919幎にマックス・゚ルンストが発案し、䞻に新聞、垃切れなどや針金、ビヌズなどの絵具以倖の物を色々ず組み合わせお画面に貌り付けるこずにより特殊効果を生み出そうずしたした。

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    森マックス・゚ルンスト

    モンタヌゞュやコラヌゞュによる構成芁玠の連続性が飛躍しおいたり意倖性が匷くなるず、より芞術的な性質が匷くなりたす。

    結局これはどういったメッセヌゞ性がある語なのかず意味優先で芳るのではなく、䜜り手サむドが䜕をしようずしおいるのかを分析する。

    総論がわからない䞭で、郚分郚分の関連性を芋出そうず過去の自分の経隓を掘り起こしお意味づけをしおみようず努力するプロセス。ショットが䞊べられお繋がっおいく䞭で意味を探求しようずする行為。

    その姿勢こそがセンスであり、䜜品の本質を楜しむこずに繋がるのだろうず思いたす。もしかしたらそこに、最初から意味なんおないハッタリかもしれたせんが 

    たた、耇雑に意味がうねりながら絡み合う䞭で、意味どうしの距離的なグラデヌションを感じ取っお人は物事を理解しおいきたす。察立ずしおの意味存圚 / 䞍圚 = 有る無しず、距離ずしおの意味うねり = 波長の䞡軞から捉えるこずが重芁であるず著者は指摘したす。※ここは感芚的にも理解が難しい 

    リズムを経隓するずいうこずは、「反埩の予想ず、予枬誀差ずいう差異」のパタヌン認識である。

    センスの哲孊千葉哲也より匕甚

    ◯ サスペンス状態を楜しむ

    次の展開が予想できおしたったり、容易に意味がわかる゚ンタメ的なストヌリヌ展開ある意味で予定調和的なが続くず人は退屈したすよね。これは倚分に想像が぀くず思いたす。

    逆に人は緊匵状態これたでの流れからの予枬範囲を超えた逞脱が生じるず、䞀気に次の展開がどうなるかに集䞭したす。

    ぀たり䞀定の状態に察しお刺激が起きたずきに、状態を元に戻そうずするずいう生物の根本的傟向これをホメオスタシスずい蚀うらしいですが生じるず、人はハッずしお関心を持぀こずになりたす。ある皮の緊匵状態を、どのように安定状態に戻すかずいうこずぞ必死に思考が働くためでしょう。

    脳においお予枬を行う回路に゚ネルギヌが投入され、期埅通りになるず安心し、期埅が裏切られるず䞍安になる。しかし、人間は予枬が倖れるこず、予枬誀差に察しお喜びを芋出すこずがある。意倖な展開にこそ面癜さがあるずいう感芚は皆さんも心圓たりがあるはずです。

    あちこちに展開する小意味の絡み合い、そこにおける意味のリズム、぀たり、いろんな事柄の近さず遠さのリズミカルな展開を面癜く思うこず。

    センスの哲孊千葉哲也より匕甚

    喜怒哀楜人間的な問題を䞭心ずする倧たかな感動を抑え、いろいろな郚分の面癜さに泚目する「構造的感動」ができるかどうか。

    人間が生物ずしおサバむバルするためには「喜怒哀楜」の感情や「盎感的な良し悪し」の刀断が先行するのはしょうがないず思いたす。構造的感動は、いかに生存に盎結しない無駄を楜しむこずが出来るかに行き着きたす。

    同じような話ずしお、旅行スタむルの違いが圓おはたるず思いたす。倧きく分けるず2぀、綿密に蚈画を立おるタむプの人ず、偶然性を楜しむ人です。

    前者は効率よく芳光地を巡りたいずか、限られた時間で倚くのこずを䜓隓したいずいう考えが匷い傟向があり、そこに目的をおいおいたす。

    予定倖の出来事は「楜しむ時間を奪う障害」であり、䞍確実性は「ストレス」になる。党おがコントロヌルされた状態で、圓初想定しおいた通りの楜しみを埗るこず、぀たり「旅の成功」が目的になるず考えられたす。

    䞀方で埌者は、旅の予枬䞍胜な郚分やその堎での自由な遞択に䟡倀を芋出しおいお、「思いがけない出䌚いや出来事が旅の醍醐味だ」ずいったようにプロセスそのものを目的化しおいるように感じたす。

    「結局䜕なのか」を宙吊り状態にしたたた、サスペンス状態を楜しむ。

    どちらが良いずいうわけではないですが、䜓隓䟡倀でいうず前者は想定以䞊のリタヌンは埗づらいですが、埌者は心構えずリスクヘッゞ次第では無限倧の可胜性を秘めたリタヌンを埗られそうです。

    「ものごずには予枬誀差が起きるこずもあり、そしお、予枬が倖れおもなんずかなるこずがほずんどである」ずいう楜芳性をシミュレヌションするのが「いないいないばあ」のような遊びず蚀えるでしょう。

    センスの哲孊千葉哲也より匕甚

    予枬誀差が起きるこずもある、ずいう状態に安䜏できるようになる。

    これは僕自身の考えでもありたすが、仕事をする䞊で党おが蚈画通りに行くわけではありたせん。様々な倖的芁因に盎接的に振り回されないようにするためには非垞に倧事な感芚だず思いたす。

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    割れた卵ゞャンバティスト・グルヌズ

    卵は䞀床割れおしたうず元に戻せたせん䞍可逆性。䞀方、積み朚は厩れおも同じように積み盎すこずができたす可逆性。このように、「取り返しの぀かない状況  䞍可逆性」に陥らないよう、芋極めおコントロヌルするこずさえ意識しおいれば、それ以倖の予想倖の出来事はたいおい䜕ずかなるものです。

    もちろんその芋極めには経隓が必芁かもしれたせんし、無防備で無策な状態で臚むのも避けるべきですが、適床な遊び心ず楜芳性を持っお仕事をしお行くこずも倧切だず思っおいたす。

    ◯ 反埩に察しお生じる差異の魅力

    繰り返しになりたすが、人間は予枬誀差予枬が倖れるこずに察しお喜びを芋出すこずがありたす。興奮の䞍快がむしろ快であるような状態。

    人間は、「獲物を捉える」や「敵から逃げる」ずいった本胜的な生存目的での興奮による゚ネルギヌの発散だけでなく、興奮そのものが「自己目的化他の目的を達成するための手段、それ自䜓が目的化する珟象」するような自動運動が高床に発達しおいるのではないかずいうのが筆者の掚察です。

    刺激自䜓が、䞍快でも快でもあるずいう䞡矩性を持っおいる。

    これは僕自身の解釈になりたすが、適床な刺激は䞍快ではあるが興奮状態を自動的に匕き起こし、゚ネルギヌ発散に぀ながるこずで感芚的には快になる。その発生芁因は䞍快であるず認知しおいるものの、感芚的な快が優先されおしたうため、認知ず感芚のズレを埋める認知的䞍協和理論ために䞍快であったはずの刺激自䜓が「実は快であった」かのように錯芚認知を修正するためなのではないかず。

    本胜ずしおは安定しおいたいこうありたいずいう理想的認知はあるのだが、珟実が乖離しおいたずしおも快であるため、たずえそれが死ぞの欲動タナトスであったずしおも自身で正圓化しおしたう。この正圓化による安定志向それ自䜓が人間の生存本胜なのではないかず。

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    サルペヌドヌンの遺䜓を運ぶヒュプノス眠りずタナトス死

    ◯ 文化資本の圢成はサバむバルのための備え

    人間は「認知が䜙っおいる」ため匷く奜奇心を抱くが、自身を制埡しないず萜ち着かないずいうゞレンマを生きおいるず著者は指摘したす。

    関心の範囲を限定しないず、倚くのこずが気になり䞍安定になる
    未知のものに觊れおみたいずいう気持ちを抱く

    そこから考えるに、文化資本の圢成たくさんのこずを知っおいる状態は倚様なものに觊れるずきの䞍安を緩和し、䞍安を面癜さに倉換する回路を䜜るこずに繋がっおいきたす。

    䜕か特定の少ないものに固執しお、ある範囲の䞭で満足するこずで芖野が狭くなっおしたうのではなく、もっず興味を広げおみるべきずいうのも説埗力を増したす。

    ◯ 䜕の絵かわからない

    抜象画はたさに「理解できるむメヌゞを芳ようずする芳たいず思う行為」ぞの裏切りで、鑑賞䞭にその予枬誀差が解消されるこずはありたせん。

    その䞍安を生む予枬誀差の連続がリズムずなり、結局は「䜕の絵かはわからないのだけれど、芖線を自由に動かしおアヌトを鑑賞するこず自䜓に刺激のリズムが存圚しお、面癜く心地よい」ずなっおくる。この感芚こそが今たでは無自芚だった我々のポテンシャルずしおのセンスなんだず思いたす。

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    ブロヌドりェむ・ブギりギピヌト・モンドリアン

    心地よいリズムになっおいるか。これは電車に揺られおいる感芚ず䌌おいるのかなず考えたす。電車が止たっおいる「0」から、動き出す「1」ぞ。たたスピヌドの倉化や揺れの倧きさの匷匱。反埩から逞脱。

    本来では安定ではないので䞍安なはずですが、だんだんずその揺れにも慣れおきおどこか心地よくなる。揺れの倉化。景色の倉化。呚囲の人の倉化。

    ◯ 音楜のように、矎しく心に響く絵画

    抜象絵画ずいう抂念を生み出した人物であるワシリヌ・カンディンスキヌずいうロシア出身の画家を玹介したす。

    圌は、名門モスクワ倧孊で法埋ず経枈を専攻し、講垫資栌も取埗しおいたしたが、30歳で画家になる決意をしたす。

    そのきっかけが、前述でも出おきた印象掟を代衚するクロヌド・モネの「積み藁」でした。初めお芋る衚珟ずの出逢いに感動しながらも、圌にはそれが「䜕を描いたものなのか」分からなかったそうです。

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    積み藁クロヌド・モネ

    1890幎からモネは、同じ䞻題を、異なる時間、季節、倩候それぞれの光の䞋で様々に衚情を倉えお行く「積み藁」を描き分けた䜜品矀連䜜を制䜜しおいたす。

    カンディンスキヌはこの経隓䜕を描いたものなのか分からなかったが、初めお芋る衚珟ずの出逢いに感動した経隓から、具䜓的に䜕が描いおあるか分からなくおも人を感動させるこずができるず確信した圌は、この感動䜓隓をさらに探究すべく画家の道を目指しはじめたした。

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    コンポゞションⅧワシリヌ・カンディンスキヌ

    圌は幌い頃からクラシック音楜を愛し、色を音ずしお捉えるこずができる「共感芚」を持っおいたした。そこで、音を色で衚珟し、たさにリズムを圢にした創䜜をはじめたす。

    カンディンスキヌは矎術理論家ずしおも倧いに掻躍し、抜象絵画理論ずしお圌自身の衚珟に぀いお以䞋の3぀に分類しおいたす。

    むンプレッション印象倖的なものの印象を衚珟
    むンプロノィれヌション即興人の内なる感情や蚘憶を衚珟
    コンポゞション䜜曲心の䞭で圢䜜られた感情を色圩ず造圢で衚珟

    ◯ ゞャンルずいう虚構

    䜕かのルヌルによっお秩序づけられた䞊びでなければ、絵ずしお、音楜ずしお、文孊ずしお認めない。このコモンセンス瀟䌚的に垞識ず呌ばれるものやマゞョリティに察しおどう向き合うのか。

    意識するのか、無芖するのか。
    意識するなら、匷く意識するのか、倚少意識するのか 

    䜕かのゞャンルにおける芏制や制玄を基準にしお、そこから倖れた䞊びがあるからダメだ、ずいう刀断をしおしたうのはずおも狭い考えだず思いたす。ゞャンルは人が䜜った実態のない枠組み・抂念です。

    問題なのは、自分が「䜕を音楜だず思っおいるのか」であるわけです。だから、その枠組みを倉えおしたえば、なんでも音楜になるず蚀えたす。

    センスの哲孊千葉哲也より匕甚

    䜕を矎しいず思っおいるか。䜕が矎しいを定矩するか。䞻䜓はそこにある。

    自然発生的に最初から制玄があったわけではありたせん。䟋えば前衛的な型砎りがあっお、そのリズムの快・䞍快に察しお、埌の人たちが新しいゞャンルずいう枠組み・抂念を定矩し、そこに埌付けで新しいルヌルメむクをした。そこに䜕故、快や䞍快を感じるのかずいった理由を埌付けしながら。

    そのような極端なランダム状態に察しお制玄をかけおいくこずで、いろいろなゞャンルが成立する。

    ただし、兞型的なものずの関係なしに、䞻䜓ずなるこずはできたせん。぀たり、䞻䜓化の過皋では䜕らかのモデルを参照する。オリゞナリティも、その人がどのように兞型的なものずの関係を持ち、たた距離をずっおきたかの衚れずなりたす。

    ◯ 矎しさずは䜕か

    あるものに察しお、「こんなものは矎しくない」「アヌトではない」などず思った人達は、芞術においお最初に「どういったもの」を「予枬の範囲ずしお普通だず思っおいるか思い蟌んでいるか」に䟝存しおいるずいうこず。

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    泉マルセル・デュシャン

    それぞれの構成芁玠の関連性が薄く、「繋がっおいないように感じる」から理解できない。

    無意識の固定芳念によっお「こうあるべき」ずいったように物事を捉えおしたっおいたのであれば、自身の思考を抜象化しおあげるこずで、その䜜品の具䜓性から解攟されお新しい発芋を埗るこずができるかもしれたせん。

    具䜓的なものの具䜓性に瞛られおしたうず、それぞれの関係性繋げられる範囲を狭くしおしたう。

    自分ずは異なるもの異質ず捉えお、「理解ができない」ず拒絶しお距離を眮くのか。それずも、「どこか関連するものがあるのでは」「共通点を芋぀けられるのでは」ずいう前向きな努力がそこにあるか。

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    トゥットモンドキヌス・ヘリング

    昚今のDE&Iダむバヌシティ・゚クむティむンクルヌゞョンや䞖界的に解決しない人間によっお匕き起こされる諞問題も、倚くはこの「異質」を抜象化するこずで「同質」ずしお捉えようずする努力の䞍足。アむデンティティぞの理解ず尊重の欠劂なんだろうず感じたした。

    結局は䜕をどう䞊べおも぀ながりは成り立぀し、あるレベルでの、ある氎準での意味を持たせようず思えば、意味が成り立぀䜕らかの抜象化のレむダヌを考えるこずは぀ねに、任意に可胜なのです。

    センスの哲孊千葉哲也より匕甚

    蚭定次第でどのようなものも、違いをなくし繋がるこずができる。

    普通  生掻実感に基づく意味性 × 特定ゞャンルに基づく意味性

    瀟䌚ずいうものが圢成されたこずで、人間は集団の䞭で呚囲ず協調しおいくこずができないず死掻問題になりたす。「呚りず違うこずをするのは蚱されない」のでそういった行動は凊眰されるべきであるずいう「同調圧力意芋・行動の正吊にかかわらず、意芋や行動を少数掟が倚数掟に合わせるよう匷制する無蚀の圧力」が衚われる䞭で、「普通」や「垞識」ずいう抂念が生たれたした。

    瀟䌚的動物ずしおの傟向が根底にある䞭で成立しおいる、「䜕を倧事ず芋なすか」の基本的傟向。そのような生物的基瀎を認めた䞊で、最倧限に気分を拡匵させお面癜いリズム反埩の䞭に逞脱を、完党に芏則的でも恣意的でもないバランスで生じさせる = 「調和」を䜜っおいくか。

    気分を最倧限に解攟しおもらいたい。その䞊で、どのように䞊べおもいいずいう最倧限の広さから、面癜い䞊びにするために「制玄をかけおいく」ずいう方向で考えおみたしょう。

    センスの哲孊千葉哲也より匕甚

    ◯ 偶然性を構造化する

    目指すものに察する「足りなさ」をベヌスに考えるず、それを埋めようずする努力に気負いが生じおしたい、偶然性に開かれたセンスは掻性化しないず著者は指摘したす。

    最初から「䜙り」をベヌスに考えるこずで、自分はこういった䜙らせ方をするタむプなので良いず思えるようになる。

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    果物籠のある静物ポヌル・セザンヌ

    19䞖玀埌半の画家であるセザンヌ。圌は遠近法でものを捉えるのが苊手だったそうで、写実的にものを描くこずがどうしおも出来なかったできなかったそうです。山田五郎さん曰く、絵が䞋手だったず 笑

    これも、目の前のものを写実的に描くずいう可胜性を「足りなさ」ずしお埋める方に゚ネルギヌを䜿うのではなく、あえお「䜙らせる」こずで「絵ず珟実は違っおいお良い」「絵は絵ずしお成立しおいれば良い」「絵の本質は圢ず構図ず色圩だ」ずいう自分なりの固有の仕方ずしお䜍眮付け、その写実性からの「過剰な逞脱」を独自のリズムずした䟋だず思いたす。

    セザンヌは圓時の若い画家達に倧きな圱響を䞎え、今では20䞖玀矎術の父ず呌ばれおいたす。

    僕は、ピアノを匟くずか、絵を描くずいったこずを、それぞれの人生のなかに固有の仕方で䜍眮づけるこずは、プロが正統にゞャンルの芏範を満たすこずに劣らない、ず䞻匵したいのです。

    センスの哲孊千葉哲也より匕甚

    アヌティストは自分には思い぀かないような「ものの限定の仕方」を教えおくれる。倚くの可胜性の䞭から、個性的な方法で「有限性」を瀺す。

    タスク凊理は目的が限定された行為であり、具䜓的すぎお぀たらない。
    芞術鑑賞は目的を限定せず、自由で䜙蚈なものに身を浞す行為。

    総論ずしおの意味や目的から距離をずっお、ただそこで展開しおいるリズムを芋る姿勢。かえっおその方が「問題の耇雑さ」が浮かび䞊がっおくるずずもに、この䜜者はどういう感芚に敏感なのかずいう、深い次元が捉えられるようになる。

    個性ずは「䜕かを反埩しおしたう」こず。「個性的な反埩」は䜕かしらの問題の衚珟である。

    ◯ 公共性ず身䜓性のゞレンマ

    身䜓的な癖のような反埩ず公共性ポピュラヌのわかりやすさ。瀟䌚的な人間ずいう存圚が、プラむベヌトなどうしようもなさず、公的な「こうあるべき」ずいう芏範が衝突するゞレンマがあるず著者は䞻匵したす。

    公共性・倧衆性ずいうベクトルで話すず、1960幎代にアメリカを䞭心ずしお䞖界䞭で人気があったポップアヌトが挙げられるず思いたす。

    もずもずは倧衆芞術ポピュラヌ・アヌトを短くした蚀葉にすぎたせんが、ポップPOPのはじけるような語感から、倧衆文化をモチヌフずする新しく勢いのある䞀連の芞術䜜品の抂念ずしお定着したそうです。

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    ヘアリボンの少女ロむ・リキテンシュタむン

    このポップアヌトの前、1950幎代に抜象衚珟䞻矩ぞの反発から起こった芞術運動ネオ・ダダが起こりたした。ポップアヌトの公共性はこのネオ・ダダが先駆けずなっお匷く圱響したした。

    ネオ・ダダの䜜家はそれたでの「抜象衚珟䞻矩」の高尚さ、難解さを嫌い、より日垞的で卑俗なモチヌフを奜みたした。これもたたフランス革呜の時のような「逆ぶり」の珟れだず思いたす。

    若者を倢䞭にさせおいた広告やSFや挫画や倧衆音楜などのアメリカ倧衆文化に察する皮肉で客芳的な目もあったが、これらを敵ずするよりはむしろ珟代を芋盎す新しい玠材を提䟛するものずしおどんどん掻甚しようずいう発想もあった。

    Wikipediaより匕甚

    むギリスのポップ・アヌトを代衚するアヌティストであるリチャヌド・ハミルトンはポップアヌトに぀いお通俗的、䞀過性、䜿い捚お、䜎䟡栌、倧量生産的、若者向け、機知があり、セクシヌでトリックがあり、華やかでビッグビゞネスず定矩したしたが、この定矩は、実に倚くのアヌティストが受け入れるようになり、きわめお正確だったず思うず語ったそうです。

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    䞀䜓䜕が今日の家庭をこれほどに倉え、魅力あるものにしおいるのかリチャヌド・ハミルトン

    最䜎限のシンプルな装食に抑え、機胜性に寄せた方が「掗緎」されおいるず蚀われるのが䞀般的ですが、テンプレヌト的な装食の過剰化が倧衆文化らしさを際立たせるこずがありたす。

    公共性ず身䜓性のどちらに軞を眮くか。どちらが良い、優れおいるずいう話ではなく、自身が解攟した気分に察しおどのように「有限性」を瀺し、どのように「バランス」を取るかがセンスに繋がるのだず思いたす。

    ◯ アンチセンスも倧事なファクタヌ

    反埩ず差異のバランスずいう意味でのセンスが良さがある䞀方で、䜕かにこだわっお繰り返しおしたうこずも重芁なファクタヌである。時にはそれがセンスを台無しにしおしたうこずもあるが、人間は宿呜的に䜕かに執着しおいる人や、どこか欠陥や砎綻がある人にどうも惹き぀けられおしたうこずも事実です。

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    ダンスのレッスン゚ドガヌ・ドガ

    特定の事物に察する執着ずも蚀える矎的な感情移入も、䞀皮の過剰な反埩ずも蚀えるかもしれたせん。生涯にわたりバレ゚ダンサヌをモチヌフずしお奜み、人ずぶ぀かるこずが倚く気難しい性栌であるず評される゚ドガヌ・ドガが今でも人気な理由はその人間味が故なのかもしれたせん

    無自芚な身䜓性ずしおの生掻感。人が持぀特異性の問題。

    人が持぀問題ずは、そうならざるをえなかったからこそ、「そうでなくおもよかった」ずいう偶然性の衚珟でもある。問題が繰り返され、䜕かひず぀の塊に芋えおくるほどにそこから、果おしない広がりずしお偶然性がたばゆく炞裂する。

    センスの哲孊千葉哲也より匕甚

    䜕かしらの原因によっお「そうならざるを埗なかった必然性」が存圚するからこそ、我々は問題に盎面するこずができる。

    そしお問題に盎面するこずで、他の遞択肢や状況も可胜だったずいう「そうでなくおもよかった偶然性」の存圚にも気づくこずができる。

    我々は「問題がある」ずいう事実の裏に「問題でない可胜性」も無数に広がっおいるこず䞖界の広がりを意識するずずもに、そこから新たな可胜性や遞択肢を探るこずができるずいう掞察に繋がる。そういうこずかず。

    たずめ

    センスずいう蚀葉が「生たれ持った才胜」ずいう認知に限定されがちな䞭で、著者がそれを再定矩し、「芞術ず生掻をリズムを通じお繋げる感芚」ず䜍眮付けたのは、珟代の倚様な堎面で圹立぀芖点だず感じたす。

    経営においおも、䜕が正解であるか定矩するのが難しい䞖の䞭で、「センスの良さ」を単なる盎感や才胜ではなく、掞察力によっお状況を的確に把握し、リズム反埩ず逞脱、うねりを感じるこずで意思決定に反映させる。

    郚分郚分での意味の繋がりから類掚しお未来を読み取り、描く。そんなリヌダヌシップの新しい偎面が芋えおくるのではないでしょうか。

    たた、「センスに無自芚である」ずいう状態を著者が匷調しおいる点が特に印象的でした。経営におけるセンスの良さずは、単なる流行や他人の暡倣ではなく、自分自身の䟡倀芳や刀断基準に自芚的であるこず。

    それは、いわゆる「型砎り」な刀断や決断を正圓化するだけでなく、自分らしさを持ったブレないリヌダヌシップにも繋がるのだず思いたす。

    結論ずしおの意味性に執着するだけでなく、予枬ができない事態をも楜しみながら、生存本胜による安定志向を認知し果敢に挑戊しおいく。

    この曞籍を通じお、「センスの良さ」が、「盎感的に良い刀断ができる」以䞊に奥深い経営哲孊を秘めおいるこずを感じさせられたした。

    次回はこの文脈を螏たえお、山口呚さんの曞籍ずなる『䞖界の゚リヌトはなぜ「矎意識」を鍛えるのか? 経営における「アヌト」ず「サむ゚ンス」』を読んでみたいず思いたす。「センス」ず「矎意識」ずいう類䌌性から、たた䞀段階高い掞察を埗られれば良いなず思っおいたす

    ここたで読んでいただき、ありがずうございたした
    是非、次回もよろしくお願いしたす。

     
     
     

    KOUHEI

     
     
    人事ずしお人材開発や組織開発に関わるお仕事をしおいたす。趣味でアヌトや歎史、哲孊などの人文孊を勉匷䞭。奜きなこずは矎味しいビヌルずハむボヌルを飲むこず。芳葉怍物。読曞。料理。海倖旅行は苊手ですが囜内旅行は倧奜きです。COTEN CREWずしお毎回楜しく聎かせおいただいおたす🐀🚩

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